かつて某大学医学部の教授から依頼され、年に1回、4回生にインフォームド・コンセントの講義を行うようになりました。調べてみたら直接依頼を受けた教授が東京の大学に移られたのが平成10年ですから、何と20年以上も続けていることになります。
 たった一コマ70分の講義。しかも午後3時頃からという最も眠い時間帯、4月や5月のあたたかい陽射しの中での枠です。医学生にとって直接医師国家試験とは関係なく、配布されている用紙に走り書きで感想文を書くだけの課題。
 ですから、当然ながら学生たちの関心は薄く、特にここ10年くらいは講義中の態度はさんざんで、多くがスマホやタブレットをいじり、最前列でもこれ見よがしに眠っていたりします。
それでも、医学生が「患者の権利」や「インフォームド・コンセント」について学ぶ機会は滅多にないのだからと、心を奮い立たせて教壇に立ってきました。
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 当初は、まだまだインフォームド・コンセントという概念自体普及しておらず、患者の権利の黎明期ともいうべき時代でしたから、ていねいに患者の権利概念の歴史を振り返り、時期に応じて薬害エイズやハンセン病問題について触れるなどしてきましたが、ここ数年は、担当の教授から「ぜひ医療事故について話してもらいたい」と頼まれ、医療事故から患者の権利を考える、という視点での話をしています。
 もはや、医師の誰もがインフォームド・コンセントという用語自体は否定しないこの時代、ニュルンベルク綱領やヘルシンキ宣言、リスボン宣言について一々解説するのもどうかと、担当した事件の内容を、具体的に話して、興味を持ってもらい、医療事故被害者が真相究明や再発防止に対して有する強い想いの一端を知ってもらおう。そうして、事故が生じた場合、強いショックや喪失感、残念な思いを持つのは、患者側も医療側も同じであり、患者にとって安全な医療の実現は、双方が共に願うものなのだということを心にとめてもらおう。そんな気持ちで講義を準備しています。
 今回は趣向を変え、まず、「インフォームド・コンセントとは何か知っていますか」という質問を投げかけてみました。机に目を向けたまま顔を上げようともしない学生が大半の中、ちょっとだけ興味を持っていそうな学生を指名してみました。
「説明をすることです」
「何の説明?」
「治療の内容とか…」
 もう一人の学生が、「説明と同意のことです。説明をして患者さんから同意をもらうこと」
「ん〜〜、その主語は誰ですか? 説明をして同意をもらうのは医師ですよね。インフォームド・コンセントって英語だけど、この主語は誰でしょうか」
「患者…です」
「そうですよね。あくまでも患者が主体。でも皆さんの説明は、どれも医師が主体になっていませんか」
「けれど、インフォームする、情報を提供するのは医師ではありませんか」
「そう、患者が、自分にとって最善の医療を選択するために、必要な情報について、医師から提供を受けて、自ら決定するというのがインフォームド・コンセントです。皆さんは、やっぱりご自身が医師目線なので、どうしても医師がどう振る舞うかという視点になってしまうのでしょうが、インフォームド・コンセントは患者の権利なんです」
 どうも腑に落ちないという表情の学生たち。
 患者が主語であること、患者の権利であることというのが、学生たちの頭にはすっと入っていかないようです。なるほど、未来の医師を目指す学生さんたちにとって、4年生にして既にインフォームド・コンセントというのは、医師側が主体であって、患者は対象になってしまっているのだ、と、思い知らされたような気持ちでした。
 医療過誤の被害者から相談を受けるとき、みなさんが、(1) 何が起こったのか知りたい(真相究明)、(2) 過ちがあったのであれば誠実な謝罪をしてほしい、(3) 二度とこのような思いをする人がでないようにしてほしい(再発防止)、という三つの願いを共通して口にされることを、私たちは常に述べてきました。けれど、私たちが委任を受けることができる民事賠償請求の追及という事務は、この三つの願いのどれにも向けられていません。
 医療者にとっても辛く悲しい、そして二度と起こしたくない事故が起きた時、責任の有無はともかく、自分たちの提供した医療によって望まない結果がもたらされてしまったのですから、まずは「残念です、申し訳なく思っています」と頭を下げるところから、事故に向き合う営みははじまるはずです。けれども、多くの場合、医療者たちは、事故が起きたとしても決して謝罪するなと教えられてきました。そのことが、医療者をして、事故の後の患者とその家族に対する態度を変容させ、患者と家族は医療現場で孤立し不信感は高まってしまいます。
 一昨年10月から日本でも医療事故調査制度が医療法に新設された条文に基づく法律上の制度として動き出しました。しかし、残念ながら多くの医療機関が医療事故として報告すべき死亡事故を、条文上の規定の解釈をねじ曲げて、「医療機関の管理者が予期していなかったわけではない」と言い張って、届けていません。そこには、やはり事故を「あってはならぬもの」と考え、なるべく事故はなかったと思いたいという心持ちがあり、事故が起こったときに、眼を逸らさず真摯に原因究明のために検証するという文化が、この国の医療に徹底的に欠けていることを示しています。
 事故をなくしたい、二度と被害者を出したくないという思いが共通しているのであれば、医療者と患者は、同じ方角を向いて、事故調査による原因究明と有効な再発防止策の探求のために協力することができるはずです。
 今回の講義では、ある医療過誤事件を紹介しました。
 患者さんは当時60代半ばの女性。腸閉塞が生じたことから近くのクリニックで検査を受け、大腸がんの存在が明らかになりました。幸い早期のがんで、手術を受けることになりましたが、親孝行な息子さんはこんな小さな診療所で大切なお母さんの手術をさせるわけにはいかないと、伝手をたどってある大学病院に紹介してもらい、そこで手術を受けることになりました。
 ところが、術後、通常なら数日で食事を取ることができ、10日もすれば起き上がれるのに、どうにも調子がよくありません。嘔吐を繰り返し、一旦は経口摂取がはじまりましたが、術後の腸閉塞ではないかと疑われ、またも絶食となりました。色々と検査が行われましたが原因不明のまま、ある日の午後、突然にショック状態に陥り意識消失、緊急腹部CTで消化管の穿孔が疑われ、緊急開腹手術となりました。
 再手術後ICUでの管理となりましたが、全身状態が悪い状態が続き、1月後に亡くなってしまいました。
 息子さんや娘さんたちは、ICUでMRSA感染などがあったことから、術後の感染防止が不十分だったのではないかと疑っておられました。しかし、調査した結果、術前も術後も腸閉塞があったことに鑑み、恐らくは腸閉塞を長らく放置したためにエンドトキシンという毒素が腹腔内にあふれ出し、腹膜炎から敗血症にいたってショックを起こしたのではないかと考え、その筋で裁判を起こしました。
 当時はまだ医療過誤訴訟も牧歌的に何年もかけてやっていて、医師の証人尋問は、最初の期日に医療側代理人弁護士から主尋問を行い、1月ほど後に今度は患者側代理人弁護士からの反対尋問が行われるということが通常でした。
 この事件では、医師の主尋問が終わり、反対尋問の準備をしていたら、依頼者である娘さんから連絡がありました。親戚に大腸がんの専門家がおられ、この方からも間接的にアドバイスを受けていたのですが、その医師が改めて診療録を精査したところ重大な事実が判明したというのです。
 それはこういうことでした。
 患者さんは、腸閉塞による消化管の通過障害があったので、術前は絶食、術後も数日後に経口摂取が開始されましたが、前述のとおり再び絶食となっていました。その間、栄養補給のために中心静脈栄養が行われていました。これは、中心静脈という大きな血管に直接高カロリー輸液を入れるものです。
 ところで、人が生きていくために、ビタミンB1は欠かせないものです。糖質、アミノ酸、脂質、骨の代謝において、ビタミンB1が様々な働きを担っているからです。しかし、ビタミンは体内でつくることはできず、必ず食事などにより外から入れてやる必要があります。
 中心静脈栄養の場合、口から食事を取るよりもはるかに多くの糖質やアミノ酸の負荷がかかってしまうため、通常よりも多くのビタミンB1が必要になります。ですから、高カロリー輸液に加えてビタミンB1を補充する必要があるのです。これを怠ると、血液が酸性に傾く代謝性アシドーシスという状態になり、放置すればショック状態となって死に至ってしまうなどの重大な合併症が生じるのです。
 この問題は、1990年代に複数の事故が生じたことで明らかになり、当時の厚生省は、平成3年と平成9年に緊急安全性情報(イエローレター)を出し、繰り返し警告していました。
 本件に戻りますが、この患者さんには、手術前にはビタミンB1が点滴されていましたが、何故か術後の指示からそれが漏れ落ちてしまい、術後はビタミンB1の投与が行われていなかったのです。そのために代謝性アシドーシスを起こし、ショック状態となったのだというのが、助言いただいた医師の意見でした。
 現場の医師たちはこのことに気付いていました。改めて記録を読み返すと、急変後のICUでビタミンB1の投与が開始され、代謝性アシドーシスを補正するための薬剤が大量に投与されていました。
 自分たちのチーム医療が冒した重大な過ちに、医師らははっきりと気づいていたのです。
 それにも関わらず、主治医は、私たちが委任を受ける前に娘さんからいただいた手紙に対する長文の返事でも、提訴前の長時間の説明会でも、証人尋問でも、一切その事実に触れませんでした。
 そこで、私たちは、医師の助言を踏まえて反対尋問前に改めて問題を指摘する準備書面を提出し、反対尋問に臨みました。さすがに主治医はしょんぼりと恥じ入った様子で、こちらの指摘に対し、「その通りです。たいへん申し訳ありませんでした」と頭を下げ、その後、全面勝訴的和解が成立し、大学側は謝罪した上でこの事故の内容を医学部全体で共有し、再発防止に努めることを約束しました。
 そのときには事故からは何年も経過していました。
 この事件、私たちは全く筋を違えていたという意味で、大いに反省すべき事案でもあるのですが、それはまた、医師が沈黙し真実をひた隠しにすれば、裁判の場でも真相は覆い隠されてしまうことを如実に示すものでもあります。
 この事件を紹介するとき、私は、隠されていた事実が明らかになったとき、自省を込めて衝撃を受けたことに加え、医師らが事実に向き合わず、過ちがなかったことにしようとしたことについて、心から残念に思ったことを話すようにしています。大学病院という教育機関での大きな過ち、しかも何度も厚生省が警告しているありがちでもある事故。医師らが目を背けず、再発防止への強い想いを持って取り組んでいれば、情報は医学部全体で共有され、学生たちにとっても患者にとって安全な医療を心掛ける大いなる動機づけになったはずです。
 だからこそ、事故が起きたとき、辛くともその事実に向き合い、当事者である医師にしかできない、原因究明のための真摯な検証を怠らず、その教訓を将来の患者の安全のために役立てて欲しい。それこそが、私たち弁護士にはできない、医療被害者の三つの願いに沿うことなのだ、この私の言葉を心に留めて医療現場に臨んでほしい。
 100名を超える学生さんたちの誰かの頭の片隅に、私の気持ちの欠片でも、引っ掛かってくれればいいな、と思いました。