昨年3月23日付のエントリー「アブレーション中の心停止に対する胸骨圧迫の遅れ〜福岡高裁で逆転勝訴」で紹介した医療過誤事件について、最高裁判所は病院側の上告及び上告受理申立を3月12日付で退け、患者側勝訴が確定しました。
例によって、確定を機に、事案の詳細を報告したいと思います。
なお、事実関係については当事者間に争いのあるものも含まれていること、その記述に含まれる医学的知見は、私たち弁護士がこの事件を扱う中で収集したものであり専門的な意味での正確性が担保されているものではないことにご留意下さい。
事案の概要
Aさんは、時々胸に違和感を覚えていたことから、2012年に相手方病院を受診し、トレッドミル運動負荷試験、冠動脈造影検査、ホルター心電図など各種検査の結果、心房細動、心房粗動と診断されました。しばらく抗凝固薬、β遮断薬で安定していましたが、2014年11月、主治医の勧めでアブレーションを受けることになりました。
右房に対するアブレーションが終了し、心房中隔穿刺、肺静脈造影を行った頃から、Aさんの心電図には、aVR誘導のST上昇と、他の誘導における広範囲のST低下が現れるようになりました。その心電図変化は徐々に顕著なものとなり、PR時間、QRS時間の延長も現れました。それに連れて血圧も徐々に低下し、担当医らが、冠動脈造影によってその原因を探っている間に、ついに血圧測定不可、心停止となってしまいました。
その後、気管挿管、胸骨圧迫、PCPS導入、シグマートの投与などの蘇生措置により、自己心拍は再開しますが、低酸素脳症後遺症により、意識障害、四肢麻痺により常時介護を要することとなりました。
例によって、確定を機に、事案の詳細を報告したいと思います。
なお、事実関係については当事者間に争いのあるものも含まれていること、その記述に含まれる医学的知見は、私たち弁護士がこの事件を扱う中で収集したものであり専門的な意味での正確性が担保されているものではないことにご留意下さい。
事案の概要
Aさんは、時々胸に違和感を覚えていたことから、2012年に相手方病院を受診し、トレッドミル運動負荷試験、冠動脈造影検査、ホルター心電図など各種検査の結果、心房細動、心房粗動と診断されました。しばらく抗凝固薬、β遮断薬で安定していましたが、2014年11月、主治医の勧めでアブレーションを受けることになりました。
右房に対するアブレーションが終了し、心房中隔穿刺、肺静脈造影を行った頃から、Aさんの心電図には、aVR誘導のST上昇と、他の誘導における広範囲のST低下が現れるようになりました。その心電図変化は徐々に顕著なものとなり、PR時間、QRS時間の延長も現れました。それに連れて血圧も徐々に低下し、担当医らが、冠動脈造影によってその原因を探っている間に、ついに血圧測定不可、心停止となってしまいました。
その後、気管挿管、胸骨圧迫、PCPS導入、シグマートの投与などの蘇生措置により、自己心拍は再開しますが、低酸素脳症後遺症により、意識障害、四肢麻痺により常時介護を要することとなりました。
争点
争点は多岐に渉りますが、一審、二審を通じて争われたのは、アブレーション中の心電図変化及び血圧低下への対応です。具体的には、以下の3つです。
① aVR誘導のST上昇と、他の誘導における広範囲のST低下という心電図変化が見られた時点で心筋虚血を疑い、緊急冠動脈造影を行って原因を特定すべきであったところ、アブレーションを継続して対応が遅れた。
② 冠動脈造影によって冠動脈閉塞が確認された時点で、冠動脈に即座に冠拡張薬シグマートを注入して閉塞を解消すべきところ、シグマート投与が遅れたことにより心停止時間が遷延した。
③ 血圧測定不可になれば、まずは胸骨圧迫が最優先であるところ、モニターに血圧測定不可が表示されて胸骨圧迫開始までに4〜5分を要し、その間、脳血流が途絶えたままの状態となった。
この3つの過失の有無を検討するにあたっては、事実経過を記録した看護レポート、血圧と脈拍数を記録した心カテレポート、冠動脈造影を記録した動画、十二誘導心電図に表示されている時刻が、一致しているのかどうか、ズレがあるとすればどの程度ずれているのかが問題になりました。とりわけ、③の論点においてはこの問題が重要でした。相手方は、心カテレポートに血圧測定不可が表示された11時12分11分と、冠動脈造影動画に胸骨圧迫をしていると思しい腕の動きがみられる11時13分41秒との間に1分30秒の開きしかないところから、血圧測定不可となってまもなく胸骨圧迫が開始されていると主張したからです(その直前の11時13分19秒の動画では胸骨圧迫は開始されていませんでした)。
証言台に立った担当医は、心カテレポート、冠動脈造影動画、十二誘導心電図に表示されている時刻は一致している、自分はこの施術の直後に一致していることを確認した、と証言しました。これに対して原告側は、看護レポートを作成した看護師の証言から、看護レポートと心カテレポートの時刻のズレ及び看護レポートと造影動画の時刻のズレをそれぞれ算出し、推理小説の時刻表トリックを解明するような作業を経て、心カテレポートの時刻と冠動脈造影動画の時刻との間には3分42秒(222秒)のズレがあるとの結論を導き出しました。これによれば、被告の主張で1分30秒であった血圧測定不可と胸骨圧迫開始の時間間隔は、実は5分12秒も開いているということになります。
一審判決
一審福岡地裁判決は、時刻のズレについては原告側の主張を全面的に認めました。
しかし、11時13分19秒の冠動脈造影動画に胸骨圧迫の動きが映っていないのは、動画撮影のために胸骨圧迫を一旦中止したからであり、11時13分41秒の動画には胸骨圧迫を再開した場面が映っているのだ、つまり胸骨圧迫は冠動脈造影動画に記録されている以前から開始されているのであって、それが遅れたという証拠はないという判旨で、原告側の請求を棄却しました。
ちなみに、被告側の主張は、11時13分41秒の動画で胸骨圧迫が開始されているというものであり、11時13分19秒の動画以前から胸骨圧迫を行っていたけれどそれが動画に映っていないだけだなどという主張はありませんでした。もちろん、そのような事実を認定する根拠となる証拠は、存在しませんでした。
裁判官の態度から、請求棄却判決を予想していたものの、このような論理での敗訴判決は、わたしたちの想像を遙かに超えていました。
控訴審判決
控訴審福岡高裁は、第1回の弁論で、「11時13分19秒の動画以前から胸骨圧迫を行っていたと認定していますが、病院側は控訴審で地裁判決に沿った主張をするつもりですか、主張されるとしていったいどうやって立証するつもりですか」と病院側に問いかけました。つまり、当事者が主張も立証もしていないような事実を認定した地裁判決は到底維持できない、という姿勢が最初から明らかでした。
このような高裁の問いかけに対し、病院側は、時刻のズレに関する地裁の事実認定に対して反論したり、11時13分19秒の動画以前から胸骨圧迫を開始していたという新しい主張を展開したりという迷走を重ねることになりました。
控訴審で実質的な論点となったのは、血圧測定不可となった時点で即座に胸骨圧迫を開始していればAさんの後遺症は回避できていたのかという因果関係の問題でした。
高裁判決は、過失、因果関係とも控訴人側の主張を全面的に認めました。患者の本人については請求額満額認容で、家族固有の慰謝料が4割減額されたのみです。医療過誤事件で、「訴訟費用は第1、2審を通じ、被控訴人の負担とする」という判決をもらったのははじめてです。
コメント
病院側は、控訴審の最終段階で、心カテレポートに内蔵されていた心電図波形の記録を提出し、それと十二誘導心電図及び冠動脈造影動画に表示されている心電図波形を対照することで、心カテレポートと冠動脈造影動画の時刻のズレは、原告側の主張している3分12秒より小さく、2分43秒にとどまると主張してきました。
この主張及び証拠は、時機に後れた攻撃防御方法として却下されましたが、これによって、心カテレポート、冠動脈造影動画、十二誘導心電図の時刻は一致しているという担当医の証言が真っ赤な嘘であったこと、病院側がその気になれば訴訟早期の段階でアブレーション中の事実経過をきれいに整理することが可能だったことが明らかになりました(なお、この病院側の主張を前提としても血圧測定不可から胸骨圧迫開始までに4分43秒が経過していることになりますので、結論には影響しないと思われます)。
このような不誠実な訴訟追行態度で訴訟を混乱させた病院と、主張も立証もない事実を認定して不当な判決を下した地裁判事には、本当に反省してほしいと思います。
争点は多岐に渉りますが、一審、二審を通じて争われたのは、アブレーション中の心電図変化及び血圧低下への対応です。具体的には、以下の3つです。
① aVR誘導のST上昇と、他の誘導における広範囲のST低下という心電図変化が見られた時点で心筋虚血を疑い、緊急冠動脈造影を行って原因を特定すべきであったところ、アブレーションを継続して対応が遅れた。
② 冠動脈造影によって冠動脈閉塞が確認された時点で、冠動脈に即座に冠拡張薬シグマートを注入して閉塞を解消すべきところ、シグマート投与が遅れたことにより心停止時間が遷延した。
③ 血圧測定不可になれば、まずは胸骨圧迫が最優先であるところ、モニターに血圧測定不可が表示されて胸骨圧迫開始までに4〜5分を要し、その間、脳血流が途絶えたままの状態となった。
この3つの過失の有無を検討するにあたっては、事実経過を記録した看護レポート、血圧と脈拍数を記録した心カテレポート、冠動脈造影を記録した動画、十二誘導心電図に表示されている時刻が、一致しているのかどうか、ズレがあるとすればどの程度ずれているのかが問題になりました。とりわけ、③の論点においてはこの問題が重要でした。相手方は、心カテレポートに血圧測定不可が表示された11時12分11分と、冠動脈造影動画に胸骨圧迫をしていると思しい腕の動きがみられる11時13分41秒との間に1分30秒の開きしかないところから、血圧測定不可となってまもなく胸骨圧迫が開始されていると主張したからです(その直前の11時13分19秒の動画では胸骨圧迫は開始されていませんでした)。
証言台に立った担当医は、心カテレポート、冠動脈造影動画、十二誘導心電図に表示されている時刻は一致している、自分はこの施術の直後に一致していることを確認した、と証言しました。これに対して原告側は、看護レポートを作成した看護師の証言から、看護レポートと心カテレポートの時刻のズレ及び看護レポートと造影動画の時刻のズレをそれぞれ算出し、推理小説の時刻表トリックを解明するような作業を経て、心カテレポートの時刻と冠動脈造影動画の時刻との間には3分42秒(222秒)のズレがあるとの結論を導き出しました。これによれば、被告の主張で1分30秒であった血圧測定不可と胸骨圧迫開始の時間間隔は、実は5分12秒も開いているということになります。
一審判決
一審福岡地裁判決は、時刻のズレについては原告側の主張を全面的に認めました。
しかし、11時13分19秒の冠動脈造影動画に胸骨圧迫の動きが映っていないのは、動画撮影のために胸骨圧迫を一旦中止したからであり、11時13分41秒の動画には胸骨圧迫を再開した場面が映っているのだ、つまり胸骨圧迫は冠動脈造影動画に記録されている以前から開始されているのであって、それが遅れたという証拠はないという判旨で、原告側の請求を棄却しました。
ちなみに、被告側の主張は、11時13分41秒の動画で胸骨圧迫が開始されているというものであり、11時13分19秒の動画以前から胸骨圧迫を行っていたけれどそれが動画に映っていないだけだなどという主張はありませんでした。もちろん、そのような事実を認定する根拠となる証拠は、存在しませんでした。
裁判官の態度から、請求棄却判決を予想していたものの、このような論理での敗訴判決は、わたしたちの想像を遙かに超えていました。
控訴審判決
控訴審福岡高裁は、第1回の弁論で、「11時13分19秒の動画以前から胸骨圧迫を行っていたと認定していますが、病院側は控訴審で地裁判決に沿った主張をするつもりですか、主張されるとしていったいどうやって立証するつもりですか」と病院側に問いかけました。つまり、当事者が主張も立証もしていないような事実を認定した地裁判決は到底維持できない、という姿勢が最初から明らかでした。
このような高裁の問いかけに対し、病院側は、時刻のズレに関する地裁の事実認定に対して反論したり、11時13分19秒の動画以前から胸骨圧迫を開始していたという新しい主張を展開したりという迷走を重ねることになりました。
控訴審で実質的な論点となったのは、血圧測定不可となった時点で即座に胸骨圧迫を開始していればAさんの後遺症は回避できていたのかという因果関係の問題でした。
高裁判決は、過失、因果関係とも控訴人側の主張を全面的に認めました。患者の本人については請求額満額認容で、家族固有の慰謝料が4割減額されたのみです。医療過誤事件で、「訴訟費用は第1、2審を通じ、被控訴人の負担とする」という判決をもらったのははじめてです。
コメント
病院側は、控訴審の最終段階で、心カテレポートに内蔵されていた心電図波形の記録を提出し、それと十二誘導心電図及び冠動脈造影動画に表示されている心電図波形を対照することで、心カテレポートと冠動脈造影動画の時刻のズレは、原告側の主張している3分12秒より小さく、2分43秒にとどまると主張してきました。
この主張及び証拠は、時機に後れた攻撃防御方法として却下されましたが、これによって、心カテレポート、冠動脈造影動画、十二誘導心電図の時刻は一致しているという担当医の証言が真っ赤な嘘であったこと、病院側がその気になれば訴訟早期の段階でアブレーション中の事実経過をきれいに整理することが可能だったことが明らかになりました(なお、この病院側の主張を前提としても血圧測定不可から胸骨圧迫開始までに4分43秒が経過していることになりますので、結論には影響しないと思われます)。
このような不誠実な訴訟追行態度で訴訟を混乱させた病院と、主張も立証もない事実を認定して不当な判決を下した地裁判事には、本当に反省してほしいと思います。
(小林)