かずよし絵日記

宮城県議会議員 畠山かずよし 〜海・山・人〜 リアスの郷の「いのち」と「くらし」

2011年03月

b24ac5b9.jpg気仙沼湾は前面に横たわる大島が防波堤の役目となって若干勢いが削がれます。それでも湾口にある石油タンクは倒壊あるいは流失しました。しかし、堤防は破壊されていません。これが直線的に津波が来た高田市や志津川になるとコンクリートの堤防も建物もことごとく粉砕されています。三陸地方の沿岸から防潮林の松林もまばらになってしまいました。

1e6889c8.jpg津波のひがいは海に向かって開けている海岸、入れ込んだ深い湾など地形によって大きく違います。写真は梶が浦への入口ですが細くなった空間をかなり山手まで上って来ています。両サイドの立木の中断まで痕跡があります。

9c28d2cc.jpg津波のあと発生した火災は風向きの関係で気仙沼市東側の鹿折地区の市街地と沿岸集落を襲いました。二日ほど前やっと通路が確保出来ました。二十日経ってまだ臭いが漂っていました。今日は県土木と河川の瓦礫撤去について要請、水産漁港とは定置網復活について話し合いを持ちました。唐桑の定置網では一か統資材が完璧に残っていました。船の手配がつけば着業は可能です。

4a3037ad.jpg平成7年の阪神大震災の時、私たちはまぐろ義援船第5光洋丸に救援物資を満載、神戸に派遣しました。陸路が遮断され物資が滞っていた折り海路の活用が評価され、その年の水産ジャーナリスト賞を受賞しました。今日は日鰹連所属の開発丸が気仙沼港に入って来ました。送った私たちの気持ちが16年経って戻って来ました。今日は鰹船の誘致にとって不可欠な餌場の確保や瓦礫の保管所の確保などに対応しています。私の荷物ではないかと海から拾い上げてくれた方がいました。残念ながら別人の持ち物でした。少し暖かくなって来ましたが粉塵や油のにおいためか喉喉の痛みがなかなか引きません

835171e3.jpg全国的というよりは国際的な規模での支援活動をして頂いています。医療や瓦礫の排除まど幅広い活動に心から感謝申し上げます。救援物資も大量に送られて着ており最近は倉庫にストックされるようになりました。救援物資は、食糧や日常的な消耗品に限定して頂くとたいへんありがたいと思います。今日は震災対策特別委員会の開催があり久しぶりに仙台に出かけました。復旧、復興様々な課題に議会としてしっかり取り組んで参ります。政府に対して与野党一致しての正式な調査団の派遣を要請することになりました。来月には県議会も全県の調査活動に入ります。

14239646.jpgここのところ市内あちこちで重機が何台も動き始めました。道路も大分改善されています。今朝は、水産加工業者の皆さんが在庫製品の処分についての話し合いが進んでいます。数万トンの品物を整理するたいへんなプロジェクトです。関係者の皆さんの前向きな姿勢に気仙沼復興の強いメッセージを感じました。魚市場の整備、周辺の環境改善も急ピッチで進んで行きます。出来ることをひとつずつ乗り越えて行けるよう頑張りましょう!!

c94f0c57.jpgやはり上空から見た魚市場方面です。一年間で最も潮位の高い満潮ですが市場の周辺の町並みは海抜マイナスになっているようです。大、中の被災船は 40数隻積み込まれた燃油が2千キロリットルなど新たな課題も出て来ます。う〜ん。

a2ed98f4.jpg上空から見た大島です。わかめ、ほたての施設、かきいかだなど一切見当たりません。知人の息子に安否を尋ねると、父は船を守ろうとして行方不明、家もいかだも全部流されました。との返事でした。慰めの言葉を見つけることが出来ませんでした。午後には国会議員数名との意見交換会に同席しましたが、彼らの言葉が空虚に響きます。

a5ffe7c9.jpg陸上自衛隊の輸送ヘリコプターです。ジープや偵察隊のバイクと一緒に震災後始めて大島に渡りました。自衛隊に米軍海兵隊が加わって本格的な島内の普及作業が始まります。電源車も入って学校の避難所にやっと電気が通ります。少しでも温かい生活を送って貰いたいと思います。

b786cd1f.jpgクローズアップ現代のスタッフの取材を受ける気仙沼市長です。彼の家も流失、被災以来本部に泊まり込みで陣頭指揮で頑張っています。今日も雪混じりの冷たい雨で冷え込んでいます。自然は一体どこまで厳しいのでしょう。

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