オールド・ブラックジョウ皆 勤 賞

2018年03月19日

仏作って魂入れず

  新年度になると、毎年弓道入門者が門戸を叩く、私は必ず「弓道とは何か」「弓道人は如何にあらねばならないか」「修業の目的と心得」を諭すことにしている。初めが肝心で、入り口をきちんとしなければ、その後、いろいろと禍根を残すことがあり、その防止のためでもある。弓引きを作って、人を作らずでは困るのである。

  弓道会にも様々な方が居る。私の敬愛する「土屋範士九段」のような立派な方が居る。そかし、その一方で、政争に明け暮れ、相手の人格を無視した、虚偽・貶め・意地悪・横暴を平然と繰り返す者が居る。 *称号受有者や高段者・高齢者に見られるのは残念である。
  高段や称号を目指す目的が、優越感に浸りたい、威張りたい、挨拶させたい(服従させたい)、連盟の顔(役員・名誉欲)になりたい。(責任は負いたくないし、仕事はしたくない。が・・・) など、自己欲望を満たすためにある。そのため、練習は甘いが、(審査時期以外はサボりがち)昇段審査や講習会に熱心で、有力者(審査員や連盟三役)への挨拶や貢ぎ物(偽りの恭順を示すため)を欠かさない。下の者に威圧的で、上の者には、媚びへつらい偽りの服従と裏切りを意に返さない。
  
  公共道場を私物化し、高校生への似非指導(称号受審のための指導実績づくり)や、他者への排他的攻撃(些細なことで怒鳴る等の嫌がらせや、挨拶等に難癖をつける。~道場に来させなくするため)の恥ずべき行為におよぶ者が居る。
  困るのがこの行為を止めるものが無く、黙認若しくは荷担する者さえ居る。この結果、万人のための公のはずの公共弓道場は無秩序化する。危ない環境下では、真の弓人は育たない。
  
  私は、このことを教訓として、弓粋館ではその行為を厳禁し、決して許すことはない。
  道場の目的外使用も含め、当然のことながら、前段のような者(違反者)は除名する。

  私は、故土屋吉太郎範士九段から、弓道は「的中の上手、射の優美、心の陶冶、人格完成の道」と教えを受けた。そして、これを弓粋館員に指導している。弓道は、君子の道「君子はその独りを慎む」べきものと信じている。
  小手先の体配や射術を教えるだけでなく、先ずは弓道人としての、在りよう(正義・公平)や行い(礼・慈しみ・マナー・至誠等)や確かな理論を指導することを肝に命じることこそ大切である。
   
  弓粋会では、素晴しい人格と術を兼ね備えた、弓道人が巣立って欲しいと念願している。
  「魂の入った確かな仏様」を作りたいのである。

 
   


kyusuikan at 09:20│Comments(0)

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