2018年01月25日

オールド・ブラックジョウ

 「若き日、早夢と過ぎ」 「我が友、皆世を去りて」 「あの世で楽しく暮らし」 「かすかに我を呼ぶ」 「オールド・ブラックジョウ」 中学の時、音楽の時間に習った歌詞です。

今、私の弓道人生を思う(振り返り)と、この歌詞が自然と脳裏に浮かびます。
華やかで、喜びを享受した若かりし頃は、瞬く間に過ぎ、親しかった弓友は、多くがあの世に召され、或いは、何らかの都合で弓を置いています。道場に行っても、知り合いはごく少数です。しかも、私が描く弓道の考え方とは乖離した状況で、自ずとその方向も異なります。つまり偏った(行過ぎた)称号・段位思考(強欲)と役職願望(名誉欲)に支配された弓人には、距離を置くしか在りません。

私が若い頃は、素晴しい先達が沢山いました。弓道を愛し、弓人を愛し(仲間を大切にし、特に後進の指導に骨身を惜しまない)、どっしりと構えた先生たちを、懐かしく思い出します。以前にも述べた、土屋範士は、私の誇りです。
その弓道精神、指導力、言行の何れも尊敬できます。弓道普及のために、立派な弓道場を自宅(東京の成城)に構え、日本を代表する多くの優秀な弓人を育成しました。

私も、何とか先生に見習うべく、日々努力しています。「自分を賭して弟子の面倒を見る。」ことが先生の恩に報いることだと自分に言い聞かせながら・・・。

結婚して間もなく(26歳頃)、初めて全道弓道大会(小樽)で団体優勝した時、達成感を味わった仲間二人(年下)の内、一人は30代で逝き、もう一人も50代で弓から離れました。
中体(札幌)、紋別(北部)、室蘭、女満別、美唄、函館、旭川などで多くの仲間と出会いました。顧問時代に、紋北で、室蘭栄で指導した多くの部員たち・・・。本当にやり甲斐が有り、誇りで有り、生き甲斐がありました。
20年間懸命に努力した甲斐があり、多くの大会を制し喜びを共有出来ました。有意義で楽しかったですね。

現在も、弓粋館の仲間たちと日々稽古し、面倒を見ています。
でも、ふと我に返る時があります。そして、4月で71歳になる年老いた自分に気付きます。右が駄目で(引けなくなり)、左引きで稽古していますが、弓の冴えが無く、身体のあちこちが痛く、鈍っていく厳しい現状があります。
何時まで引けるだろう。弓粋館の管理をどうしたら良いのか。今後の館員の面倒をどうする。畑は・・・。車の運転は・・・。健康は・・・。次々と不安が生じます。

昔を回想し、昔の仲間等、思い出に耽ることが多くなってきました。矢っ張り年ですね・・・・。
でも頑張るぞ!    ・・・老いへの抵抗だ・・・。




kyusuikan at 11:10|PermalinkComments(0)

2017年11月25日

鳩 飼 い

  70歳にして、鳩の飼育を思い立ち、9月中旬から、老骨にむち打って、自宅の庭に鳩舎を急拵え、オークションサイトより本州から若鳩を6羽(雄3・雌3)入手、飼い始めました。

  中学の親友にO君がいました。心の優しい純真な生徒でした。親が国鉄マン同志で、自然と仲良くなりました。
 「俺、鳩飼ってんだ。青木も飼ってみないか?」と勧められました。そして間もなく雛鳩1羽を譲ってくれました。
  急ごしらえで鳩舎を作り、結局3羽を入舎、世話と訓練を始めました。先ずトラップを潜らせ、数メートル先から着地板まで飛ばし、徐々に飛行距離を離していきます。
  ある日、彼から「三角山から飛ばそう。」と提案が有り、それぞれ1羽ずつ帯同し登山、丁度双方の家が遙か彼方に見える位置に来ました。山麓中腹から放ちました。それぞれの鳩は、一直線に鳩舎に向い帰って行きました。二人とも深く感動しました。
  しかし、中学生の小遣いでは、餌代にも事欠き、遂には餌を買うことが出来ずに水だけ与えていました。外に離しても離しても、鳩は帰舎します。餌を与えていないにもかかわらずです。姉に「鳩餌やってないのに飛んでるんだよね。」と話すと、「お父さんとお母さんが、可哀想だと餌をやっているだんよ。」と返答がありました。
申し訳ない思いに駆られ、泣く泣く3羽ともO君に引き取ってもらいました。
  現在の鳩飼いの殆どが、この頃の少年で、65歳から75歳位の年代です。

  その後、親友だったO君は、38歳で病のために逝ってしまいました。彼の遺志を継ぎ、また、自身のやり残しの完遂と、生きる希望・証のために、再度「鳩飼い」を始めた訳です。

  弓道と同様に、公のレースには参加せず、選手を育成し、身内だけの競い合い・挑戦を楽しみたいとの思いです。 *当面は、簾舞の弓道場・農園(来春に繁殖用の鳩舎建設計画)から自宅鳩舎までの15kmの飛行タイムを競い。その後は、旅行先(北海道各地から)徐々に距離を伸ばし飛ばしたい。
 入手鳩は6羽で、白に班が薄ベイジュ(WI)♂・黒ごま(BC)♂・白(W)♀・黒(DC)♀・栗(RS)♀・シルバーブルー(PB)♂<DCの従兄>、何れも容姿が美形です。 (親バカ?) 全て種にし、来春生まれの若を訓練し、選手に育成します。
 勿論、血統・鳩質とも一級品揃いです。売り主(各鳩舎)からは、「是非レースに出して欲しい。」との強い要望はありますが・・・。

  老いへの抵抗かも知れません。 館長乱心等と笑わないで下さい。





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2017年09月27日

弓粋会の仲間達 NO7(第6期生)

平成29年度入会の第6期生を紹介します。

現在入会の7名を紹介します。

会社員H君~初心者40歳男性ですが、勤務多忙のため中々練習に参加できません。

看護士Mさん~初心者40歳の女性です。子育て中で勤めも有り、練習参加が難しそうです。

流鏑馬君~30代の陸上自衛隊戦車部隊所属です。スポーツ流鏑馬もしていて帯広に時々出かけます。
       特に離れが良く、射型も上々です。

看護士K(函館)さん~元道南高校弓道部出身の40代女性です。明るく大らかで好感が持てます。

高校2年生さん~初心者で入会した可愛い女生徒です。理解力に優れています。

新大学生さん~初心者で入会した神奈川県出身の大学1年生です。頑張って下さい。

あいの里さん~初心者で入会した札幌豊平区出身の20代男性です。真面目な人柄で好感が持てます。
        



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2017年08月13日

「大泉洋の驚きジャパン」(3)雑感~本日「1×8いこうよ」で放送 

6月9日(金) 撮影本番の朝、孫弟子君と約束通り、早朝練習のために弓粋館に向った。
実は、緊張のためかよく眠れず身体の調子がよく無かった。

8寸的にゲルを模した標的を貼り付け、共に8射発した。私は、3本が標的を捉え、内2本は的心に命中した。
孫弟子君も後半の4射で標的を捉え、備えは万全の筈だった。
自宅で休養の後、北大に向った。11時弓道場に到着、巻き藁練習を軽めに行う。応援のために館員5名が付き添い、ダイヤさんは換え添え役で同行した。出演者が中々現われず、待つこと1時間。
12時を過ぎた頃、やっと収録が始まった。(カメラ4台・ライト3・収録マイク2が準備された。)
私は、強い緊張感・疲労感と不安感に襲われた。
大泉さんとアナウンサー、北大の研究者、多くの見学者の前で撮影が執り行われた。
先ず、28m向こうの18cm四方グラス繊維を標的に私が一手発した。上下に射損じて、リハーサル時の悪しきイメージが蘇った。次に孫弟子君が発した。初矢は見事に標的中心を貫いた。
いよいよゲルに向った。残念ながら私は射損じ、孫弟子君が3射目にゲル中心部を捉えた。衝撃で的は倒れ、矢は3m位はじき飛ばされた。ゲルを貫くことが出来なっかった。(ゲルの強度が証明された。~本来目的が達成された。)
孫弟子君の働きで、弓粋会としての責任(面目を保てた)が果たされ、ホット安堵した。反面、私自身のふがいなさにガッカリし、疲労をどっと感じた。
かくて、8月5日(土)昼、日テレ系28局で「大泉洋の驚きジャパン」は全国放送された。

そして、今日の夕方、STV「1×8いこうよ」でも「驚きジャパン」の裏番として、弓粋会の紹介を含め放送された。
15年前、事故により身体の障害を負い、止む負う得ず約3年前から左引きに変更したが、なんとか様になってきた・・・。テレビでは初体験でした。
感想のお持ちの方の書き込みを歓迎します。




kyusuikan at 21:07|PermalinkComments(3)

2017年08月07日

全国特番「大泉洋の驚きジャパン」に撮影協力(2)

北海道大学の弓道場は、正にエルムの森の象徴される場所にあり、樹木が鬱蒼として昼なお暗い。更に加えて雨天で的付けもままならず、弓引く条件としては最悪だった。
早朝に、先ず簾舞の弓粋館で20射練習し、午後のリハーサルに備えた。調子は先ず先ず・・・ある程度の自信はあった。

約束の1時間前に到着したが、久し振りのためか緊張感が増し、疲労も感じてきた。そして腹痛と頭痛をもよおしてきた。そして弓道場へ・・・・薄暗く電灯がともされていた。
いよいよ、リハーサル開始、安土横には撮影カメラが設置され、的前には18cm四方のグラス製のターゲットが準備された。1射目惜しくも12時に叩き、2射目9時に触れるが射損じた。3射目尺二的には中たるもグラスには中たらず・・・。休み休みではあったが、徐々に焦りと疲労が増して12射を終えたころ、(残念ながら、結局グラスには中たらなかった。) だいぶ体力が消耗したので、12cm四方のゲル的に付け替えてもらい行射を継続した。
的中音はすれどもゲルに届かずを繰り返し、20射を数え、心身共にもう限界と感じ「次の射でギブアップしよう」と決め臨んだ最終射、渾身の力で行射を試みた。軽く離れた! 「バン」と高音が発し、矢はゲルを捉え、はじき飛ばされた。(的は安土に飛び倒れた。ビデオを見ると、矢はゲルの中心を捉えていた。)
やっと終わった。私は安堵感と強い疲労感に襲われた。満足感は全くなく、不安感だけが強く残った。
その後、本番までの日々、私は老骨にむち打って、八寸的の的心目がけて、真剣に懸命に稽古に打ち込んだ。
そして、いよいよ6月9日金曜日、本番(撮影日)の朝を迎えた。 ・・・・・続く



kyusuikan at 20:21|PermalinkComments(2)