ハンセン病家族訴訟の関係で日曜日の朝から宮古島に入り、本日お昼の飛行機で福岡に帰る予定だったのですが、台風8号の直撃をくらってしまいました。現在、暴風雨の真っ直中。ホテルに缶詰状態です。明日、帰れるかどうか……。

 できる仕事は限られているので、ブログを更新することにしました。

 Aさんは70歳の女性です。数年前にレンメル症候群の疑いでB病院に入院して以来、3ヶ月に一度の割合で、外来での経過観察を続けてきました。あるとき、主治医に胃の痛みを訴えたところ、「胃炎・維持療法が必要な難治性逆流性食道炎」という診断名でアシノン錠を処方されました。当初は14日分が処方されていましたが、ある時期から84日分処方となり、薬剤も、オメプラール錠へ、さらにタケプロン錠へと変更されました。
 アシノンの処方が開始されて約2年半、Aさんが別のC病院で上部消化管内視鏡検査を受けたところ、ステージⅣの胃癌が発見されました。既に手術もできない状態であり、約半年の闘病生活を経て、Aさんは死亡しました。

IMG_0769 アシノンはH2ブロッカーの一種で、その胃酸分泌抑制作用から、上部消化管潰瘍や逆流性食道炎の治療に使用されます。その添付文書の使用上の注意にはこう書かれています。

 本剤の投与で胃癌による症状を隠蔽することがあるので、悪性でないことを確認のうえ投与すること。
 オメプラール及びタケプロンはプロトンポンプインヒビターであり、H2ブロッカーよりもさらに強い胃酸分泌抑制作用を有しています。
 オメプラールの添付文書の、「重要な基本的注意事項」には、非びらん性胃食道逆流症の治療を目的として使用する場合の注意として以下のように書かれています。

 本剤の投与が胃癌、食道癌等の悪性、腫瘍及び他の消化器疾患による症状を隠蔽することがあるので、内視鏡検査等によりこれらの疾患でないことを確認すること。

 また、再発・再燃を繰りかえす逆流性食道炎の維持療法を目的として使用する場合には、定期的な内視鏡検査等を含む経過観察を行うべきことが書かれています。

 以上のような記載は、タケプロンの添付文書でも同様です。

 しかし、アシノン処方開始からステージⅣの胃癌が発見されるまでの2年半、B病院では一度も内視鏡検査が行われていませんでした。

 遺族は、添付文書の注意事項に従い、内視鏡検査を行っていれば、胃癌を早期に発見することができたのではないかと主張して裁判を起こしましたが、B病院は、責任を争いました。

 逆流性食道炎というのは保険病名であり、実際の診断は単なる胃炎である。
 Aさんは胃癌を疑うような症状を一度も訴えなかった。
 これらの薬が胃癌の症状を隠蔽するという添付文書の記載にはエビデンスがない。


 確かに、診療録には逆流性食道炎という診断の根拠となるような症状は記録されていませんでした。実は、薬剤投与の根拠となるような胃の症状自体、ほとんど記載がなかったのです。
 しかし、胃薬には、H2ブロッカーやプロトンポンプインヒビター以外にも、さまざまな種類のものがあります。その多種多様な胃薬の中で、医師がこういった薬を選択し、それを2年半以上にわたって継続したというのは、それなりの症状を訴えていたからではないのかと患者側としては考えてしまいます。
 また、これらの薬剤は、胃癌の症状を隠蔽するからこそ、内視鏡検査が必要だといわれているはずです。それに対して、胃癌を疑わせるような症状がなかったから内視鏡検査をしなかったといわれても、話は噛み合いません。

 このような場合の「エビデンス」の要否についてのわたしの考えは、一年半前のエントリー医薬品添付文書と医療水準〜福岡地裁医療訴訟運営改善協議会に、それなりに詳しく書いたつもりです。
 H2ブロッカーや、プロトンポンプインヒビター投与中の患者に内視鏡検査を行った結果をすべて分析すれば、これらの薬剤が、どれくらいの頻度で、「胃癌、食道癌等の悪性、腫瘍及び他の消化器疾患による症状を隠蔽する」のかが分かるかもしれません。
 しかし、そういった研究を行うモティベーションは、少なくとも製薬会社にはないでしょう。
 また、本件のような症例が、医学雑誌に発表されれば、少なくとも「症状を隠蔽することがある」という記載には根拠が備わることになるはずです。しかし、わたしの知る限り、B病院はそういった症例報告をしていません。おそらく、他の病院で同じような症例があったとして、やはり医学雑誌に報告されるようなことはないのではないか、とわたしは思います。
 
 検査義務違反が問題となる事件の常として、この事件も、いつ検査を行えばどのレベルの胃癌を発見できたのか、その場合の予後をどうみるのかといった難しい問題を抱えており、最終的には裁判所の和解勧告を双方が受け入れる形で、解決しました。
 
 これらの薬剤が、「胃癌、食道癌等の悪性、腫瘍及び他の消化器疾患による症状を隠蔽することがある」という添付文書の記載を、どれほどの医師が真面目に受け止めているのか、わたしには分かりません。しかし、「こんな記載にはエビデンスはないのだから無視していいのだ」と思っている医師には、このようなケースが実際に存在することを、ぜひ知っていただきたいと思います。
 
 もちろん、こういった薬剤を実際に使用する患者のみなさまにも、ぜひ。

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 台風襲来直前の、宮古の海です。
(小林)