2016年07月06日

荒 園

妻と旭川からの帰路、退職以来9年ぶりに芦別の「カナディアンワールド」に立ち寄ることにした。
帰路、前回と違ったことが幾つかあった。路面状況が悪く、いたるところひび割れが目立ったこと。草木が路側に覆い被さり狭く感じたことである。(公共団体の管理資金不足?)
途中、田畑に電気柵を巡らせ、鹿や熊の侵入を防いでいる様子が多く観られた。(「電気代が大変だろうな」と案ずる。) そして残念なのが、離農したであろう廃屋が増え、水田や畑らしきが草木に浸食されたり、松を植林されるなどしていた。今後の農業は、北海道は、日本はどうなるのだろうと不安がよぎった。

寂れた道路を1時間半程度走行し、目的地のカナディアンワールドに昼過ぎ到着した。
17年前の夏、妻・娘3人と初めて訪れたときは、管理が芦別市に移管され、無料開放していた。当然のことながら、園内は人々で溢れかえっており、押すな押すなの大変な活気だった。建物や草木が良く手入れされ、全てが新鮮で夢の国のようだった。感動したし好きになった。その後、5回程度訪れたが、行く度に寂しさが増していった。
歳月が流れ、ずっと気になっていて訪れたが、かなりガッカリした。広い公園に、妻と二人ぼっち、園内を周遊して帰路に立つ車両1台と遭遇しただけだった。
それでも、「アンの家」だけは観たくて見学した。無人管理で見学制限が多くなりつまらなかった。
記帳簿が有り、先客は大阪在住の1人だけだった。以前のを観たが数名の来館者のみ・・・更に寂しさが増した。
建物は劣化し、公園内で咲き乱れていたラベンダー等の花畑は、1面雑草に覆われていた。正に「強者どもの夢の後」で、芦別市が管理に苦慮している様子が読み取れた。
2人ぼっちから開放されたかったのか妻が「もう帰ろう」と言った。私も同意した。
せめて隣のキャンプ地にあった菖蒲園で花を愛でようとしたが、そこも閉鎖されており草原だった。・・・・・。


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2016年03月28日

長女が東大大学院修了(平成28年3月24日)

お陰様で、我が家の長女が無事2カ年の努力が実を結び、東京大学学位授与式(修士課程)に臨みました。
式典は、安田講堂で開催され、妻が参列しました。
私も参加したかったのですが、怪我の後遺症のために航空機が駄目なので断念しました。
妻の話では、留学生以外は、修了生1人に、父母、祖父母、兄弟、恋人など一族郎党を引き連れての参列者が目立ったようです。勿論、安田講堂には入れず別棟のモニター参加になったようです。
娘は、東北大学修士課程を修了後、宮城県立高校(英語T)に2年間勤務し、結婚により京都府立高校に勤務、平成24年東大合格、同年4~9月文科省官費留学派遣に伴い、東大休学(2年間)、勤務校に1年半勤務し
平成26年勤務校を休職し、復学しました。
長女は、2年間本当に頑張りましたが、支え協力してくれた、ご主人(京都在住)にも深く感謝しています。
旺盛な探究心と向上心、頑張りが2年間を支えたことと推察しています。
4月から勤務校に復職しますが、磨いた英語の知識を生徒に還元してくれることと期待しています。

娘が、子供の頃を思い出します。エレクトーンを習い始めたのですが、我が家にはピアノもオルガンもありません。そこで娘は、どこからか鍵盤表の付いた本を手に入れ、その鍵盤で繰り返し練習していました。
そして1年後、発表会で見事に演奏することが出来ました。
色々と回想しますが、好奇心、負けず嫌い、貫徹心、向上心の人一倍強い子でした。手元に角帽とガウンを身につけ、安田講堂をバックに、妻と晴れやかな姿で写った記念写真があります。誇らしく思います。自慢の娘です。

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2016年03月08日

函館西高校(平成16年~ NO2)

函館西高校は、旧庁立高等女学校で100年の伝統校である。北島三郎や辻仁成、鈴木元総理夫人の出身校でもある。校舎は西武地区の、函館山中腹に抱かれ、斜面に管理棟・学習棟(HR)・体育館(最上階)~格技場に別れ、管理棟3階が学習棟の1階(生徒玄関)と渡り廊下で繋がり、学習棟の4階が体育館と空中渡り廊下(恐ろしく高い)と連結している。また、格技場は、物置の2階に有り、体育館とこれまた渡り廊下で接続している。1階に校長室と事務室が有あるが、下から見上げると7階建てに見える。職員室は最上階に位置し、函館の街が一望できる「絶景」である。
夏祭りの花火大会(緑の島での)を、職員室の窓から独りコーラを片手に見物したが、眼下の花火を独り占めできた幸福感と優越感に浸った。至福の時だった。
通勤は、ロープウエイ下(校宅)~8間坂~ロシア正教~函館西と、観光のメーン通りを毎日通った。知人に会ったことがあった。
体育館を更に暫く上ったところに、グランドがある。ここは、NHKTVの気象情報時校舎と共に良く放映される。
西高玄関口の坂が、通称「ポッキー坂」で、(連絡船の係留されている)港が見渡せる観光スポットで、観光客が必ず訪れる。
そのまま中腹を進むと、旧公会堂・元町公園・旧イギリス領事館等が有り、下に行くと金森倉庫・函館港に辿り着く。
函館西高校は、観光地のど真ん中に位置しているのである。
次は、函館散策について述べようと思う。


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2016年02月12日

栗蟹汁

昨日弓道場の帰路、北海市場で食品を購入しました。鮮魚店で「栗蟹」を発見し、まだ泡を吹き生きていたので懐かしさから購入しました。
帰宅後、妻に直ぐ「蟹汁」にするようお願いし、昼食のメニューとしました。
何と非常に良い味が出て美味でした。感激しました。

皆さんは多分「栗蟹」をご存じないと思います。甲羅が栗の形をしており、見た目は小型の毛蟹そっくりです。
私が幼少の頃、父が本輪西(室蘭市)の貯木場などで金網で捕らえ、塩ゆでにして食べさせてくれました。
当時は、毛蟹だと言われ、そのように思っていました。雌は朱色の子を抱き、これがまたたまらなく美味しかったのを覚えています。

その後、忘れていましたが、室蘭栄高校に転勤直後、室蘭の拓心館弓道場で室弓連のSさんが、栗蟹を塩ゆでし勧めてくれました。30数年振りの味との再会でした。
勿論、直ぐに日没後息子を連れ、陣屋の岸壁で電灯を頼りに「栗蟹捕獲」に出かけました。数匹獲れました。
栗蟹は、4月上旬桜開花時に産卵のため港の岸壁に集まります。そこを夜に捕獲するのです。
楽しく懐かしい思い出です。

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2016年01月29日

時 泥 棒

人の貴重な自由な時を拘束し、奪うことを「時泥棒」と言います。
狭義には、約束時間に遅れる、一方的な長電話、事前のアポ無しで訪問する等が有ります。
広義には、 本人の意志に反し拘束する、行動を強要・妨害する事等が挙げられます。
狭義については、個々人がマナーに気を付けることで解決できますが、問題は広義についてです。
広義については悪質で憤りを感じます。

弓道会ではどうでしょう。
公共弓道場を、有る団体や個人(一般的には高段者や称号受有者、団体役員等)が、立場を悪用し、恣意的に、若しくは、優先的に自分勝手に振る舞い、「時泥棒」をしていませんか? 
例えば、自団体以外を、或いは(安全管理を理由に)有段者以外は道場使用させない。意に沿わない者を排除するために、集団で無視しする、或いは、大会に参加させない、連盟登録を拒む、挨拶を強要したり、呼び捨てにしたり、些細な失敗(を待って)を取り上げ叱責したり、難癖を付けたり、矢(弓具)を隠したり、デマを流す(HPでの誹謗中傷)等、陰湿で執拗な言行(手段)で、道場に行けなくする等が有ります。
私も、色々な地域で活動し、少なからず「時泥棒」の被害を体験しています。
公共弓道場は、広く開放されるべきもので、決して特定の団体や個人に優先権があるべきものではありません。
特に指導的立場に有る者は、日々自己研鑽(射技・理論・指導法等)に努め、広い心(包容力)で自己を賭して指導育成に努めるべきであると思います。

私も、指導者の端くれとして、自己の目指す弓人育成と弓道普及のために、3勤務高校で弓道場設置に奔走、実現し、倹約・蓄財に努め、私設道場「弓粋館」(室蘭と札幌に)を建設しました。そして、日々努力しています。私に出来ることは、他者も可能だと思います。
私の願いは、特に称号受有者は、自分の(個人)弓道場を設置し、それぞれが、弓人育成に努め、必要に応じて公共弓道場で、ルールに則り、伸び伸びと練習する(させる)ことです。指導育成を競うことで、弓道の裾野を広げ、明日の弓道発展に繋がるのでは無いかと考えています。



 

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