2018/5/26 六本木のサントリーホールに、東京交響楽団の第660回定期演奏会、ウド・ツィンマーマン作曲 歌劇「白いバラ」という珍しいオペラの演奏会形式公演(日本初演)を聴いてきました。その感想・レビュー。

よく見ると、ウド・ツィンマーマンとあり、(Udo Zimmermann 1943年-)とあり、別人。世代が四半世紀違い、同じドイツですが、先のベルントと交流があったかなどは不明。Wikipediaをみても日本語はなく、詳しい情報はドイツ語でよく分かりませんでした。英語版でかろうじてわかったことは
・1943年ドレスデン生まれのドイツ人作曲家、音楽ディレクター、指揮者
・ワルター・フェルゼンシュタインのアシスタントとして2年働く
・1970年ドレスデン歌劇場のドラマアドバイザー
・1991年-2001年 ライプツィッヒ歌劇場の芸術監督
等の情報です。旧東独生まれの音楽家です。
今回上演される「白いバラ」も少し調べてみました。作曲年度は1967年。第二次世界大戦中のドイツにおいて実際に発生した、非暴力主義の反ナチ運動をもとにした作品。台本は、兄弟のインゴ・ツィンマーマンによる作品で、初演は、1967年6月17日、ドレスデン音楽高等学校のオペラスタジオです。
実際の「白いバラ」事件は、Wikipediaで調べてみると以下のような話でした。
「 ミュンヘンの大学生であったメンバーは1942年から1943年にかけて(反ナチスの)6種類のビラを作成した。その後グループはゲシュタポにより逮捕され、首謀者とされるハンス・ショルほか5名がギロチンで処刑されたため、7種類目の印刷がおこなわれることはなかった。彼らの活動を描いた映画が戦後何度かドイツで作られ、反ナチ抵抗運動として、国際的に知られている。」
実際に活動したメンバとしては、ハンス・ショルとその妹ゾフィー・ショル、クリストフ・プロープスト、ヴィリー・グラーフ、アレクサンダー・シュモレルの3人の学生、およびクルト・フーバー教授らの名前がが挙がっています。

(左からハンス、ゾフィー、クリストフ)
ドイツの暗い時代に発生した「良心」的な事件として、有名な話の様ですが、恥ずかしいことですが、私は全く知りませんでした。最近では、2005年(10年以上前ですが)に、『白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々』(原題: Sophie Scholl – Die letzten Tage)というタイトルで映画化され、ベルリン国際映画祭で賞をもらっていたそうです。

※ ※ ※
当然、音楽も聴いたことはないのですが、出演者が、ソプラノとバリトンの二人なので、きっとショル兄弟の死を前にした緊迫した対話の様な作品なのだろうか、と想像しています。現代音楽なので、おそらく不協和音が理不尽さを増強するようなイメージの作品でしょうか。
どんな場面が切り取られ、どのような音楽がきけるのか、少し重そうなのか?などと、いろいろ想像しながらサントリーホールへ向かいました。

会場はサントリーホール。あまりシンフォニーを聞かない私は、訪問するのは年に4,5回です。
地下鉄の六本木一丁目の駅から5分位のところにあります。

ロビー。プログラムは無料で配られるのでありがたいです。

入り口のところに、今日のコンサートにちなんだ「白いバラ」がありました。
でもちょっと目立たないところだったかもしれません。少ししおれ気味。
いつものことでしょうけれども、関連演目のCDの販売などもあり、今回のツィンマーマンの「白いバラ」も置かれていました。案外廉価で、1,200円。私はこの曲を聞いたこともないので、ある意味記念で一枚買ってしまいました。
時間割は張り出されていなかったですが、プログラムでは1曲目のヘンツェ:交響的侵略が約15分、休憩20分、後半の「白いバラ」が70分とありました。実際は、ヘンツェが終わったのが18:20頃。休憩開け18:40頃から指揮の飯森範親によるトークが10分程、その後の演奏が1時間強で、終演はほぼ20:00頃でした。
※ ※ ※
現代音楽ですが、結構「わかりやすい」曲で、とても聴きごたえのある演奏会でした。
歌劇「白いバラ」は、とても深く難しい内容で考えさせられるテーマですが、音楽は現代音楽にしては変化に富んでいるものでした。
前半は、ハンス・ウェルナー・ヘンツェ作曲の「交響的侵略 ~マラトンの墓の上で~」という作品。ヘンツェという作曲は、私は、三島由紀夫の「午後の曳行」をオペラ化した作曲家ということで知っていました。(以前、サン・フランシスコで見ました。1991年のことです。Das Verratene Meer(裏切られた海)というタイトルでした。その後、ザルツブルク音楽祭で、「午後の曳行」として演奏されたらしいです)
その時の曲の印象は全く覚えていないので、どんな曲を書く人か想像がついていなかったのですが、この「交響的侵略」は、軽快なテンポで、とても聴きやすい曲だと感じました。
プログラムによると、この作品は、1957年、「ダンスのマラソン」という芝居(ルキノ・ヴィスコンティ演出)のための音楽を作り変えてものらしいです。「ダンスのマラソン」とは、文字通り昼夜を問わずダンスし続けなくてはならない過酷なダンス大会の様子を書いたものらしく、この曲がある種、どんどん進むような曲想であることも納得です。
途中でジャズ風なリズムや酒場音楽風なピアノも出てくることも曲として面白いです。
物語の最後は、出場者たちが息絶えてしまうそうですが、音楽を聴いているときはそんなことはわからず、ひたすら現代音楽にしては乗りの良い、快適な音楽だ、と思って聞いてしまいました。飯森氏の音楽も、よく統制がとれていて、シンフォニックにバラエティに富んだ音を楽しませてくれました。
※ ※ ※
20分の休憩後、後半の「白いバラ」の演奏に先だち、指揮者の飯森範親のよる作品解説。
「おそらくこの曲を初めて聞く人が多いでしょうから」との前置きに少し笑いがおこりましたが、解説によると、このオペラ、ヨーロッパでは案外上演されているらしいです。以前少し書かせてもらった、ミュンヘンのゲルトナー・プラッツ州立歌劇場(HPはこちら)でも先日まで上演されていたらしく、この日出演する角田祐子氏もここで聴いてきたが、若い人も多かったとのことです。

(ゲルトナー・プラッツ歌劇場のHPより。メーキングの動画などもアップされており、興味深いです。この劇場、意欲的なプログラムで、有名な州立歌劇場との棲み分けを果たしているようです)
飯森氏は、主要な主題をピアノによる演奏で解説してくれ、「マーチ」のテーマや、「不安」の主題、ヘンデルの歌劇「リナルド」からのアリア「私を泣かせて」の変奏等を提示してくれ、曲への理解が深まります。惜しむらくは、聞き手である私の方が、音楽を切り分ける耳があまり良くないので、一度聞いただけで、主題を覚えきれず、実際の曲の中で全部聞き取れないのですが、このような解説は、知らない曲を聴くのにとても興味深く助かります。
曲は、基本対話形式のオペラ。あまり演奏会形式でも違和感がありません。
演奏の想定では、別々の牢に投獄されたハンスとゾフィーの兄妹が、テレパシーのように心で会話をするという想定です。地の台詞も交えながら音楽が始まります。
現代音楽的な響きではありますが、基本は、「意識の中」「観念・想念」が巡るイメージです。二人の歌手も、絶叫的な歌い方ではなく、思いを確認するような歌い方です。(最後に想念が爆発するが)
ソフィーの角田祐子は、シュトッゥトガルト州立歌劇場の専属契約をしている方とのことですが、小柄ながら力強い声。高音が続いたり、しっとりしたパッセージがあったりと難しい曲と思うのですが、少し温かみのある声が、美しいドイツ語にのり、とても明瞭・正確に聞こえました。
ハンスのクリスティアン・ミードルは、バリトンとありますが、前半は、ピアノで柔らかい音で心理をのべる表現が多く、その声は少しテノールの様な、澄んだ響きがあり、ピュアな感じを受けます。終盤で力強くなるところまでは、ずっとその清廉な歌唱で、このオペラが二人の心理の劇であることを強く印象付けられます。
オーケストラはだいぶ小さい編成になっていましたが、指揮の飯森範親の的確なアンサンブルにより、とてもメリハリのある、迫力のある音楽になってしました。小さい編成なので、各々の楽器奏者も大変だと思いますが、さすがプロ。ゾフィーがフルートのみの伴奏で歌う所は、切々として鬼気迫るような音楽でしたが、全編、そのような緊張感に満ち、充実した音楽で感動しました。
あらかじめ「白いバラ」について少し調べていたので、概要は知っていましたが、和訳を見ながら演奏を聞くとやはり衝撃的な内容で、ちょっとやりきれなくなります。個人的には楽しいオペラが好きなのですが、たまには、こういう音楽を聴くと、歴史を振り返り、時代と人間の在り方とかを考えるのも必要なのかな、と考えます。
貴重なオペラが聴けました。
ただ、現代オペラは、少し考えさせられるテーマが多いので、なかなか気軽に聴けない気もするのですが、比例するように上演の機会も少ないと思うので、チャンスがあれば積極的に聴いていきたく思います。
東京交響楽団

<目次>
※ ※ ※
【1】「白いバラ」事件
今回のコンサートも、他公演で配られるチラシで知った物ですが、最初「ツィンマーマン作曲」とあったとき、以前新国立劇場でも演奏された難曲「兵士たち」を作曲したベルント・アロイス・ツィンマーマン(Bernd Alois Zimmermann, 1918-1970年)のことかと思いました。よく見ると、ウド・ツィンマーマンとあり、(Udo Zimmermann 1943年-)とあり、別人。世代が四半世紀違い、同じドイツですが、先のベルントと交流があったかなどは不明。Wikipediaをみても日本語はなく、詳しい情報はドイツ語でよく分かりませんでした。英語版でかろうじてわかったことは
・1943年ドレスデン生まれのドイツ人作曲家、音楽ディレクター、指揮者
・ワルター・フェルゼンシュタインのアシスタントとして2年働く
・1970年ドレスデン歌劇場のドラマアドバイザー
・1991年-2001年 ライプツィッヒ歌劇場の芸術監督
等の情報です。旧東独生まれの音楽家です。
今回上演される「白いバラ」も少し調べてみました。作曲年度は1967年。第二次世界大戦中のドイツにおいて実際に発生した、非暴力主義の反ナチ運動をもとにした作品。台本は、兄弟のインゴ・ツィンマーマンによる作品で、初演は、1967年6月17日、ドレスデン音楽高等学校のオペラスタジオです。
実際の「白いバラ」事件は、Wikipediaで調べてみると以下のような話でした。
「 ミュンヘンの大学生であったメンバーは1942年から1943年にかけて(反ナチスの)6種類のビラを作成した。その後グループはゲシュタポにより逮捕され、首謀者とされるハンス・ショルほか5名がギロチンで処刑されたため、7種類目の印刷がおこなわれることはなかった。彼らの活動を描いた映画が戦後何度かドイツで作られ、反ナチ抵抗運動として、国際的に知られている。」
実際に活動したメンバとしては、ハンス・ショルとその妹ゾフィー・ショル、クリストフ・プロープスト、ヴィリー・グラーフ、アレクサンダー・シュモレルの3人の学生、およびクルト・フーバー教授らの名前がが挙がっています。

(左からハンス、ゾフィー、クリストフ)
ドイツの暗い時代に発生した「良心」的な事件として、有名な話の様ですが、恥ずかしいことですが、私は全く知りませんでした。最近では、2005年(10年以上前ですが)に、『白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々』(原題: Sophie Scholl – Die letzten Tage)というタイトルで映画化され、ベルリン国際映画祭で賞をもらっていたそうです。

※ ※ ※
当然、音楽も聴いたことはないのですが、出演者が、ソプラノとバリトンの二人なので、きっとショル兄弟の死を前にした緊迫した対話の様な作品なのだろうか、と想像しています。現代音楽なので、おそらく不協和音が理不尽さを増強するようなイメージの作品でしょうか。
どんな場面が切り取られ、どのような音楽がきけるのか、少し重そうなのか?などと、いろいろ想像しながらサントリーホールへ向かいました。
【2】演奏のレビュー・感想

会場はサントリーホール。あまりシンフォニーを聞かない私は、訪問するのは年に4,5回です。
地下鉄の六本木一丁目の駅から5分位のところにあります。

ロビー。プログラムは無料で配られるのでありがたいです。

入り口のところに、今日のコンサートにちなんだ「白いバラ」がありました。
でもちょっと目立たないところだったかもしれません。少ししおれ気味。
いつものことでしょうけれども、関連演目のCDの販売などもあり、今回のツィンマーマンの「白いバラ」も置かれていました。案外廉価で、1,200円。私はこの曲を聞いたこともないので、ある意味記念で一枚買ってしまいました。
時間割は張り出されていなかったですが、プログラムでは1曲目のヘンツェ:交響的侵略が約15分、休憩20分、後半の「白いバラ」が70分とありました。実際は、ヘンツェが終わったのが18:20頃。休憩開け18:40頃から指揮の飯森範親によるトークが10分程、その後の演奏が1時間強で、終演はほぼ20:00頃でした。
※ ※ ※
現代音楽ですが、結構「わかりやすい」曲で、とても聴きごたえのある演奏会でした。
歌劇「白いバラ」は、とても深く難しい内容で考えさせられるテーマですが、音楽は現代音楽にしては変化に富んでいるものでした。
前半は、ハンス・ウェルナー・ヘンツェ作曲の「交響的侵略 ~マラトンの墓の上で~」という作品。ヘンツェという作曲は、私は、三島由紀夫の「午後の曳行」をオペラ化した作曲家ということで知っていました。(以前、サン・フランシスコで見ました。1991年のことです。Das Verratene Meer(裏切られた海)というタイトルでした。その後、ザルツブルク音楽祭で、「午後の曳行」として演奏されたらしいです)
その時の曲の印象は全く覚えていないので、どんな曲を書く人か想像がついていなかったのですが、この「交響的侵略」は、軽快なテンポで、とても聴きやすい曲だと感じました。
プログラムによると、この作品は、1957年、「ダンスのマラソン」という芝居(ルキノ・ヴィスコンティ演出)のための音楽を作り変えてものらしいです。「ダンスのマラソン」とは、文字通り昼夜を問わずダンスし続けなくてはならない過酷なダンス大会の様子を書いたものらしく、この曲がある種、どんどん進むような曲想であることも納得です。
途中でジャズ風なリズムや酒場音楽風なピアノも出てくることも曲として面白いです。
物語の最後は、出場者たちが息絶えてしまうそうですが、音楽を聴いているときはそんなことはわからず、ひたすら現代音楽にしては乗りの良い、快適な音楽だ、と思って聞いてしまいました。飯森氏の音楽も、よく統制がとれていて、シンフォニックにバラエティに富んだ音を楽しませてくれました。
※ ※ ※
20分の休憩後、後半の「白いバラ」の演奏に先だち、指揮者の飯森範親のよる作品解説。
「おそらくこの曲を初めて聞く人が多いでしょうから」との前置きに少し笑いがおこりましたが、解説によると、このオペラ、ヨーロッパでは案外上演されているらしいです。以前少し書かせてもらった、ミュンヘンのゲルトナー・プラッツ州立歌劇場(HPはこちら)でも先日まで上演されていたらしく、この日出演する角田祐子氏もここで聴いてきたが、若い人も多かったとのことです。

(ゲルトナー・プラッツ歌劇場のHPより。メーキングの動画などもアップされており、興味深いです。この劇場、意欲的なプログラムで、有名な州立歌劇場との棲み分けを果たしているようです)
飯森氏は、主要な主題をピアノによる演奏で解説してくれ、「マーチ」のテーマや、「不安」の主題、ヘンデルの歌劇「リナルド」からのアリア「私を泣かせて」の変奏等を提示してくれ、曲への理解が深まります。惜しむらくは、聞き手である私の方が、音楽を切り分ける耳があまり良くないので、一度聞いただけで、主題を覚えきれず、実際の曲の中で全部聞き取れないのですが、このような解説は、知らない曲を聴くのにとても興味深く助かります。
曲は、基本対話形式のオペラ。あまり演奏会形式でも違和感がありません。
演奏の想定では、別々の牢に投獄されたハンスとゾフィーの兄妹が、テレパシーのように心で会話をするという想定です。地の台詞も交えながら音楽が始まります。
現代音楽的な響きではありますが、基本は、「意識の中」「観念・想念」が巡るイメージです。二人の歌手も、絶叫的な歌い方ではなく、思いを確認するような歌い方です。(最後に想念が爆発するが)
ソフィーの角田祐子は、シュトッゥトガルト州立歌劇場の専属契約をしている方とのことですが、小柄ながら力強い声。高音が続いたり、しっとりしたパッセージがあったりと難しい曲と思うのですが、少し温かみのある声が、美しいドイツ語にのり、とても明瞭・正確に聞こえました。
ハンスのクリスティアン・ミードルは、バリトンとありますが、前半は、ピアノで柔らかい音で心理をのべる表現が多く、その声は少しテノールの様な、澄んだ響きがあり、ピュアな感じを受けます。終盤で力強くなるところまでは、ずっとその清廉な歌唱で、このオペラが二人の心理の劇であることを強く印象付けられます。
オーケストラはだいぶ小さい編成になっていましたが、指揮の飯森範親の的確なアンサンブルにより、とてもメリハリのある、迫力のある音楽になってしました。小さい編成なので、各々の楽器奏者も大変だと思いますが、さすがプロ。ゾフィーがフルートのみの伴奏で歌う所は、切々として鬼気迫るような音楽でしたが、全編、そのような緊張感に満ち、充実した音楽で感動しました。
あらかじめ「白いバラ」について少し調べていたので、概要は知っていましたが、和訳を見ながら演奏を聞くとやはり衝撃的な内容で、ちょっとやりきれなくなります。個人的には楽しいオペラが好きなのですが、たまには、こういう音楽を聴くと、歴史を振り返り、時代と人間の在り方とかを考えるのも必要なのかな、と考えます。
貴重なオペラが聴けました。
ただ、現代オペラは、少し考えさせられるテーマが多いので、なかなか気軽に聴けない気もするのですが、比例するように上演の機会も少ないと思うので、チャンスがあれば積極的に聴いていきたく思います。
【3】曲目&演奏
<曲目>
ヘンツェ:交響的侵略 ~マラトンの墓の上で~
~指揮者飯森範親によるトーク~
ウド・ツィンマーマン:歌劇「白いバラ」 【演奏会形式/字幕付・日本初演】
<出演>
指揮:飯森範親
ソプラノ:角田祐子
バリトン:クリスティアン・ミードル
東京交響楽団