2016/10/7 文京区にあるトッパンホールに、バス歌手のフェルッチョ・フルラネットのロシア歌曲コンサートを聴きに行きました。 その感想・レビュー。
Furlanetto
 <目次> 
【1】 バス歌手とロシア歌曲
【2】 公演のレビューと感想
【3】 演目とキャスト
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【1】 バス歌手とロシア歌曲

 あくまでも印象の上ですが、ロシアをはじめとするスラブ諸国には、優れたバス歌手が多く輩出していると思います。もちろん、ドイツやイタリアでも優れたバス歌手はたくさんいますが、それと同じぐらい、優れたソプラノやテノールも存在しています。それに比べ、ロシア・スラブ系はバス歌手の比率がとても高い、そしてそのバス歌手たちは、傑出した存在と思います。

 たとえば、有名なロシアのフョードル・シャリアピンやアルトゥール・エイゼン。または、ブルガリア出身のボリス・クリストフやニコライ・ギャウロフ。スラブ歌劇団で活躍したといわれる、旧ユーゴスラヴィアのミロスラヴ・チャンガロヴィッチ。少し昔でも、ジョージア(グルジア)のパータ・ブルチュラーゼや、ロシアのエウゲニ・ネステレンコ。今回来日する、ミハエル・ペトレンコなど、多くの有名バス歌手がスラブ系です。

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 それに、呼応するように、多くのロシア人作曲家によるオペラも、バス歌手を主役、または主役級の役割を与えています。
 一番有名なのは、ムソルグスキーの「ボリス・ゴドゥノフ」でしょうか? ボリス・僧ピーメン・破戒僧ワルラームの3名の主役級のバスが登場します。また、同じムソルグスキーの「ホヴァンシチナ」も主役はバス歌手です。
 その他にも、ボロディンの「イーゴリ公」でのコンチャーク汗やガリツキー公、チャイコフスキーの「オネーギン」のグレーミン公や、「マゼッパ」のコチュベイ、リムスキー=コルサコフの「イワン雷帝(プスコフの娘)」など、バス歌手の活躍する歌手がたくさんあります。

 歌曲の世界も似た印象を持っています。
 多くのロシア歌曲は、バス歌手によって歌われることが多いと思います。
 以前、好きな歌曲として、チャイコフスキーの「ただ憧れを知る人だけが」についての記事をかいたことがあります。この時も、同じチャイコフスキーの曲が、原語のドイツ語で歌われるときは、女声やテノールが多く、英語の場合は、男声のテノールかバリトンが多かったのですが、ロシア語の時はバスやバリトンの低声が圧倒的に多かったです。
 統計を取ったわけではなく、たまたまロシアに有名なバス歌手が多いから、そのような結果になったのかもしれませんが、個人的な印象では、ロシア語は、そのように低声がよく響く言語なのかな、と思っています。そして、その深い声によって歌われる哀愁のあるメロディーは、独特の郷愁を誘うものがあります。

 (言語の「音」とその言語がきれいに響く音域というのは、いつかきちんと調べてみたいと思ってします。欧米系を離れれば、中国語などは、キンキンするほど高い、京劇のような響きが似合う言語なので、ある程度そのような相関があるのでは、と思っています。)

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 さて、今回のフェルッチョ・フルラネットは、イタリア人のバス歌手です。

 私が初めてみたのは、ヘルベルト・フォン・カラヤンの指揮の「ドン・カルロ」の映像で、フィリッポ2世を歌っていたものです。当時、個人的には、ニコライ・ギャウロフ等の朗々たる深く、威厳ある国王をこの役のモデルと思っていたので、その時の印象は、「悩み多い、若く、明るい声のバスだな」というものでした。ルッジェーロ・ライモンディにしても、他のイタリア人歌手は、スラブ系よりも、やはり明るく、ベルカントなイメージがあります。

 そしていま、フルラネット氏は現代最高のバス歌手の一人と言われています。
 私には、すこし、明るいバッソ・カンタンテのイメージのあるのですが、氏が、ロシア歌曲をどのようにうたうのか、とても興味をそそられました。特に、独特の世界を持つムソルグスキーの歌曲集「死の歌と踊り」など、どんな演奏になるかとても楽しみです。(もっとも調べてみてわかったのですが、フルラネット氏は、以前から冬の旅や、ラフマニノフやムソルグスキーの歌曲もうたっているみたいで、もはやある程度定評があるのかもしれませんが)
 平日の夜になるのですが、なるべく仕事が入らないように調整して、会場に向かいました。


【2】 公演のレビューと感想

 会場となる、トッパンホールは、今回初めていきました。
 HPでは、飯田橋駅より、13分位とあります。
 少し仕事が長引いてしまい、19:00開始に対して、飯田橋到着が、18:40分。
 理論的には歩いて間に合うのですが、方向音痴なので、地図を把握したつもりでしたが、「白山通り」がどこかわからない。仕方なく、タクシーに乗って向かいました。
 値段はワンメータ。18:50過ぎに着きました。間に合ってよかった。
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 帰りは、迷わず歩きましたが、下り坂で15分位。信号待ちがあるので、余裕をもって出かけた方がいいです。

 入り口で、無料のプログラムがいただけました。
 各歌曲の原語(キリル文字ですが)と対訳が書いている立派な物。
 最初に、音楽学者・一柳富美子氏の解説があり、コンパクトですが、とても優れた内容でした。
 
 要約すると
 ・ヨーロッパ諸語の中で、ロシア語はイタリア語に次いで母音が多い。(響きがきれいという意か)
 ・グリンカやチャイコフスキーは旋律優先で、ロシア語のアクセントと必ずしも合致しない。これを是正し、言葉のイントネーションに合わせたのがムソルグスキー。さらに旋律も合わせ完成させたのがラフマニノフ。
 ・ラフマニノフの全83曲の歌曲は、どれも素晴らしく、年代にかからわず、作風は完成している。
 ・ムソルグスキーは、初期19曲、中期25曲、後期22曲とわかれ、作風が違う。初期は民謡ベース、中期で、独自の発語法と風刺をまぜ、後期は厭世的世界観が強い。

 素晴らしい解説です。この後それぞれの楽曲の解説があるのですが、休憩中にしっかり読ませてもらいました。
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 (トッパンホール内部。座席数 400強とのこと。)
 
 会場は、ほぼ8,9割の入り。私は前の方の左側で聴くことができました。
 19:05過ぎごろに、フルラネット氏とピアノのイーゴリ・チュエトゥーエフ氏が現れ、前半は、ラフマニノフの歌曲が9曲です。

 最初の「運命」は、ベートーベンの運命の動機をモチーフにした面白い曲でした。「ストック、ストック、ストック(ドン、ドン、ドン)」という言葉が運命の動機に呼応して、各節の最後に繰り返され、最後に主人公を辛い失恋の闇に落とす詩です。
 フルラネット氏のバスは、とても深く、スケールの大きなもので、多少オペラがかったこの曲では、その声の威力と、表現力に圧倒されました。ロシア語独特の響きと相まって、とても、暗く、深く、重く、運命がのしかかってきます。
 
 そのあとの8曲は、少し華やかさと哀愁が混じる、抒情的な歌。プログラムによると、本来ソプラノやバリトンなどのために書かれたものが多いらしいです。ここでもフルラネット氏のバスは、とても重みと広がりがありかつ表現力に富み、深く響くと同時に、高音域もとてもきれいに伸びとても美しいです。すごく深いバスなのですが、やはりしなやかさを併せ持っていると感じました。 途中、少し、見かけ上すこし体調悪げに見えたのですが、声だけ聴いていると決してそんなことを感じない、重厚でパワフルかつやわらかい歌声です。 
 また、それをささえる、チェトゥーエフ氏のピアノもとても華やかで、ラフマニノフの抒情性と華麗さを見事に表現していました。

 前半を終わった後で、1曲アンコールがありました。歌劇<アレコ>からカヴァティーナ「すべての天幕に寝静まった」。確か、以前、トマス・コネェチュニ氏のリサイタルでも聴いた、劇的なアリアです。バリトンの激情的な響きと違い、やはりフルラネット氏のような深いバスの響きには、より重く、より内にこもる苦悩を感じます。
 
 休憩後は、ムソルグスキーの歌曲。前半5曲が、初期の歌曲で、後半が歌曲集「死の歌と踊り」の4曲。
 ムソルグスキーになると、音がより「土俗的」になる印象を受けます。 愛の歌や、中には、ゲーテの「ウィルヘルム・マイスター」の竪琴弾きの老人の歌につけた歌などもあり(シューベルトのものが有名。というか最高傑作のひとつ)、バラエティに富んだものを、やはり分厚いバスの響きと、美しい高音で、スケール大きく歌われます。「風が吹いている、荒々しい風が」という曲も、とても迫力がありました。

 しかし、はやり最大の聴きものだったのは、最後の歌曲集「死の歌と踊り」でしょう。
 ここに登場する「死」の表現は、はやりバス歌手ならではのもの。その重量感・圧迫感、死の闇の深さ・暗さ、そしてぞっとする優しさなどを表現するのは、バスの音色が一番効果的だと思います。フルラネット氏の声は、すざましい威力のある声ですが、決して破壊的にドスが聴いている、というものではなく、美しさも秘めたもの。それゆえに、かえってゾッとする歌でした。
 特にすごいと思ったのが、「子守歌」の後半の母親と死神の対話。死神は、日本語に訳すと「ねんねんころり!」というような、「バーユシュキ、バーユ、バーユ」という言葉を最後にかたるのですが、一番最後の、子供が死ぬところの、「バーユ、バーユ」という声の潜め方、終わり方が、ゾッとするものでした。
 また、「セレナーデ」の、最後の「お前は私のもの(トゥイ、マヤー)」という死神の叫びもおなじく、迫力がありすぎで、背筋がさむくなります。
 
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 盛大な拍手の後、またアンコールが2曲
 ・ラフマニノフ「夜の静けさに」 Op4-3
 ・アントン・ルービンシュタン 歌劇「悪魔」 より 悪魔のアリア

 前者は、抒情的な曲、後者は、文字通りオペラの悪魔のアリア。後者は、ホール全体に響く低音がすばらしい、まさに「悪魔」のアリアらしい曲でした。

 昔の印象とは違い、氏の声は、実に迫力がある深い、重量感のあるバスですが、はやりその奥には美しい響きのあるベルカントな柔軟さも併せ持っている、実にノーブルな歌声と感じました。ラフマニノフも美しくよかった(ピアノもきれいでした)し、またムソルグスキーの「死の歌と踊り」の迫力に圧倒されたコンサートでした。
 フルラネット氏は、10/10の「ドン・カルロ」でフィリッポを歌うと思いますが、それもますます楽しみです。
 
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 (ちょっとボケてしまいました、終演後のサイン会でのフルラネット氏とチェトゥーエフ氏)

【3】 演目とキャスト

【演奏】 フェルッチョ・フルラネット(バス)
     イーゴリ・チェトゥーエフ(ピアノ)
【プログラム】
ラフマニノフ: 運命 Op.21-1/夢 Op.8-5/リラの花 Op.21-5/夜の静けさに Op.4-3/
ここはすばらしい場所 Op.21-7/私は彼女の家に行った Op.14-4/時は来た Op.14-12/
いや、お願いだ、行かないで Op.4-1/春の洪水 Op.14-11
(アンコール) 歌劇<アレコ>からカヴァティーナ「すべての天幕に寝静まった」
 
ムソルグスキー:悲しげに木の葉はざわめく/あなたにとって愛の言葉とは何だろう/老人の歌/夜/風は激しく吹く
ムソルグスキー:歌曲集《死の歌と踊り》トレパーク/子守唄/セレナード/司令官
 (アンコール) ラフマニノフ「夜の静けさに」 Op4-3
       アントン・ルービンシュタン 歌劇「悪魔」 より 悪魔のアリア