1月24日、福岡地裁で第16回医療関係訴訟運営改善協議会が開催されました。この協議会の趣旨、沿革については第12回の協議会の際の記事(福岡地裁医療関係訴訟運営協議会)で書いたことがあります。また、第36回医療問題弁護団・研究交流集会inつくばで挙げている福岡地裁医療集中部の一審終局区分や鑑定率のデータは、この協議会で裁判所から提供してもらったものです。
 今回も、協議会冒頭に、裁判所からそのデータの説明がなされました。終局区分では従来どおり70%程度が和解であり全国平均の約50%よりもかなり高い和解率を示している一方、平成28年は判決6件全てが請求棄却、平成27年は判決5件中4件が請求棄却という認容率の低さが目につきました。平成20年以降、医療過誤事件の勝訴率は全国的に低迷しており、ここ数年は20%そこそこで推移していますが、それに比べてもかなり低い数字です。わたしたち患者側代理人弁護士としては、奮起を要するところかもしれません。また、最近は、これまであまり行われてこなかった鑑定が採用されることが多くなり、平均審理期間がやや長くなっている傾向が見られました。

 この協議会では毎回、医療訴訟の論点をテーマとして、福岡県内の4つの大学病院の医療関係者と、わたしたち法律家とでディスカッションを行うことになっています。第12回は「生存率等の医療統計資料の評価について」がテーマでしたし、その後、「説明義務」、「非専門家に求められる医療水準」、「ガイドラインと医療水準」といったテーマが取り上げられてきました。
 今年のテーマは、「医薬品添付文書と医療水準」。
 わたしは、鬱血性心不全へのテノーミン、ワソラン併用投与事件でこの論点に悩まされたばかりでしたので、たいへん興味深くこの議論に参加しました。
 前回のエントリーでも紹介したとおり、この論点のリーディングケースは、最高裁平成8年1月23日判決(ペルカミンS事件)です。
 
 医薬品の添付文書(能書)の記載事項は、当該医薬品の危険性(副作用等)につき最も高度な情報を有している製造業者又は輸入販売業者が、投与を受ける患者の安全を確保するために、これを使用する医師等に対して必要な情報を提供する目的で記載するものであるから、医師が医薬品を使用するに当たって右文章に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定されるものというべきである。

 まずは、医療集中部の右陪席船所寛生判事から、この平成8年最判の意義と射程についての報告がなされました。
 船所判事は、この判決の意義は以下の3点を明らかにしたことである、といいます。
ⓐ 医療水準は、法的な規範となるべきものであるから医療慣行とは必ずしも一致しないこと
ⓑ 添付文書に記載された使用上の注意事項は、医師の注意義務の一つの基準になること
ⓒ 添付文書の記載に従わなかった場合、特段の合理的理由がない限り、過失が推定されること

 上記のⓐは、輸血梅毒事件(最判昭和36年2月16日)以来の確立した判例法理であり、ⓑもまずは当然のことでしょう。実際の医療過誤訴訟で熾烈な争いが繰り広げられるのは、専らⓒを巡ってのことです。
 このⓒに関して、原告(患者側)は、以下の2点を主張・立証します。
① 医師が、医薬品を使用するにあたり、添付文書に記載された使用上の注意事項に従わなかったこと
② それによって医療事故が発生したこと

 これに対して、被告(医療機関側)が、
③ 注意事項に従わなかったことについて特段の合理的理由があること
 を主張・立証するという形で反論することになります。
 船所判事は、プロポフォールによる全身麻酔とメピバカインによる局所麻酔を併用した場合において、投与量を調節しなかった過失を認めた最高裁平成21年3月27日判決が、ⓐの過失推定の法理を採用しなかったことから、①の要件に関しては、「使用上の注意の記載の指示する内容が、一義的に明らかであること」が必要だと分析します。つまり、平成8年で問題になったペルカミンSの添付文書の記載が指示する、「麻酔剤注入前に1回、注入後は10ないし15分まで2分間隔に血圧を測定すべきこと」という指示は一義的に明らかであったのに対し、平成21年最判で問題になったプロポフォールやメピバカインの添付文書には、具体的な投与量の調整方法までは記載されておらず、担当医の裁量に委ねられていたところが異なる、というわけです。
 さらに、フェノバール投与中に発疹などの過敏症状が発生していたにもかかわらずにその投与を継続し、スティーブンス・ジョンソン症候群の発症から失明に至らしめた過失を認めた最高裁平成14年11月8日判決もまたⓐの過失推定法理を採用していないことから、②の要件に関しては、その注意事項が防止しようとした事問題が発生したことが必要だと分析します。ペルカミンSの添付文書における2分間隔の血圧測定は、腰麻ショックを防止しようとしたものであり、この事件はまさい腰麻ショックで心停止に至った事件でした。それに対し、フェノバールの添付文書における、発疹が出た場合には投与を中止せよという注意事項は、スティーブンス・ジョンソン症候群を念頭においたものではなかったという点が異なります。
 続いて、患者側の佐川民弁護士から、医薬品の添付文書の注意事項に従わなかった過失が認められた裁判例について、過失推定の法理が使われた例とそうでない例とにわけて報告され、医療側の中村伸理子弁護士から、添付文書の注意事項に反しているにもかかわらず過失が否定された裁判例が報告されました。
 報告の最後は、福岡大学医学部神経内科坪井義夫教授より「脳卒中における抗血栓薬に関する医薬品の添付文書と医療水準」でした。ワーファリンによる凝固能コントロールの難しさはよく分かりました。
 
 ディスカッションでは、予測されていたことではあったのですが、医療関係者から、添付文書の注意事項には医学的根拠の薄弱なものが多い、あてにならない、最高裁は、製薬会社がその医薬品の危険性について最も高度な情報を有しているというけれども、実際には製造物責任を回避するために、なんでもかんでも書いているのだといった発言が相次ぎました。
 こういった見解は、実際の医療過誤訴訟でも、医療側の主張としてよく目にするものです。
 極めて危険な議論である、とわたしは思います。
 そもそも、医薬品の承認審査は、有効性と安全性についてなされるものです。製薬会社は、有効性と安全性についての治験を行い、そのデータを提出して承認を求めます。その過程で、ある状態の患者にこの医薬品を使用するのは危険である可能性が示唆された場合、製薬会社はどうするのでしょうか。その状態の患者に使えないような医薬品であれば使用価値はないということであれば、それが本当に危険なのかどうかについて研究を重ね、安全性に関するデータを集積しようとするでしょう。しかし、そうでないのであれば、その状態の患者については適応外あるいは禁忌とした上で承認を求めればいいのです。禁忌とするにあたって、それがなぜ危険なのか、医学的なデータを集積する理由が、製薬会社にあるでしょうか。有効性や安全性に比べて、危険性に関する医学的根拠が薄弱なのは、当然のことなのです。
 また、製薬会社が、その危険性に関する医学的根拠を摑んでいたとして、それを真っ正直に公開するとは限りません。製薬会社が承認審査に提出する資料は、その医薬品を開発するにあたって得ている情報のごく一部でしょう。その提出した資料でさえも、彼らは企業秘密や知的財産権を理由に公開を拒むのです。
 その医薬品の開発に自ら関わったというのでもない限り、その医薬品がどのような危険性を有しているか、製薬会社以上の情報を有する医療関係者がいるとは思えません。製薬会社がその医薬品の危険性について最も高度な情報を有しているという平成8年最判はそういう意味に理解すべきものです。
 
 もちろん、患者を救うために、添付文書の注意事項に反する使用法を選択すべき場合はあるでしょう。それを否定するつもりは全くありません。しかし、そうであるならば、それを要件③の「特段の合理的理由」として主張すればいいことです。
 わたしは、この協議会の席で、前回のエントリーでも触れた造影剤ショックの裁判の話をしました。
 問題となったのはイオメロンという造影剤で、ヨード造影剤に過敏症の既往歴のある患者には禁忌、気管支喘息のある患者には原則禁忌というのが添付文書の記載です。この患者さんは、気管支喘息の持病があり、また前回のイオメロン使用時には、全身発疹で一時的に呼吸困難となっていました。
 この医師の尋問は、とても印象深く記憶しています。

──過敏症のある患者には禁忌ですが、前回、造影剤に対する過敏症の症状が出ていましたね。
──それは一時的な体調不良で、過敏症ではありません。看護師が大袈裟に書いただけです。
──気管支喘息がある患者には原則禁忌ですが、このとき造影の必要はありましたか。
──造影した方がよく見えるので、CT撮影は全例造影しています。もう何万回使ったか知りませんが、一度もショックになったことはありません。
──あなたはいまでもCTを撮影する場合にはすべて造影なのですか。
──いいえ、この件以来、一度も造影剤を使ったことはありません。


 適応も禁忌も考えずにすべて造影していれば、そのうちいずれ事故が起きますよね。この事件は、患者側勝訴の判決が一審で確定しています。
 
 もちろん、これは極端な例でしょう。しかし、こういった初歩的な医療過誤の背景に、添付文書の注意事項なんてアテにならないという固定観念があるのではないかと考えるのは穿ちすぎでしょうか。

 平成8年1月23日最判の射程を広く敷衍するか、狭く限定するかはともかくとして、医薬品を使用するにあたり、添付文書の記載内容に従うことはごく基本的な注意義務だと考えてほしいものです。フェノバールについての平成14年最判も、プロポフォールについての平成21年最判も、過失推定の法理を使わなかったと言うだけのことであって、医師の過失が認められていることは間違いないのですから。
(小林)