前回のエントリーからすっかり間が空いてしまいました。この間、12月1日の患者の権利法をつくる会の総会及び記念シンポジウム、12日の子宮頸がんワクチン薬害九州訴訟第10回弁論、そして明日(あ、もう今日だ)に迫ったハンセン病家族訴訟の結審に向けての最終準備書面作成と、とにかく走り続けてきましたが、やっと少し余裕ができたので、とりあえず解決事件のご報告をしておきましょう。
 医療過誤紛争解決事例の番外篇としてお読みいただければと思います。

 本年2月17日付のエントリー腹部大動脈瘤破裂の見逃し〜広島高裁で逆転勝訴で紹介した山口の医療過誤事件について、最高裁判所は病院側の上告及び上告受理申立を11月14日付で退け、遺族側勝訴が確定しました。
 例によって、確定を機に、事案の詳細を報告したいと思います。なお、事実関係については当事者間に争いのあるものも含まれていること、その記述に含まれる医学的知見は、私たち弁護士がこの事件を扱う中で収集したものであり専門的な意味での正確性が担保されているものではないことにご留意下さい。

事案の概要


 Aさんは、69歳男性、脳梗塞の既往がありました。
 その日、Aさんは午前7時頃に目ざめました。朝食後、いつもの薬(抗血小板薬等)を服用した頃から、突然、腰背部痛が発生しました。とりあえず湿布を貼ったものの、その痛みは和らぎませんでした。
 奥さんは、そのようなAさんの様子を気に懸けながらも、歯科医院の予約を取っていたことから、一旦は外出しました。しかし、その歯科医院に、「病院に行きたいので帰ってきてほしい」とのAさんからの電話が入り、予約をキャンセルして急ぎ自宅に戻りました。
うみたまご
 相手方病院に向かうタクシーの中で、Aさんは吐き気を訴え、二度にわたって、胃液らしいものを吐きました。
 Aさんは、相手方病院の救急外来の受診を希望しました。救急外来の問診表には、「嘔吐−朝から」、「血圧70〜80台」、「手足がしびれる−元々あり」、「腰痛+」、「高血圧症」、「再梗塞への不安」といった記載があります。血圧は、家庭用の血圧測定器で測ったものです。手足が痺れているのは、脳梗塞の後遺症だと思われます。
 救急外来で行われたバイタルサインの測定によれば、体温36.5度、血圧115〜69、脈拍数50でした。
 しかし、この日の救急外来は患者がたて込んでいるとのことで、Aさんは神経内科に回されました。もともとAさんは脳梗塞の既往があり、この病院の神経内科を受診していたのです。再梗塞の不安も感じていたAさんとしては、とにかく早く診てもらえるのであればという気持ちで神経内科に向かったことでしょう。
 神経内科の問診表の、「どのように具合が悪いですか」との質問には、「痛い」の項に〇がつけられ、「腰」と書かれているほか、「動きが悪い」、「めまい」の項にも〇がついています。
 また、「いつ頃から具合が悪いですか」との質問には、「11月7日7時頃」と書かれていました。11月7日というのは、この当日のことです。
 神経内科のB医師は、Aさんの受診経過を以下のように聴きとり、診療録に記載しています。
 2週間前より不眠、頭部全体の痛みあり、ロキソニン、デパスがあったのでのんでいた。/今朝もスッキリせずに起きて新聞を読んで朝の薬のんだら腰痛、気分不良となり湿布はったが無効。右腰背部痛あり。/ER受診し、発熱なし、酸素飽和度98%、血圧115/69
 そこから先の診療については、B医師の証言及びカルテの記載と、立ち会っていた奥さんの証言とで大きく食い違うのですが、B医師の証言に従えば、神経学的所見によって脳梗塞の再発を否定し、腹部の触診及び聴診によって消化器疾患を否定し、「ロキソニンと湿布で様子をみてください」との指示で診察は終わりました。

水平断 Aさんは帰宅後も何度か嘔吐を繰り返し、最終的には、この日の午後11時頃に嘔吐した後、意識を喪いました。救急車が到着した時には既に心停止状態であり、搬送された相手方病院で死亡が確認されました。
 死亡後のCTでは、約5.5㎝大の腹部大動脈瘤と後腹膜血腫がみられ、腹部大動脈瘤の破裂が死亡原因であることが判明しました。 

訴訟の争点

 患者側は、Aさんがその朝に訴えた突然の腰背部痛は腹部大動脈瘤の破裂によるものであり、B医師が診察した時点では、破裂した部位が血腫によって一時的に塞がれてて止血されている状態(クローズド・ラプチャー)であった、したがって、B医師がAさんの腰背部痛の発症様式(突然発症)及び性状(安静時痛)並びに嘔吐や一時的な血圧低下といった随伴症状から腹部大動脈破裂を疑い、腹部CT検査を実施してさえいれば、腹部大動脈破裂と診断して緊急手術によって救命することが可能であったと主張しました。
 これに対して被告は、腹部大動脈瘤が破裂していたのであれば、出血性ショックなどもっと激烈な症状を呈するはずだがそうではなかった、腰背部痛は急性発症ではなくもともとあったものかもしれない、嘔吐はいろいろな原因で起こり得る、一時的な血圧低下は起立性低血圧によるものだ等として、B医師が診察した時点ではまだ腹部大動脈瘤は破裂していなかったとして争いました。
 この時点で腹部大動脈瘤が破裂していないのであれば、当然、その疑いを前提とした注意義務違反の主張は成り立ちません。
 しかし、わたしたちは、まさかこんなところが主要な争点となるとは思っていませんでした。
 Aさんはその日の夜に、腹部大動脈瘤破裂によって死亡しているのです。当然ながら、その日の朝にも、Aさんの腹部には、この大動脈瘤が存在したはずです。その朝突然に起こった腰背部痛が、この大動脈瘤と無関係であったというのは、あまりに突飛な想像に思えます。
 また、B医師は、その証言でも、腹部大動脈瘤が破裂したらショックのような重篤な状態になるのだという認識を繰り返しました。自分たちは医者なのだ、「腹部大動脈瘤が破裂しているかどうかは、患者の状態を見れば分かる」、「そのようにトレーニングされている」というのがB医師の証言でした。腹部大動脈瘤に言及した各種医学文献、症例報告などからして、このようなB医師の認識が誤りであることはあまりにも明らかでしたし、その旨を指摘する心臓血管外科医の意見書も提出しました。

一審判決


 2016年2月17日に言い渡された一審山口地裁判決は、原告側の全面敗訴でした。
 理由は、病院側の主張をそっくりそのまま認めたものです。B医師の診察時点においてすでに腹部大動脈瘤が破裂していたとはいえない。
 そこで挙げる理由は、例えば成書の「大動脈瘤の破裂では分単位で急激なショック状態に陥ることも多い」、「急激な強い腰痛、重篤感、ショック、異常高血圧、四肢の血圧較差などを認めれば切迫破裂を疑う」といった記載です。Aさんの症状はこれに該当しないのではないか。
 もちろん、「分単位で急激なショックに陥ること」もあるでしょう。腹部大動脈破裂の場合、後腹膜腔ではなく、腹膜腔に出血した場合にはそうなると言われています。しかし、後腹膜腔に出血した場合は必ずしもそうではありません。症例報告の中には、一つの病院の数年間にわたる数十例の症例をまとめたものがありますが、そのようなものをみれば、ショックに陥っていないものの方が多数なのです(もちろん、病院に辿り着くまでに亡くなってしまう症例が計算に入っていないからではありますが)。
 また、裁判所はAさんの腰痛は、その朝突然に発症したものではなく、慢性のものであったと認定するために奇妙な論理を駆使していました。
 Aさん(実際の記入者は奥さん)は、神経内科の問診表の「どのように具合が悪いですか」との質問の、「痛い」に○をつけて「腰」と書き、また、「いつ頃から具合が悪いですか」との質問に、「腰痛+ 便秘気味」と書いた上で、「11月7日7時頃」と書いていました。
問診票 これについて裁判所は、「腰痛+ 便秘気味」という記載が、「数日前から」、「1週間前から」、「1ヶ月前から」ではなく「その他」の欄に記入されていることに着目し、腰痛は「この選択肢にある時期以上前からあったものと示したもの」と認定したのです。
 問診票の当該部分を示します。
 そういう意味に読めるでしょうか.。むしろ「数日前」よりも直近の、当日の朝からのことだと読むのが普通ではないでしょうか。
 
 振り返って見れば、2015年に報告した佐賀の腸重積事件とまったく同じパターンです。あの一審判決も、そもそも腸重積がいつ発症したか分からないという理由で負けたのでした。裁判所としては、その発症経過の部分で患者側の主張を認めると、それを前提として医師の注意義務違反の存否を判断していかなければならないので、どうせ棄却判決を書くのであれば発症経過自体が不明としてしまった方が書き易いといった心理に傾いてしまうのでしょうか。

控訴審の経過

 わたしたちは、一審で意見書を作成いただいた心臓血管外科協力医に、一審判決批判の補充意見書を依頼して、控訴審に臨みました。協力医の先生も、一審時点よりむしろ前向きになっていました。おそらく、医学的知見に対する裁判所の理解があまりに悪いことに驚き、なんとかこれをたださなければならないという気持ちが強くなったのだと思います。
 高裁の裁判長も、一審判決にまったく納得しておらず、双方の協力医の対質はできないだろうかと提案してきました。病院側は協力医の証人尋問を申請せず、当方の協力医のみの尋問が実施されることになりました。

 控訴審では、Aさんの奥さんの原告本人尋問も実施されました。一審段階では、奥さんの健康状態などの関係で尋問ができず、患者側は娘さんの原告本人尋問を行っていたのですが、やはり診察に直接立ち会った奥さんが法廷に立たなかったことは、一審での敗因の一つであったと思われます。病院側は、奥さんの本人尋問について、「時機に遅れた攻撃防御方法」として却下を求めましたが、高裁はこれを採用しました。
 一審の事実認定があまりにもおかしいという思いがあったのだと思われます。

 注意義務違反の主張としては、一審段階では、腹部CTを撮影しなかった注意義務違反を中心的にしていましたが、控訴審では、問診義務違反に軸足を移しました。
 B医師は、整形外科的な腰背部痛の可能性を考えたというが、痛みの性状が体動時痛か、安静時痛かを問診していないではないか。腰痛は急性発症ではなく慢性のものであったかもしれないというが、その発症様式を問診していないではないか。これらの点は、腰痛診療にあたる医師の基本的な注意義務ではないのか。
 急性発症かつ安静時痛であったことは、カルテの記載からも、看護師の証言からも明らかだとわたしたちは考えていましたが、問診義務違反の主張を前面に立てることで、そこの部分を曖昧にしようとする病院側の逃げ道を防ごうと考えたわけです。
 
逆転勝訴

 一審判決からほぼ2年、2018年2月16日に広島高裁判決が言い渡されました。腹部大動脈瘤破裂の見逃し〜広島高裁で逆転勝訴でお伝えしたとおり、患者側の全面勝訴判決です。
 注意義務違反についての中心的な判示部分を引用します。
 
……上記医学的意見によると、腰痛の診断として、緊急性の高い疾患、内臓由来の疾患を除外診断により優先的に鑑別すべきであるとされ、腹部大動脈瘤の破裂または切迫破裂は、その中でもかなり緊急性の高い疾患の一例に挙げられていることが認められる。
 そうすると、B医師には、本件診療において、腰痛を来す疾患として、緊急性の高い疾患と筋骨格系に由来する疾患とを鑑別するにつき、その発症様式、性状、程度及び随伴症状を問診し、急性の安静時痛があるとの症状及び血圧低下等の随伴症状を聴取した上で、緊急性の高い腹部大動脈瘤の破裂又は切迫破裂を疑い、CTを実施すべき義務があったというべきである。


 もうひとつ、B医師の証言に関して言及した部分を引用しましょう。

……証人Bは、バイタルサインを見て、瞬時に腹部大動脈瘤破裂の可能性を否定する判断をすることができるようにトレーニングを積んでいる旨を供述する。しかし上記2(腹部大動脈瘤に関する医学的知見をまとめた部分)において引用した文献のいずれにも、バイタルサインから上記可能性を判断することができるとの記載はなく、かえって、腹部大動脈瘤は誤診する例が多く、注意すべきである旨の記載があるもの(甲B20)があることが認められる。

 ここで示されている甲B20号証というのは、腹部大動脈瘤破裂に関する診療の難しさを指摘した文献で、外来での腹部大動脈瘤の「誤診例」は全症例の約30%を占めるという報告も紹介されています。病院側から、過失を否定する根拠として逆用されるかもしれないと思いつつ、迷いながら提出した書証でした。しかし、結局のところ、その難しさを理解せずに、軽々に否定してしまうところに、本件のような問題が生じているわけで、高裁判決の指摘は非常に適確だと感じられます。

コメント

 以前のエントリーにも書いたとおり、本件はあらためて医療過誤訴訟の難しさを思い知らされた事件でした。一審で敗訴してしまったことについては、われわれの訴訟活動に反省すべき点も多々あり、その経験を今後の事件処理に活かしていければと思っています。

 しかし、腹部大動脈瘤破裂の「誤診」はたくさん発生しているといわれながら、医療過誤事件の裁判としては前例に乏しいようですので、山口地裁判決と広島高裁判決という二つの対照的な裁判例を残せたことは、いわばケガの功名といえるかもしれません。
 最も望ましいのは、こういった裁判例が医療現場に広く知られて、同種事案の再発が防止されることです。

 腰痛の診療にあたっては、急性発症か否か、体動時痛か安静時痛かの問診を怠らないこと。
 急性発症かつ安静時痛の腰背部痛をみたら、診断の遅れが重要な結果につながる血管病変(腹部大動脈瘤破裂、切迫破裂だけではなく大動脈解離も含まれるはずです)を優先的に鑑別すること。


 これは、多くの教科書的な文献に書いてあることです。腹部大動脈破裂の診療の難しさを前提として、上記のような腰痛診療の基本が実践されれば、本件のような医療事故は少なくなっていくのではないでしょうか。
 当然ながら、それが遺族の願いでもあります。
(小林)

クリスマス