医薬品副作用ケースの第5回です。
 Aさんは46歳の女性、息苦しさを訴えて地域の中核医療機関であるB病院を受診しました。
 問診票には、「胸が苦しい」、「水分、食事とれてない」、「尿少しずつ」、「呼吸がしづらい」、「座っている方がいいです」といった訴えが記載されています。血圧は204/107、心拍数193回の頻脈性心房細動、胸部X線では右大量胸水と心胸郭比63%の心拡大が認められました。これをみた初診当番のC医師は、循環器科のD医師に報告し、D医師が指示した甲状腺ホルモンの検査の結果、著明な甲状腺機能亢進症が明らかになりました。
 D医師は、ここで頻脈性心房細動のコントロールが最優先であるとして、テノーミン、ワソランの投与を指示しました。
 まず、テノーミン25㎎を2錠内服。この時点のAさんは「息苦しいです。座った方が楽です」と訴えつつ、笑顔を見せています。その15分後、ワソランが静脈投与された時にもまだ、「いまは午前中より楽です」と状態を説明していました。
 しかし、ワソラン投与直後から、Aさんの心拍数はみるみる減少し、それと同時に酸素飽和度も低下、吐き気を訴えるようになりました。リザーバーマスクでの酸素投与が開始され、心エコーで、駆出率10〜20%の著明な左室収縮障害になっていることが判明しました。その後、気管内挿管による人工呼吸管理、昇圧剤投与などの蘇生措置が行われますが、Aさんの心機能が回復することはなく、治療開始からわずか3時間で亡くなってしまいました。

24232753_1466614846769749_3857959068495101446_n テノーミンというのは、心臓のβアドレナリン受容体をブロックする(こういった薬剤をβブロッカーと総称します)ことで心臓の収縮力を弱め、心拍数を減らす薬で、高血圧、狭心症、頻脈性不整脈に適応があります。
 心臓の収縮力を弱める薬ですので、基本的に、心不全の患者には使えません。
 そのことは、添付文書の【禁忌】欄に明記されています。

 うっ血性心不全のある患者(心機能を抑制し、症状が悪化するおそれがある)

 ワソランは、カルシウム拮抗薬といわれる種類の薬剤で、やはり頻脈性不整脈の治療薬です。これも、心臓の収縮力を弱める作用があるので、「重篤なうっ血性心不全」の患者には禁忌。

 このβブロッカーと、カルシウム拮抗薬を同時に使えば、それぞれ単独で使った場合よりも高い効果が得られることになります。つまり、この二つを同時に使うことで、D医師はできるだけ早く頻脈を抑えたいと考えたわけです。しかし、頻脈を抑える効果が高ければ、それだけ、心臓の収縮力を弱める力も大きくなります。
 だから、βブロッカーとカルシウム拮抗剤は、お互いに「併用注意」の薬剤であることが添付文書に記載されています。
 テノーミンの添付文書には、このような記載もありました。

 本剤からカルシウム拮抗剤の静脈投与に変更する場合には48時間以上あけること

 呼吸困難、起坐呼吸、頻脈、心拡大、大量胸水。来院時のAさんがうっ血性心不全であったことは間違いありません。
 そのAさんに、テノーミン2錠を内服させたうえ、さらに15分後にワソランを静注。
 添付文書の注意事項に反する使用をして、添付文書で警告されているとおりのことが起こったという症例でした。

 B病院側は、「βブロッカーが心不全に禁忌だというのは昔の話であって、いまはむしろ推奨されている」として争いました。
 確かに、慢性心不全の治療薬として使用されているβブロッカーもあります。また、慢性心不全の安定期のみならず、急性心不全早期からの投与を勧める文献もあります。しかし、それはうっ血が解除されることが前提で、しかも、一般に高血圧に使う量の8分の1あるいは16分の1といった少量投与から開始して、副作用がでないことを確認しながら徐々に増量していくべきとされています。
 本件のように、大量の胸水がたまっている状態で、しかも普通の高血圧患者に対する用量を投与することを勧めている文献はありませんし、ましてやその効果も判断せずにワソランを併用することを勧めたものもありません。

 この事件は訴訟上の和解で解決しました。経過については、和解解決時のエントリー(うっ血性心不全へのテノーミン、ワソラン併用投与〜和解解決事例から)で詳しく書いていますので、興味のある方はご参照ください。

 Aさんが難しい状態(甲状腺クリーゼ)だったことは確かですし、できるだけ早く頻脈のコントロールをしたいというD医師の考え方も分からないではありません。しかし、まずは心不全にも使えるジギタリスを投与する、あるいは作用時間の短いワソランの静注から開始して経過を見るなど、もっと慎重なやりかたがあったのではないかと思われます。
(小林)