2018/8/12 荒川区にあるサンパール荒川 大ホールに、荒川区民オペラの主催する、ヴェルディ作曲歌劇「イル・トロヴァトーレ」の公演を聴きに行きました。その感想・レビュー。
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<目次>
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【1】台本作家・カンマラーノ

 ヴェルディの「イル・トロヴァトーレ」は、いつも、「台本は荒唐無稽だが、音楽はとても素晴らしい」と評されます。音楽のすばらしさを際立たせるためにも、台本はけなされて可哀想な気もしますが、それを担当したのは、サルヴァトーレ・カンマラーノという人で、案外に素人ではなく、他の有名なオペラの台本も書いているプロの台本作家です。

Cammmarano
 台本作家 サルヴァトーレ・カンマラーノ(1801/3/19 - 1852/7/17)は、ナポリに生まれ、ナポリに死んだナポリターノ。1835年からは生地ナポリのサン・カルロ劇場の座付台本作家(兼上演監督)となり、主として同劇場で初演された作品について台本を担当しました。生涯に約40程の作品の台本を書きました。
 中でも有名なのは、ドニゼッティの「ランメルムーアのルチア」(1935年)や「ロベルト・デヴリュー」(1837年)、「ポリウト」(1838年)など。作曲家はドニゼッティが多いですが、当時活躍していたサヴェリオ・メルカダンテやジョヴァンニ・パニーチ等にも台本を提供しています。
 ヴェルディへの台本提供も、この「トロヴァトーレ」だけではなく、「アルツィーラ」(1845年、ほどんど知られていない不遇なオペラです。)、「レニャーノの戦い」(1849年)、「ルイザ・ミラー」(1849年)等も担当しています。また、ヴェルディが終生オペラ化を希望したシェークスピアの「リア王」の台本化もカンマラーノは折に触れて行っていたらしいです。

 ドニゼッティと同じく職人的な気質が強く、Wikipediaによれば、その作品の特徴は、
<長所>
・長年の舞台経験により劇的展開が巧みで、詩文が華麗で美しい
・エキゾティックな原作の雰囲気を保ちつつ、聴衆、作曲家、歌手及び検閲当局を同時に満足させる
<短所>
・台本化の過程で原作(小説、戯曲等)のドラマ展開は、かなり自由奔放に改変してしまう。
・「技巧的なアリアを要所に配置した番号付きオペラ」という、1840年代後半には既に限界がみえつつあった形式から脱却できなかった。
 とまとめられています。

 たまたま、ヴェルディの作品の中では、「ルイザ・ミラー」(原作はシラーの「たくらみと恋」)は、原作を読んだことがあるので、このWikipediaの解説があっているかフォローしようと思ったのですが、原作を読んだのがだいぶ昔で思い出せず。ただ、ヴェルディの「ルイザ・ミラー」では、主役3人にフォーカスする仕上がりだったのですが、原作は確か、フェデリーカやロドルフォの父ワルター伯などがもっと活躍していた記憶です。この辺、職人的にオペラ向きに改定する術を心得ていたという指摘はあっているのでは、と思います。
 (ちなみに、「たくらみと恋」の舞台を見た感想とオペラとの比較は以前記述していました。

 「イル・トロヴァトーレ」は、カンマラーノ最後の仕事で、この台本を完成する前に彼は急死してしまったそうです。またヴェルディは本来台本に細かく口を出す方だったらしいのですが、このカンマラーノには、年齢差もあり、敬意を払い多少の遠慮をしていた、とのことです。このころのヴェルディの音楽は、ちょうど「リゴレット」「椿姫」を作曲していた充実期にあり、むしろカンマラーノの古典的な「技巧的なアリアを要所に配置した番号付きオペラ」的作劇法が、むしろこの「イル・トロヴァトーレ」の音楽を、「美しい音楽が湧き出るような」作品に仕上げたのだともいえると思います。その意味で、やはりカンマラーノは、プロの台本作家であったと言えます。
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 さて、今回の荒川区民オペラは以前より行きたかったオペラ団の一つですが、いつも公演が夏休み頃で、個人旅行の予定とかち合ってしまい、なかなか見ることができませんでした。今年の夏休みは、丁度良い日程の公演となり、しかも曲は大好きなヴェルディの「イル・トロヴァトーレ」なので、両公演とも見るつもりで楽しみにしていました。
 ただ、11日の公演の方はちょっと都合があり、前半が聴けない間に合わない予定になってしまったのですが、後半だけでも聴きたく、11日と12日の2日間、サンパール荒川へ通いました。



【2】2018/08/12 演奏のレビュー・感想

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 全曲を聞いたという意味で、先に12日の公演の方から書かせてもらいます。 

 公演の会場は、サンパール荒川という荒川区民会館です。
 交通の便がちょっと複雑で、会場に近いのは都営荒川線という路面電車の「荒川区役所」、もしくは都バスの「荒川区役所」停留所です。JRの駅は、15分程歩いたところに常磐線の三河島駅となります。三河島からサンパール荒川へ行く道の途中は、下町の商店街のような店並が楽しいのですが、今日は暑いので、池袋からバスで来てしまいました。2系統あり、短い方で35分、長い方で45分程かかります。

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 サンパール荒川を訪問するのは結構久し振りです。
 以前、「あらかわバイロイト」(ナクソス島のアリアドネ等)の公演で数度訪れたことがあります。
その公演のあと、サンパール荒川は改装され、2016年4月に再開したらしいのですが、その後私は訪問する機会がなく、実に4年ぶりの訪問となります。
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 入り口は記憶する限り同じ場所です。
 とても混雑していて、案内人がお客さんをいろいろ助けてくれていました。
 チケット代は、とても安く、S席で5,000円、A席3.500円、B席2,000円です。
 私は発売同日位に電話して、B席を確保。
 後述しますが、一番後ろの方の席ですが、舞台は問題なく見えます。

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 ロビーには過去の公演の写真が飾ってありました。
 荒川区民オペラの歴史は古くらしく、HPで見ると第1回公演は、1994年の「カルメン」。
 今回が第19回公演で、1年で約1回のペースです。公演は、「カルメン」や「こうもり」もあるますが、イタリアオペラ中心らしく、「マクベス」や「シモン・ボッカネグラ」「運命の力」の公演なども行っています。
 数年前から見てみたいな、と思っていたのですが、夏休みに重なりなかなか訪問できませんでした。
 今年の夏休みにようやく見ることができました。

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 これは、ロビーにあった会場のモニター。
 後述しますが、この前日遅刻してしまったのですが、このモニターで上演状況をみることができました。

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 実際の舞台の緞帳です。
 大ホールはとても広く、1,000人ぐらいは入る、と思ったのですが、果たして、HPでは「最大975席の収容人数」と有りました。席はスローブ上になっていて、後ろの方は2階から入るようになっています。縦の列は27列、横の行は列に寄りますが、大体40席位なので、大体1,000席ほどとなります。

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 これは、一番後ろの入口から写してみたもの。一番後ろの席でも、オペラグラスは必要かもしれませんが、舞台はよく見えます。

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 この日の上演は、14:00から。1・2幕70分のあと、25分の休憩があり、3・4幕は65分程。全部で、2時間40分ほどで、カーテンコールなどをふくめ、終演予定は19:50頃と有りましたが、ほぼこの時間通り。きびきびした進行だったので、少し早めだったかもしれません。
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 とても充実した公演で、好きなオペラということもあり、あっという間に終わった感じがします。
 特に、今回は、3幕で、アンコール/ビスが起こったりして、とても盛り上がった公演になりました。
 
 アリアが再度演奏されたのは、有名なテノール殺しのアリア、「見よ恐ろしい炎よ!」で、今回のマンリーコの小笠原一規は、2回ともハイCを決め、喝采を浴びていました。私も何度かトロヴァトーレを聞いていますが、このアンコール(ビス)はなかなか巡り合えません。その意味で今回はなかなか貴重な経験です。
 小笠原一規の歌唱は初めて聞いたと思います。最初は、声はいいけどちょっと前に出ない感じがあったのですが、しだいにのびやかさ・しなやかさを増していったと思います。3幕の「恐ろしい炎」の前の「ああ、愛しい恋人よ」の最後の部分も、自在なカデンツァ(?)で、見事な喉を披露してくれたのですが、つづくこの「恐ろしい炎」で力強く、輝かしい歌唱は見事でした。オペラを聴く楽しみを味合わせてくれる歌唱です。

 レオノーラの森 美津子も素晴らしい歌唱でした。登場した時は、ちょっと声も小さく、どうなるかと思ったのですが、次第に声は膨らみ、たっぷりと情感のこもった歌です。声がとても軽い感じで、「お姫様系」の声質です。基本的にとてもテンポを落とした、聴かせる歌い方で、1幕のアリアや4幕の恋はバラ色の翼にのって、などは、たっぷりと美声を楽しめる歌唱でした。

 アズチェーナの河野めぐみは、いろいろな場所で名前を伺い、聞いていると思うのですが、メゾの大役で聴くのは初めてと思います。アズチェーナな難役ですが、とても迫力のある歌唱で、復讐に燃える、悲しい母親の役を演じていました。声もちょっと硬質ですがメゾ的に深い響きで、低音部には力があったと思います。

 ルーナ伯の佐野 正一は、良く響く声のある方とおもいますが、この日は調子が悪かったのか、ちょっと不安定な声の響きが混じることがありました。ただ、押出がよく舞台姿が映えるので、ルーナ伯としての存在感は十分ありました。フェランドの比嘉 誉も、良く響く十分な低音です。冒頭の過去の経緯を語る歌(ラコント)もよかったですが、ただ、声域はバスバリトンに近いのでしょうか、この役は本来バスの声域なので、低音部分にもっと広がりがあるともっと良かったとおもいました。

 澤田 康子の演出はシンプルな物で、舞台は「ハ」の字型で二段になっているもので、中央部分は普通の段だが、両サイドは階段になっているもの。第2幕第1場や、終幕で炎のイメージが出る場面では、中央に燃え上がる炎が映し出されるものです。歌手の動きを邪魔せず、どこからでもよく見える、わかりやすい舞台でした。

 小崎 雅弘の指揮は、基本は快適なテンポですが、歌手に合わせてきっちり歌をフォローする演奏でした。(特に森美津子はたっぷり歌う箇所が多く、2幕最後の短いレオノーラのつぶやきなどもゆっくりしたテンポをしっかり拾っていたと思います。)合唱団の皆さんの合唱はよくまとまっていて、3幕の男声合唱はとても勇壮でした。管弦楽も、金管でちょっとミスもありましたが、しっかりとしたものでした。
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 荒川区民オペラは、歴史があり過去様々な公演も行っているのを知っていたので、今回好きな曲ということも併せて期待して聴きに来ましたが、やはりツボを心得て満足させてくれる公演だったという感想です。もちろん、プロ団体が行う公演ではないので、そういう聴き方をすると、課題もあるのかもしれません。なまじにレベルがあがると、そういう聴き方をしてしまうかもしれませんが、「地元の人々に本格的なオペラを楽しく、わかりやすく広める」という使命からすれば、十分使命以上の演奏だと思います。
 さらに、前述の様に料金も他と比較してもとても安いと感じますし、末筆になりますが、無料で配布されるプログラムもとても充実したもので、”「イル・トロヴァトーレ」の一口メモ”などに、普段よみとばしてしまっている内容ー舞台となるアラゴン王国やビスカヤの位置や歴史、台本から考える時代背景などーの補足があり、とてもためになります。
 今後とも、是非すばらしいオペラ公演を続けてほしく思います。

【3】2018/08/11 演奏のレビュー・感想

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 この日は、【2】の前日なのですが、開演時間に間に合わず、後半からの鑑賞となってしまったため、後に書かせてもらいます。別の所から移動し、三ノ輪橋駅から都電荒川線(路面電車)で「荒川区役所前」で降りて会場へ向かいました。都電荒川線は、「チンチン」という音で発車を知らせてくれ、過去の愛称を思い出させてくれます。

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 開演は、17:00だったのですが、開場に着いたのは、18:00前でした。
 予想よりも早いテンポで進んでいて(通例では、開始は5分位遅れるのですが、17:00きっかりに始まったのでは?)、次の休憩までモニターで鑑賞(【2】参照)となってしまい、ルーナ伯の「うるわしき君の微笑み」等はモニター越しでした。残念。

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 この日も、B席2,000円という所で鑑賞しました。
 このお値段で、立派なオペラが楽しめるのは、とてもコストパフォーマンスが良いです。
 S席でも5,000円なので、来年は演目次第ですが、ちょっと奮発してみてもいいかな、と思っています。
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 3,4幕のみの鑑賞という前提ですが、充実した公演と感じましたし、特に聴きたかったレオノーラの西本真子は、素晴らしかったと思います。
 
 過去聴いた西本真子の公演は、1月のマスネ「ナヴァラの娘」と7月の「ナブッコ」(アビガイーレ)で、どちらもドラマチックな役だったのですが、このレオノーラの第4幕1場のアリア「恋はバラ色の翼に乗って」のしっとりした歌もスケールが大きく、とても聴きごたえのあるものだと感心しました。ただし、やはりドラマチックな歌の方が合うのか、私自身にそのようにインプットされてしまっているのかわかりませんが、やはり、「ミゼレーレ」の後の、「あなたを、あなたを忘れるですって!」以降の決然としたカヴァレッタ(?)が聴いていて一番似合う歌のような気がします。このあたり、翌日にあたる森 美津子の「お姫様」に近いレオノーラとの対比がとても面白く感じました。

 マンリーコ役の田代誠は、私が以前聴いていた覚えがあるので、結構ベテランの方と思いますが、中低音が伸びやかで力強い語り口のテノールです。ちょっと高音は出にくくなっているかな、と思いましたが、3幕の「いとしい我が恋人よ」等はしっとりとした歌唱が聴かせてくれます。

 アズチェーナの杣友(そまとも、と読むらしい)恵子は、肝心の「炎は燃えて」のアリアが聴けなかったのですが、3幕や終幕での歌はしっかりしたものと感じました。ただ、声質は少しソプラノに近いのでしょうか?低くドスを聴かせるところもありますが、通常の歌は響きが少し軽め・明るめで、まだアズチェーナに少し若く、気品ありすぎかな、という響きでした。

 ルーナ伯の野村 光洋も、響きの良いバリトンで立派なルーナ伯でした。やはりちょっと軽い声質と感じる時もあり、「君が微笑み」はモニターで聴いたので、実際に聞くのと違うのかも知れませんが、立派な歌唱ですが、最後の高音等が少しテノール的。個人的な好みが重量感のあるバリトンなので、好みだけの問題かもしれませんが。返す歌唱は立派で、4幕1場の西本真子との二重唱も聴きごたえありました。
  
 フェランドの狩野 賢一は、7月の「ナブッコ」のザッカリアの歌唱が印象的で、1幕1場のラコントが聴ければよかったのですが、一番の聞きどころを聞き逃してしまいました。きっと深い声で、朗々とした物語を語っていたと思います。

 演出は、12日の方に書いた通りで、シンプルでわかりやすいものでした。
 小崎 雅弘の指揮は、基本はきびきびしたペースだが、歌い手に合わせ、引き立てるも上手く、この日は12日よりも少し早いペースで演奏されていたかもしれません。

 3・4幕のみの鑑賞になので、全体を語れませんが、西本真子を中心として、細かい点はいろいろあるにしても、全体としてはとても充実した演奏で、翌12日にちゃんと初幕から聞くのを楽しみに帰宅したことを記しておきます。

【4】キャスト&スタッフ

指揮  小崎 雅弘
演出  澤田 康子
 
<出演者>   12日/11日
レオノーラ:森 美津子/西本 真子
マンリーコ:小笠原一規/田代  誠
ルーナ伯爵:佐野 正一/野村 光洋
アズチェーナ:河野めぐみ/杣友 恵子
フェランド:比嘉  誉/狩野 賢一
イネス: 藤田英璃奈/佐藤 信子
ルイツ: 板垣 哲也/川出 康平
老ジプシー:秋本  健(両日)
伝令:吉川 響一(両日)

合唱:荒川オペラ合唱団
管弦楽:荒川区民交響楽団
主催:荒川区民オペラ
共催:公益財団法人 荒川区芸術文化振興財団(ACC) 荒川区 荒川区民交響楽団
後援:荒川区民交響楽団後援会