2017年02月17日

1万人の方々がアクセス(有難うございます)

お 礼

昨日(2/16)、私のブログに対し、アクセスして頂いた方が、1万人を突破しました。
心よりお礼申し上げます。有難うございました。
今後も、経験談や思い、現状報告などを、お伝えしていきたいと考えております。
変わらぬご支援をお願い致します。
ご意見・感想等あれば、書き込みを頂ければ幸いです。

                                



kyusuikan at 07:51|PermalinkComments(0)

2017年02月12日

 「運」 (うん)

私が若い頃、近所の人から、母が「お宅の息子さんは、本当に強運だね。」と度々言われたそうだ。
友人からも、何度か「御前は運の良い奴だ。」と言われたことがある。 「カリスマ的だ。」と言った方も居た。

「運」とは、人に幸、不幸をもたらす。人の力ではどうにもならない巡り合わせ、事の成り行きを言う。
「運」は、自然に運んでくるものではない。それなりの努力で、引き寄せるべきものである。 「果報は寝て待て」と言うのがあるが、私は正しくないと思う。 父の遺言である 「備えは万全、事に当たって平然」が、正しいと理解している。準備を確実に、万全に行うこと。すなわち「人事を尽くして天命を待つ」事こそが大切なのである。

また、運は、砂のように、もろく崩れやすい。しっかりと留め置かなければ、(油断していると)瞬時に流れ去ってしまう。と教わったことがある。
「運に離されない。」継続性のある配慮・努力が必要なのである。

私は、特段「天賦の才」の恵まれていたわけでは無い。知・徳・体、何れも人並み程度である。
ただ、真面目にコツコツと地道に努力してきた。振り返ると、確かに運の良い、人並み以上の生き方をしてきたのかも知れない。
私の良い面は、我慢(辛抱)強さ・決断力・馬力・意地っ張りで、手先が器用でお人良し面倒見の良い、ところと自己分析している。駄目なところは、人見知り・見栄っ張り・強情・いじけ・・・かな? 両者とも紙一重のところもあるが・・・。
一介のぽっぽ屋の倅に生まれ、勉強嫌いで、野生児の如く、野山を駆け巡り、絵画や草木・野鳥・昆虫・魚(自然物)が大好きな少年だった。習い物と言えば、唯一、隣町の画家に絵を習っていた。(小学校低学年時に北海道美術展で入選した。人に認められた最初で、私の大きな喜びとなった。このことが、誇り高く生きようとする源泉になった。)
              ・・・ 続く 



kyusuikan at 18:32|PermalinkComments(0)

2017年02月06日

五 徳 について

先日の2月例会の挨拶で、私は館員諸君に、五徳について唐突な質問した。受ける側は当然戸惑っていた。
五徳(ゴトク)は、七輪や火鉢で、鉄瓶やナベ・ヤカン等を載せる金属製の3本脚(若しくは4本脚)に、輪を上にした物を言ったり
五つの徳目、「仁・義・礼・智・信」 或いは、五行「木・火・土・金・水」の徳、武将の意を用いる徳目「知・信・仁・勇・厳」を意味する。 二通りがあるからである。
私は単純に、組織が如何にあるべきか説明するために、前者の金属製の3本脚を聞いたつもりだった。

本論に入ろう。
私は、現職(高校管理職)後半の11年間、組織活性化のために色々と腐心した。
そして、気付き実践したのが、運営・管理・育成の三本柱(三本脚の五徳)なのである。単純で解りやすく上手に実践できているか、点検・調査しやすいのである。三本脚の椅子はぐらつきにくく、四本脚以上だと安定しているように見えて、一脚でも狂うと直ぐぐらつくのである。
常に、組織伸長のための改革意識を持ち、改善していく意欲を持つこと(改革・活性化ための委員会を設置)。安心・安全の環境作りのために、現状を点検・危機管理意識を持つこと。組織成長・発展のために、次代を担う人材を確実に指導育成していくことを常態化した。
幸い5校(教頭2校、校長3校)で奉職したが、ほぼその目的を達成できたと思う。

この源泉は、20年間頑張った弓道部指導(紋別北高9年、室蘭栄高11年)にある。
部活動指導では、指導者の研鑽、組織環境の改善・進化、部員の育成強化・伸長の三本脚(五徳)に力を注ぎ、勝てる組織作りに努めた結果、生徒と共に、その目的を達成できた。(貴重な体験と喜びを具現化できた。)

さて、弓粋会だが、中々難しい。
学校組織のようには、上手く人を動かすことが出来ない。特に多種多様な人々の集合体で、年齢的にも職業的・経済的・健康的にも異なるので、目的意識や帰属意識の一致点を見いだすのも大変である。
特に、引く権利と引ける義務の実施バランス、運営・管理・育成の3支柱(部長)づくり、中でも管理に苦労している。
困るのが、少数ではあるが、意識の軽さ「安い練習場」程度の認識で、弓は引くが義務(奉仕活動等)を果たさない。行事等に参加せず、仲間意識が持てない方の存在が悩みの種である。加えて、私も4月で70歳、知力・気力・体力の衰えは否めない。何時も自分を奮い立たせて「弓粋館」に向っているが、限界を感じつつある。

でも、弓粋会の仲間は、私の誇りであり、共に過ごす時間は貴重で本当に楽しい。私の生きる源なのである。





kyusuikan at 20:02|PermalinkComments(0)弓道について 

2017年01月31日

「 先 生 」(せんせい) とは

辞典によれば、先生とは、教育機関、或いは塾において、教える者のこと。教員の呼び方である。

その他、一部の職業に就く者も、先生と呼ばれることがある。政治家は社会習慣上(先生の敬称は絶対的なものではない)、自営業・企業経営者、私的に結ばれた師弟関係の中で師に当たる人物を敬称することもある。

中国では、「○○先生」とは、日本で言う「○○さん」に当たり、特別な敬称を意味するものではない。
英単語の「sensei」は、「恩師・学ぶ人・ある場所で教育を受ける・社会的知識を持っている人」の意味で使用され、日本語の「先生」よりも少し高度な印象を受ける。

何時の間にか、我が家は、教育関係者が多くなっていた。私が元高校教師、妻が児童館指導者、長男夫婦が小学校(事務官・教師)、長女夫婦が高校教師、三女夫婦が特別支援学校教師(娘は元)、三女以外は、いわゆる「先生」なのである。しっかりした「良い先生」になることを望んでいる。

退職後に、燐家の息子(高校教師)に、初めて「青木さん」と呼ばれ、強い違和感を憶えた。(まるで校長退職を待っていたかのような嫌みを感じた。) 息子に話したら、「もう校長じゃ無いんだからね。」と言われ、その通りだと思いつつも、悲しい気持ちになった。


次に、弓道会に目を向けてみよう。

一般に、称号受有者を「先生」と称するが、中味は大丈夫なのだろうか?
子育てが一段落し、その年齢で可能なスポーツが、たまたま弓道(しか出来なかった)だった。趣味が困じて夢中になる内に段が欲しくなった。(技量の成長は遅く、的中の伸長が難しい。<大会での活躍は無理> でも、一応の射型は整ってきた。周囲が皆、昇段審査を受審しているし、勧められる。仲間が次々に昇段していく。負けてはいられない。) 幾度となくチャレンジしているうちに、称号受有者になっていた。というパターンが多い。
「自分は称号者だ」と強く意識し、挨拶はされるべき、横柄に振る舞い、他を認めない(独善・排他的)姿勢に転じる方がいる。

問題なのが、確たる師が居ない。(教本以外の勉強をしていない。独学・自己流) 教えた経験が無い(弟子が居ない)。仲間が居ない(一匹狼)。組織を知らず(偽り人を貶める行為)、集団行動がとれない。・・・方々の何と多いことか・・・・?
教える対象が居ないのに、本当に「先生」?


過日、私のブログに、コメントされた弓道1年生さんの、ご意見を紹介しよう。

私は社会人になって弓道を始めたものです。
弓道は礼に始まって、礼に終わるという、現代において軽視されつつある、礼の精神を養いたく、弓道の道を歩み始めましたが、一般社会よりも、よっぽど挨拶の出来ない人が多くて、少々失望しています。
特に先生と呼ばれる称号者。
無駄に偉そう、感じ悪い、挨拶してもお喋りに夢中で返さない。
自分より高段者・知り合い・気に入った人以外は存在無視。
中でも、中年女性称号者の質が最悪で、道場の一角に固まって、べちゃくちゃ大声で、お茶しながら、他のクラブの悪口大会。体力も気力も有り余っているのか、人の仇探しが生き甲斐のような、下品なオバサン達・・・。
言葉遣いも、物腰も、上品と言えない人々・・・。
こんな人達を「先生」と呼ばなくてはならないのは、うちの地区だけでしょうか?
弓道って、礼儀を重んじると思っていただけにガッカリです。
審査では、人間性をもっと加味すべきだと思います。


この方は、大変よく観察されています。残念ながら、この方が感じたのが、弓道場(環境)の現状です。
私も、幾度となく同様なことを、体験・感じさせられています。私に対しても、意図的に悪意を持って、「呼び捨て」にする愚か者も居ました。勿論注意・指導しましたが・・・。「形つくって、魂入れず」では困ります。
弓道一年生さんの修練道場が、札幌市内で無いことを願います。

弓道の「先生」(称号受有者)は、中国同様に「○○さん」程度の意味で理解するか、「先に生まれた方」と認識した方が良いのかもしれません。「老いては子(孫)に従い」 肩肘張らず、気楽に弓道を求める方が良いですね。


 


kyusuikan at 14:24|PermalinkComments(1)

2017年01月21日

弓粋館の仲間達(6)

館員は皆さん、弓粋会のルールに従って、日々仲良く・楽しく、有意義に練習しています。

ただ現在は、寒さ厳しく積雪量も多いため(除雪が大変)に、また、館までの交通事情が悪く(通うのに苦労)、室温も低く環境が厳しい(ー10℃~10℃)ので、土・日・祭日の練習確保がやっとです。従って、どうしても2月一杯まで練習不足が続くことが課題です。
これを乗り越えれば(3月になれば)、温かな日差しで雪融けが進み、新会員を迎え(会員募集によって)弓粋館に活気が戻ってきます。

弓粋館では、段位や年齢差による優劣を廃し、伸び伸びと和気藹々と活動する喜びを享受しています。一人一人の居場所があり、存在感が保証されるように努めています。

館員には、この現状に甘えることなく、引く権利と引ける義務を粛々と遂行し、己の精神と技・身体(心技体)を錬磨(体配・的中と知識の向上を目指す)し、大きくその人格を高めて、包容力や慈悲深さを持った人に成長して頂きたい。 何よりも、館員仲間が切磋琢磨(己に厳しく、他に優しい)し、弓粋館で練習できる喜びを、日々の生活の糧にして(幸福感を感じ)もらえるなら、私の喜び・幸福です。

こんな弓道場が、札幌に、北海道に、日本に一つくらいあっても良いんじゃないですか?   ・・・・・。


kyusuikan at 19:51|PermalinkComments(0)