先週は、13日水曜日が子宮頸がんワクチン薬害訴訟九州訴訟の弁論期日、15日金曜日がハンセン病家族訴訟の証拠調べ期日でした。傍聴支援にかけつけていただいたみなさまに厚く御礼申し上げます。

 さて、医療事故紛争解決事例シリーズの第6回は、造影剤ショックのケースです。1年半前のエントリー医薬品添付文書と医療水準〜福岡地裁医療訴訟運営改善協議会でも触れたのですが、この種の医療事故の典型例ですので、今回、改めて紹介することにしました。

 Aさんは69歳の男性、かかりつけのB医院で、被爆者手帳更新のための診断書を求めたところ、胸部X線写真で胸の陰影を指摘され、造影CTを撮影することになりました。ところが、造影剤イオメロンを注射中に、口唇、四肢末梢のチアノーゼ、呼吸困難等の症状が出現、看護師が別室にいたB医師にその旨を伝えている間に、Aさんの心臓は停止してしまいました。解剖により、死因はイオメロンによるアナフィラキシーショックとされています。胸部には何の病変もありませんでした。

 イオメロンの添付文書には、いちばん最初に、赤い文字で、以下のような内容の【警告】が記載されています。

 ショック等の重篤な副作用があらわれることがある。

 次に記載されているのが、【禁忌】(次の患者には投与しないこと)です。

 ヨード又はヨード造影剤に過敏症の既往歴のある患者

 ついで、【原則禁忌】(次の場合には投与しないことを原則とするが、特に必要な場合には慎重に投与すること)の記載。

 気管支喘息のある患者[副作用の発現頻度が高いとの報告がある]

2016-04-20 09.19.53

 Aさんには、気管支喘息の持病があり、B医院で気管支拡張剤の処方をうけていました。つまり、【原則禁忌】に該当することは間違いありません。
 しかも、B医院で約3年前にイオメロンを使用した際には、全身発疹・顔面蒼白・喘鳴・呼吸困難といった症状が出ていました。これがヨード過敏症の症状であるとすれば、【禁忌】に該当します。

 B医師は、徹底して責任を争いました。
 Aさんに気管支喘息の持病があることは認識していたが、【原則禁忌】というのは特に必要があれば使っていいという意味である。本件でも、鮮明な画像を得るために造影剤を使用する必要があったのだから、使っていい場合にあたるのだ。
 Aさんには、本件も含めて10回にわたりイオメロンを使用しているが、これまで一度も副作用は出現したことはない。3年前の検査の際に、全身発疹・顔面蒼白・喘鳴・呼吸困難といった症状が出たというけれども、看護師が大袈裟に書いただけで、実際には補液、酸素投与、ステロイド投与により約30分程度で回復し、自力歩行で部屋に戻っている。イオメロンによる副作用ではなく当日の体調による一過性の反応である可能性が高く、Aさんは「ヨード又はヨード造影剤に過敏症の既往歴のある患者」とはいえない。

 補液、酸素投与、ステロイド投与まで必要だった症状を、「体調不良による一過性の反応」であるという主張も驚きですが、B医師の証言で最も驚いたのは、造影CTの必要性に関する部分でした。

──気管支喘息がある患者には原則禁忌ですが、このとき造影の必要はありましたか。
──造影した方がよく見えるので、CT撮影は全例造影しています。もう何万回使ったか知りませんが、一度もショックになったことはありません。
──あなたはいまでもCTを撮影する場合にはすべて造影なのですか。
──いいえ、この件以来、一度も造影剤を使ったことはありません。


 B医師は、「これまでたくさんの患者に造影剤を使ってきたがこんなことはなかった」と何度も繰り返しました。これは、特に驚くようなことではありません。ヨードショックによる死亡例の頻度は、約40万例に1例といわれています。一般的な開業医が、その医師人生において何度も出くわすようなものではないでしょう。
 しかし、適応も禁忌も考えずに全員に造影剤を使用していれば、これはもうロシアンルーレットみたいなもので、いつか、運の悪い人がショックを起こすことになります。いわば、起こるべくして起きた事故といえます。
 一方、この事件以来、一度も造影剤を使っていないというのもまた極端な話です。いうまでもないことですが、単純CTでは不十分で、造影CTが必要な場合もあります。【禁忌】にも【原則禁忌】にも該当しないのに、漠然とショックを恐れて必要な造影CTを実施しないようでは、重要な疾患の見逃しに繋がる可能性があります。
  
 地裁判決は、患者側全面勝訴。

……医師は、本件検査にあたり、ヨード過敏症である可能性が高い患者に禁忌である造影剤を使用し、また、原則禁忌である気管支喘息患者に特に必要とまではいえない状況下でCT造影検査を実施した点で過失を免れず、医師としての裁量に逸脱があったといわざるを得ない。

 これに対しB医師は控訴せず、判決が確定しています。
(小林)


2016-04-20 09.17.02