今年はブログを更新するぞ! との誓いを果たすべく、「医療事故紛争解決事例」として、わたしたちが実際に経験した医療事故紛争の中から、経験を共有する価値がある事件を、シリーズで報告していきたいと思います。
 その中には、示談で早期に解決した事件もあれば、訴訟提起後に和解した事件もあり、判決確定まで争われた事件もありますが、いずれにせよ、第三者的な専門家による事故調査が行われた事件ではありませんし、残っている情報も限定されています。あくまでも、患者側弁護士による医療事故紛争の報告としてお読みいただければ幸いです。
 なお、小林が九州医事新報に連載している「医療と法律問題」の記事と重なる部分があることをご了承下さい。

 今回は、胸部X線で異常陰影がみられていたにもかかわらず、CTでの精査をしなかったため肺癌の診断が遅れてしまった事例です。

 Aさんは59歳の男性、1年ほど前から咳、痰、呼吸が苦しいなどの症状があったため、その原因を調べるために、20XX年8月31日にB病院を受診しました。B病院の医師は、呼吸機能検査の結果や、胸部X線撮影で肺過膨張の所見が見られたことから、AさんをCOPD(慢性閉塞性肺疾患)と診断し、吸入治療を行っています。
 初診の際の胸部X線写真には、右肺上葉に長径約2.5㎝の腫瘍様陰影が写っており、これについては担当医も認識していました。しかし、担当医はこれを血管陰影と判断し、それ以上の精査は行いませんでした。
 COPDの治療を開始して約8ヶ月後、Aさんは、頭に腫瘤があることに気がつきました。それからさらに2ヶ月が経過、だんだん大きくなる腫瘤が気になったAさんは近くの病院でMRI検査を受けました。
 検査の結果は、頭蓋骨腫瘍でした。B病院で詳しい検査をしたところ、10ヶ月前の胸部X線写真でみられた右肺上葉の陰影は長径約4.5㎝に増大しており、胸部CTで肺癌と診断されました。頭蓋骨腫瘍は肺癌からの転移でした。
胸写1

 それから約1年の闘病を経て、Aさんは亡くなりました。
 AさんがCOPDであったことは確かであり、その点についての担当医の診断は間違いではありません。また、COPDの診断基準は、「気管支拡張剤投与後のスパイロメトリーによる1秒率が70%未満であり、その他の気流制限をきたす疾患を除外したもの」とされており、その診断には必ずしも胸部CT検査を必要としません。
 しかし、COPDの患者の肺癌発生率は、一般人口におけるそれと比較して有意に高く、多くの文献では、定期的な胸部CT撮影が勧められています。
 日本肺癌学会の『EBMの手法による肺癌診療ガイドライン』でも、「危険因子例・有症状例に対しては肺癌検出のための検査を行うよう勧められる」とされており、そこで挙げられている危険因子は、「喫煙の他に慢性閉塞性肺疾患、アスベスト症などの吸入性肺疾患、肺癌の既往歴や家族歴、年齢,肺結核など」、症状は、「咳嗽、喀痰、血痰、発熱、呼吸困難、胸痛といった呼吸器症状および転移病巣による症状」です。検出方法としては、「胸部X線写真は、肺癌検出を目的として、最初に行うよう勧められる」、「胸部CTは、肺癌検出を目的として、あるいは胸部X線写真で異常がある場合に行うよう勧められる」とされています。
 担当医は、「初診の際の陰影はAさんの呼吸器症状を説明し得るものではなかった」と弁解しました。確かに、この時点の呼吸器症状はCOPDによるものであり、肺癌はまだ呼吸器症状を引き起こすステージには達していなかったと思われます。しかし、COPD自体が肺癌の危険因子であることを考えれば、この陰影の正体を胸部CTで探るべきだったのではないでしょうか。
 裁判では、過失のほか、初診の際に胸部CTを行って肺癌の診断がついた場合の予後が大きな争点となりましたが、死亡という結果は回避可能であったものの、いずれにせよ従前のような仕事はできないという前提で逸失利益を算定し、訴訟上の和解が成立しました。
(小林)