新型コロナ問題は、緊急事態宣言が解除されて一息ついたかと思う間もなく第2波とやらで、ほんとうに憂鬱なことです。メディアでは、感染者に対する隔離のみならず、罰則付きの行動制限を求める声も堂々と報じられるようになりました。

 この問題については、いずれきちんと書きたいと思っているのですが、今日は、感染症予防法の条文を二つ示すにとどめておきたいと思います。

(国民の責務)
第4条 国民は、感染症に関する正しい知識を持ち、その予防に必要な注意を払うよう努めるとともに、感染症の患者等の人権が損なわれることがないようにしなければならない

(最小限度の措置)
第22条の2 第16条の3から第21条までの規定により実施される措置は、感染症を公衆にまん延させるおそれ、感染症にかかった場合の病状の程度その他の事情に照らして、感染症の発生を予防し、又はそのまん延を防止するため必要な最小限度のものでなければならない


 なお、「第16条の3から第21条までの規定により実施される措置」というのは、検査(第16条の3)、健康診断(第17条)、就業制限(第18条)、入院(第19〜21条)を意味しています。
竹富島

 さて、しばらくお休みしていた医療事故紛争解決事例シリーズの第17回です。

 以前、腹部大動脈瘤破裂見逃し事件のエントリーで書いたとおり、急性発症かつ安静時痛の腰背部痛の患者を診察する際に、優先的に鑑別しなければならない疾患として腹部大動脈破裂または切迫破裂と並んで挙げられるのが、大動脈解離です。
 Aさんは38歳の男性。ある水曜日の午前9時50分、脈打つような腰痛を訴えて近くのB病院を受診しました。
 カルテによれば、腰痛の前には胸痛があったとのこと。担当医はCTを撮影しますが、単純撮影終了後、造影剤を入れたところでCTが故障、「本日はこれ以上の評価は困難、症状あれば再来するように」との指示がカルテに残されています。
 同日午後11時25分、Aさんは、「腹痛が治まらない」と訴えて再びB病院を受診。CTの修理は終わっていたらしく、また単純CTが撮影され「明らかな腹痛のフォーカスとなるような所見なし」、ボルタレンで様子をみてくださいと家に帰されました。
 さらに翌木曜日の午前8時30分、Aさんは、ボルタレンでも痛みが治まらないとして三度B病院を受診します。
 診察の結果、「腰部安静時痛にて不変」、腰椎のレントゲン撮影で圧迫骨折疑いとされ、週明けに整形外科を受診するよう指示されました。
 しかし、Aさんは、安静にしても治まらない激痛に耐えかね、木曜日の夜にもB病院を受診します。B病院も、根負けしたかのようにAさんを整形外科に入院させることとなりました。入院時の血圧は171/103という著明な高血圧でした。

 入院時の所見では、「疼痛は右腰部に限局してきている」とありますが、金曜日には脇腹の痛み、土曜日には背中の痛みが訴えられています。
 整形外科では腰椎5番の圧迫骨折は陳旧性との診断で、Aさんは土曜日にいったんB病院を退院し、腎臓専門のC病院に転院することになりました。腎臟結石を疑っての紹介です。C病院では単純及び造影CTが撮影されています。CT所見は、結石なし、右腎萎縮と左腎肥大というものでした。
 週が明けて月曜日の朝、Aさんは、再びB病院に入院します。このときの血圧は204/118。「痛みの原因精査をまず行う。一度造影CTを撮っておきたいところ」とのコメントがカルテにあります。しかし、この日の夕方から夜にかけて、Aさんの痛みはさらに強まり、翌火曜日未明に亡くなってしまいました。
 解剖の結果、鎖骨下動脈分岐部から総腸骨動脈分岐部に至る大動脈解離が存在しており、その破裂がAさんの死因であることが判明しました。

 C病院で土曜日に撮影されたCTです。左が単純、右が造影。
大動脈解離
 私は、右の画像を見たときの驚きを忘れることができません。これほど明確な大動脈解離の所見(大動脈の二腔構造)が見落とされることがあるのかと、むしろ我が目を疑いました。見るつもりになって見なければ、どれほど明らかな所見も見えないものだということを度々聞かされますが、なるほどこういうことであったかと実感しました。
 C病院の腎臓専門医は、腎臓しか見ていなかったのです。

 また、左側の単純CTでは、大動脈解離の所見がまったくみられないことも印象的です。
 大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドラインをはじめとする各種文献は、「大動脈解離を疑った場合には造影CTが必須」としています。
 単純CTでも大動脈解離を診断できる場合はあります。しかし、やはり造影CTでなければ見逃されてしまう大動脈解離がある。そして、その見逃すことによるリスクは極めて大きい。であればこそ、大動脈解離を疑ったら造影CT。

 急性発症で、安静にしても治まらず、鎮痛剤も効かない激痛。さらに、胸痛から腰痛へ、また腹痛、背部痛といった疼痛部位の移動。AさんがB病院で訴えたのは、大動脈解離の典型的な症状でした。また、B病院初診時の凝固系の検査では、Dダイマーは基準値を超えていました
 初診時にCTが故障したという不運はありましたが、その後の診療経過の中で、やはり造影CTによる大動脈解離の鑑別が必要だと考える機会はいくらでもあったはずなのです。

 この事件はB病院、C病院とも責任を認め、訴訟前の示談が成立しました。
 二つの病院の話し合いにより、B病院8対C病院1の割合で賠償金が分担されています。一見して明らかなのは、造影CTで大動脈解離の所見を見逃したC病院の過失ですが、それよりも、これほど典型的な大動脈解離の症状を目の前にして造影CT検査を行わなかったB病院の過失の方が大きいということなのだと理解しています。
(小林)