あけましておめでとうございます。
 当事務所、1月5日より業務を開始しております。
 みなさま、年末年始をどのようにお過ごしでしょうか。
 妙に生あたたかく、特にここ福岡は1月2日の予想最高気温が17度と、およそ正月とは思えないような暖かさが続きました。しかし、政治情勢はそのような生ぬるいものではなく、年頭の新聞に首相の改憲への強い意思をこめた発言が報じられるなど、ここ数年来の不穏な気配はいっそう高まっているように思われます。

 事務所の今年の年賀状では、昨年の各地のデモで掲げられた金子兜太さん揮毫による「アベ政治を許さない」を、患者の権利法をつくる会の会報「けんりほうnews」のキャラクターの少年が怒りを持って掲げているイラストを配し、次のようにご挨拶をさせていただきました。
2016nenga_illustration

謹賀新年
 私たちは、この年を、世に溢れうねる負の連鎖を解き放つために真にたたかうべき年と位置付けます。
 まずは政治を民衆の手に取り戻すこと。
 平和を守り抜くこと。
 集団的自衛権の行使は、決して許しません。
 恒久平和主義を貫くことこそが、今、求められています。

    2016年元旦 九州合同法律事務所


 三が日は、遅まきながらの個人の年賀状宛名書きの傍ら、つらつら本を読んでいました。
 「戦争の日本近現代史」加藤陽子(講談社現代新書)
 「ヒアアンドナウ 往復書簡2008-2011」ポール・オースター、J.M.クッツェー(岩波書店)
 「ぼくらの民主主義なんだぜ」高橋源一郎(朝日新書)
 加藤陽子さんの新書は2002年の刊ですが、日清戦争から第二次世界大戦まで、日本が概ね10年ごとに繰り返してきた戦争について、「為政者や国民が、いかなる歴史的経緯と論理の筋道によって、『だから戦争にうったえなければならない』、あるいは、『だから戦争はやむをえない』という感覚までをも、もつようになったのか、そういった国民の視角や観点から感覚をかたちづくった論理とは何なのか、という切り口から、日本の近代を振り返ってみよう」というものです。考えてみると、第二次世界大戦について、私たちは戦後の歴史的な反省から、ある種紋切り型の歴史観を持たされていますが、江戸末期から明治維新を経て、日清戦争に始まる一連の戦争がなぜ国是とされ、国民にも支持され、「一億総火の玉」というような狂信的ともいえる軍国主義に突き進んでいったのか、しかと考察したことはなかったように思います。
 何があの戦争を「やらざるをえない」とさせる方向へ引っ張ったのか。今こそ、歴史をしっかりと見つめ、分析し、現在の議論に役立てなければなりません。
 オースターはアメリカの、クッツェーは南アフリカの、しかもともに生国から遠い外国で執筆活動を行っている作家です。この二人が書簡集を交わすほどに親しかったのかと意外な感を憶えながら手にとったのですが、実はサミュエル・ベケットを扱ったイベントで知り合って意気投合し、書簡集を出す前提で往復が始まったというものです。だから初めから読者を想定して書かれた書簡となります。オースターの作品はどれも何やら記号めいていて、幻灯に映し出されたかのような印象もあり、著者が政治問題にコミットするのは意外な感さえあるのですが、ひとまわりほど年上の南アフリカ出身の作家との往復書簡において語られる内容の多くは、政治的な背景を持っています。イスラエル、パレスチナ、9.11、テロ、イラク戦争、等々…。
 しかしながら、2011年前半までのものだということも影響しているのでしょうが、共和党時代(特にブッシュJr)の批判とともに、オバマの民主党に対するオースターのナイーブとも言えるほどの支持が表明されています。書簡集から5年が経過しようとする今、任期満了を迎えるオバマについて、オースターがどんなふうに評価しているのか、改めて聞いてみたい気持ちにかられました。
 高橋源一郎さんの新書は、2011年4月から担当している、朝日新聞に毎月1回掲載されている「論壇時評」の2015年3月までの4年間の原稿を掲載したもの。連載開始の直前に3.11が生じ、著者自身、作家としてのあり方を問い返さざるを得ず、行動する作家としていっそう思索を深めていく過程をたどることができます。それぞれの論考が取り上げているのは、その時々のトピックですから、ああ、そういえばこんな問題もあった、と、当時を、また、当時の自分が抱いた感想を思い起こしながら、ともに歩んでいくような読書となりました。

 さて、この一年を、後悔することのないよう、しっかりと地を踏みしめて、進んでいきたいと思います。みなさまのそれぞれにとって、充実した一年となりますように。
 今年もどうぞ宜しくお願いいたします。