前回のエントリー「医療事故報告を条件に和解」に関連して、医療法上の医療事故調査制度及び報告義務について紹介します。
やや煩雑な話になりますが、しばらくおつきあいください。
まず、医療法6条の10第1項は、以下のように定めています。
病院、診療所又は助産所(以下この章において「病院等」という。)の管理者は、医療事故(当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であつて、当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかつたものとして厚生労働省令で定めるものをいう。以下この章において同じ。)が発生した場合には、厚生労働省令で定めるところにより、遅滞なく、当該医療事故の日時、場所及び状況その他厚生労働省令で定める事項を第六条の十五第一項の医療事故調査・支援センターに報告しなければならない。
つまり、医療法上の医療事故=「当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であつて、当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかつたものとして厚生労働省令で定めるもの」です。
逆にいえば、「予期していた死亡」は、この「医療事故」の定義から外れますので、医療法6条の10第1項による報告の対象にはなりません。では、事故が起こった後で、院長が、「その死は予期していました」と言ってしまえば、報告しなくていいことになるのでしょうか。
それでは、この制度が有名無実化してしまうので、どういう場合であれば、「予期していなかった」(あるいは「予期していた」)といえるのかを、厚生労働省令で定めることにしたわけです。

やや煩雑な話になりますが、しばらくおつきあいください。
まず、医療法6条の10第1項は、以下のように定めています。
病院、診療所又は助産所(以下この章において「病院等」という。)の管理者は、医療事故(当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であつて、当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかつたものとして厚生労働省令で定めるものをいう。以下この章において同じ。)が発生した場合には、厚生労働省令で定めるところにより、遅滞なく、当該医療事故の日時、場所及び状況その他厚生労働省令で定める事項を第六条の十五第一項の医療事故調査・支援センターに報告しなければならない。
つまり、医療法上の医療事故=「当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であつて、当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかつたものとして厚生労働省令で定めるもの」です。
逆にいえば、「予期していた死亡」は、この「医療事故」の定義から外れますので、医療法6条の10第1項による報告の対象にはなりません。では、事故が起こった後で、院長が、「その死は予期していました」と言ってしまえば、報告しなくていいことになるのでしょうか。
それでは、この制度が有名無実化してしまうので、どういう場合であれば、「予期していなかった」(あるいは「予期していた」)といえるのかを、厚生労働省令で定めることにしたわけです。

その定めが、医療法施行規則第一条の十の二であり、具体的には以下のような規定です。
法第六条の十第一項に規定する厚生労働省令で定める死亡又は死産は、次の各号のいずれにも該当しないと管理者が認めたものとする。
一 病院等の管理者が、当該医療が提供される前に当該医療従事者等が当該医療の提供を受ける者又はその家族に対して当該死亡又は死産が予期されることを説明していたと認めたもの
二 病院等の管理者が、当該医療が提供される前に当該医療従事者等が当該死亡又は死産が予期されることを当該医療の提供を受ける者に係る診療録その他の文書等に記録していたと認めたもの
三 病院等の管理者が、当該医療を提供した医療従事者等からの事情の聴取及び第一条の十一第一項第二号の委員会からの意見の聴取(当該委員会を開催している場合に限る。)を行つた上で、当該医療が提供される前に当該医療従事者等が当該死亡又は死産を予期していたと認めたもの
抽象的、一般的には、医療行為には常に危険が伴います。手術を代表とする侵襲的治療の説明文書には、死亡の可能性まで記載されていることが多いと思われます。
この医療法施行規則第一条の十の二を形式的に読むと、そのような説明さえなされていれば(そのような記載を含む説明文書さえ交付していれば)、一号あるいは二号に該当して、「予期しなかったもの」の範囲から外れることになってしまいそうです。
実は先日、内視鏡治療で消化管を穿孔して汎発性腹膜炎から死亡に至ったという事案で相手方医療機関に調査に赴き、医療事故として扱われていない理由を尋ねたところ、病院側の回答は、「そういった事態もあり得ることとして事前説明を行い、同意を得て治療したものであるから医療事故ではない」というものでした。
しかし、このような解釈は誤りです。
この一号及び二号の解釈については、平成27年医政発0508第1号として、「地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律の一部の施行(医療事故調査制度)について」という通知が発出されており、そこには、「一般的な死亡の可能性についての説明や記録ではなく、当該患者個人の臨床経過を踏まえて、当該死亡又は死産が起こりうることについての説明及び記録であることに留意すること」と明記されています。
この点について、日本医療安全調査機構(医療事故調査・支援センター)は、ホームページの「医療関係者のみなさま」という部分で、以下のように説明しています。
Q4.「死亡する可能性がある」ということのみ説明や記録がされていた場合は、予期したことになるのでしょうか?
A4.医療法施行規則第1条の10の2第1項第1号の患者又はその家族への説明や同項第2号の記録については、当該患者個人の臨床経過を踏まえ、当該患者に関して死亡又は死産が予期されることを説明していただくことになります。したがって、個人の病状等を踏まえない、「高齢のため何が起こるかわかりません」、「一定の確率で死産は発生しています」といった一般的な死亡可能性についてのみの説明又は記録は該当しません。
内視鏡治療に伴う事故の可能性を説明しただけでは、「予期していた」とは言えないのです。
このような施行規則や通知が出されるに至った議論の経過については、当時、このブログでかなり詳しくお伝えしています。
興味のある方は、下記二つのエントリーをご参照いただければ幸いです。
医療と法律問題(第17回)〜予期された「医療事故」とは
医療と法律問題(第21回)〜医療法施行規則改正案にみる「医療事故」の定義
NHKの報道にあるとおり、医療事故調査制度における報告件数は減少傾向にあります。
もともと、この制度発足以前には、年間1300〜2000件程度の報告が想定されていました。これは、日本医療機能評価機構の医療事故情報収集等事業への報告数等から試算されたものであり、一定の信頼性がある数字だと思われます。
それにもかかわらず、これまで最多であった平成28年でも、年間報告件数は400件程度にとどまっています。わたしたちとしては、制度の認知度が高まることによって報告件数が増加することを期待していたのですが、その後の減少傾向は、やはり制度それ自体に問題があると考えざるを得ません。もちろん、医療事故そのものが、予測していたよりもずっと少ないのだということであれば喜ぶべきことですが、前記の内視鏡による事故の例をみても、本来、報告されるべき事故が報告されていないことは明らかです。医療事故か否かの判断を、医療施設の管理者に委ねるという制度の建付が、規則や通知の恣意的な解釈を許し、報告を回避することを可能にしているというべきでしょう。
久留米大学病院の食道がん手術のケースに戻れば、病院は、本件事故発生直後に、外部委員を入れた院内事故調査を行っています。しかし、これを医療法6条の10第1項にいう「医療事故」として、医療事故調査・支援センターに報告することはしていませんでした。
どのような理由で報告しなかったのかはわたしは把握していませんが、本来、報告すべきであった事例であったことは間違いないでしょう。
しかし、遅ればせながらも、和解による医療訴訟の終結に伴い、医療法上の医療事故として報告することとしたのは、英断であり、その点において、病院の姿勢は高く評価されるべきものと考えます。
同種事案の再発防止とともに、本来ならば報告されるべき事故が報告されないという事態が繰り返されないことを願いたいものです。
法第六条の十第一項に規定する厚生労働省令で定める死亡又は死産は、次の各号のいずれにも該当しないと管理者が認めたものとする。
一 病院等の管理者が、当該医療が提供される前に当該医療従事者等が当該医療の提供を受ける者又はその家族に対して当該死亡又は死産が予期されることを説明していたと認めたもの
二 病院等の管理者が、当該医療が提供される前に当該医療従事者等が当該死亡又は死産が予期されることを当該医療の提供を受ける者に係る診療録その他の文書等に記録していたと認めたもの
三 病院等の管理者が、当該医療を提供した医療従事者等からの事情の聴取及び第一条の十一第一項第二号の委員会からの意見の聴取(当該委員会を開催している場合に限る。)を行つた上で、当該医療が提供される前に当該医療従事者等が当該死亡又は死産を予期していたと認めたもの
抽象的、一般的には、医療行為には常に危険が伴います。手術を代表とする侵襲的治療の説明文書には、死亡の可能性まで記載されていることが多いと思われます。
この医療法施行規則第一条の十の二を形式的に読むと、そのような説明さえなされていれば(そのような記載を含む説明文書さえ交付していれば)、一号あるいは二号に該当して、「予期しなかったもの」の範囲から外れることになってしまいそうです。
実は先日、内視鏡治療で消化管を穿孔して汎発性腹膜炎から死亡に至ったという事案で相手方医療機関に調査に赴き、医療事故として扱われていない理由を尋ねたところ、病院側の回答は、「そういった事態もあり得ることとして事前説明を行い、同意を得て治療したものであるから医療事故ではない」というものでした。
しかし、このような解釈は誤りです。
この一号及び二号の解釈については、平成27年医政発0508第1号として、「地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律の一部の施行(医療事故調査制度)について」という通知が発出されており、そこには、「一般的な死亡の可能性についての説明や記録ではなく、当該患者個人の臨床経過を踏まえて、当該死亡又は死産が起こりうることについての説明及び記録であることに留意すること」と明記されています。
この点について、日本医療安全調査機構(医療事故調査・支援センター)は、ホームページの「医療関係者のみなさま」という部分で、以下のように説明しています。
Q4.「死亡する可能性がある」ということのみ説明や記録がされていた場合は、予期したことになるのでしょうか?
A4.医療法施行規則第1条の10の2第1項第1号の患者又はその家族への説明や同項第2号の記録については、当該患者個人の臨床経過を踏まえ、当該患者に関して死亡又は死産が予期されることを説明していただくことになります。したがって、個人の病状等を踏まえない、「高齢のため何が起こるかわかりません」、「一定の確率で死産は発生しています」といった一般的な死亡可能性についてのみの説明又は記録は該当しません。
内視鏡治療に伴う事故の可能性を説明しただけでは、「予期していた」とは言えないのです。
このような施行規則や通知が出されるに至った議論の経過については、当時、このブログでかなり詳しくお伝えしています。
興味のある方は、下記二つのエントリーをご参照いただければ幸いです。
医療と法律問題(第17回)〜予期された「医療事故」とは
医療と法律問題(第21回)〜医療法施行規則改正案にみる「医療事故」の定義
NHKの報道にあるとおり、医療事故調査制度における報告件数は減少傾向にあります。
もともと、この制度発足以前には、年間1300〜2000件程度の報告が想定されていました。これは、日本医療機能評価機構の医療事故情報収集等事業への報告数等から試算されたものであり、一定の信頼性がある数字だと思われます。
それにもかかわらず、これまで最多であった平成28年でも、年間報告件数は400件程度にとどまっています。わたしたちとしては、制度の認知度が高まることによって報告件数が増加することを期待していたのですが、その後の減少傾向は、やはり制度それ自体に問題があると考えざるを得ません。もちろん、医療事故そのものが、予測していたよりもずっと少ないのだということであれば喜ぶべきことですが、前記の内視鏡による事故の例をみても、本来、報告されるべき事故が報告されていないことは明らかです。医療事故か否かの判断を、医療施設の管理者に委ねるという制度の建付が、規則や通知の恣意的な解釈を許し、報告を回避することを可能にしているというべきでしょう。
久留米大学病院の食道がん手術のケースに戻れば、病院は、本件事故発生直後に、外部委員を入れた院内事故調査を行っています。しかし、これを医療法6条の10第1項にいう「医療事故」として、医療事故調査・支援センターに報告することはしていませんでした。
どのような理由で報告しなかったのかはわたしは把握していませんが、本来、報告すべきであった事例であったことは間違いないでしょう。
しかし、遅ればせながらも、和解による医療訴訟の終結に伴い、医療法上の医療事故として報告することとしたのは、英断であり、その点において、病院の姿勢は高く評価されるべきものと考えます。
同種事案の再発防止とともに、本来ならば報告されるべき事故が報告されないという事態が繰り返されないことを願いたいものです。
(小林)