先週、福岡地裁で和解した事件のご報告です。担当は久保井、小林。
3年前、福岡県久留米市にある大学病院で手術を受けた後に死亡した男性の遺族が、「医療ミスがあった」として賠償を求めた裁判で、病院側が和解金の支払いに加え、医療事故として第三者機関に報告するという条件で和解が成立しました。
遺族側によりますと、こうした条件が盛り込まれるのは異例だということです。
3年前、久留米大学病院で食道がんの手術を受けた当時64歳の男性が、手術後に急性循環不全で死亡し、男性の遺族は手術後に血圧を上昇させる処置に過失があったとして病院に賠償を求める訴えを起こしました。
福岡地方裁判所は「過失と死亡との間に因果関係がある」として和解勧告し、病院側が和解金4600万円あまりを支払うことできょう、和解が成立しました。
遺族側の弁護士によりますと、和解には医療事故調査制度に基づき病院側が医療事故として第三者機関に報告することが盛り込まれていて、こうした条件は異例だということです。
調査制度は全国の医療事故を分析し再発防止につなげるものですが、報告するかどうかは医療機関の判断に委ねられていて、必要な報告や調査が行われていないという指摘もあります。
男性の妻は「病院の姿勢や説明の内容に納得できず裁判となりましたが、二度と同じことが起きることがないよう、再発防止にいかされることを強く希望します」とコメントしています。
和解について、久留米大学病院は「本件を真摯に受け止め、重大なる教訓として体制を強化し、医療の安全確保により一層努めてまいります」とコメントしています。
09月02日17時43分

遺族側によりますと、こうした条件が盛り込まれるのは異例だということです。
3年前、久留米大学病院で食道がんの手術を受けた当時64歳の男性が、手術後に急性循環不全で死亡し、男性の遺族は手術後に血圧を上昇させる処置に過失があったとして病院に賠償を求める訴えを起こしました。
福岡地方裁判所は「過失と死亡との間に因果関係がある」として和解勧告し、病院側が和解金4600万円あまりを支払うことできょう、和解が成立しました。
遺族側の弁護士によりますと、和解には医療事故調査制度に基づき病院側が医療事故として第三者機関に報告することが盛り込まれていて、こうした条件は異例だということです。
調査制度は全国の医療事故を分析し再発防止につなげるものですが、報告するかどうかは医療機関の判断に委ねられていて、必要な報告や調査が行われていないという指摘もあります。
男性の妻は「病院の姿勢や説明の内容に納得できず裁判となりましたが、二度と同じことが起きることがないよう、再発防止にいかされることを強く希望します」とコメントしています。
和解について、久留米大学病院は「本件を真摯に受け止め、重大なる教訓として体制を強化し、医療の安全確保により一層努めてまいります」とコメントしています。
「医療事故調査制度」は、医療事故の再発防止を目的として平成27年に国が新たに設けた制度です。
患者が予期せぬ形で死亡した場合、医療機関は自ら調査を行い、その結果を「医療事故調査・支援センター」に報告することが義務づけられ、センターは、報告された事例をもとに調査・分析を行って「再発防止に向けた提言」を公表しています。
しかし、医療事故として報告するかどうかは医療機関の判断に委ねられていて、必要な報告や調査が行われず、十分な再発防止につながっていないとの指摘もあります。
制度が始まった翌年の平成28年には年間406件の報告がありましたが、去年は317件と減少傾向にあります。
2歳の娘を医療事故で亡くし、「医療過誤原告の会」の会長を務める宮脇正和さんは「私たちは大事な家族を亡くしても『同じような事故を起こさないでほしい』という願いが大きい。今回の和解は、医療の安全性や信頼度を向上させていく意味で本当に大きな意義がある」と評価しました。
一方、現在の制度は、医療事故として報告するかどうかの判断が医療機関に委ねられていることについて、「遺族が蚊帳の外に置かれている。第三者がヒアリングをして『調査すべき』というものについては病院に調査するよう強制力を持たせていくといった制度の改善を積み重ねていってほしい」と話しています。
以下、手術終了から心停止までの時系列を簡単に示します。
食道癌(1b期)に対する開胸開腹食道亜全摘、リンパ節郭清、後縦隔胃管再建術が終了したのが午後8時30分。
午後9時20分頃、SICU収容。この時点の血圧は、147/88㎜Hgと正常、心拍は109と頻脈気味でした。この時点で術後の維持輸液として酢酸リンゲルが120mℓ/時の速度で、疼痛管理のためのプロポフォールが18mℓ/時の速度で点滴されています。
SICU収容後40分間の尿量は20mℓ。この報告を受けた医師は、「0時よりFFP(自己血)投与予定のため様子観察」と指示しました。
頻脈傾向はその後も持続する一方、血圧は徐々に低下。午後10時半頃には平均血圧が65㎜Hg未満となり、同40分頃には60㎜Hgを切りました。
このような報告を受けた医師は、プロポフォールの投与量を半分に減量しますが、血圧低下傾向は止まらず、午後10時45分には鎮痛剤は全面的に中止されることになりました。
FFP投与が予定よりも前倒しで開始されたのが午後11時40分、これ以降の平均血圧は乱高下しており、どれほど実態が反映されているのかやや分かりにくい部分があります。しかし、翌日0時40分以降の平均血圧はほぼ一貫して40㎜Hg未満、循環不全状態は明らかでした。
1時10分頃、胸腔及び腹腔ドレーンから血性排液が確認されたため、貧血を調べるために動脈血ガス分析が行われました。その結果、Hb9.1と貧血の進行が確認され、自己血赤血球投与が開始されました。実は、この血ガス分析では、pH7.195、血清乳酸値11.1molという極めて重篤な状態が示されていましたが、それは医師に報告されていません。
その後も平均血圧は低下を重ね、2時10分頃、患者は呼びかけに反応を示さなくなり、心電図も2時33分には心静止状態となりました。
この段階に至って、被告病院スタッフは胸骨圧迫、ボスミン投与などの蘇生措置を行い、約8分後には自己心拍が再開しました。しかし、患者はその後一度も意識を回復することなく、約3週間後に死亡しました。
食道癌の手術は、最も侵襲度の高い手術の一つであり、それだけに術後の循環に対する影響は大きく、きめ細やかな血行動態の管理が必要であるとされています。
一方、臓器や組織への血流を維持するためには、平均血圧65㎜Hg以上が必要であり、これを下回ると、組織が低酸素に陥ることになります。したがって、術後の血圧低下に対しては、輸液の量を調節したり、昇圧剤を使ったりして、平均65㎜Hg以上を維持することが必要になるはずです。
ところが本件では、平均血圧が65㎜Hgどころか、50台へ、40台へと時間を追って低下していくのに、大量輸液や、昇圧剤の使用といった処置を行うことなく心停止に至っています。
こういった事例でしたので、担当医の尋問のみで、比較的早期に、責任を前提とする和解所見を得ることができました。
さて、このNHKの報道の肝は、事件そのものよりも、医療事故報告の方にあるわけですが、これについては話が長くなりますので、稿を改めることといたしましょう。
患者が予期せぬ形で死亡した場合、医療機関は自ら調査を行い、その結果を「医療事故調査・支援センター」に報告することが義務づけられ、センターは、報告された事例をもとに調査・分析を行って「再発防止に向けた提言」を公表しています。
しかし、医療事故として報告するかどうかは医療機関の判断に委ねられていて、必要な報告や調査が行われず、十分な再発防止につながっていないとの指摘もあります。
制度が始まった翌年の平成28年には年間406件の報告がありましたが、去年は317件と減少傾向にあります。
2歳の娘を医療事故で亡くし、「医療過誤原告の会」の会長を務める宮脇正和さんは「私たちは大事な家族を亡くしても『同じような事故を起こさないでほしい』という願いが大きい。今回の和解は、医療の安全性や信頼度を向上させていく意味で本当に大きな意義がある」と評価しました。
一方、現在の制度は、医療事故として報告するかどうかの判断が医療機関に委ねられていることについて、「遺族が蚊帳の外に置かれている。第三者がヒアリングをして『調査すべき』というものについては病院に調査するよう強制力を持たせていくといった制度の改善を積み重ねていってほしい」と話しています。
以下、手術終了から心停止までの時系列を簡単に示します。
食道癌(1b期)に対する開胸開腹食道亜全摘、リンパ節郭清、後縦隔胃管再建術が終了したのが午後8時30分。
午後9時20分頃、SICU収容。この時点の血圧は、147/88㎜Hgと正常、心拍は109と頻脈気味でした。この時点で術後の維持輸液として酢酸リンゲルが120mℓ/時の速度で、疼痛管理のためのプロポフォールが18mℓ/時の速度で点滴されています。
SICU収容後40分間の尿量は20mℓ。この報告を受けた医師は、「0時よりFFP(自己血)投与予定のため様子観察」と指示しました。
頻脈傾向はその後も持続する一方、血圧は徐々に低下。午後10時半頃には平均血圧が65㎜Hg未満となり、同40分頃には60㎜Hgを切りました。
このような報告を受けた医師は、プロポフォールの投与量を半分に減量しますが、血圧低下傾向は止まらず、午後10時45分には鎮痛剤は全面的に中止されることになりました。
FFP投与が予定よりも前倒しで開始されたのが午後11時40分、これ以降の平均血圧は乱高下しており、どれほど実態が反映されているのかやや分かりにくい部分があります。しかし、翌日0時40分以降の平均血圧はほぼ一貫して40㎜Hg未満、循環不全状態は明らかでした。
1時10分頃、胸腔及び腹腔ドレーンから血性排液が確認されたため、貧血を調べるために動脈血ガス分析が行われました。その結果、Hb9.1と貧血の進行が確認され、自己血赤血球投与が開始されました。実は、この血ガス分析では、pH7.195、血清乳酸値11.1molという極めて重篤な状態が示されていましたが、それは医師に報告されていません。
その後も平均血圧は低下を重ね、2時10分頃、患者は呼びかけに反応を示さなくなり、心電図も2時33分には心静止状態となりました。
この段階に至って、被告病院スタッフは胸骨圧迫、ボスミン投与などの蘇生措置を行い、約8分後には自己心拍が再開しました。しかし、患者はその後一度も意識を回復することなく、約3週間後に死亡しました。
食道癌の手術は、最も侵襲度の高い手術の一つであり、それだけに術後の循環に対する影響は大きく、きめ細やかな血行動態の管理が必要であるとされています。
一方、臓器や組織への血流を維持するためには、平均血圧65㎜Hg以上が必要であり、これを下回ると、組織が低酸素に陥ることになります。したがって、術後の血圧低下に対しては、輸液の量を調節したり、昇圧剤を使ったりして、平均65㎜Hg以上を維持することが必要になるはずです。
ところが本件では、平均血圧が65㎜Hgどころか、50台へ、40台へと時間を追って低下していくのに、大量輸液や、昇圧剤の使用といった処置を行うことなく心停止に至っています。
こういった事例でしたので、担当医の尋問のみで、比較的早期に、責任を前提とする和解所見を得ることができました。
さて、このNHKの報道の肝は、事件そのものよりも、医療事故報告の方にあるわけですが、これについては話が長くなりますので、稿を改めることといたしましょう。
(小林)