5月31日に予定されていたハンセン病家族訴訟の判決(ハンセン病家族訴訟結審、5月31日判決へ!)が、6月28日に延期され、なんとも落ち着かない日々を送っているこの頃です。6月27日から28日にかけての予定については、改めてご案内したいと思っておりますが、とりあえず本日は、医療事故紛争解決事例シリーズの第13回を。

 前回同様、3歳の子どもの腹痛が問題になったケースです。
 Aさんが、両親に連れられてB地区夜間急患センターを受診したのは、午後8時30分頃のことでした。カルテの記載によれば、現病歴として「昼食時に腹痛が出現し、嘔吐が1回あったこと」、「C病院を受診し制吐剤を使用するも3〜4回嘔吐があったこと」、「夕方から徐々に熱が上がってきたこと」が把握されています。
 体温は39.1度、血圧は88/40で、四肢末梢の冷感がありました。また、医師の腹部触診中に血性の嘔吐があり、午後8時51分の検査では、23700という著明な白血球増多が見られました。
 これに対し、担当医は、ウイルス性の腸炎を疑い、点滴と制吐剤の投与を指示しました。
 日付の変わった午前0時40分頃、Aさんの意識状態は低下し、近くの救急病院に搬送されました。しかし、到着時には既に心肺停止状態、そこで気管内挿管等の蘇生措置を施されつつ、さらに三次救急病院に転送されますが、同日午前4時10分に死亡が確認されました。

根津美術館庭園
 解剖の結果、小腸の軸捻転によると考えられる重度の絞扼性イレウスによる小腸の出血性壊死が認められ、これが死亡原因であることが判明しました。解剖にあたった医師は、腸管壊死が小腸に限局して約90センチと比較的短かったこと、小腸軸捻転でも腸回転異常を伴うものではなかったことなどから、早期に正確な診断をして開腹手術をしていれば十分救命可能性があったとコメントしています。
 
 嘔吐を主訴として受診する子どもの診療にあたっては、安易なウイルス性腸炎(感冒性嘔吐症)の診断のもとに重要な消化器疾患を見逃さないよう注意すべし、ということは、さまざまな教科書的文献で強調されています。
 本件でいえば、下痢を伴っていないこと、嘔吐が血性であることなど、単なるウイルス性腸炎ではないことを示唆する所見がありました。また、白血球数も、ウイルス性腸炎にしては多すぎますし、四肢末梢の冷感も、ただならぬ重篤感を漂わせています。こういった徴候から、担当医が、別の原因を疑って腹部レントゲンだけでも撮影していれば、ニボー像など、イレウスの特徴的所見が得られて、救急搬送されることになっていたのではないでしょうか。

 とはいえ、この担当医がAさんの診療に関わったのはわずか4時間のことであり、それを責めるのはやや酷だという見方もあると思います。実際、担当医は、わたしの質問に対し、「ウイルス性腸炎で下痢を伴わない症例もある」、「白血球増多は脱水によるものとも考えられる」と切り返していました。
 しかし、同席していた父親が、「私の娘は、助からない運命だったということでしょうか」と問いかけると、担当医は、しばらく沈黙した後、「救わなければならない命でした」、「救えるのは私だけでした」と頭を下げ、腹部レントゲンを撮影すべきだったと謝罪したのです。

 患者側からの損害賠償請求に対する病院側の提示額は、死亡事案にしてはやや少額なものでしたが、私からそれをきいたご両親は、即座に応諾されました。
 残念な事件ではありましたが、担当医の率直な謝罪により、早期に適切な解決が得られた事件として印象に残っています。
(小林)