2017年03月29日

我が家は春一杯(花盛り)

辛い冬を乗り切ったご褒美に・・・
我が家では、君子蘭(黄・朱・赤)、椿、シクラメン(赤・ピンク)の花々が咲き誇っています。
夜なると鈴虫が饗宴し賑やかです。他の草木も大夫芽を膨らませ、早い物は緑を増しています。

私は、これらに囲まれ愛でて「春」を満喫しています。至福の時を感じつつ・・・。
更に、弓粋館で仲間と「弓道修練に打ち込む」貴重な素晴らしい時を過ごしています。
雪融けが進み、盆栽の室出しや畑の耕耘、苗床創り等、もう少しで農作業が始まります。やることが満杯で多忙な日々の幕開けです。気力・体力共に相当落ちていますが、老骨にむち打ってチャレンジします。動物も植物も、決して裏切らず、手を掛ければ掛けるほど、大きな実りを与えてくれます。

私は、連日の弓道錬磨と指導、農園作業を粋に感じ、日々努力しています。この人生に悔いはありません。




kyusuikan at 20:10|PermalinkComments(0)

2017年03月17日

遅い年賀状

今年の1月中旬に、東京から妻宛に一通の年賀状が届きました。

文面には、「私はメルヘンの世界に永遠に旅立ちます。」と書かれていました。数行、お礼と心境、別れの挨拶が述べられていました。私は強い衝撃と悲しみを抱きました。
最後に行を改め、ご子息から「母が生前、年賀状に書き残したものです。」との添え書きがありました。

年賀状の主は、数年前からガンを患い、末期胃がんと診断されていました。
妻とは、中学から短大まで一緒の学舎で育ち親友でした。胆振出身で学校の寄宿舎で生活したようです。
私も、2度お目にかかったことがありました。40歳の時、苫小牧の弓道場で、2度目は退職後に自宅に訪ねてこられました。優しそうな気品のある美しい女性でした。
家庭の事情で、苫小牧~札幌~東京と住まいを変えていました。

私は、妻が悲しむことが想定されたので、どう伝えるべきか悩みました。
1週間が経過し、私は意を決して、妻にこの年賀状を見せました。
妻は、「・・・ちゃんから、4月に亡くなったの・・・・・・。」と返答しました。さほどの動揺は見られませんでした。
私は安堵しました。反面、4月以前に、この年賀状を書いたとすれば、随分と時が経っており「本当はもっと長生きしたかったのだろう。」との、彼女の思いがこみ上げてきました。まだ若いのに残念、無念な気持ちで一杯になりました。心から冥福を祈っています。





kyusuikan at 19:55|PermalinkComments(0)

2017年02月17日

1万人の方々がアクセス(有難うございます)

お 礼

昨日(2/16)、私のブログに対し、アクセスして頂いた方が、1万人を突破しました。
心よりお礼申し上げます。有難うございました。
今後も、経験談や思い、現状報告などを、お伝えしていきたいと考えております。
変わらぬご支援をお願い致します。
ご意見・感想等あれば、書き込みを頂ければ幸いです。

                                



kyusuikan at 07:51|PermalinkComments(0)

2017年02月12日

 「運」 (うん)

私が若い頃、近所の人から、母が「お宅の息子さんは、本当に強運だね。」と度々言われたそうだ。
友人からも、何度か「御前は運の良い奴だ。」と言われたことがある。 「カリスマ的だ。」と言った方も居た。

「運」とは、人に幸、不幸をもたらす。人の力ではどうにもならない巡り合わせ、事の成り行きを言う。
「運」は、自然に運んでくるものではない。それなりの努力で、引き寄せるべきものである。 「果報は寝て待て」と言うのがあるが、私は正しくないと思う。 父の遺言である 「備えは万全、事に当たって平然」が、正しいと理解している。準備を確実に、万全に行うこと。すなわち「人事を尽くして天命を待つ」事こそが大切なのである。

また、運は、砂のように、もろく崩れやすい。しっかりと留め置かなければ、(油断していると)瞬時に流れ去ってしまう。と教わったことがある。
「運に離されない。」継続性のある配慮・努力が必要なのである。

私は、特段「天賦の才」の恵まれていたわけでは無い。知・徳・体、何れも人並み程度である。
ただ、真面目にコツコツと地道に努力してきた。振り返ると、確かに運の良い、人並み以上の生き方をしてきたのかも知れない。
私の良い面は、我慢(辛抱)強さ・決断力・馬力・意地っ張りで、手先が器用でお人良し面倒見の良い、ところと自己分析している。駄目なところは、人見知り・見栄っ張り・強情・いじけ・・・かな? 両者とも紙一重のところもあるが・・・。
一介のぽっぽ屋の倅に生まれ、勉強嫌いで、野生児の如く、野山を駆け巡り、絵画や草木・野鳥・昆虫・魚(自然物)が大好きな少年だった。習い物と言えば、唯一、隣町の画家に絵を習っていた。(小学校低学年時に北海道美術展で入選した。人に認められた最初で、私の大きな喜びとなった。このことが、誇り高く生きようとする源泉になった。)
              ・・・ 続く 



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2017年02月06日

五 徳 について

先日の2月例会の挨拶で、私は館員諸君に、五徳について唐突な質問した。受ける側は当然戸惑っていた。
五徳(ゴトク)は、七輪や火鉢で、鉄瓶やナベ・ヤカン等を載せる金属製の3本脚(若しくは4本脚)に、輪を上にした物を言ったり
五つの徳目、「仁・義・礼・智・信」 或いは、五行「木・火・土・金・水」の徳、武将の意を用いる徳目「知・信・仁・勇・厳」を意味する。 二通りがあるからである。
私は単純に、組織が如何にあるべきか説明するために、前者の金属製の3本脚を聞いたつもりだった。

本論に入ろう。
私は、現職(高校管理職)後半の11年間、組織活性化のために色々と腐心した。
そして、気付き実践したのが、運営・管理・育成の三本柱(三本脚の五徳)なのである。単純で解りやすく上手に実践できているか、点検・調査しやすいのである。三本脚の椅子はぐらつきにくく、四本脚以上だと安定しているように見えて、一脚でも狂うと直ぐぐらつくのである。
常に、組織伸長のための改革意識を持ち、改善していく意欲を持つこと(改革・活性化ための委員会を設置)。安心・安全の環境作りのために、現状を点検・危機管理意識を持つこと。組織成長・発展のために、次代を担う人材を確実に指導育成していくことを常態化した。
幸い5校(教頭2校、校長3校)で奉職したが、ほぼその目的を達成できたと思う。

この源泉は、20年間頑張った弓道部指導(紋別北高9年、室蘭栄高11年)にある。
部活動指導では、指導者の研鑽、組織環境の改善・進化、部員の育成強化・伸長の三本脚(五徳)に力を注ぎ、勝てる組織作りに努めた結果、生徒と共に、その目的を達成できた。(貴重な体験と喜びを具現化できた。)

さて、弓粋会だが、中々難しい。
学校組織のようには、上手く人を動かすことが出来ない。特に多種多様な人々の集合体で、年齢的にも職業的・経済的・健康的にも異なるので、目的意識や帰属意識の一致点を見いだすのも大変である。
特に、引く権利と引ける義務の実施バランス、運営・管理・育成の3支柱(部長)づくり、中でも管理に苦労している。
困るのが、少数ではあるが、意識の軽さ「安い練習場」程度の認識で、弓は引くが義務(奉仕活動等)を果たさない。行事等に参加せず、仲間意識が持てない方の存在が悩みの種である。加えて、私も4月で70歳、知力・気力・体力の衰えは否めない。何時も自分を奮い立たせて「弓粋館」に向っているが、限界を感じつつある。

でも、弓粋会の仲間は、私の誇りであり、共に過ごす時間は貴重で本当に楽しい。私の生きる源なのである。





kyusuikan at 20:02|PermalinkComments(0)弓道について