危ない薬


ヘロイン





ヘロイン



阿片(アヘン)→モルヒネヘロイン


まず初めに、基礎知識をばひとくさり。

ケシの花びらが散って数日すると、子房が発達し、ちょうど卵と同じくらい

の大きさ形の未熟果(サク果)となる。

この緑色の”ケシ坊主”をナイフで傷つけ、染み出した乳汁をヘラなどでこ

そげ取って1週間から10日間放置しておくと、黒褐色をした粘土状の物

質になる。これが、阿片(生阿片)だ。いわゆるケシにもヒナゲシ、ハカマ

オニゲシなど、たくさん種類があるが、麻薬成分を含み、取締りの対象と

なるのは、パパヴェル・ソムニフェルム・Lとパパヴェル・セティゲルム・DC

の2種に限られる。前者のケシ坊主が長径5~7cmになるのに対し、後

者セティゲルムは1.5~2cmと小さいため、ほとんど栽培されていない。

阿片には20数種のアルカロイド(植物塩基=植物に存在する天然の窒

素化合物の総称)が含まれており、中でもとりわけ量が多いのがモルヒネ

だ。阿片のモルヒネ含有率は栽培地や収穫時期によって、4~20%と幅

がある。

で、この阿片の主成分たるモルヒネに無水酢酸を加えて煮沸し、作用を

パワーアップした半合成薬物をヘロイン(塩酸ジアセチルモルヒネ)とい

う。

まあ、ややこしいことは抜きにして、「精製過程及び効力は、阿片→モル

ヒネ→ヘロインの順」と記憶しておけばいい。

もうひとつ、モルヒネやヘロインを含め、阿片から抽出・合成される化合物

をひとまとめにオピエートと呼ぶというのも、必須暗記事項。また、日本で

言う麻薬とは、主にオピエートのうちの3つ、阿片・モルヒネ・ヘロインを指

す。

ドラッグ・マニアを自負する人なら、せめてこれぐらいのことは覚えておい

てほしい。


ヘロインの快感は”無為”の悦び


ここだけの話だが(!?)、かつて僕はヘロイン常用者だった。それも中

止してはやり、また体調を崩してはやめるといった具合に、4~5年にわ

たって使用期(常用&乱用)とシラフの状態を交互に繰り返した。

甘美な出来事もたくさんあったし、思い出したくもない辛いことも何度となく

経験した。そんな僕個人の体験談を、かいつまんで紹介してみよう。

80年代半ば、北方の薔薇と称されるタイ北部の街チェンマイで、僕は初

めてヘロインを手に入れた。

何度かマリファナを買って顔見知りになっていたプッシャー(売人)が、「こ

れもやってみろ」としつこく勧めてきたのである。

当時の売値は、確かグラム150バーツ(約1200円/1バーツ=8円換

算)だった。現在ではグラム当たり200バーツ(約千円/1バーツ=5円

換算)が相場だが、これは現地人プライスで、我々ツーリストの場合はそ

の倍、400バーツ前後吹っかけられるのが普通だ。

僕は売人に勧められるがまま5g購入し、さっそくホテルに戻って試してみ

た。

ヘロインと聞くと、すぐさま静脈注射を連想する人が多い。しかし僕はどう

してもニードル使用には馴染めなかった。

学生時代、知り合いの医者にペンダゾシンというアンプル鎮痛剤を処方し

てもらい、自己注入にトライしてみたのだけれど、なかなかうまく静脈に刺

さらず、ひどい苦労をした覚えがあるのだ。それに、重度の中毒者ならい

ざ知らず、一般のヘロイン常用者で静脈注射をしている者はごく少数であ

る。たいていはコカインと同じくスニッフィング(鼻腔吸入)するか、煙草や

マリファナに振りかけて喫煙するかのどちらかだ。

僕の使用法は、もっぱらスニッフィングである。コカイン用にと肌身離さず

持ち歩いている耳かきでスノー・ホワイトのヘロイン・パウダーをすくい、そ

れを片方の鼻腔に突っ込んで思いっきり吸い込む。効果は、ほんの1分

もしないうちに表れる。

体中の力が抜け、フワフワと宙に舞うような感覚だ。この何とも形容し難

い浮遊感&酩酊感を「寝入りばなの快感」と述べていた人がいるが、まさ

しくその通り。言い得て妙である。1回の摂取で2時間から3時間、ただも

う、ソファーに身を沈めたり、ベッドにゴロリと横たわっていれば、それで

満足なのだ。覚醒剤やコカインと対極にあるダウン系ドラッグの王様ヘロ

インは、僕の愛読書である荘子言うところの”無為の悦び”を思う存分味

わわせてくれる。

ところで、右に記した体験談にはふたつの注釈がつく。

耐性が形成されないと、”無為の悦び”を享受できない、というのがまず一

点。ふたつ目は、ごく少量の断続的な使用に限り、ヘロインはアップ系ド

ラッグと同様の興奮作用をもたらすということだ。

はっきり言って、この2点を抜きにしてヘロインを語るのは邪道である。


”嘔吐の儀式”を経てヘロインの愛人に


ヘロインの初体験は、まさに悪夢と呼ぶに相応しい。意識は遠のき、足腰

ガクガク、分けても胃のむかつきは耐えられないほどのひどさだ。同じダ

ウン系ドラッグである酒で悪酔い状態に極めて近い。個人の体質には無

関係、10人中10人、バッド・トリップに陥るのである。そんな苦しみを乗り

越え、見事「親を殺しても手に入れたい」ほどの快感を味わえるようにな

るには、少なくても5~6回の嘔吐を経験する必要がある。

少量でも気持ちよくはなれるが、もたらされる快感はアルコール・レベル

だ。もし、あなたが禁を犯してまでも、キング・オブ・ドラッグの恩恵に浴し

たいのなら、何度も吐き、早いところ耐性を形成しなければならない。

こうして中毒者となって初めて、ヘロインはあなたを”愛人”と認め、至福

の微笑みを投げかけてくれるのである。

スニッフィングや静脈注射で用いた場合、1回の使用量は2~5mg。が、

これは耐性ができる前の量で、嘔吐を重ねるうちに、10mg、50mgと増

えていき、人によっては100~200mgにまで達する。経口使用の致死

量は100~300mgと言われているから、鼻腔吸入や静脈注射では、も

っと少ない量でお陀仏となるはずである。けれども、耐性が形成されてし

まったジャンキーにしてみれば、この致死量とやらはなんら目安にはなら

ない。

僕の初回量は耳かき1杯、およそ40mg。今から思うと、恐らく初スニッフ

ィングの極量を優に超えていたのではあるまいか。

ところで、吐き気と並んで厄介なのが、小便が出にくくなることである。尿

意を催しているにもかかわらず、いくら力んでも1滴たりとも出ない。いつ

だったか、チェンマイのトップ・ノース・ホテルでヘロインを決めていたと

き、小便がしたくなってバス・ルームに入った。しかし、しゃがみ込んで2時

間ウンウンうなっても全くダメ。

とうとう疲れ果てて立ち上がったところ、いきなり消化半ばの晩飯が食道

を逆流し、辺り一面にゲロをぶちまけてしまった。

久しぶりの嘔吐だった。

耐性に上限なしというのは間違いで、酒量と同じく、場数を踏んでいくうち

に、自分の適量はわかってくる。

そのときは経験2~3年目で、1回40mgが僕の適量だった。では、なぜ

吐いたのか。チェンマイに行く前、3ヶ月ほどヘロインを断っていたので、

再び耐性のレベルが下がってしまったのだ。3ヶ月ぶりの愛人との再会に

舞い上がり、うっかり”耐性作り”(少量から用いる)を怠ったのがいけなか

った。

ゲロを吐いても、気分は悪いままだった。そこで、ソファーに腰かけ、いま

1度耳かき一杯のヘロインをスニッフ。我ながら、馬鹿なことをしたもん

だ。30分ほどして、僕はまたバスルームで嘔吐した。

ヘロインは、”嘔吐の儀式”を経た者にだけ、甘美なる眼差しを向ける。そ

して、ヘロインの愛を勝ち得た者は、「耐性による増量」という底なしのラ

ヴ・アフェアに沈み込んでいく。一時でも彼女から目をそむけると、嘔吐の

儀式のやり直しを命ぜられる。先ほど、世の習わしに従ってキング・オブ・

ドラッグと記したが、この表現は的確ではない。

男性にとって、ヘロインは比類なき魅力に満ちた女である。しかも、彼女

はひどく嫉妬深いファム・ファタル(妖婦)なのである。


彼女は浮気を許さない!?


ヘロインとのつき合いは、娼婦との恋にたとえると分かりやすい。あまり

のめり込むと生活は乱れ、かと言ってしばらくご無沙汰にすると、プィッと

そっぽを向かれてしまう。

そんな彼女とうまく関係を保っていくためには、何よりも自制心が要求さ

れる。嘔吐のイニシエーション(秘儀参入)を終えたら、自分にとっての適

量を確認。その後は、1日1回とか3日に1回とか、みずから制限を設け、

決してそれ以上は用いないよう気をつける。その適量で気持ちよくなれな

くなったら、第2ステップへと耐性が形成されつつある兆候なので、3日か

ら1週間ぐらい使用をやめたほうがいい。10日から2週間間隔を置くと、

振り出しの状態に戻り、再度、嘔吐の儀式を執り行うこととなる。

バスルームでの嘔吐の後、僕は2日に1回40mgと決め、さらに1ヶ月に

一度、1週間のインターバルを取って、在タイ中の数ヶ月間ヘロインと魅

惑的な関係を続けることができた。

こうした適量の断続使用に限り、ヘロインはアップ系ドラッグに類似した作

用を示す。これは、アルコール、ダウナーズ(睡眠薬)など、ダウン系ドラ

ッグ一般に言えることで、酒を適量飲むと、陽気になるのと全く同じシステ

ムである。

覚醒剤やコカインは中枢神経を興奮させ、人をエネルギッシュにする。そ

れに対して、ヘロインを筆頭とするダウン系ドラッグは、中枢神経に抑制

的に働く。したがって、作用の初期段階では、不安や焦燥感といった精神

に刻み込まれたマイナス・プログラムが麻痺し、気分が高まったかのよう

な感じになるのである。すなわち、興奮剤(アップ系ドラッグ)はストレート

に多幸感をもたらし、抑制剤(ダウン系ドラッグ)は不安を取り除くことによ

って、間接的に幸せをもたらすのだ。酒を飲んでできあがった人が、大声

で話し、笑い、せわしなく動き回るのは、心に溜め込んでいた不安材料が

意識に上らなくなっただけであり、ライフ・エナジーがアップしたわけではな

い。

その証拠に、ダウン系ドラッグを服用すると、男性自身が使いものになら

なくなってしまう。アルコールよりはるかに抑制作用の強いヘロインだと、

それがよくわかる。

しかし、そうとわかっていても、人間の欲望というのはパッと燃え上がると

なかなか収まりがつかないもの。タイやインドでヘロインを少量決め、「よ

し、次は女だ!」と、ソープに出陣、いざ本番となって愚息がピクリともせ

ず大恥をかいた経験が何度かある。

『阿片』と題されたジャン・コクトーの書物に、こんな一節がある。

「つまり、喫む者を虚勢してしまうまで嫉妬深い阿片ほど、気むずかしい

恋人はないということになる」。

ミニマル・スニッフィングではしゃぎ回るのは一向にかまわない。しかし、

どうも彼女は”浮気”だけは許してくれないようだ。


霊妙なる薬からドラッグへ


ケシの原産地は、地中海東部沿岸からメソポタミア平原の一帯と言われ

ている。在野の民族毒物学者、石川元助氏によると、1万2千年前、旧石

器時代後期には、すでにケシのオピエート作用が知られていたらしい。

最古の記録は中東のスメリア地方で発見されたもので、紀元前4千年、

シュメール人はケシを「喜びの樹」と呼んでいた。

また、古代エジプトの薬学書『パピエル・エーベルス』(紀元前1550年)に

は「泣きやまない子供を鎮めることができる」というケシの効用を示した一

節があり、紀元前8~9世紀、古代ギリシアのホメロスは叙事詩『オデゥッ

セイア』に「ぶどう酒の器に、苦悩をたちまち忘れ去り、憤怒を消す薬を入

れた」と記している。この薬は阿片との説が有力だ。同じく古代ギリシアの

医聖ヒポクラテス(紀元前3~4世紀)は、鎮痛剤をはじめ様々な処方に

阿片を加えた。ちなみに英語で麻薬を意味するナーコティックはギリシア

語のナルケ(昏睡/眠気を催す)に由来し、阿片(アヘン)は、アラビア語

アフィユーンの中国読み阿芙蓉(アフヨン)が語源である。

こうしてメソポタミアからエジプト、ギリシアへと伝わったケシ栽培及び阿片

使用は、7世紀以降、イスラム帝国の拡大とともに世界各地へと広がって

いった。とりわけ大量の阿片がもたらされたのは、現在のインドと中国で

ある。しかし、当時、阿片は霊妙な薬と見なされており、気晴らしや悦楽

のために用いようという人はいなかったようだ。

この阿片使用に革命をもたらしたのが、16世紀、中世ヨーロッパに彗星

のごとく登場した医科学者パラケルススだ。

大酒のみだった彼は、アルコールに阿片を混ぜたローダナムという阿片

チンキをこしらえる。パラケルスス自身、レクリエーショナル・スタッフの製

造を意図していたとは思われない。しかし、史上初の阿片チンキが、中毒

者を生み出す要因となったのは否めない事実である。また、19世紀にな

って中国で爆発的に流行した阿片喫煙は、阿片チンキ発明に次ぐ”第2

の革命”と言えるだろう。

モルヒネ中毒は俗に兵隊病と称され、近世、近代史におけるオピエート使

用は、戦争を媒体に広まっていった。

アメリカの南北戦争(1861~1865年)や普仏戦争(1870~1871年)

では、大量のモルヒネが負傷兵の苦痛を癒すために用いられ、結果、多

くの兵士がモルヒネに沈溺するようになる。なお、阿片戦争(1840~18

42年)と、第2次世界大戦後のヘロイン乱用拡大の最大原因となった中

華人民共和国成立及びベトナム戦争に関しては、下段のコラムを読んで

ほしい。


禁断症状は風邪にそっくり


オピエート拡大の歴史をざっと見てきたところで、次に阿片からモルヒネ、

そしてヘロインが抽出・合成される経過を振り返ってみよう。

1805年、当時20歳のドイツの薬剤師フリードリヒ・W・ゼルチュルナー

が、阿片から有効成分を分離、ギリシア神話の”眠りの神”モルフェウス

にちなんでモルヒネと名づける。しかし、わずか5~10mgの皮下注射で

ほとんどの痛みを消失させてしまうモルヒネも、ヘロインの発見によって1

世紀ほどで耽弱の表舞台から退くことになる。1874年、ロンドンの科学

者アルダー・ライトはモルヒネを無水酢酸とともに熱し、新しい化学物質を

作り出した。それから1898年になってドイツのバイエル社で薬理部長を

務めていたハインリヒ・ドレッセルが、名前のなかったその化合物をヘロ

インと命名する。同年、バイエル社は、モルヒネのような中毒性は認めら

れないと判断、アスピリン(1896年発売)に続く鎮痛薬として商品化し

た。(後に鎮咳薬にもなる)。一般にはドイツ語のヘロイーシュ(英雄の)に

由来すると言われるが、同じドイツ語のヘロイーデ(半神女/ヒロイン)の

含意もあったのでは、と僕は勝手に想像している。

さて、小難しい話はこのぐらいにして、最後に体験談を交えつつ、モルヒ

ネの10倍の鎮痛・麻薬作用を持つとされるヘロインの禁断症状を紹介

し、シメとさせていただこう。

ヘロインの禁断症状は、全非合法ドラッグの中、最も辛いものだとされ

る。自律神経の嵐。全身の筋肉や骨に激痛が走り、すさまじい悪寒が襲

って、あまりの苦痛に失神する者さえいる。これが、よく言われるヘロイン

の禁断症状だ。しかし、ヘロイン常用者全員がこんな辛い目に遭うわけで

はない。アルコール中毒だって然り、この地獄のごとき禁断症状には「最

悪の場合」という前置きがつく。

サラリーマン諸兄の多くが溺れることなく酒と友好的な関係を保っている

のと同様に、ヘロイン常用者の大半はさしたる禁断症状に悩まされること

なく、いたってノーマルな社会生活を営んでいる。もちろん、酒の二日酔い

に相当する苦痛を味わうことも、たまにはある。それにしても、ちょっとし

た疲労感、ヨダレや鼻水が出る、イライラする、といったアンバイで、二日

酔いに比べれば、まだマシだ。鼻炎患者みたいに2~3時間鼻をかみ続

けたり、電車に乗っている最中にソワソワしてきて途中下車したりと、僕も

数え切れないほど禁断症状を経験してきた。けれども、翌日にはもう治っ

ているのが普通で、1回量80mgに達した中度中毒のときも、2日ほどの

休息で完全にヘロインは抜けてしまった。そのときには、疲労感と鼻水に

加え、寒気と発汗がかなりあった。風邪の初期症状にとてもよく似てい

て、唯一異なる点と言えば、コーヒーをがぶ飲みしたかのように神経が高

ぶり、ジッとしていられないことぐらいだ。

ヘロインを使用した者全てが、僕のように軽い症状ですむとは思わない。

が、酒飲みがドラッグと自覚せずに毎晩アルコールを摂取するのと違っ

て、ヘロイン常用者は、それがドラッグと認めたうえで用いている。この差

は大きい。

要は”気づき”である。つまり、ヘロインが禁制品であるがゆえに、使用者

は重度中毒に陥るのを免れているのである。

また、これは禁断症状とは別だが、ヘロインが効いている間、瞳孔が針

の先のように縮小するという現象が起こる。

瞳孔を拡大させるアップ系ドラッグ(覚醒剤&コカイン)とは対照的だ。

と、まあ、ヘロインに関する真実をあれこれ述べてきたが、レクリエーショ

ナル使用を認めている国はひとつもない、

ということは忘れないでいただきたい。タイやインドでは、誰でも簡単にヘ

ロインを手に入れることができる。しかし、諸外国と同様、その売買及び

使用は重罪をもって罰せられるのだ。コカインとヘロインはスニッフィング

が主流だから、うっかり鼻孔のまわりに白い粉をつけたままフラリと外に

出て、御用となることがままある。君子危うきに近寄らず、薬理作用や中

毒症状の軽重はともかく、法治国家にあっては、イリーガル・ドラッグの使

用は常に人生を台無しにしてしまう危険性をはらんでいるのである。