2018/8/17 ”軽井沢国際音楽祭 2018”の初日に、真夏に聴く「冬の旅」というコンサートを、軽井沢大賀ホールへ聴きに行きました。その感想・レビュー。
Karui
<目次>
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【1】 シューベルティアーデ

 シューベルティアーデとは、もともとシューベルトが私的に開いた演奏会のことです。
 1820年ころ、知名度を高めたシューベルトのまわりに、多くの芸術家や愛好者が集まりました。ワインなどを傾けながら親しく音楽や文学を語り合ったり、シューベルトを支援していたフォーグルという歌手たちが、シューベルトの新作を演奏、紹介する集いが〈シューベルティアーデ〉で、シューベルトにとっても至福の時間だったと言われています。

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 (ユリウス・シュミットという画家の描いた「シューベルティアーデ」 1897年。とても楽しそうですが、個人的な印象では結構人が多いかもしれません。シューベルトって貧しいイメージがあるのですが...)

 さらに、今日では、シューベルトが生きていたこの「シューベルティアーデ」に習って、オーストリア西部の町、ホーエネムスとシュヴァルツェンベルクで5月~10月にかけて、シューベルトの曲を中心に開催される音楽祭のことも、「シューベルティアーデ」とよばれています。
 この音楽祭の発足は、1976年。主催は、ドイツのバリトン歌手ヘルマン・プライを中心としたもので、プライは、自らも歌曲を演奏するとともに、優れた演奏家を招いて毎年多くの演奏会を企画しました。

 私が音楽を聴き始めたのは、1980年代後半ですが、当時はお金がなく(今もないですが...)、気楽にLPレコード(CDはまだない)等買うことができませんでした。歌曲が好きだったので、よくFM放送のプログラムで録音したものを聞いたものですが、毎年、NHKのFM放送で、シューベルティアーデでさまざまな歌曲が演奏されるのを楽しみにしていました。
 ヘルマン・プライ、D・F=ディースカウ、クリスタ・ルートヴィッヒ、ペーター・シュライアー等、ちょっと前の世代になりますが、FM放送で流れてくるシューベルトの歌曲を録音して何度も聞き返した覚えがあります。「ホーエネムスのリッダーザールでの録音です」という放送の案内は、今でもよく記憶しています。その後、興味が少しオペラへ移ってしまったことや、仕事などが忙しくなり、FM放送を聞く機会も減り、いつとはなしに毎年聞くこと習慣もなくなってしまいました。

 主催のヘルマン・プライは1998年に死去してしまいましたが、このシューベルティアーデ音楽祭は、現在も続いています。HPには、過去・今後のコンサートを検索する機能があるので、私の大好きな「歌曲の夕べ(リーダーアベント)」が、今後、どのくらいあるかを調べてみました。すると、有名歌手による歌曲の夕べがいろいろ出てきました

2018/08/25  ピョートル・ ベチャワ シューベルトとチャイコフスキーの歌曲
2018/08/27 イアン・ボストリッジ シューベルトとヴォルフの歌曲
2018/08/28 エリザベト・クールマン シューベルトとクロール(Kroll)、ワーグナーの歌曲
2018/09/01 ダニエル・ベーレ  シューベルト「冬の旅」
2018/10/05 クリスティアン・プレガルデン&ユリアン・プレガルデン(親子共演) モーツアルト、ベートーベン、シューベルト、ブラームスの歌曲 
2018/10/06 ギュンター・クロイスベック  シューベルト「冬の旅」

 きりもないので、この辺にしますが、すごい顔ぶれです。 お値段は、高くても80ユーロ(10,000円位)、安いと40ユーロ(5,000円位)で、日本と比べて、すごく安い、とまではいかないかもしれませんが、集中した日程で、「歌曲三昧」できるのはすばらしい環境かな、と思います。引退したら、是非訪問してみたいです。

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 今回の公演は、どこで知ったか忘れてしまいましたが、「冬の旅」が大好きなので、夏であろうが冬であろうが、リサイタルは歓迎です。河野 克典の演奏による「冬の旅」は、実は以前も聴いているのですが、夏の軽井沢の公演というのも魅力的で、夏休みということもあり、遊び行くことにしました。
 本来、2,3日温泉でも入りながらのんびりしたかったのですが、諸事情あり日帰りとなってしまったのが残念ですが、初めての「軽井沢大賀記念ホール」も楽しみに、軽井沢へ向かいました。

【2】 当日の演奏の感想・レビュー


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 通常軽井沢へ行くには、新幹線が早くて便利ですが、欠点?はお値段が高いこと。
 例えば池袋から軽井沢まで、JR-新幹線では、1.5時間 5,180円ですが、高速バス利用だと、3時間 2,600円と値段と金額がちょうど反比例しています。
 今回私は、バスを利用。ただ、この時期は、渋滞が発生する時期で少し失敗?行きは30分弱、帰りは1時間弱遅れました。とはいえ、私は移動中は寝ているか、本を読んでいるか等であまり暇はしないので、案外移動時間があると楽しみにしています。

 写真は、帰りがけに撮った軽井沢のバス乗り場。バスは軽井沢駅の北側すぐのところにあります。

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 これは、JR/しなの鉄道のJR駅北口。公演会場は、北口側です。
 軽井沢自身の滞在は余り有りませんが、軽井沢自身は、万座温泉への中継地として何回か来たことがあります。
 私のイメージでは、軽井沢は避暑地として名高い高級別荘地というものです。 
 実際、この日(8/17)は、東京でも猛暑が一旦しのぎやすくなった日でしたが、軽井沢は、天気は快晴ですが、気温は快適、むしろ少し肌寒い程でした。

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 駅のコンコース。こちらはしなの鉄道の前です。
 「峠の釜めし」は、おぎのやが販売する益子焼の器に入った駅弁で、かつては「日本随一の人気駅弁」として有名でした。横川駅で売られていたのですが、新幹線の開通に伴って、横川駅~軽井沢駅の鉄道がなくなってしまったため、入手する機会が減ってしまいましたが、ここで求めることができます。

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 駅の南側は、大規模なショッピングモールとなってします。
 グッチとかコーチとかのアウトレット店もあります。
 夏休みなので、人が大勢でした。(夏休みでなくても混んでいるのかも知れません)

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 ショッピングモールでの買い物にはあまり興味がないので、ウィンド・ショッピング程度にとどめ、お昼を食べようとフードコートへ行きましたが、ここも非常に混雑していました。バスが遅れたので、12時ごろ行ったせいもあります。何度か来ているのですが、いつも混んでいて、一度4時ごろにチャーハンを食べたことがあるだけです。今回も諦め、先ほどの「峠の釜めし」を買い、しなの鉄道入り口横の「さわやかハット」という休憩所で食べました。

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 さて、食事を済ませた後、1時ごろ駅を出て、今回の開場の「軽井沢大賀ホール」へ向かいました。
 駅の北口、軽井沢矢ケ崎公園の北東にあります。駅から10分かからない場所です。
 「大賀」とは、ソニーの名誉会長である大賀典雄氏のこと。このホールは、氏から寄贈された16億円の資金等によって建設され、2005年4月29日に開館したそうです。

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 外観。矢ケ崎公演の池の向こう側に見える趣のあるホールです。
 池と山と木々の緑に囲まれた、軽井沢=ヨーロッパ的な洒落た立地です。

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 軽井沢大賀ホールの入り口。1時半の開場なのですが、少し早くついてしまったので、入り口がまだ空いていませんでした。ホールの周りをぐるっと回ると、緑の芝生と木々の下にベンチ、池を望むところにカフェなどがあり、やはりオシャレな雰囲気です。

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 内部の見取り図。5角形をしています。
 この形をしているのは、ホール内のどの席へも音が均一に届くようにと設計されたものです。
  客席数784席(1階座席 660席、2階席 124席(椅子86、立ち見38)、その他車椅子席4席)とのこと。結構広い、というのが私の印象ですが、今回2階は使われていないようでした。

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 入り口近くから見た写真。ステージが右側、左手が平土間です。
 私は席を平土間(最前列ではないが前の方、中央寄り)にとったのですが、どちらかというと、一段あがっている席の方が聴きやすいのではないかと思いました。次回はその辺にも座ってみたいと思います。

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 これは、1階の一番後ろから撮った写真。
 
 平土間前方に座ったので、あまり後ろを振り返らなかったのですが、前方は結構空きがあり後方を含めても、5~6割ぐらいの入りだったでしょうか。人数的には、300人ぐらいなので、シューベルティアーデのイメージとしては適切な人数かもしれません。

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 前半が、弦楽4重奏だったので、椅子はそのように配置されていました。後半は、ピアノでの独唱なので、椅子が片付けられ、右手奥にあるピアノが置かれました。(歌手の椅子や譜面台はなかったです)。

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 当日の進行に関しては、入り口のポスターに開演14:00、終演16:00(肝心の「終演」の部分が写真では切れてしまっていますが)と張ってありました。実際は、開始が5分位おして、14:05頃開始、前半40分弱で、14:40過ぎに休憩。15:00少し前に「冬の旅」が始まり、後述しますが、「冬の旅」は少し早めのテンポだったので、16:05頃に終了という時間割でした。
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 ホールはまだ少し大きいかもしれませんが、軽井沢という一種ヨーロッパ的な街での、気取らないコンサートという意味で、「シューベルティアーデ」の雰囲気が味わえました。また、特に「冬の旅」は、すっきりとした中に深い味わいのある演奏だったと思います。

 前半は、N響メンバによるシューベルトの弦楽四重奏曲第13番 イ短調「ロザムンデ」。
   シューベルトの弦楽曲は、「死と乙女」とか「ます」とかは、歌曲の方を知っているので、聞いたことがあると思うのですが、この曲は聴いたことがありませんでした。
 「ロザムンデ」という名からは、”ロザムンデからのロマンス”(Der Vollmond strahlt 「満月は輝き」)という美しい歌曲があるのは知っています。従い、この曲の主題がつかわれているのかな、と思ったのですが、残念ながらそうではありませんでした。劇付随音楽『ロザムンデ』(先ほどのロマンスもこの一部)の間奏曲が、第2楽章の変奏曲の主題につかわれているところから名前が付けられているそうです。
 
 しかし、初めて聞く曲ですが、シューベルトらしい美しい旋律があちこちに出てきて、飽きることのない曲でした。第一楽章の出だしは、「糸をつむぐグレートヒェン」のピアノ伴奏部にも似ています。結構長い楽章で、自由に展開していくのですが、時々のこの主題が再現されて、まとまりの良さを感じます。
 第二楽章はゆったりとした曲調。「ロザムンデ」の音楽は知らないので、どこに使われているかよくわかりませんが、やはり冒頭のバイオリンの特色ある主題が再現されて、聴きやすくその音楽の流れの良さにゆったりと身を任せられる感じです。
 第三楽章は、冒頭チェロの低い響きから入りますが、これは”Schöne Welt,wo bist du?”というシラーの詩による「ギリシアの神々」という歌曲を思わせます。ただ、歌曲の渋い世界よりは明るい感じで曲が進みますが、美しい旋律です。
 第四楽章は、知っている旋律はありませんですが、フィナーレらしく明るく、闊達なテンポで、最後を華やかに締めくくります。

 N響メンバの弦の響きはとてもしなやかで、美しい曲を存分に楽しませてもらいました。オーケストラとは違い、たった4人だけなのに、完成された世界が再現されることに実に関心します。弦楽四重奏とか、ピアノ5重奏などを普段聴くことが少ないのですが、非常に渋くてたまに聴くといいな、と思います。さらに、自分で楽器ができるともっと楽しいのかな、と想像します。
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 15分の休憩の後は、河野 克典&須関 裕子による「冬の旅」全曲演奏。休憩はありません。
 以前、河野 克典の「冬の旅」を聞いたことがあって、その時の記憶は、現代的に、ドイツ語の語尾の子音が強くなく(昔の演奏に馴染んでいた私は、語尾が固い表現で慣れていた。今はあまり強くしない方が主流の様です)、柔らかい表現が印象的、というものでした。
 今日はその時と少し違う感想です。以前の記憶が飛んでいるのかもしれません。柔らかい表現も見事なのですが、膨らませる歌、例えば第6曲の「あふれる涙」や第7曲の「川の上で」、第12曲の「孤独」や第15曲の「からす」など、声を張る所はとてもスケールの大きい表現で見事でした。
 
 テンポは実はとても早めだったと思います。歌い方もどちらかというときっちりと前を向いて不動状態で、声質も均質で、以前の印象と違い、少しオペラ的な作りの声と聞こえ、最初は、早めのテンポで淡々と歌われることに、ちょっと違和感があったかもしれません。
 ただ、一見さりげない歌唱なのですが、聞いていると、その淡々と聞こえる演奏の中の表情が実に豊かなことに気づきます。特に関心したのが、先ほどの音楽が膨らむところですが、しかし、「菩提樹」や「春の夢」での柔らかい表現も見事でしたし、「道しるべ」「宿屋」「辻音楽師」等の虚無的な曲も非常に滋味深い歌唱でした。ピアノの須関 裕子も、とてもダイナミックなピアノで、しっかり河野 克典の歌唱を支えていたと思います。
 聴いていくうちに、最初の違和感は全くなくなり、すっかり引き込まれてしまいました。とても見事な演奏だったと思います。
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 天気も良く、雰囲気の良いホールで、とても充実した音楽を身近で聴け、リラックスできました。ホールのキャパシティに比べ人が少ない気もしましたが、この位の人数が適切なのかもしれません。また、入場料も、「冬の旅」+αで、2,000~5,000円とリーゾナブルです。
 日帰りとなってしまったのがちょっと残念で、本来は、万座温泉や小諸の布引温泉などに泊まって、温泉と音楽を楽しめればもっと良かったですが。来年は、是非「美しい水車小屋」とか「白鳥の歌」等の演奏会を期待したいです。  
 

【3】 演奏者・演奏曲目

<曲 目>
シューベルト:冬の旅 D.911
シューベルト:弦楽四重奏曲 第13番 イ短調 「ロザムンデ」D804

<出 演>
ヴァイオリン:山岸 努、青木 調
ヴィオラ:中村 洋乃理
チェロ:宮坂 拡志

バリトン:河野 克典
ピアノ:須関 裕子