平成最後の寒波が襲来した4月10日、東京の参議院会館で、医療基本法の制定に向けた議員連盟第2回会合が開かれました。

 この議連の発足については、前々回のエントリーでご報告したとおりです。
 今回の会合では、患者の権利法をつくる会、患者の声協議会、H−PAC医療基本法制定チームの3団体からのヒアリングが行われました。
 
 患者の権利法をつくる会では、このヒアリングに先立って、以下のような内容の要請書を、議連に提出しました。

要請の趣旨

「安全かつ質の高い医療を受ける権利」及び「患者の自己決定権」等を国民に保障し、その権利を実現するため、医療提供体制及び医療保障制度を整備する国・地公共団体をはじめとする関係者の責務を明らかにする法律を、日本の医療制度全ての基本法として制定することを要望します。

福岡城
要請の理由

 日本国憲法は、生命、自由、および幸福追求に対する国民の権利について最大の尊重をすべきことを表明するとともに、すべての国民が、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有することを確認し、国が、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めるべきことを明らかにしています。医療は、人々の幸福追求権と生存権の実現に必要不可欠なものであり、医療制度は、それらの基本的人権を擁護するためにこそ存在します。
 したがって、「安全かつ質の高い医療を受ける権利」及び「患者の自己決定権」は、医療にかかる基本的人権として理解されるべきものです。このような医療にかかる基本的人権は、国際人権規約、世界保健機関憲章等の国際的な規範によっても認められており、多くの国が、患者の権利についての法律を制定しています。
 我が国は1961年以来国民皆保険制を採用し、医療を受ける権利の保障に努めてきました。患者の自己決定権に関しても、国民にひろく認識され、インフォームド・コンセントの実践も普及しつつあります。しかし、その一方で、重大な医療事故の多発、繰り返される薬害等により国民の医療に対する信頼は大きく揺らぎ、さらには、社会構造の変化による所得格差や地域的条件あるいは診療科における医療供給体制の不足等により、医療を受ける権利自体が脅かされ、医療の選択にかかる自己決定権も空洞化する状況も指摘されています。このような状況は、医療技術の発展や少子高齢化社会が進むにつれ、ますます深刻化していくことも危惧されます。
 このような状況を克服し、「安全かつ質の高い医療を受ける権利」及び「患者の自己決定権」等を保障するためには、これらが医療にかかる基本的人権であることを、国民及び医療にかかわるすべての関係者の共通認識とし、その権利を実現しうる医療制度と、その権利が侵害された場合に、速やかにその救済が図られ、再発防止策が講じられる制度の構築が求められます。
 また、医療政策の決定過程においては、患者本位の観点から、患者が参画する仕組みの整備も必須です。
 そのような患者の基本的権利と関係者の責務を明らかにし、医療の基本的なありかたを定める医療基本法こそが、いま、求められています。審議を十分に尽くした上、充実した内容の医療基本法を制定されるよう切望するものです。 

医療基本法要綱案解説パンフ 昨日のヒアリングでのわたしの発言内容は以下のとおりです。

 患者の権利法をつくる会は、患者の権利の法制化をめざして1991年に結成された市民団体です。結成以来28年、インフォームド・コンセントの普及、カルテ開示の制度化に向けた活動、医療事故再発防止制度の提言といった活動を行ってきました。2011年以降は、医療基本法による患者の権利法制化を活動の中心に位置付けて、会としての医療基本法要綱案を発表しています。

 わたしたち患者の権利法をつくる会の考え方は、前回の議連総会で配布させていただいたパンフレットのとおりですし、先日、要請書も提出いたしております。ここでは簡略に、ポイントのみ述べさせていただきます。

 現在の医療基本法をめぐる議論は、2009年、ハンセン病問題の再発防止検討会が、「患者の権利擁護を中心とする医療基本法」を提唱したことに発しています。また、この年、当時の麻生内閣のもとに設置された安心社会実現会議が、「国民の命と基本的人権(患者の自己決定権・最善の医療を受ける権利)を実現するための基本法制定」を提言しています。

 医療制度の存在意義は、患者の権利を保障し、実現するところにあるとわたしたちは考えています。
患者の権利とは、医療に関する基本的人権を意味します。それは日本国憲法25条が保障する生存権に含まれる「適切な医療を受ける権利」と、13条が保障する個人の尊厳に含まれる「医療における自己決定権」とを2本の柱とするものです。
 このような患者の権利は、国際人権規約WHO憲章といった人権規範においても認められているものであり、世界医師会のリスボン宣言もこれを認めています。多くの国では、患者の権利に関する法律を制定しています。
 しかし、日本には、患者の権利について定めた法律が存在しません。

 医療は、患者の生命や健康を護るものであり、敢えて「権利」を護る必要はない、という考え方もあるようです。
 しかし、そのような考え方は容易にメディカル・パターナリズムに傾きます。そのメディカル・パターナリズムによって患者の自己決定権が侵害されてきました。そのような歴史を踏まえて、患者の権利の法制化が進んできたというのが世界的な流れです。
 一方では、20年前、30年前ならばいざしらず、患者の権利はいまや当然のことではないか、いまさら法律で定める必要はないのではないか、という意見もきかれます。
そんなことはありません。
 病によって身体や精神が弱った時には、自分で自分の権利を守ることがたいへん困難になります。周囲の援助がなければ、特に医療による支えがなければ、人が人としてもっているはずの基本的人権が享受できなくなってしまいます。その一方で、医療に頼らざるを得なくなるが故に、医療による人権侵害にさらされる危険も大きくなります。
 歴史的にそういった権利侵害が繰り返されてきました。例えばハンセン病問題がそうです。優生保護法による強制堕胎がそうです。薬害エイズ等の薬害事件がそうです。そしていまも、医療に関する自分の基本的人権が侵害されている、人権保障が実現していないと感じている患者、日常医療の中でそのように感じている患者はたくさんいます。いまは健康であっても、自分が病んだ時に、適切な医療を受けられるのか、不安を抱えている市民はたくさんいます。
 そのような問題を解決し、不安を解消していくために、わたしたちは、医療制度の存在意義が患者の権利を守ることにあることを明らかにし、患者の権利の内容を明らかにする医療基本法が必要だと考えています。

 議員連盟の設立趣意と規約には、「わが国の医療の姿を医師・医療提供者と患者、国民の間の信頼関係に根ざしたものとしていくために」という目的が謳われています。信頼関係が重要であることについて、わたしたちもまったく異論はありません。
 問題は、どのようにしてこの信頼関係を構築するか、というところにあります。
 インフォームド・コンセント、患者の自己決定権といったものが意識されなかった時代には、患者には医師を信頼して全てを任せる以外の選択肢はありませんでした。自分は医療の専門家である、あなたの身体のことはあなたよりも自分の方が知っている、だから何もきかずに自分を信頼せよ、というのが、医療者の患者に対する古典的な姿勢でした。
 医療不信と呼ばれる状況があるとすれば、このような一方向的な信頼関係が限界に達したところに生まれた、必然的なものです。
 これを克服し、医師・医療提供者と患者、国民の間の信頼関係を構築するためには、患者の権利を双方の共通認識としたうえで、医師・医療提供者が、それを擁護すべき自らの責務を果たすという姿勢を示すことがまず必要です。

 また、議連の発足を報じるニュースに対しては、インターネット上、医療基本法によって、医療提供者の負担がこれまで以上に重くなるのではないかと心配する声が多く寄せられました。
 ひとはみな、勤労者としての権利を持っています。当然ながら、医療提供者も例外ではありません。
 それだけではなく、医療提供者は、患者の権利、医療にかかる基本的人権を擁護するという重要な責務があります。それは世界医師会のリスボン宣言にも謳われおり、世界的な共通認識といえます。
 自らの基本的人権を侵害されている者が、他者の基本的人権を擁護することはできません。医療提供者が疲弊し、燃え尽きて止めていかざるを得ないような医療制度、過労によってミスを繰り返すような医療制度、極端な場合には過労自殺に至るような医療制度では、患者の権利は守れません。
 患者の権利を守る医療制度であるためは、医療者の権利を守る医療制度でもある必要があるというのが、私たちの考えです。これを別な面からみれば、患者の権利擁護を医療制度の根底に据えることによって、医療者の権利を守ることの重要性を、社会の共通認識とすることができるはずです。

 そういった問題意識を含めて、日本国憲法、国際人権規約、WHO憲章、リスボン宣言などを参照しながら策定したのが、この、わたしたちの医療基本法要綱案であり、わたしたちの考える「患者の権利擁護を中心とする医療基本法」の姿を示したものです。

 医療基本法制定に向けては、そもそもの出発点である「患者の権利擁護を中心とする」という部分を繰り返し確認しつつ、その実現に向けて充実した議論がなされることを要望いたします。


 次回は、4月18日、全国「精神病」者集団、患者納得の会INCA、日本医療社会福祉協会からのヒアリングが行われる予定です。
(小林)