気がつけばもう8月ではありませんか。
 なんと、今年に入って初めてのブログ更新です。もっとマメに情報発信すべきですね。大いに反省したいと思います。

 さて、ずいぶん間が空いてしまいましたが、周産期シリーズの第2弾です。

 出生時体重4526gと巨大児で、産声を上げることなく、重度新生児仮死の状態で生まれ、総合病院の新生児集中治療室の医師の応援を求めたものの、重度脳性麻痺が残った、というものです。

 産婦はちょっと肥満気味、これがはじめての妊娠出産。妊娠5週から定期的に相手方の産科医院を受診しました。毎回の超音波検査が行われ、妊娠34週の推定体重は2287g、37週3101g、38週3406g、39週2593g、40週5日で3903gと、かなり大きめです。
 分娩予定日を超過しても胎児の頭が下降せず、分娩が進まないため、40週6日に分娩誘導目的で入院となり、メトロ(子宮口を広げる水風船のようなもの)を挿入、分娩誘発剤(オキシトシン)の点滴投与も開始されましたが、子宮口は2cmまでしか開かず、翌日いったん退院となりました。

納涼船

 次の日、再び分娩誘導が試みられましたが、やはり子宮口は開かず、お産が進みません。
 その次の日(41週2日)、産婦は破水を感じて受診、検査の結果「高位破水」(子宮口から離れた部位で卵膜が破れ、チョロチョロと羊水が流出している状態)であると分かり、その翌日(41週3日)再び入院して分娩誘導することとなりました。
 41週3日、入院時の推定体重は3984gと記録されています。けれど、これは、いったん4300gと計算されたものを測り直して、敢えて低い値を算出したものでした。
 午前8時40分に入院、機械的子宮頸管拡張器が挿入され、陣痛促進剤の点滴が開始され、しだいに増量されました。
 記録によると午後6時25分に破水、産婦はこれを人工破水(陣痛を引き起こすために人為的に卵膜を破ること)と記憶していますが、助産録には自然破水と記録されています。
 午後7時胎胞脱出(赤ちゃんを包んでいる膜が子宮口から飛び出す状態で、これ自体異常なことです)、午後7時53分羊水混濁を認め、午後8時35分には子宮口が全開大となりますが、胎児の心音が低下したため、産婦に酸素投与が開始されています。
 自然な出産に至らないため、午後9時23分、会陰切開、吸引分娩が3回試みられましたが、胎児の頭は降りてこず、「微弱陣痛、回旋異常」との判断で、午後9時35分、帝王切開への切り替えが決定されました。

 応援を求めた高次医療機関の産科医の到着を待って、午後10時15分に手術室に運び込み、腰椎麻酔(背中の腰の部分から針を刺し、脊髄の中に麻酔薬を注射して、みぞおちあたりからお尻・足までしびれさせる麻酔の方法)が試みられました。しかし、この産婦さんに適した長さの針がなく、脊髄に針を入れることができなかったため、局所麻酔(麻酔をかけたい部位に直接麻酔薬を注射する方法)に静脈麻酔(静脈内に麻酔薬を入れる全身麻酔)を加えた方法で麻酔が行われ、午後11時17分に手術を開始、11時37分に娩出となりました。
 しかし、体重4526gの「巨大児」で、産声を上げず、ほとんど反応のない重度の新生児仮死の状態であったことから、総合病院の新生児集中治療室の医師の応援を求めました。
 娩出から10分後、応援医師が到着し、気管内挿管した上で人工呼吸管理を開始して、総合病院に搬送、新生児集中治療室(NICU)での治療が行われましたが、低酸素生虚血性脳症等により、重度脳性麻痺の障害がのこりました。
 吸引分娩が開始される前の胎児の心拍には問題はなく、吸引分娩、帝王切開への切り替え、麻酔、帝王切開という過程において、胎児の心拍に異常が生じ、これ以降に脳に障害がもたらせられたことは明らかでした。

 この事故は、産科医療補償制度の対象となり、原因分析報告書が作成されています。

 この報告書の中では、インフォームド・コンセントの問題や、陣痛促進剤投与中にもかかわらず分娩監視装置が外されていること、陣痛誘発剤の増量、児頭の位置についての記録がないことなどの問題が指摘されていますが、生まれた後の対応については、「新生児蘇生(バッグマスクによる人工呼吸、気管挿管、チューブバッグによる人工呼吸)、および高次医療機関NICUへ搬送したことは一般的である」との評価がなされていました。

 この事故について、私たちが当初考えた過失は次のようなものでした。
 1 巨大児の予測を怠り安易に経膣分娩を試みた
 2 緊急帝王切開への切り替えの準備を怠った
 3 吸引分娩の要約に反した(胎児の頭が高い位置にあったのに吸引した)

 生まれた後の蘇生措置については、たいへんにきびしい状態で生まれてきたので、障害がのこらないような蘇生措置を行うことはむずかしかったのではないかとの印象を持っていました。

 しかし、この子が生まれた直後に駆けつけてくれた総合病院のNICUの医師に、改めてお話を聞くと、真の問題は、腰椎麻酔ができず、静脈麻酔(全身麻酔)ととせざるをえなかったのだから、胎盤をとおして胎児にも麻酔薬の影響が及んでしまうことはあきらか。そうすると、胎児はsleeping baby(麻酔により眠っている状態)となり、呼吸機能が低下する、したがって、出生後すみやかに気道確保して気管内挿管を行い、人工呼吸器を開始しなければ低酸素状態から脳性麻痺を引き起こしてしまう、そのことを予め意識して、遅くとも(娩出から)1分以内には人工呼吸がなされるべきであったと言われました。
 この医師の執務していた総合病院では、全身麻酔による出産の場合、生まれてきた子に重い呼吸機能障害があることは容易に予測できるので、麻酔が効く前から新生児科の医師が出産に立ち会って、生まれてすぐに蘇生ができるようにしているとのことでした。
それに、蘇生のための気管内挿管ですが、当然に、大人と新生児とではまるで気管の大きさが違います。新生児に対する気管内挿管は、新生児への救急対応になれた医師でなければたいへんむずかしいのだそうです。

 こうした情報を改めて先方に伝えた結果、産科医院は過失を認め、また結果のすべてに責任があることを認め、訴訟前の示談をすることができました。

 示談書は、事案の内容について、私たちの主張を踏まえた詳しい経過を記した上で、
 乙は、甲らに対し、乙における子の分娩の際に、母の体型の産婦についての緊急帝王切開に対応できる腰椎麻酔用の注射針がなかったため、静脈麻酔及び局所麻酔の併用により対応せざるを得ず、その結果、娩出された子が新生児仮死となり、低酸素性虚血性脳症により重度脳性麻痺の障害を遺したことにつき、心より遺憾の意を表明すると共に、本件を教訓として、今後、緊急帝王切開に対応できるよう必要な注射針を準備し、新生児蘇生に関する産科医療補償制度再発防止委員会の提言を参照して、日本周産期・新生児医学会の「新生児蘇生法講習会」を受講する、「新生児の蘇生法アルゴリズム」のポスターを分娩室に掲示する、継続的な学習や訓練を行うことでいつでも新生児蘇生ができるようにする、院内で対応できない事態が生じた場合には速やかに講じ医療機関に搬送できる態勢を整えるなど、再発防止に努めることを誓約する。
といった内容のものとなりました。

 分娩事故では、ともすると、生まれるまでの対応にばかり目が行きがちですが、生まれてくる児の状態を的確に予測し、あるいは生まれてきた子の状態を正確に評価し、適切な蘇生措置がなされたかどうかについても、適正に評価することが必要であることを、教えられた事例でした。
(久保井)