2016年11月19日午後、粕屋町の長者原駅に近い井上歯科医院でNPO法人患者の権利オンブズマン主催の「患者塾」が開催されました。これは、オンブズマンの協力医療機関・福祉施設として登録されている施設の見学と、日々の活動について講話をいただくもので、今回が3回目になります。
 井上歯科は昭和56年に先代の院長先生が開院、以来36年間、診療を続けています。特筆すべきは25年以上も訪問歯科診療を続けているということです。今でこそ、訪問歯科診療を行う歯科医院も増えてきましたが、井上歯科が始めた当初は全国的にも行っている歯科はほとんどなく、大変に先進的な、冒険的とも言える状況でした。
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 さて、今回の患者塾、ただでさえも忙しいスタッフのみなさんですが、快く受け入れていただき、午前中で診療が終わる土曜日の午後、総出で出迎え、各診察室ごとにテーマを決めて、医療器具や説明のためのパネル、パワーポイントなど用意してくださっていました。
 まずは、初代院長先生による「訪問歯科診療を始めたきっかけ」。当時、他の病院に入院しておられたある患者さんから、入院中に歯科診療を受けることができれば…という声を聞き、それならでかけていって診察してあげればいいのではないかと思いつき、実際に訪問診療を行ってみたらとっても喜ばれた。それならと、何千万も投資して訪問診療用の車両を購入、大きな借金を背負うことになるし、訪問歯科診療など聞いたこともない、うまくいくはずがない、と、多くの人からやめておけと止められたそうですが、覚悟を決めて「継続するために」、敢えて大きな借金を背負ったのだそうです。しばらくきっかけとなった患者さんが入院する病院での訪問歯科診療を続け、入院患者さんたちの口腔ケアを日常的に行うようになったところ、その病院の院長から「実は高齢患者の死亡率が激減した。私たちの医療は前と全く変わらない。変わったのは井上歯科の診療が院内で行われるようになったことだけだ」と言われたとのこと。
 それこそ今はとりわけ高齢者の口腔ケアの重要性は広く知られていますが、当時はそういう概念さえもなかったような時代。口腔ケアによって、口腔内の清潔が保たれることにより、肺炎を防ぐことができて、死亡率が減ったのでした。
 初代院長は、当時、全国各地にでかけて行って、訪問歯科診療について講演をされたのだそうです。
 今は体調を崩され,一線からは退いておられる初代院長ですが、かみしめるように語る言葉のひとつひとつに医院の掲げる「患者さんの一生の主治医でありたい」という思いが溢れていると感じました。
 その後、各部屋に分かれて、それぞれ待機しておられるスタッフからテーマ毎の説明を受けました。(1)歯並びの治療、(2)差し歯・入れ歯、(3)むし歯の治療、(4)歯周病治療、(5)歯科用CTと、どのゾーンでも、日頃の診療では、まな板の上の鯉状態で、治療されている手許を見ることができず、音や感触でしか感じることのできない治療の実際を、模型や実際の器具などを使って分かりやすく説明していただきました。
 26名いるというスタッフの皆さんがほぼ全員揃って、歯科医師のみならず、歯科衛生士、歯科助手も含め、この日のために用意したプレゼン資料を手に、実に心配りのある説明を受けることができました。残念ながら限られた時間では全部のゾーンをまわりきることはできず、私が説明を受けたのは、(1)〜(3)のゾーンにとどまりましたが、それでも何となく知っているように思っていた治療の実際を、実は全く具体的にはイメージできていなかったことが分かりました。1本つくるのに少なくとも3、4時間はかかるという冠を作る工程や苦労について楽しそうに話す歯科医師、むし歯の治療について、むし歯を削った模型を使って、実践してみて下さる歯科衛生士や歯科助手。本当に生き生きとしていらっしゃいます。
 医院は1階が駐車場、2階がクリニックになっていて、1階駐車場には噂の訪問診療車が駐車しています。もちろん、この車両にも治療器具が展示され、スタッフが待機し、説明して下さいました。訪問歯科診療を開始した時に比べ、ポータブルの歯科医療器具の開発が目覚ましく、今は患者さんのご自宅や入院先病院、入居先施設などに器具を持ち込んで、ベッドサイドで治療をすることが圧倒的に多く、当初のように、訪問診療車内で治療を行うことはほとんどなくなっているそうです。
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 ひととおり見学を終えた後、今度は現院長(初代院長の息子さん)から「最近の歯科事情、訪問歯科への取組について」というテーマで講話をいただきました。歯科CT、再生治療、インプラント、3Dプリンターのようなレジン加工装置など、歯科診療の進化を垣間見ることができました。
 また、気管切開を受けた患者など、食事をしていない患者さんについて、口腔ケアをしていなかったり、入れ歯を入れっぱなしにしているとどんな状態になるのか、様々な症例の写真を示して教えていただきました。ケアがなされなかったためにまるで褥瘡のような状態になっている舌など、確かに口内環境が著しく悪化して肺炎の原因となること、口腔ケアがいかに大事かがよく分かりました。
 現院長は、歯科医になった当初、父親である先代院長から「とにかく訪問診療をやれ」と言われて、数々の訪問診療を経験したこと。診察室での診療とは違い、自宅という極めてプライベートな空間に招き入れてもらい、生活の場で患者と接する訪問診療では、実に親密な、患者さんにとっても「近い」立場で診察にあたることになり、関係が深くなること。「一度も歯科医やめたいと思ったことないんですよ」と。訪問歯科診療は当のスタッフのみなさんにとっても生きがいになっているようです。
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 井上歯科では、初診時にカウンセリングを行い、とにかくよく話を聞き、詳しい説明をして、インフォームド・コンセントに基づく診療が行われるように努めているそうです。歯科医師のみならず全てのスタッフが歯科診療について一通り説明できるように学習会を行っているとのことで、だからこそ、見学の際にあれだけ分かりやすい説明をいただくことができたのだと得心がいきました。
 スタッフのみなさん、みんな笑顔で、2時間半以上にわたった患者塾、ずっと立ちっぱなしで対応していただきました。本当にありがとうございました。
(久保井)