Los Angeles Correspondent

◆カリフォルニア在住の誇りある日本人が見た、アメリカの今を、きままな写真と、独断と偏見に満ちたコメントで伝えます。
◆感想など、お待ちしております。

★138 さらば、シアトルとマリナーズ

IMG_7102 筆者の夢は、MLB全球場で野球を観ることである。
 現在、在米9年目に突入して、まだ、ドジャースタジアム(LA)、エンジェルスタジアム(アナハイム)、AT & Tパーク(サンフランシスコ)、アラメダ・カウンティ・コロシアム(オークランド)、US・セルラーフィールド(シカゴWソックス)、旧ヤンキー・スタジアム(NY)、フェンウェイ・パーク(ボストン)だけだ。ちなみに3Aは、サクラメント、フレズノ、ラスベガスに行ったことがある。
 今年5月。たまたまバンクーバーで仕事があった。地元の空港からの直行便はなかったので、乗り継ぎをすることになった。ポートランドでもよかったのだが、どうせならということで、シアトル経由にし、1泊して、セーフコ・フィールド(Safeco Field)の試合を観に行くことにした。
 シアトルは初めてだが、空港とダウンタウンはライトレールで結ばれていて快適。しかも、ホテルはその空港駅の近くということで、ナイターの後の深夜の帰舎も問題ない。旅装を解いて、カメラを確認して、いざダウンタウンへ。
IMG_7098 ライトレールに30分ほど揺られ、セーフコ・フィールドを尻目に、電車は地下へ。地下駅ではトロリーバスも発着するというユニークなシステム。また、地下駅とデパートが地下道でつながっているというのも、LAやサンフランシスコでは見られない便利さ。地上に上がると、日本の都市のような印象で、アメリカではそんなに多くない、「歩ける」町だ。しかしいただけないのは、「一昔前の不良」がたむろしているのが目立つ。明らかにラリっていそうな連中も。観光客はちらほらいたが、これは夜はダメだなと確認。
 いつも球場には早く入るのが常なので、市内観光は、スタバ1号店だけと決めていた。電車の駅から歩いて10分くらいかな。観光化した魚市場の近くにそれはあった。何の変哲もない店だが、看板が緑色でなく、茶色だというのが、まぁ、特徴といえば特徴。
IMG_7096 日本人だらけ。
 予想はされていたが、みやげ物に並ぶ日本人があふれていた。筆者も、マグをコレクションしている甥のために土産を購入。勿論コーヒーも。
 その後、シアトル名物のにわか雨に少し打たれたが、試合はできそうな感じ。急いで球場へ。その時点で、シアトルがバッティング練習をしていた。
 イチローが現役のうちに、シアトルで見てみたいということもあったのだが、ドジャースに一時いた、ミルトン・ブラッドレーを見たかった。短気で有名なトラブルメーカー。今シーズン、ドジャースで連続試合安打の記録を作ったアンドレ・イーシアーは、彼との交換で、オークランドのマイナーからドジャースに来たのだった。残念ながら、ブラッドレーはスタメンに名を連ねてなかった。あとで知ったのだが、前の試合で審判に暴言を吐いて、この日は出場停止処分だったのだという。
 対戦相手はテキサス・レンジャース。何の興味もない(いつか、そのホームで試合を見たいということ以外は)のだが、お目当ての選手はいた。それは、エイドリアン・ベルトレ。ドジャースでホームラン王になった次のシーズン、あほのGMが契約をしなかった。彼はシアトルにもいたし、昨シーズンはボストンにいた。筆者はボストンで試合前の守備練習をしていた彼を目撃し、ちょっと感激した。FAになった今シーズンは、テキサスと高額契約を結び、開幕戦で確か満塁ホームランを打ったはずだ。
 セーフコ・フィールド。
 新しいだけあってきれいな球場だった。ギブ・ア・ウェイはない日だったのに、日程表のマグネットをもらい、毎年集めているオールスター・ゲームの投票用紙をゲットし、内野の前のほうの席に落ち着いた。ドジャースタジアムの半額程度の値段でこの席に座れるのは結構なことだ。
 この時点で試合の1時間ほど前。サインペンと、買ったばかりのプログラムを用意して、ダッグアウトの後ろに陣取って、選手が出てくるのを待った。これはどの球場に行っても同じ行動だ。
 と、その時、不思議な感じがした。バッティング練習が終わった後の時間帯は、選手のサインを求める人が溢れているのが常だ。ところが、殆どいない。子供さえいない。 オークランドのような人気のないチームでも、このタイミングではファンが集まり、誰彼なしにサインを求めるのだ。
 これはちょっと異常だ。
 そう思いながらも、数人の地元ファンと思しき連中と一緒に、暫く待っていたのだが、アッシャーに促されて自席に戻った。おとなしく。席はダッグアウトから3列目だから。動きがあったら飛び出せる。そう思っていた。
 間もなく、選手が登場し始めた。すると最前列の日本人男性が、ダッグアウトから飛び出した選手にボールを投げ渡して、サインを貰った。筆者もそれに続こうとしたら、こともあろうに、アッシャーに止められたのだ。
 「サインは禁止です」
 「え?」
  筆者は耳を疑った。試合前の野球場でサイン禁止?! そんなあほな!
 「それはおかしいよ。ここはボールパークでしょ? 今までいくつもMLBの球場に行ったけど、試合前のサイン禁止なんか聞いたことないよ」
アッシャーに言っても仕方はないのだが、怒りに任せて、周囲にも聞こえるようにそう言った。
 誰も同調しない。ひとりで国旗・国歌賛成を職員会議でアピールして、組合のバカタレどもに否決された、遠い昔がフラッシュバックした。サイン禁止は、ここでは常識だったのか? 
 「よその球場は知りません。とにかくこの球場はダメなんです。座っていてください」
 筆者はあきれてしまった。
 「OK。ここはとーーーっても"special"な球場なんだ。ばかばかしい。」
と大声でいやみを言ったけど、一気に気分がぶち壊された。
 MLBは、このブログにもずいぶん前に書いたのだが、試合前の雰囲気で盛り上がって観戦する、そして余韻を楽しむという、トータルなエンターテインメントである。それなのに、こともあろうに、驚くべきことに、球団が、球場が水を差す。ありえない話だ。
 野球を観ないで帰ってやろうかとも思ったが、ドジャースタジアムより安いとはいえ、50ドルも出しているのだ。しかも、コンビニエンスフィーとか言うわけのわからん料金も加算されて、都合70ドル近くになっている。意地でも観てやる。その代わり、1セントも銭落とすもんかと、ビールも飲まず(寒くて飲む気もなかったけど)、ホットドッグも食わず、7回で帰った。
 繰り返すが、試合前の自由な雰囲気こそMLB観戦の楽しみのひとつだ。それを球団側が規制するというのは、いったいどういう了見なのだろう。親会社の任天堂は、銭儲けは知っていても、MLBのMの字も知らないのではなかろうか。恥ずかしい話だ。
 筆者は、このブログでしばしば書いているように、もともとドジャースのファンだ。しかし、MLBのファンとも言える。球場の雰囲気が大好きだ。それは日本の野球との大きな違いのひとつでもある。
 ドジャースのマネジメントは馬鹿だ。勝つ気がないのかと言いたくなる。しかし、このシアトル・マリナーズのマネジメントは、それ以前の問題だ。最悪だ。
 鳩山由紀夫が馬鹿だと思っていたら、菅直人は能無しだったというレベルのお粗末さだ。
 15ドル前後でMLBの試合は見られる。自分で言うのも何だが、それなのに、50ドルも100ドルも出して、内野席に座るのは上客だ。それに対して、選手がサインをするかしないかはその選手個人の自由だが、球団・球場が、観客がサインをねだるのを止めさせるというのは、ありえない話だ。
 球団やめろ。そういうレベルの話だ。
IMG_7143 察するところ、イチローがサインをしない主義だから、それを悪く思わせないために、わざと規制しいるのではなかろうか。他の選手もしないことで、イチローのスノッブさが目立たない。そんな穿った見方もしたくなる。
 図星じゃないか?
 しかし、どのチームでもスター選手はめったにサインなんかしない。中堅選手も殆どしない。それを百も承知で、ファンは集まり、選手に声をかけるのだ。それが楽しいのだ。しかも。メジャー昇格したての若い選手や他チームから移籍したばっかりの選手が、熱心なファン、特に子供たちにサインをすることがどれだけ経営にプラスの影響を与えることか! それを、数年で引退することが確実なビッグネームの主義主張に合わせているとしたならば、愚かな、とことん愚かなことだ
 仮にイチローが無関係だったとしても、試合前の自由を極端に規制することで、ベースボール・パークの雰囲気を球団がコントロールしようというのがその意図なら、セーフコ・フィールドは、もはやMLBの球場を名のる資格はない。シアトル・マリナーズは、MLB球団ではない。
 もう二度と行くもんか。たぶんシアトルにも。それぐらい、失望した。

★137 元大統領候補のドサ廻り

9.11のときのNY市長▼撮影=03/25/09 「モチベーション・セミナー」というのに参加した。ラジオのCMでやっていたので、面白そうだと思っていたのだが、偶々義兄も興味があったらしく、誘われたので、2家族4人で参加することにした。実は、一人が参加しても、家族単位4人で参加しても、料金は同じ。これは、オフィス単位で、例えば20人で参加しても同じだというから驚きだ。料金は19ドルだったっけ、忘れた。
 筆者のリスニングはかなり怪しい。にもかかわらず、何人ものレクチャーばかりというこんなイベントに、何で興味があったかというと、それは、コーリン・パウエルとルドルフ・ジュリアーニという、超有名人が来るというからだ。サーカスの象を見に行くのと同じ感覚だな。
 で、場所は某体育館。たぶん2万人近く入ると思うのだが、以前に同じようなセミナーに行ったことがある義兄の話によると、簡単に満員になるらしい。それで、開場の1時間前に行ったら、すでに長蛇の列。それでも何とか、一般席の最前列に陣取ることができた。実際、入りきれない人は、別会場で衛星中継を見たのだそうだ。
 このセミナーは、文字通り、「モチベーション」を高めるために、そういう有名人の成功例や失敗例を聞くというものなのだが、パウエルとジュリアーニを呼ぶだけでも、結構な金がかかるだろうに、ひとり19ドル、しかも団体割引アリで元が取れるのかと、しなくてもよい心配をしてしまったではないか。
7つの金を持つ男 トップバッターは、オリンピックで金メダルを7つ(だったっけ?)取った、マイコー・フェルプス。彼はしゃべるプロではないから、司会者がインタビューするという形式だったけど、それなりに面白かった。
 不動産で成功した青年実業家の話の後で、不動産セミナー参加者の募集が。
 そうか、これが目的だったのだ。
 銭儲けのモチベーションが上がったところで、モチベーションは突然不動産に変身。こういう会社がスポンサーなんだな、きっと。1000ドル単位の受講料が必要だが、モチベーションが(というよりも欲望が)最高潮に達してるから、「今日は申込金は要りません。クレジットカードでの申し込みが可能です」と言われた日にゃー、みんな列を成して申し込む。おまけに、「申込用紙を記入された方は、昼食をプレゼントします」とくりゃーうちの家族も申し込んでしまった。
 さて、パウエルの話は午前中だったから、まだその時は頭に入ったが、ジュリアーニは昼食後だったモンで、うとうとしてしまったじゃないか。
モチベーションのプロ・ズィグラー翁 メインスピーカーの一人は、ズィグ・ズィグラーという老人。この人は、「モチベーター」と言って、人にモチベーションを与えることを、長年業としてきたという。ちょっとボケてきてるということで、娘に付き添われての登壇だったが、それでも2万人の聴衆を前に、冗談を交えながら、大いにモチベーションを振りまいた。彼の原点は聖書だそうだ。実際、この主催者も、聖書の教えに基づいて、このセミナーをやっていると語った。
 まさに、プロテスタンティズムだ。プロテスタントが新教たるゆえんは、金儲けを罪としなくなったことでもあるのだ。
 その日のメモは今手元にないのだが、パウエルの話にでてきた面白いエピソードを紹介しよう。
花火と共に登場 国務長官をしていたパウエルには、いつも、当然のことながら護衛が付きまとう。まぁ、ブッシュのあと、米国史上初の黒人大統領になるのはこの人だと言われていた頃のことだから、暗殺を警戒して、かなり物々しく、SPがついていったことだろう。ある日彼は、屋台のホットドッグを食べたくなった。それで、とある屋台に行ったところ、その店主(ヒスパニック)が、SPと国務長官の姿を見て、慌てふためいた。「俺は不法移民じゃない。ほら、グリーンカード(永住権証)を持ってるんだ」と叫んだ。パウエルは笑いながら、「逮捕に来たんじゃない。ホットドッグを食いたいだけだよ」、と言うと、店主は安堵の表情で、パウエルに商品を渡した。代金を支払おうとすると、この店主は、「これはお返しだよ。アメリカは俺に、この国に住むというプレゼントをくれたじゃないか。」と言ったそうな。
 これらの有名人が、たぶんそんなに高くないギャラでドサ廻りをするのは、そうすることが、税金対策になったり、善意を施しているという名誉になったりするからでもある。しかし、ズィグラーに限らず、いい年の人たちが、この国の将来のためにということで、一肌脱いでいる側面も勿論ある。
 アメリカにもいろいろと問題はある(昨今の日本ほど、低レベルの問題ではないけど)が、人々に自由を与えるという点では、きっと今も、どこに国にも負けないだろう。自由を与えられた人が堕落しないためにも、モチベーションは大事だし、各界で成功した人には、それを伝授する役目がある。それこそ現代民主社会におけるノブレス・オブリージュなのだ。

136 外からプリズン・ブレイク

DSC00027 日本でもアメリカのテレビドラマ、『24』や『プリズンブレイク』が人気だったと聞く。
 私が子供のころは、『じゃじゃ馬億万長者』とか、『奥様は魔女』とか、『かわいい魔女ジニー』とかを。大学生のころは時々深夜にやっていた、『ソープ』とか『マッシュ』を見ていたもんだ。憧れのアメリカン・ライフスタイルを感じたわけではなく、毛色の変わったコメディーとして好きだった。
DSC00025 私の大好きな"Seinfeld"が『となりのサインフェルド』という名前で放映されていたらしい。しかも、日本で住んでいたころに視聴可能だった西日本テレビで。
 しかし本来、「イレイン」になるはずの、ジェリーの元彼女が「エレイン」になっているらしい。英語でないとわからん表現がたくさんでてくる"Seinfeld"。吹き替えが心配だ。
DSC00025 それはともかく、"Prison Break"は結構面白かった。ハラハラ・ドキドキの繰り返しは心臓に悪かったが、前述の"Seinfeld"の1エピソードにチョイ役で出ていた役者が、重要な役回りになっていたのを見ながら、時の流れも感じていた。
 ただ、設定が最初から決まっていなかったと見えて、シーズンが進むにつれて訳がわからんようになって、しかもワンシーズンが短すぎて、途中で嫌気がさしてきた。それでもまだ、"24"の荒唐無稽さよりはましだったけどね。
DSC00024 プリズンの中は、サンフランシスコ湾に浮かぶアルカトラズで見たことはあるが、あれは廃刑務所というか、刑務所跡なので誰でも金さえ払えば見にいける(観光シーズンは船のチケットが取れないが)。まだそのころは、カリフォルニアに住むとは思っていなかったので、不覚にも、刑務所使用のスプーンを土産に買ってしまった。
 しかし、当然のことながら、稼働中のの刑務所に入るのは難しい。
DSC00023 勿論、そんなところに入ったことはないし、何らかの許可を得て入れても、勿論写真はだめだろうね。
 で、この写真、外から見た本物の刑務所。ソラノ・カウンティー刑務所だ。一番近くの町からは車で5分ほどのところで、住宅地も結構近くにある。すし屋も近くにある。
 車を運転しながら撮ったので、クオリティーが悪いのは許して欲しい。車を止めて撮ると、確実に逮捕されていたハズ。
DSC00022 監視塔に有刺鉄線(は見えないけど)のある高い壁。あの『プリズンブレイク』でおなじみのシーナリーでしょ?
 え、遠すぎてわからんって? 
 "Damn it!" 
 あ、これはJack Bauerか。

★135 バスの駅

バスの駅▼撮影=04/25/10 時差の関係もあり、ほぼ丸1日かかってボストン国際空港に着いたら、スーツケースが出てこなかった。アメリカの国内線では良くあることなのだが、このところ、連続して荷物が出てこないという悲劇(と言うほどでもないが)に見舞われている。こないだ日本に帰ったとき、急な話だったので、あわてて探した安いチケットがホノルル経由。いやな予感がしたので、ホノルル空港で念のために確かめたら、大丈夫だと太鼓判を押された。で、関空についたら、出てこなかった。怒り爆発! 地上係員に起こっても仕方がないが、太鼓判はどこへ行ったのだ。で、ボストンでも、そのときの記憶がよみがえってまた爆発。パートと思しき婆さんに、「明日仕事なのに、服はどうするんだ。下着はどうするんだ。全部請求する」と言ったら、それは無理だと言う。で、上司を呼べといった。10分ほどして現われた上司に事情を説明すると、彼は筆者の荷物をトラッキングして、「まだどこにも届いていないから、後続の便で来るかもしれない」と言う。で、その言葉通り、筆者が乗り換えたリノで、荷物はバルティモアへ運ばれて、そこで奇跡的にボストン行きに載せかえられて、届いたのだった。
 その間1時間半ほど。航空会社はお詫びのしるしにと、トラベルバウチャーをくれたが、それよりもダウンタウン行きのバスがあるかどうかが心配だった。しかし、それは杞憂だった。シルバーラインという空港バスが、ちゃーんと待っていた。これに乗ると、ダウンタウンまでいけて、そこから地下鉄や郊外電車に乗換えができるという。最初路線図を見たときは、地下鉄がレッドラインとか、ブルーラインとかに色分けされていて、そこにシルバーラインもあったから、電車かと思っていたのだが、バスだった。
 バスそのものは普通のバスだった。トンネルを通って、ダウンタウンに出ても、専用道路をずっと走って、筆者が降りた停留所は、この写真でもわかるように、ほとんど駅だった。切符売り場も、改札口もある。LAの地下鉄の駅より、よっぽど駅らしかった。
 LAと言えば、あそこにもバス専用のレーンを走る、バスの路線がある。地下鉄の終点のノース・ハリウッドからの延長線上にある。開通当初は、他の自動車が訳がわからず、そのレーンとの交差点でよく事故を起こしていた。
 公共交通の整備が叫ばれている昨今のアメリカの大都市で、ライトレールよりも安上がりという発想で、駅をつなぐ専用線を走るバス路線が整備されているのだろう。
 特に、空港には車で行くという発想しか基本的にないカリフォルニアの場合と違って、東部の場合には、空港への公共交通の整備は非常に重要だ。
 最近、筆者が住んでいる郡の広報で、将来的なライトレールの整備計画が書かれていて、驚いた。その計画路線は、今も残るかつての鉄道の廃線後をなぞるように走っていて、土地の確保も必要ない。もうすぐ勤務先の町まで電車でいけるかもしれないと早合点した。が、「しかしそのための予算は未整備」とあって、単なる画餅になるかも知れない。
 それならこの、駅バスシステムでもいいので、通勤ラッシュを緩和させてほしいモンだ。

★134 ドームの内部

お馴染みの外観 ▼撮影=07/27/08 カリフォルニア州民になってはや幾年。カリフォルニア州議会議事堂に初めて行った。友人が遊びに来なければ、たぶん行くことはなかっただろう。最近出不精が身についていて、思い切って旅行に出たときか(それでも米国内の場合、結構ホテルにこもってしまう)、買い物に行くとき以外に、ぶらぶらしにいくというようなことがめっきり少なくなった。年のせいでもあるし、ややこを連れて行くのが面倒くさいということもある。だから、こういう機会は重要なのだ。
ドームの内側はこうなっている 日本にはドームそのもの、大阪ドームとか、東京ドームとかのことだが、そういうのは数多くあるが、ドームを持った歴史的建物はないかも知れない。内部はどうなっているのか。結構興味のある方もいるのではなかろうか。え、ないって?
そんなこと言わずに見てほしい。
ここが議院の入り口らしい まぁ、だからといって、立派なフレスコ画でもあるわけではなく、幻想的な幾何学模様がその内側にはあった。議事堂らしく、議会開催中の静粛を促す看板や、この建物自体が博物館になっていることもあり、昔の収税の事務所などのオフィスも再現されていて、見て回るには悪くない場所だ。壁には歴代州知事の肖像が飾られていて、今、大統領時代が再評価されている、ロナルド・レーガンがカリフォルニア州知事を一期だけ勤めたことを、その肖像が思い出させてくれた。
 売店はいわゆるミュージアムショップ。カリフォルニアをモチーフにしたものがいろいレーガン知事も役者出身ろ販売されていて、お土産にはなかなかよろしい。
 絵葉書を買う友人を見ながら、そういえば、ここサクラメントが州都であったことも、そして、この建物のどこかで、アーノルド・シュワルツェネッガー現知事が働いているのかもしれないということを思い出していたのだった。

★133 だからネバダは怪しい

なぞの幾何学模様?▼撮影=04/25/10 日本にいたころ、テレビのSFドキュメンタリーもどきが好きだった。UFOとか心霊現象とか、笑いながら見るのが大好きだった。矢追純一とか。今はどうか知らんが、そういう番組では、もとのテーマから外れて、様々な超常現象とか怪奇現象を紹介することもよくあった。伝説のビッグフット(これは和田アキ子のことらしい)、ネッシー(これは新聞によれば、結局悪戯だったらしい)、チュパカブラ、織田無道。こういうのが、同じジャンルに収まっているのがテレビのそっち系の番組だ。
ネバダだもの で、そういう中で結構面白かったテーマのひとつに、ミステリーサークルがある。UFOの目撃譚などは、いくらでもでっち上げられるし、映像も怪しげなものが多かったが、ミステリーサークルは、実物を取材に行けるもんだから、ちょっと100%笑い飛ばせないものがあった。これもいたずらだったというが、それにしては手が込んでいるし、大掛かりだし、いたずら以外の現象も(勿論、自然現象も含めて)あるんじゃないのかと、まだ思っている。
 そんなある日(別に、いつもミステリーサークルのことを考えていたわけではないのだが)、デンバーからカリフォルニアに帰る飛行機に乗っていて、ふと機長の「今、ラスベガスの近くを飛んでるでー」と言うアナウンスに眼を覚まして外を見たら、それが、あいたばかりの眼に飛び込んできた。
あやしいカタチ
 場所もまた、ネバダ州の某所で、ネバダ州といえば、エリア51を思い出させてなにか怪しい。ネバダとニューメキシコは、とにかく怪しい。これこそミステリーサークルだ。
 しかし、よく見ると、テレビで見たミステリーサークルと違って、安っぽい。よく見ると円が単純に規則正しく並んでいる。そして、しばらくするとまた違うサークルが見えた、飛行機の窓からだから、はっきりと正体はつかめないが、どうやら農家の人が、何かをふつーに栽培しているのだが、たまたま、耕運機(というのだろうか)が使いやすいように、円形やその他の、上空から見たら変わった形にした…といったところだろうか。しかし、上空からはっきり形が分かるということは、かなり正確に、大きくそのカタチを描いたわけで、何か意図があるはずなだ。
 わからん。だからこれだって、立派なミステリーサークルと言えよう。誰か答えを教えてください。

132 秘密基地じゃなかった基地の秘密

ここにもスタバ
▼撮影=06/18/08(スターバックス)、07/30/08(飛行機) 仕事で基地に行くことが多い。昨今は陸軍の基地なのだが、昨年までは訳あって、某空軍基地に出入りしていた。これはその、某空軍基地の内部の秘密写真だ。
 大げさ? 何を言う。やはり基地内で堂々と写真をとることは憚られる、というか、本当は違法行為なのだ。被写体が何かという問題ではない。
 さて、驚きなのは、基地の中にもスターバックスがあるということだ。アメリカでは昨今、スターバックスへの「寡占」に批判が高まっている。アンチ・スタバ的な言動が結構みられる。一番面白いのが、スタバのコーヒーは焦げ臭い。ダンキン・ドーナツのコーヒーのほうがおいしいという批判なのだが、これなど、フレンチ・ローストが好きか嫌いかの問題で、スタバの問題ではない。スタバのコーヒーのディキャフは、マクドナルドのレギュラーコーヒーに匹敵するカフェインが入っているらしい。これも好みの問題だろう。
 ああ、また話がそれた。
 それにしても、基地の中にまであるとは。恐るべし、スタバ。
 他にもこの基地の中には、アジア食品の店もあるし、土産物屋もあるし、ピザ屋もある。何らかの理由で基地内に入れた民間人も、そういう店で買い物をすることはOKだ。駄目なのは、ユニフォームを扱っている店と、PX。
基地らしい展示vまぁ、基地内に入れても、中枢部に潜入できるわけではないので、ここがうらぶれた田舎のショッピングセンターと、区別をつけるのは難しい。それをしてくれるのは、静態保存されている、この輸送機だけだ。
 今出入りしている基地内の写真はないのかって? もう、危ない橋を渡るのはごめんだ。スタバの写真を撮って出入り禁止になったら、洒落にならん。

131 ここは沖縄

沖縄には見えんな▼撮影=08/01/09 サクラメント郊外でたまたま、「Okinawa Street」を発見した。
 アメリカでは全ての通りに名前がつけられている。都市の中心部では、単純に数字が並んでいたり、アルファベットだったりして興ざめだが、全ての通りに名前をつけなければならんので、結構へんなネーミングがある。州の名前や都市の名前が通りにつけられているところもある。ロサンゼルスにもロサンゼルス通りがある。スペイン語の名前は山のようにあるし、日系人ゆかりの地では、日本人の名前の通りもある。有名なのは、日系人初の宇宙飛行士で、チャレンジャー号の事故で殉職した故エリスン・ショージ・オニヅカの名前をとった、リトル・トーキョーの通りだろう。
 このオキナワ通りの近くには、軍関連の組織(そういうと怪しげだが、退役軍人の福祉関係か何か)の建物があり、たぶんその関係でついた名前のようだ。カリフォルニアの有名観光地のひとつであるモントレーの近郊には、何と「イムジン(Imjin)・ロード」が存在する。もちろんこれは、あのイムジン川(臨津江)のイムジンだ。実はその地域は、陸軍の広大な基地だった場所で、やはりその関係=朝鮮動乱との関係で、この名前がついたのだろう。近くには、軍人の名前を冠した通りもあるし。
 通りに名前がついているのは、ことのほか便利だ。日本ではようやく、かなり多くの交差点に名前がついてきたが、通りの名前まではいかないだろう。ただ、アメリカみたいに、道そのものが分かりやすい構造ではないから、ただ単に通りに名前をつければ何とかなる、というものでもなさそうだけどね。

★130 ここで儲かると思うか?

こんなところで儲かるとは思えん▼撮影=04/23/10 久しぶりのエントリである。急がしいったらありゃしない。
 空港にスロットマシーンがあるというのは、ラスベガス空港が有名だ。ラスベガスが博打の都だから仕方がない。たぶん、空港でスロットをしようかという人は、一攫千金を夢見てなどいないのだろうけど、帰る前にさびしくなった懐が、少しマシになればいいと考えて、手を出してしまうのだろう。博打は病気だとこの国で認識されていることは既に書いたが、空港で儲けさせるほど、博打会社もアホではなかろう。かくて、ポケットの小銭まで吸い取られて、多くの客は膨らんだ夢をしぼませて帰ることになる。
 さて、このスロットマシーンは、ベガスの空港ではない。同じネバダ州にある、リノの空港だ。金曜日の午後は、サンフランシスコ方面から北東に伸びるハイウェイ80号線が矢鱈混むのだが、その車の多くが、西部第二の博打の都、リノへ向かう車なのだ。
 ベガスほどではないが、好き者が集まる町だから、やはりこの空港にもスロットマシーンはあった。しかも、日本でも人気だという"Sex and the City"のキャラクターもん。右端にある、"Wheel of Fortune"(がんがん賞金を出す人気クイズ番組)のスロットはベガスで見た事があるし、正直に言うと、何十ドルかつぎ込んだ(つぎ込むというほどの額ではないが)。出目が揃って、テレビと同じサウンドが聞こえると、ルーレットが回って、ちょっと大目の出玉があるという仕掛けに、ついつい熱くなってしまうのだ。
 "Sex and the City"は、出演女優の顔が嫌いだから、観たことないけど、好きな人にはこぉいったキャラクターもんはたまらんだろう。残念ながら、リノ空港には"24"や"Prison Break"のはなかったが、あったら結構人気が出るだろうな。ベガスではあるかも。このあたり、日本のパチンコと似ているな。
 で、何でおまえはそこにいたのかって? 飛行機の乗り継ぎ。接続便がこの空港しかなかったのだ。スロットマシーンするために降りたわけじゃないので念のため。

129 カジノとはパチンコ屋である

こんなしょぼいカジノも存在する▼撮影=07/06/09 博打は苦手だ。パチンコも2、3回しかしたことがない。競馬も馬券を2回買ったことがあるだけだ。元金保障の博打があれば話は別だが、そもそも、博打と言うのはビジネスなのだから、客は儲かるようにではなく、胴元の側が儲かるようになっている訳で、素人がそんなモンに手を出すと、エライ目に遭うのは目に見えているではないか。
 筆者の周囲では、カジノによく行く人がいる。友人Mもそのひとりだ。ラスベガスに一時住んでいた頃に遊びに行って、一緒にポーカーテーブルに座って、彼が賭けるのを見ていたのだが、1枚1ドルのチップが数秒のうちに何枚も消えていくのを見て、1回1セント〜25セントのスロットマシーンでしか遊ばない筆者は、自分の金でもないのに胃が痛くなるような思いをしていた。「勝つときは勝つよ」と、その日の前半の儲けを結局スッてしまったMは言ったが、その勝つ周期が問題じゃないか。毎日のように博打場に入り浸っていたMは、グアムに引っ越すことでその病気を克服したが、実際、アメリカでは「カジノ中毒」は一種の病気だと捉えられている。
 カジノというと、賑やかなイルミネーションを思い出すのが常だが、地味なカジノもたくさんある。写真は、中央カリフォルニアの小都市、クローヴィスのダウンタウンにあるカジノだ。ネオンさえない。
 たぶん読者は、こんなカジノが存在することすら信じられないだろう。しかし、カジノ都市ラスベガスやアトランティック・シティは別格なのだ。地方都市には、インディアンへの補償として経営権を認めた、ミニ・ベガスのような「インディアン・カジノ」があり、そしてさらに、この写真のような、本当に博打場のようなカジノがある。
 カジノというと、古い言い回しだが、「紳士・淑女の社交場」のようなイメージだが、実際にはそういう場所は、会員制で庶民は目にすることもできない隠された場所にある。
 ウワサによると、近々メーセド(UC Mercedがある田舎町)に小奇麗な日本食レストランができる。オーナーはベガスで800万ドル儲けて、その金で店を開くという。彼は心理学者なのだそうだ。やっぱしそういう人はポーカーが上手いのか? それはともかく、普通のポーカーテーブルでは、800万ドルも動かない。このオーナーは多分、別室でひそかに行われている、ハイローラーだけの、「紳士・淑女の社交場」で勝負していたのだろう。
 もとい。
 カジノとはアメリカにおけるパチンコ屋だと思えばわかりやすい。ベガスやインディアンカジノはパチンコ屋の横にホテルや芝居小屋や遊園地がある総合娯楽センター。昔日本に「ヘルスセンター」というのがあったが(筆者の地元にも、石切ヘルスセンターというのがあった)、まぁ、そのようなモンだ。余り健康的だとは思えないが。
 ただ、街中のこういった小さいカジノは、基本的にはカードゲームしか行われていない。スロットマシーンを期待して入ると、拍子抜けするので念のため(一度そういう経験をしたことがある)。ショーや他のアトラクションを楽しみたいのならベガスだが、本当に博打だけをしたいのならば、インディアン・カジノが一番お勧めらしい。ベガスよりもはるかに当たる確立は高いらしい。同じベガスでも、ストリップ(通りの名前、ネェちゃんが裸で踊るあれではない)よりも、旧市街のカジノの方がよいというのと同じ傾向だ。
 ま、博打音痴が書いているので、話半分としておいてもらった方がよいとは思うが。

★128 並ぶことの意義

数字の順に並ぶ乗客たち▼撮影=03/10/09 サウスウエスト航空については、日本でもたまに報じられているのではなかろうか。不況下で苦しむ航空業界にあって、優良企業のひとつだ。筆者も出張では愛用している。日本語というか、支那語で表記すれば「南西航空」。かつて沖縄の離島を結んだJALの子会社を思い出す。
 サウスウエストは何よりも安い。これは航空運賃だけの話ではない。例えば、国内線で荷物を預けるときに、最初の1個目から$20もチャージする守銭奴のような航空会社があるのに比して、サウスウエストは2個目まで無料なのだ。これだけでも$40違ってくる。しかも運賃そのものも安いのだ。
 サービスは悪いのか? スッチーに中年男女が多いのは、アメリカではどこの航空会社も同じだ。因みに友人の姉は50代だが、バリバリの現役スッチーだ。サウスウエストもソフトドリンクも結構な種類のサービスがあるし、ピーナッツ(かつてハニー・ローステッドピーナッツは、アメリカ国内線の定番サービスだった)も未だにくれる。国内線には水さえ出さない(有料で販売している!)という、鬼のような航空会社もあるのに、父の日、母の日などには、無料でアルコール飲料を振舞うサービスさえあるのがサウスウエストなのだ。
 ただ、この航空会社の唯一の欠点が、早い者勝ちの自由席だということだ。
 以前はプラスチックの札を渡されたのだが、今ではサウスウエストも搭乗券を配るようになり、そこにはA〜Cの記号と番号が印刷されるようになった。A1〜30、A31〜A60、B1〜30…の順に、順番どおりに並んで搭乗するのだ。写真は某地方空港で搭乗を待つサウスウエスト航空の客の列だ。早い番号を手に入れるためには、24時間前から可能なオンラインチェックインを済ませておくことだ。でないと番号が遅くなり、一緒に予約していても連れと別々の席に座る羽目に陥ることがある。
 番号を渡すなら、座席指定にしてしまえばよさそうなものなのだが、そのようにコンピュータ・システムを変更すれば、料金に反映させざるを得ない。だからサウスウエストは、客の不便の方を選択しているのだ。
 今年はついに、念願だったニューヨークへの進出を果たしたサウスウエスト。ライバル会社は、「サウスウエストは航空会社じゃない。空のバス会社だ」と陰口を叩くが、負け犬の遠吠えにしか聞こえない。料金が安いだけじゃなくて、サービスだってサウスウエストの方がよいし、マイレージの会員制度も始まっている。スッチーの制服はポロシャツにスラックスだけど、そんなものどうでもよい。
 かくして貧乏旅行者である筆者は、サウスウエストを使い続けるのだった。

127 裏ディズニー

裏から見たエプコットセンター▼撮影=04/19/09 アメリカに住んでいて、しかもロサンゼルスにも住んでいたことがあるのに、ディズニーとは無縁だ。甥が来たときに連れて行くということを口実に、アナハイムのディズニーに行こうかとも思ったのだが、その際には同じアナハイムで行われたWBCの日米戦を観にいくことにした。結果的には、テレビに映っていたらしいし、大塚選手のサインももらえたし…でよかったのだが、ディズニーに行くチャンスはそれ以来なかったのだ。まぁ別に、大人だし、行きたいという気持ちが強いわけではないのだが、なんとなくやり残した仕事があるような気がしていた。
あえて見たいと言うわけではないが普段は見られないところなので で、ひょんなことから、初めてディズニーをたずねることになった。
 オーランドに出張だ。しかし、仕事があるから遊んでいるわけにはいかない。客のアテンドはNASAだけ。ところが、捨てる神あれば拾う神あり。客が参加するコンベンションのオープニングセレモニーが、コンベンションセンターではなく、ディズニーのエプコットセンターで行われたのだ。
ちょっと興味本位で撮影を 事前に調べも何もしていなかったので、エプコット・センターが何であるかも知らない有様。やきもきしながらホテルの前でシャトルバスを待ち、会場に着くころには、薄暮になっていたのだった。
 バスは駐車場に入ることはなかった。裏門のようなところから入り、何とパビリオンの裏側をすり抜け始めたのだ。勿論一般客が入れるところではない。我々は一般客ではないから構わないのだ。普段は見せないところを堪能、と言うと言いすぎだが、楽しませてもらった。いや別に楽しくはなかったが…。
疲れていても楽屋までは脱がないプロ根性 たまたま、勤務を終えたディガーを発見。どことなく疲れているようだ。こういう姿を子供たちに見せてはいけないのだろうが、ここは裏側だから構わない。探せばミッキーがどこかでヤケ酒を飲んでいるのを見られるかも…それはないか。でも、裏に回っても、着ぐるみを脱いでいないところを見ると、どこで誰が見ているかわからない(実際我々は見ていたのだから)から、室内で脱ぐという指示は徹底されているのだろう。夢を売る仕事は疲れるものだ。
なぜか支那人のバンド演奏が… で、そのオープニングセレモニーの写真は最下段。それが一段楽した後で、クライアントと一緒に場内を一周り。しかし、宝塚ファミリーランドにあった「世界をひとつ」を巨大にした感じの場内は、ディズニーらしさを余り感じない。まぁ、他のテーマパークとの差別化を図ったのだろうけど(ディズニーの中で唯一、アルコールが供されているのが、エプコットセンターだ)、子供たちには不満が残るのではないだろうか。こてこてのディズニーでない分、年配者にはよいのだろうか。しかし、ディズニーに来る人は、それなりにこてこてを期待しているのだから、このエプコット・センターのコンセプトは疑問だ。
 お前がこてこてを期待していたからだろうと言われれば、まさにその通りなのだが。

126 都市の中の南北問題

▼撮影=06/22/09(上2枚)、06/23/09(下2枚) 南北問題という言葉を最近は余り聞かない。ご承知の通り、南半球に発展途上国が多く、北半球に先進国が多いということから、国家間の経済格差の問題をこのように呼んだのだが、いったいどこへいったのだろう。
 確かに、南北という言葉には実態を反映していない部分もある。偉大な首領様が作った、偉大な将軍様が指導する某乞○国家は北半球にあるし、人種差別を未だに平気でやってのける元囚人の流刑先で、一応先進国と目される巨大な島国は、南半球にある。
 実態を反映していないということが、この言葉が死語になりつつあることの理由なのかも知れない。ただ、民族自決という言葉が、少数民族を弾圧し続けている中共やロシアに都合が悪いから、全然使われなくなっているのと同じように、何か不都合な理由があるのかもしれない。
 ところで、筆者は、アメリカの都市では住み分けが起こっているということをかつて書いたことがある(このブログだったかどうかは忘れた)。筆者の経験だけで言うと、金持ちは街の北に済み、貧乏人は街の南に住む傾向がある。小さいベッドタウンなどは別だが、例えば、ロサンゼルス。街の北にあったハリウッドは高級住宅も多いが、こちらはLAから独立した市になってしまった。南はあのサウス・ロサンゼルスだ。
 この写真に紹介する、中央カリフォルニアの中心都市であるフレズノもそうだ。
家の前にある「道路」が不自然なのは道路でないからだ 上の写真2葉。走行中の車から撮ったのでちょっとわかりにくいのだが、この大きな住宅には駐車場ならぬ、駐機場がある。そう、前に伸びているのは単なる道路ではなく、自家用飛行機のための滑走路なのだ。「道路」のつけ方が不自然に見えるのは、それが道路ではないからなのだ。
どんな人が住んでいるのか この家の主たちは、毎朝飛行機を自ら操縦して、ロサンゼルスあたりの自分の会社に出勤しているのだとか。30年前の漫画に描かれた、21世紀のような話だ。この住宅地があるのが、街の北西の外れで、カリフォルニアの南北を都市伝いにつなぐ高速道路99号線にも近い。
 ところが勿論、飛行機通勤ができるのはごく一握りの人だけで、実際には我々同様、車やバスで通勤している。普通の市民が住むのが街の大部分。
 フレズノのダウンタウンは南の外れにある。そして、ダウンタウンからちょっと南に行くと、この街にもスラムがあるのだ。
 この構造は、ロサンゼルス(ダウンタウンの外れにあるリトルトーキョーからちょっと出ると、すぐにスラムになる)とよく似ている。
ここから、スラムは始まる 下の2葉の写真は、高速運転中に車内から撮ったフレズノのスラムだ。このスラムのおかげかどうかはしらないけれど、写真を見たらわかるように、自動車専用道路の出口は閉鎖されてしまっている。しかもそれは何箇所かあり、完全にこのスラムが隔離されているかのような印象を受ける。勿論、スラムの北側には、「一般社会」への出口はあるのだが…。
 この街の恥部でもあるスラムをどうするか、そこに住まうホームレスをどうするかというのは、フレズノ市長選挙でも争点になったようなのだが、新市長就任後も、スラムはほったらかしのままだ。少なくとも見る限りでは。
スラムを外側から 都市は、一種の病気(もっと正確に言えば、シンドローム)なのだと筆者は考える(ちなみに筆者は、来生たかおの『夢の途中』の歌詞、「♪都会は秒刻みの慌しさ」を「都会は病気並みの慌しさ」だと長い間思っていた)。病気だから、いろんな症状が出てくる。そしてそれは、都市に共通のものだ。それに気づいている人は、別に社会学者でなくても、結構たくさんいると思うのだが、対症療法がうまくいっている都市を見ることは稀だ。
 1950年代には、社会主義がその特効薬であるかのように喧伝されたのだが、それはプラシーボ以下のまがい物だった。そしてその副作用が、さらに症状を悪化させたのだ。
 それを放置することは、南北問題という言葉をいつの間にか使わなくなった、無責任な国際社会(そもそも国際社会に責任を求めるのが間違いなのだが)と、同じことをしているような気がする。

125 日本街の恥

あー恥ずかしい▼撮影=02/20/09 リトル・トーキョーは、ロサンゼルスにある旧日本人街だ。そう、もう旧と言う方がよいだろう。一部の店は、日本の名残りを漂わせているが、それは日本人街であったころの名残りというよりも、ここに勘違いをして日本の香りを求めにやってきた、非日本人相手に商売をするために存在しているようなものだ。キツイ言い方をすると。だいたい、何度もいろんなところで書いたのだが、日本の総領事館が、この地を見放して、自分たちにだけ都合がよくて、利用者に不便なところに引っ越してしまったから、その時点でこの街は、少なくとも日本の街ではなくなったのだ。
 最近、さらにショックなことが起こった。
 ミツワの撤退である。
 日本にお住まいの方にミツワといっても、石鹸屋かと思われるだろうが、そうではない。ヤオハン(こちらは、少しはご存知だろう)の受け皿として作られた会社で、日本食を中心にしたスーパーマーケットだ。現在の日本人村になっているトーランス(Torrance。余談であるが、地図帳を見てみたら、この街の名前がトランスという、わけのわからん名前になっていて大爆笑してしまった。その他も、カリフォルニアの地名は出鱈目な読み方が多いのに驚いた。確か地理教育では、現地の発音に近い表記を使うんじゃなかったのか? これじゃぁ、英語は通じんわなぁ)にも大型店舗があるが、このミツワがリトル・トーキョーから撤退し、後には、99ランチマーケットという、支那系のマーケットが入居するというのだ。いよいよ、リトル・トーキョーは崩壊するのだろうか。
 そもそも、誰もこの街を守ろうとする気などない。領事館さえ見捨てたのだ。全米日系人博物館があれば、それでよいとでも思っているのだろう。そのほかにも寺院などはあるし、日本風の建物もあるし、ということなのだろう。
 実際、この写真のFamily Mart(日本のファミマとは無関係)を経営しているのが、日系人か、日本人か、アメ人か、第三国人かは知らないが、目抜き通りでエロビデオを売ることを、地域の人々が認めてしまっているあたりが、もはや誰もこの街を守ろうとしていない証拠だと、小生は思うのだ。
 アメリカのポルノは、丸出しである。しかし、日本のように、子供の本を売る店で、『プレイボーイ』や『ペントハウス』は買えない。空港の売店などでも、子供の手の届かないところにエロ系の本はあるし、立ち読みもできないようになっている。エロビデオなどを売る店も、小生が知る限りでは、裏通りにあるのが普通で、こんな目立つところに、日本語とはいえ目立つ広告を出している例は知らない。少なくとも、歴史的ないわれがあり、観光客が立ち寄るところに、こんな店はあってはいけない。
 このコンビニは、日系ホテルの真向かいにあり、周辺は飲食店も多く、そういうビジネスに色気が出る気持ちはわかる。しかし、である。ここが日本を象徴する街なのであれば、規制があってしかるべきだと思うのだ。
 ああ、恥ずかしい。
 ここに来るたびにそう思うし、次に来る時までに広告が消えていることを願うのだが、その気配は、ない。

124 大将の名前は、ボー

違和感を感じるのは時代遅れか▼撮影=11/12/07 アメリカには、読者が予想する以上の寿司屋が存在する。寿司を供する日本料理屋と言うことになると、その数は想像を絶すると思う。
 ある韓国人の商店主と話をしていたときのことである。彼女は店にキッチンを作って、「ロール」(日本で言う巻き寿司のことだが、具材に日本人が想像を絶するものを用いることが多い)を店で出すことを検討中だという。なぜ韓国料理にしないのかと尋ねたら、韓国料理の材料が集めにくいことと、日本料理、特にロールは、準備が簡単だからとのこと。
 腹立たしい話だが、寿司は簡単な料理だと、アメリカでは思われているのだ。
 実際、ロサンゼルスにある「寿司学校」では、3ヶ月で一通りのことを教えてくれる。それで一人前になったつもりの「スシ・シェフ」も多い。ちなみに日本では3ヶ月なら、まだ出前だけしかさせてもらえないだろう。
 寿司エピソードその1。
 寿司職人を募集していたある店に、一人のアジア人が応募してきた。店主が魚を下ろさせてみると、全くできない。彼は「サクどり(寿司や刺身にしやすいように、ブロック状に切った冷凍魚)しか扱ったことがない」と言った。
 寿司エピソードその2。
 日本人ベテラン寿司職人の店に、ヒスパニックの客が来た。お任せだというので握りのセットを出したら、「こんな寿司がどこにあるんだ」と怒りだし、寿司はのりで巻いたものだ。おまえは修行が足りないと説教を始めた。
 これが恐るべきアメリカの寿司事情だ。有名な店でも、日本人以外が握ると、小さなおにぎりに魚の切り身が載っている、という握りが出てきてがっかりすることしばしばだ。
 クイズ 次のロールの主な具は何でしょう?
 (1)カリフォルニア・ロール→これは日本にも逆輸入されていると聞く
 (2)フィラデルフィア・ロール
 (3)スパイダー・ロール
 (4)レインボー・ロール
 これは、ある馬鹿な寿司屋のオリジナルではなく、どの店にも共通してあるメニューだ。かっぱ巻きとか、お新香巻きと同じ概念なのだ(回答は末尾)。
 どうだ、まいったか。アメリカ人はこんな「寿司」を好んで食べているのだ。
 で、写真の御仁。彼はタイ人。名前はボー。本当はもっと長い名だが、誰も覚えられないのでそういうことにしている。因みにカミさんはシンディー。彼女の名前も同じ理由で短くなっている。
 彼はこの街では名の通ったスシ・シェフだ。日本人が経営する店で修行をはじめ、腕を磨いた。その後、新しい店ができるたびに、スカウトされて転々とし、先頃自分の店を持ったのだ。アメリカのレベルではあるが、一応、腕は立つ職人、ということだ。
 コメディーの悪役のような味のある顔だが、やはり日本人の顔ではない。こういう人が寿司を握ることに、違和感を覚えるようでは、アメリカで寿司は食えない。それでも食うかどうかは、本人のポリシーにかかわってくる。
 エピソードその3。友人同士の会話。日本人「俺は、日本人以外の板前が握った寿司は食わないんだ」。メキシコ人「そりゃおかしい。誰が握ったって、寿司は寿司じゃないか」。日本人「じゃぁ聞くが、お前さんは支那人が作ったタマーレスを食うか?」。メキシコ人「死んでも食うもんか」。日本人「それと同じだよ」。
 小生? 握りは日本人が目の前で握ってくれる店でしか食べないことにしている。ロールは仕方がないが、あえて自分で金を出して、ロールを食おうとは思う機会は少ない。魚の味がまじり、甘いソース(大抵は蒲焼のタレ)や辛いソース(Srirachaソース)にその味が負け、何を食っているのか分からないようなロールはいらない。
 個人的にボーは好きだし、シンディーも親切だし、娘たちは素直で、親父に似ずに母親に似て可愛いんだけど、彼の店ではやっぱり、握り以外のものを頼む。味噌汁なんか、天カス(揚げ玉)が入っていることを除けば、ちゃんとした味噌汁の味だし(変な店に行くと、コクを出すためなのか、味醂を入れているところがある)、照り焼きチキンは甘さが少なく日本人好みの味なのだ。彼が腕のいい「コック」であることは間違いない。
 ある日厨房を覗くと、賄いにタイ・カレーが作られていた。それがメニューにないのがとても残念だった。

※クイズの答
(1)スノークラブのサラダとアボカド。安い店では、スノークラブがカニカマになる。胡瓜も一緒に巻くこともある。基本的に裏巻きで、外側に煎りゴマをふる。
(2)クリームチーズとスモークドサーモン。
(3)唐揚げにしたソフト・シェル・クラブ。
(4)いろんな種類の魚の切り身を並べて、虹に見立てる。

123 潔いのか、馬鹿なのか

車両はあまり魅力的ではない▼撮影=10/07/08 東部の都会だけは例外だが、アメリカでは鉄道は殆ど、貨物輸送が主流になっている。これはこのブログでも、過去に紹介したような気がする。カリフォルニアにも旅客鉄道がないわけではない。所謂アムトラックの列車は、主要都市を結んでいる。ロサンゼルスからは、南はサンディエゴまで、北(厳密には北西)はサンタバーバラまで、1時間に1本程度の列車が走っている。何度か乗ったことがあるが、まぁ快適だ。所要時間は車と変わらないが、のんびりできるのはありがたい。ビジネスクラスに乗れば、サービスも結構いい(東部の列車でこれを期待したら大間違いだった。何のサービスもなく、憤慨して列車を降りるハメに陥った)。
 では、都市の近郊交通はどうか。これもカリフォルニアでは皆無に近かった。モータリゼーションの波とは言うが、エコロジストによれば、自動車産業と石油産業による陰謀で、所謂市電などでは、残ったところも多かったが、都市近郊に蜘蛛の巣のように張り巡らされていた都市近郊鉄道は、1960年頃までに、跡形もなくなってしまったのだ。
 ところが近年、これが見直されているのだ。ロサンゼルスでも、この写真を撮ったサクラメントでも、近郊都市を結ぶ、いわゆるライトレールが、盛んに建設されている。その路線というのが、ほとんど、ひっぺがす前の、かつての鉄道網に沿っているというからお笑いだ。勿論、1930年代の路線を全て復活させるわけではないが、その当時の幹線沿いに、やはりライトレールは敷設されている。
 昨年の「第3次オイルショック」以降は、「カリフォルニア新幹線」が注目を集め、もしかしたら21世紀のアメリカは、鉄道の時代になっているかもしれない。潔いと言えば潔い話だ。必要ないから引っぺがし、また必要だと思ったら作り直す。馬鹿じゃないかとも思うが、思い切りの良さには驚いてしまう。環境にも良いし、いいじゃないか! そういう開き直りが聞こえてきそうだ。
 アル・ゴアが地球温暖化をインチキな映画で訴えながら、自分はプライベートジェットを使って温暖化に一役買っている。そんな二重基準がこの国を支配している。しかしもしも、地球温暖化が本当に問題で(小生は懐疑的だ)、温室効果ガスの排出を抑える必要があるとするならば、鉄道や原子力の平和利用は、真面目に考えるべきだろうし、もっといろんなところで、この手の「潔さ」を見せてもらいたいものだ。

★122 中間地点のお楽しみ

ここが入り口▼撮影=07/26/08 サブプライム問題が深刻だ、と半可通が口にする。しかし、結構誤解されているんではなかろうか。日本の新聞で、本の広告を読んでいると、サブプライム問題とは「銀行が無理やり家を買わせた」と訳の分からんことを書いているものがあった。そんな訳ないじゃないか。笑いを通り越してあきれてしまった。実際には、誰でも家を買えるように、住宅ローンを組みやすくしたということだ。勿論審査はあるが、その審査を出鱈目にして、どう考えても返済できそうにもないような人たちにも金を貸してしまった。それが焦げ付いて、住宅を差し押さえたが、評価額が下がって、売却しても貸した金が戻ってこないという愚かな図は、日本のバブルのときと同じだ。人間とはかくも歴史に学ばないものなのか、とそういうことに無縁だから、溜息をつくだけだ。まぁ、無縁とは言っても、買った家が安くなっているので、ある意味で被害を受けてはいるのだけど…。
何種類でも試食できる そのサブプライム問題で、住宅が差し押さえられたり、やむを得ず売りに出したりしている家が目立つ街がある。その多くは、大都市の中間にあって、自動車による通勤時間が2時間半までの都市。低所得者がギリギリ買える住宅が供給されたような都市だ。具体的には、サクラメントとフレズノの間にある、ストックトンやマンティーカ、サクラメントとサンフランシスコの間にあるヴァレーホやフェアフィールドなどがそれで、売り出し中の家がごろごろ出ている。ヴァレーホなど、市そのものが倒産した。カリフォルニア州も危ないらしいが、その一人当たりの債務は、日本の国民一人当たりの債務の半分に過ぎないらしい。日本はそのうちエライコトになるだろう。
 ああ、例によって前置きが長くなったが、その空き家が多く連なる、寂れた街フェアフィールドの話。
 有名なジェリービーンズ「ジェリーベリー」の工場がここにあるのだ。アメリカのたいていの工場は見学コースがあり、ここでも、工場見学をして試食を楽しみ、買い物ができるという施設がある。
迷うほどの種類 ジェリービーンズ?  そんな不味いお菓子は食いたくない。それが多くの日本人の反応だろう。小生だって、子供のころに食べた、色だけは楽しいが、味覚も感触も決して楽しくない、あのジェリービーンズを思い出すと嫌になるが、このジェリーベリーは違う。まず、感触がやわらかく、昔のあれのように粉っぽさがない。そしてカラフルな色は、そのまま天然香料を使ったフレーバーで、非常にリアルな味がするのだ。種類は限定品を入れれば、百を全部味が違う軽く超えるのではなかろうか。今も新味を開発しているということだ。
 アメリカ人は味がはっきりしているものが好きだ。悪く言うと、微妙な味の差が分からない。だからこのジェリーベリーの味は、ちょっときつい目になっている。そういう意味では、ジェリーベリーをもってしても、日本人はジェリービーンズを愛する日はまだ遠いのかもしれない。
レーガンは大好きだった しかしまぁ、こんな田舎に来る機会はないかもしれないが、もしかしたらサンフランシスコからサクラメントに来る途中で、こういう施設を観るのも悪くないと思う。ジェリーベリーが好きになるかどうかは別にして、数え切れないほどのジェリーベリーが製造される工程は観ていて非常に面白いし、下から2番目の写真にあるように、ジェリーベリーをモザイクのように使ったアートなど、他では見ることのできないものも展示されている。ちなみに、このロナルド・レーガン元合衆国大統領にして元カリフォルニア州知事は、ジェリーベリーの大ファンで、執務室には必ず、このお菓子の入れ物があったらしい。
 え、いくら言われても、甘いモンはだめ?
 じゃぁ、この街にはもうひとつの有名な工場見学スポットを紹介しよう。それはバドワイザーの工場だ。見学後いろんなビールを2種類まで試飲させてくれるし、オリジナルグッズも面白い。左党の方はこちらへどうぞ。
大人の工場見学はこちらへどうぞ

121 露出に応じてチップをよろしく

前を撮りたいのはやまやまですが▼撮影=07/26/08 前から撮れ? こちらもそうしたいが、肖像権の問題があるので、背中で勘弁を。
 ところでこの若い女の子が、半裸でアピールしているものは何か? カー・ウォッシュ、つまり洗車である。アメリカでは洗車場の過当競争が行われており、一部の店では若い女性による過激なサービスが…というのは嘘だ。日本じゃあるまいし。彼女たちは、洗車屋に雇われている訳ではない。自分たちのグループ、例えば、教会、クラブ活動や地域の集まりの資金集めの為に、洗車をしているのである。そして半裸のねぇちゃんは、その客引き。だからこれはボランティアなのだ。結構な国である。
 彼女たちが持っている看板には、「洗車無料」とある。そう、無料で、しかも手洗いで車をキレイにしてくれるのだ。本当にタダなのか? まぁ、洗車料はタダだ。しかし、タダで車を洗ってもらって、若い姉ちゃんの半裸姿を見て、無料と言うわけにはいくまい。ようするにここで、「心づけ」というやつが発生する。所謂チップだ。彼女たちというか、彼女たちのグループが期待しているのはチップである。通常、ガソリンスタンドで洗車すると、まぁ、一番安いコースの自動機械洗いで5ドル程度はとられる。手洗いならば10ドル前後、そして勿論チップを渡す。そういうことを考えると、5ドル彼女たちにやって、手洗いで洗車してもらうというのは、悪い選択でもないのだ。と、横で睨んでいるカミさんを納得させて洗ってもらうアメ人は多いことだろう。
 チップは曲者だ。レストランでは、最近の相場では15%くらい。メニューには当然その価格は書かれていないから、油断していると結構な金額になる。尤もこれは、小生が酒を飲む(カクテルの値段は、表記されていないことが多い)という理由もあるのだが。
 実際、高級レストランでは、ウェイター・ウェイトレスのチップは、一晩で結構な額になる。考えても見てほしい。客単価が100ドルのレストランならば、チップは少なくとも15ドル。一晩で客を10組相手にしたとして、150ドルになるのだ。これは給料ではない。仮令最低賃金しかもらってないとしても、日当は65ドルくらい。え、チップより安いじゃないか。で、その合計は215ドル。月に20日働くとして月収4300ドル。結構な数字になる。しかもチップは、申告しなかったら非課税になる訳だし、いくら貰ったかなんてわかりゃしない。勿論、高級じゃないレストランではそこまで高収入にはならないが、難しいことを考えなくても良いから、一生ウェイター・ウェイトレスのままでいて、プロモーション(昇格)を拒否する人も多いらしい。だって、その収入で十分家が買えるし、子供を学校にもやれるではないか。アメリカ人は外食が好き、と言うよりも、共働きが殆どだから、外食が多くなる。給仕の仕事は山のようにある。日本人移民だって、皿洗いから給仕になって、金をためてレストランを開くという例は腐るほどある。
 チップ制度は、18世紀の階級社会の名残りだと思うのだが、支那人が経営する食堂で、白人がウェイトレスをしていて、日本人の小生がチップを払うという光景は、まさに21世紀のアメリカだ。あ、その店は半裸で給仕してませんので念のため。

120 ホームレスのパトカー

ここまで堂々とされると▼撮影=06/23/08 アメリカでは比較的路上駐車が容易だと言うことは、すでに書いた。しかし、この光景はどうだ。まず日本では見られないだろうな。パトカーの数珠繋ぎである。
 ここはとある都市の警察署の前にある通り。そう、パトカーの駐車場がないので、見事な路上駐車の光景を見ることができる訳だ。
 しかし、いくら路上駐車が違反ではないとはいえ、パトカーを止めっぱなしというのも如何なものかと思うのだが、それがこの国なのだろう。住宅地では、地域住民以外の駐車制限をしているところもあるのだが、この場所は、ケーサツの縄張りだからそんなことは関係ない。実は、ここは大学から比較的近いところにあって、大学生が集まるような、バーやサテンが近くにあるので、彼らも駐車自由の恩恵には浴しているとは言える。
 警官はパトカーを通勤に使うこともあると聞く。例えば日本では、警官が昼食を摂りに行くときには、パトカーを使うことはまずないだろう。しかし、こちらでは、レストランにパトカーが止まっていて、すわ、事件か?! と思いきや、ただ単にお巡りさんが飯を食っているということが殆どだ。まぁ、人が逮捕されているシーンなどは、大都市ならば、一日ドライブしていたら簡単に目撃できる。さすがにその写真は撮れないが…。制服警官がパトカーで食いに来たら、無料にすると言う店もあるらしい。無言の圧力に負けて、ということなのか。
あっぱれですな この、パトカーが行列するこの通りには、もうひとつの、警察の近くならでは?のルールがある。それは速度制限だ。通常このような住宅街では、25マイル、よくて30マイル制限のところが多いのだが、この通りはなぜか35マイルなのだ。5マイルとは8キロだから、結構な違いなのだ。ケーサツ車両の為ではないかと思いたくなる。こちらも、その若者街からダウンタウンへの抜け道になっているので、彼らはその恩恵にも預かっている。
 住民は迷惑なのだろうか。でも、パトカーの行列お陰で、治安があんまり良いとはいえないこの街でも、この地域だけは超安全…ならいいけどね。

119 まだ営業中

このバンは送迎用▼撮影=10/08/08 お久しぶりです。数少ない読者の皆様。写真はちょこちょこ撮っているのですが、なかなか文を思うように書けずに、延び延びになってしまいました。
 さて、これはカリフォルニア州ヴァカヴィル(Vacaville)市にある、某(あ、名前も写ってるか)支那料理のバイキングのレストランである。
 変な言い回し。
 支那料理でありながらバイキングと言うのもおかしな話だ。そう、バイキング料理と言うのは日本語であって、こちらでは、バフェという(間違ってもビュッフェと言ってはいけない。こだま号ではない)。あるいは、オール・ユーキャン・イートという。そのまんま、食べ放題とおいうことだ。
 アメリカにはこの手のレストランが多い。そして、不況になって、外食が廃れているが、この手のレストランだけがにぎわっていると言う話だ。
 さてこのレストラン、先日経営者が摘発された、曰くつきの店なのだ。
 実は、従業員のほとんどが、中南米や支那からの不法移民だったのだ。経営者は、ほかにも北カリフォルニアに2つのレストランを経営していて、そちらでも不法移民を主に雇用していたとのこと。給料は月450ドルで、十数人をひとつの家で合宿させていたらしく、地元では「現代の奴隷」とまで報じられていた。この写真は報道から1週間ほどたってからのものだ。
 この写真の左にある、GMの古いバン。
 仕事の関係でこのあたりをよく通るのだが、とある朝、揃いの赤いシャツを着た支那人とおぼしき一団が、このバンから降りてくるのを目撃したことがある。変な宗教団体かと思ったが、今から考えれば、その「奴隷」の出勤風景だったのだ。
 それはさておき、バフェレストランで有名なのは、ラスベガスだ。
 博打の街だと思われがちだが(実際そうなのだが)、ベガスは芝居の街でもあり、そしてバフェの街でもある。ホテルのレストランには必ずこれがあり、趣向を凝らした料理が供される。尤も、あまり期待しすぎるのはよくない。所詮食べ放題なのだから限界はある。狙いは、曜日を決めて行われるシーフードディナーや、感謝祭やクリスマスなどの特別料理だ。小生は料理よりも、デザートが楽しみだ。え”? 酒飲みじゃなかったのかって? そうなのだが、甘いものにも目がないのだ。体が持たん。今日も、「チーズケーキ・ファクトリー」で、食べたいものを1つだけ選ぶのに10分以上かかってしまった。
 もとい。
 ファミレスの延長線上にあるバフェでは、「ホームタウン・バフェ」という店が有名だ。言ったことはないが、近所の店では、平日の夜から賑わっている。一度行かねばと思いながらも、この写真のバフェで、以前、くわえタバコでの餃子包み作業を窓越しに目撃してから、バフェに対する信用度が、自分の中で急落してしまったのだ。まぁ、店が違えば衛生管理も違うだろうし、そんなことを言い出せば、外食などできはしないのだが…。
 で、事件は、経営者の逮捕(聞くところによると、2回目の摘発だそうだ)と、不法就労者の強制送還で幕を閉じることになるだろうが、この不法就労者たちには、カリフォルニア州の最低賃金との差額が、経営者から支払われることになるらしい。仮令不法就労であっても、最低賃金は法律で保証されているからとのこと。
 そんなことするから、不法就労が後を絶たないんじゃないの?

118 ゴールドラッシュの販売機

各レジでも購入可▼撮影=06/08/08 カリフォルニアのスーパーのレジの周りには、たいてい宝くじの自動販売機が何台かある。流石はゴールドラッシュに沸いた州だ。一攫千金を狙う人々が多いこと多いこと。
 一番オーソドックスな宝くじであるLotteryなど、購入者が多いから、一等賞金も桁外れだ。しかも、一等が出なかった場合には、延々とその賞金が次の抽選に回されるので、場合によっては、一生はおろか、二・三生遊んで暮らせるだけの金が入る。高額になりすぎた場合には、分割で全額もらうか、何割かを一括でもらうかを選択できる。オレは絶対に一括でもらうぞぉと決心しているが、当たったことは勿論ない。日本で、たった1枚もらった年末ジャンボで1万円当たったことがあるので、もう運は使い果たしたかもしれない。
 写真1枚目は、スーパーのレジにある、レジ係が扱う宝くじ販売機だ。マークシートに記入して渡せば、その番号のカードが自動発行される。ガソリンスタンド併設のコンビニでも同じものがある。番号を言わずに、機械でランダムに選んでもらうことも可能だ。
親子で散財 スクラッチカードの宝くじも大人気だ。これもレジで売っていることもあるが、専用の販売機もある。二枚目の写真は、ヒスパニックの親子が自動販売機の前で買いまくっているシーンである。しかも彼らだけではなく、憑りつかれたかのように買っては削り、買っては削りしている人が結構いる。暇だったので暫く見ていたのだが、当たった人はいたものの、カードをレジに持って行って、数ドルもらっただけのようだった。そうそう当たるモンではないだろう。じゃんじゃん当たるなら、このスーパーの経営者がくじを買い占めているハズだ。 
 驚くべきことに、カリフォルニアには、宝くじ番組まで存在する。
 ある種の宝くじを買って、外れた場合に公開録画に参加できる。そしてスタジオで選ばれた見学者が、ゲームに挑戦して、成功したら大金をくれてやるという恐るべき番組なのである。ルーレットのようなものを回しただけで、100万ドルもらえる可能性さえあるのだ。その金はみんな、宝くじを買った人が使ったお金なのだ。
 Loteryはたかが1枚1ドル。だからこそ皆が気軽に買ってしまう。
 射幸心を煽るからという理由で、日本は高額賞金に規制をかけるが、実際はそうではないだろう。日本では、「あぶく銭」を儲けた人に対しての嫉妬が、ゆがんだ形で爆発する可能性があるからだと思う。悪平等を愛することこそが、日本人の心の闇なのだ。一方射幸心がなくなってしまえば、アメリカという国は立ち行かない。たとえそれが空疎なものであっても、夢を見続けることができるのがアメリカであり、だからこそ、宝くじという名のゴールドラッシュが今も続いているのだ、と思う。

117 効果的な逆効果

▼撮影=04/22/08(1,2枚目)、05/06/08(3枚目) アメリカに来た次の年から、年に2回だけベースボールカードを買うことにしている。
 大人だからそれ以上買うこともできるが、キリがないので歯止めをかけている。
 「あたり」もあるが、値打ちが出そうなものはそうそう出ない。直筆サインの入っていたものが、過去に1枚(ギャレット・アンダーソン=エンジェルス)だけ。あとは、アスレチックス時代のルーキーカードにサインをもらったアンドレ・イーシアー(ドジャース)と、ドジャース時代のカードにサインをもらったデイヴ・ロバーツ(ジャイアンツ)くらいのものだ。
 封を開けるときの期待感は、あの駄菓子屋で買ったアテモンのカードや仮面ライダースナックのおまけを思い出す。
 しかし、今年はがっかりだった。
 「あたり」が入っていることなど、期待してはいないたのだが(ちょっとだけしていたが)、監督のカードがやたら入っている。おまけに、大統領選挙の年なので、予備選の候補者のカードまで入っている。しかも惨敗のルドルフ・ジュリアーニ。過去にケネディーが始球式をしているカードが入っていて、それはちょっと気に入っているのだが…。
 実は去年はもっとひどかった。
 各チームの被り物のマスコットが何枚もあり、怒りを通り越してあきれてしまった。その様子を見て、妻はもっとあきれていた。
遠くから見ると変質者か宇宙人 言うまでもなくマスコットは、子供に愛着心を持たせるために「雇用」されている。野球チームに限らず、有名なところでは、マクドナルドのラーノルド(正しい発音による)とか、先ごろ失業が決まった食いだおれ太郎とか、KFCのカーネル・サンダースとか、面白いか、さもなくば、(広義の)かわいいと思える印象が必要なのだ。
 嗚呼、長い前置き。
 こないだある街で、こんなマスコットを見つけてしまった。
 1枚目。矢印に注目してもらいたい。緑色の異様なマスコット。遠くから見て、宇宙人かと思った。
これはマスコットとして不適格ではないか 2枚目。近寄ってみると、これが「ミスター・ピクルス」なるホットドッグ屋のマスコットだということが判明したのだ。
 擬人化されたキュウリの酢漬け…。
 Condimentとしてのピクルスは大好きだ。ホットドッグには、仮にその店がザワー・クラウトを置いていても、一緒に挟んでしまう。しかし、だからといって擬人化してはいけない。
 ピクルスの擬人化という発想もどうかと思うが、店主に似せたのか、髭面の様相は余りにもリアルで気色悪い。変質者の表情だ。子供が近寄らないまじないなのかとさえ思ってしまう。
被り物はまだマシだが… 2週間後、再び通ってみると、今度は被り物がいた。勿論、この「ミスター・ピクルス」のものである。
 やめてくれぇ。
 顔は少しマシになっていたが、もはやピクルスの姿ですらなくなっている。
 何という逆効果。
 この店は長くないと思い、店主の更正を願い、写真だけ撮って立ち去った。踊るピクルスに構っているほど暇ではない。
 ところがである。隣町のモールに、この店の2号店を見つけたのは、それから間もなくのことだった。繁盛しているのか?
 アメリカ人の感覚はわからん。

116 スクール・ポリスのすすめ

キャンパス内の「分署」キャンパス・ポリスのパトカー▼撮影=12/01/07(上・中)、01/12/02(下) アメリカの学校では、校内にスクール・ポリス、キャンパス・ポリスがいることはご存じだろうか。これは決して、学校での乱射事件が多いからではない。アメリカではそういうことが日常茶飯事だ、と思っている日本人もいるかも知れないが、決してそうではない。そうでなはいからこそ大きく報道されるのだ。
 写真はカリフォルニア州立大学デイヴィス校(CSUD)のキャンパス・ポリスの建物とパトカーだ。ちなみに、カリフォルニア大学(UC)と州立大学(USC)は異なる組織だ。前者は博士課程までありレベルが後者より上。以前書いたように最高峰はバークレー校。後者は修士課程までしかない。
 話を戻そう。
 このように、キャンパスの場合には自前のパトカーがある場合もある。ガードマンではない。組織としては市警の分署のような存在だが、本物のポリスがいるのだ。
 2枚目は今回も古い写真を引っ張り出したが、これはとある土曜日に授業をする補習校で雇っているパートタイムのスクール・ポリスだが、彼は現役の警察官で、勿論銃を持っている。
銃も持ってます 元教師のひとりとして、スクール・ポリスは日本にも必要だと思う。それは、事件が起こるからということではなく、教師が指導に煩わされて、肝心の教材研究や授業研究に身が入らなくなることを防げるからだ。まぁ、煩わされなくても、してない連中も多いのだが、少なくともそれを言い訳に、サボれなくなるだろう。
 予想外かも知れないがアメリカは、生徒指導には厳しい。Zero-toleranceと言う、暴力や武器の持ち込みに、徹底した不寛容の方針を打ち出している教育委員会が多いのだ。
 先日こういう事件があった。
 学校の給食(カフェテリアで食べる)で供される肉を切るために、10歳の女の子が自宅からナイフとフォークを持参した。これを見とがめた教師は、Zero-toleranceの方針に従って警察に「逮捕」を要請。警察側はそれに従わざるを得ず、その女の子を拘留したのだった。
 いくら何でもやりすぎだとは思う。勿論、この融通の効かない学校(そもそも、ナイフが必要だと思うような肉を出すんじゃない!)には非難が集中したが、学校側はZero-toleranceとはそういうものだと突っぱねた。
 日本では逆に、しっかりとした原則がなさすぎる。親がごねると、すぐに学校側が折れてしまう。いや、学校というよりも、教育委員会が学校に折れさせるのだ。Zero-toleranceを採用せよとは言わないが、駄目なものは駄目という姿勢も、たまには必要じゃないか。
 昔は、よく先生がしつけのために生徒を殴った。それでも親は怒らなかったし、かえって「先生にご迷惑をかけました」と、子供と一緒に謝りにさえいったものだ。給食代の未納などもっての外。親が食い逃げを教えているのだ。子供が先生の言うことなど聞くわけがない。先日報道された福岡県田川郡内の馬鹿中学生など、逮捕されても容疑を否定しているらしい (毎日の記事を追記) 。涙を流して反省するまでシャバに出すな、こんな糞ガキを!
 親の横暴、ガキの増長もそうだが、現場の雰囲気もずいぶん変わってきたようだ。授業中に缶コーヒーをすすったり、自分の受け持ちの1時間しか勤務しない日があるというような、組合馬鹿までいた日本の学校現場にいろいろとメスが入り、それが是正されるのは結構なのだが、そのせいでそれまでも真面目に勤めていた人まで、緊張した空気を味わわされるようになったという。元同僚に世知辛い話を聞くと、いい時期に退職したのかなぁと、負け惜しみではなく素直に思うのだ。 続きを読む

115 ベテランと公用車

これで温泉には行けません▼撮影=01/15/08(上)、01/16/02(下) ベテランというと、日本では「ベテラン教師」、「ベテラン選手」というように、長年その仕事をしているとつけられる「称号」だ。「ベテラン・サラリーマン」というのはないから、一般的な仕事ではいけないのだろう。ベテランと呼ばれるためには。同じような言葉に「カリスマ」というのがあるが、こちらは「カリスマ主婦」とかいうのがあるから、用法が異なるので要注意だ。嗚呼、日本語って難しい…。
 この車に書かれているベテランとは、退役軍人の称号だ。実は用事(秘密だ)があって、とある空軍基地に行った帰りに、この車を発見して併走しながらシャッターチャンスを待ったのだ。
 ベテラン=退役軍人には様々なベネフィットがある。それを目当てに軍人になる人もいるくらいだ。軍人恩給は勿論、除隊後は大学も優先的に行かせてもらえるし、病院もタダだし、葬式もタダだ。それくらい当たり前だろう。お国のために命を張っているのだからね。
幹部候補生の候補生 一方軍は奨学金も出している。それを受け取っている生徒はカーキ色の制服を着ているからよくわかる。左の写真に写っている黒人の女の子はその実物だ。証拠として古い写真を引っ張り出してきた。成績優秀のまま入隊すれば、士官候補生への道が約束されているという話だ。
 小生など、この国に住まわせてもらっているんだから、兵隊さんには感謝している。当たり前だ。永住権を持つ在日韓国人が参政権を要求しているなんて、こっちが赤面してしまう。永住権を持っているくらいで滅相もない話だ。参政権がほしいなら、帰化する。それが当たり前。在日にはできまい。なぜなら在日には免税など様々な特権があるからだ。それなのにまだ参政権まで。厚顔無恥とはこのことだ。認めようとする日本人も日本人だが。よく聞け、民主党のアンポンタンと公明党の洗脳された議員ども! それとお人よしの一部の自民党議員!
 それはさておき、この車のナンバープレートに注目してもらいたい。解像度の悪い方のカメラで、しかも運転中に撮ったものだから見にくいのだが、上部に「U.S. Government」とある。これは公用車のナンバープレートなのだ。下部には「For Official Use Only」と明記されていて、これは業務以外には使えないのだ。日本でも公用車はこういう風にすべきではないだろうか。
 小生が育った大阪の東にある田舎町は、市制がしかれてからずーっと同じ市長だった。彼が引退するとき、とあるアホな市会議員に「禅譲」して、その後はそのアホが市長になった。対抗馬は共産党のどアホだけ。だから小生は市長選挙の際には、自分の名前を書いて投票していた。今から考えれば、立候補しておけば良かったと思うくらいだ。そのアホ市長の時に、公用車で温泉に遊びに行っていたことがバレて問題になったことがある。せこい話だ。しかも今、市のサイトを見ても何も書かれていない。その後この市長が「自殺した」とかいう話で、温泉話も、今は誰も覚えていないだろう。
 しかし、日本みたいに公共交通が発達した国で、あえて公用車を税金で運行させるというなら、それなりのことをしなければ、国民が納得しないだろう、というか、今まで納得していたのがいかんのだ。何で日本人は税金の使い方に甘いのだろう。こちらではラジオで、「知事に新しい工業用水路を作るのをやめるように要求しよう!」というようなCMがよく流れる。勿論、議会で決めることを、所謂市民団体が覆すことなどできないのだが、日本でもせめて意思表示くらいはしてほしいものだ。
 首相や大臣ならば話は別だが、市長クラスで公用車など必要ないし、もしも必要ならば、公用車ナンバープレートをつけよ。それが難しかったら、車体に大きく「○○市公用車・市長が乗っています」と大書すればよい。
 え? 黒のクラウンにそんなことはできない? セキュリティーの問題がある? それならば白のミラにすりゃいいじゃないか。いやこれはダイハツに対する偏見ではなく、一般論だ。事実若い頃ダイハツの車(シャレード・ターボ、黒、中古)に乗っていたこともあるので、誤解のないように。

114 勇気を出して長距離バス

昼も人はまばら▼撮影=11/27/07 カリフォルニア州フレズノの、グレイハウンドのバスターミナルである。
 これは、サザンパシフィック鉄道フレズノ廃駅のすぐそばにあるのだが、何度も書いたように、駅のそば=治安の悪い場所にある。どの都市でも、長距離バスターミナルは、余りよろしくない場所にあることが多い。深夜発着便は本当に要注意だ。
 アメリカでは、国内の長距離を移動するときに、普通の人は飛行機か、比較的近い距離(大阪−東京程度の距離)なら車を使う。余裕(時間にも金にも)のある人は鉄道を使う。そして、貧乏人はバスを使う。グレイハウンドバスは、全米にネットワークを持つ貧乏旅行者の味方だ。しかし、それゆえに利用に警戒心が必要なのは言うまでもない。
 小生は一度しか利用したことがないので、余り多くを語る資格はないのだが、かなりドキドキした。長距離バスに乗ったことがある人なら、口をそろえてそう言う。だからそれは、小生の初めてのアメリカ旅行だったからではないのは確かだ。
 小生が乗車したのは、ニューヨークからワシントンDCまで、日中のわずか数時間。乗客はほとんどが黒人かヒスパニック。東洋人すら小生だけだった。こういうことを書くと、人種差別的だと言われるかも知れないが、事実だから仕方がない。大きな荷物は預けたが、カメラの入った鞄は、大事に抱きかかえたまま、居眠りをすることもできず、緊張した時間を過ごした。外の景色も一切覚えていない。ひたすら早く着かないかと思っていたのだった。勿論、白昼バスの中で何かが起こるとは考えにくいのだが、他人種に囲まれることに慣れていない当時なので尚更だった。やはりあのとき自分は「単一民族国家」の国民だったのだ、と思う。単一民族国家ニッポンは、「人権派」が主張するような歯の浮いた話ではなく、「神話」でもない。
 都市の交通機関としての近距離、中距離バスも、やはり貧乏人の味方だ。それ故にやはりこちらも、利用には注意が必要だ。おまけに日本のバスのように親切ではない。欧米の交通機関とは、客をA地点からB地点まで(ザ・ぼんちではない)運行上安全に運ぶということしか考えていない。日本の場合には、客をA地点からB地点に運行上安全に運ぶだけではなく、間違えないように連れて行くということも業務に含まれているし、客もそれに期待している。しかし外国ではそんなことを期待するのは間違いだ。
 アメリカの場合、バス停の名前もクロスストリートの名前だけだから、地元民以外にはわかりにくい。時刻表もバス停にはないことが多い。先日、サウス・ロサンゼルスのバス停で乱射事件があったが、そういった地域で、間違って降りてしまうことのないように、どこで降りるのか、どれくらいで着くのかをちゃんと調べてから乗ることをオススメする。それが面倒くさいなら、バスには乗らないことだ。
 あ、小銭もちゃんと容易するようにね。両替など絶対にしてくれない。その代わりに、ペニー(1セント硬貨)でも受け付けてくれる。さすがは貧乏人の味方だ。

113 塔だけが残った

昔の光いまいづこ▼撮影=12/10/07 祇園精舎の鐘の声…(中略)…盛者必衰の理をあらわす。このタワーは勿論平氏の誰かの墓ではない。そもそも墓ではない。タワーだ。
 そうまさしく、あのタワーレコード発祥の地、の跡。ロサンゼルスでも、ニューヨークでもない、サクラメントにそれはあった。日本では別会社なので、タワーレコードはまだ存在していると聞いた。だから日本の読者には、別段感慨もないかも知れないが、一時代を築いた企業の残骸を観るのは、やはりもの悲しい。
 タワーレコードはネットに負けた。
 言い換えれば、「在庫」に負けたのだ。
 店舗を構えれば、必然的に在庫を抱える必要がある。一方現代社会は、個人の興味の多様化、細分化により、非常に多種類のCD、DVDが存在するようになった。ネット上の無店舗販売ならば、その在庫を抱える必要はないが、店舗がある場合にはそうはいかない。ましてや、タワーレコードともなればそうではないか。
 大阪に住んでいた一時期、某(関西では有名)出版社に籍を置いていたことがある。その時、新譜案内に紹介されていて、偶々気に入って買った Jennifer Holiday のデビューアルバム。初めてゴスペルを聴き、その歌声に魅せられた。そこから他の歌手へと手を伸ばすことにならなかったのが、中途半端な自分らしいと思うのだが、彼女のレコード、そしてCDはその後も見つけたら買っていた。Jennifer Holidayは1982年には"Dream Girls"でトニー賞を受賞するほどの実力派だったが、日本では人気歌手でも有名でもなかった彼女アルバムは、近所のレンタルレコード店(古いなぁ)にはなかったからだ。
 でもその後タワーレコードが誕生して状況は一変した。そこに行けば彼女の名前でちゃんと検索できた。尤も、彼女はそんなにじゃんじゃんアルバムを出す人ではなかったので、たいていは空振りだったが。
 話を戻すと、こういった特殊な好みの顧客の期待に応えるためには在庫が必要で、そして在庫は企業の首を絞める。そしてタワーレコードは、時代とともにその役割を終えたのだった。少なくともアメリカでは。
 i-podの普及がタワーレコードに引導を渡したのだろう。でも、在庫の地獄に気づくのが遅かったのは、タワーレコード自身の戦略ミスだ。それは、固形石けんにこだわって倒産した、ミツワ石けん…とはちょっと違うな。でも、時代の流れを読めなかった、という点では同じこと。
 航空機時代にうすうす気づきながらも、空軍を創設せず、大艦巨砲主義にこだわり続けた大日本帝国の失敗から学ばなかったのは、日本だけではなかったようだ?

112 もう少しリアルに

スープよりもアイスがいいなぁ▼撮影=01/16/08 京橋駅(大阪市都島区)で大阪環状線の大阪方面行き内回り電車に乗ると、駅を出てすぐ進行方向右側に淀川電車区へ伸びる線路があった。未知の路線というものは大人でもわくわくするものだ。たまに帰省して貨物線経由の「はるか」に乗ると、ちょっとわくわくする、あの気持ち。この線路も子供心に、「そっちに行ったらどんな景色が見られるのか」と、思わせたものだ。
 そちら側を引き続き見ていると、今度は巨大なアイスクリームのカップが見えた。雪印乳業の工場だ。給水タンクとおぼしき巨大なアイスクリームは、大人をわくわくさせるものではなかっただろうが、子供にとっては夢のようなオブジェだった。
 ハーゲンダッツもコールドストーンもない時代、「(有名)メーカーもん」のアイスクリームは、おやつの王様だった。「あそこにはきっと、甘くて白いアイスクリームが詰まっているのだ」。幼いころはそう信じて凝視していた。まさかその雪印の工場が不祥事で閉鎖になるとは夢にも思わなかった。
 例によって前置きが長くなったが、これも同じようなオブジェである。かの有名なキャンベルスープの工場にある、やはり給水タンクと思しきものだが、実際の缶とは似ても似つかない妙なカタチだ。アメリカ人らしいいい加減さだ。これでは子供は魅了されないだろう。
 言っておくが、缶入りスープが不味いと言っている訳では決してない。
 缶入りスープを筆頭に、実はアメリカで驚くのが、手抜き食品の意外な旨さなのだ。勿論これは、C級グルメの話であって、レストランと比べてどうかとかいう話ではない。レストランに寄る気力もなく、くたくたに疲れて帰っても、冷蔵庫にあるTVディナーや食品の戸棚にあるキャンベルの具沢山のスープがあれば、少なくともその夜は十分にしのげる、という程度のものだ。少なくとも(アメリカ製の)カップラーメンなどよりは、ずっと食事と呼ぶのにふさわしいものだ。
 チキンスープなど、家でもできそうなものはまだしも、ガンボなど、ちょっと材料や香辛料をそろえるのが難しいものなど、ついつい安売りのときに買い込んでしまう。まぁ、これがディナーになるということは滅多にないが、サワードーの2かけらもあれば、だらけた休日の昼食にはぴったりだ。
 しかし、しつこいようだが、この妙なカタチの給水タンクはいかん。
 伊丹空港へ向かう阪神高速池田線から見えるチチヤスヨーグルトのそれのように、キャップの印刷までマニアックに再現しろとは言わないが、せめて缶のカタチにはしてほしかった。
 まぁ、風呂桶のようなカップで、アイスクリームを死ぬほど食べたいという妄想は起こっても、巨大ドラム缶のような缶入りスープを(しかも缶のまま)死ぬほど飲みたいとは誰も思わないだろうが。

111 笑ったくせに

あの時は笑われたのに▼撮影=11/28/07 大阪ではかつてアイスコーヒーをレーコーと呼んだ。東京では通じなかった。国鉄からJRになったときに、大阪駅で一時コーヒーショップに勤めさせられていた電車運転士のKは、店ではアイスコーヒーをアイコと呼んでいた。これは大阪でも通じない。
 甘ったるいシロップとほのかなミルクが、苦い目に出したコーヒーを和らげてくれる。それをすすりながら、タバコをくゆらすのは、夏の午後の至福でもあった。ところがアメリカには、スターバックスがポピュラーにするまでは、アイスコーヒーはなかったのだ。
 大学3年生の夏休みに、アメリカを1周したことがある。点と点を直線で結ぶ、支那事変の帝国陸軍のような旅だったが、それなりに面白かった。
 何も知らなかった。そして今以上に英語は不得意だった。よくもまぁ、あんな状態で一人旅ができたものだと、我ながら感心する。若いということは、恐ろしいことだ。
 それはさておき、無知ゆえに学ぶことも多かった。
 詳細は忘れたが、ホストファミリーと外食に出た際に、飲み物はどうすると尋ねられて、日本と同じように「アイスコーヒー」と言った。
 すると一瞬沈黙があって、諭すようにこう言われた。
 「コーヒーはホット。ティーがアイス」。そして、笑われた。
 20数年前、アメリカには、少なくとも小生が見た十数箇所の街(ほとんどは大都会)には、アイスコーヒーは存在しなかった。しかし今はどうだ。スターバックスでは平気でアイスコーヒーを売っているし、コーヒー牛乳もどきまで売っているではないか! あの時笑ったのは何だったのだ。そして今度は、こともあろうに(怒ることもないのだが)、あのマクドナルドまでが、アイスコーヒーを売り出したのだ。しかも冬になってから。訳がわからん。
 スタバは、クリスマスギフト用のセットや、コーヒー豆をスーパーに卸したり、豆を仕入れているコーヒーショップに、「スタバ豆使用」の看板を出させたり、ちょっとしたコーヒー戦争になっている。
 値段が安くなりゃ、いいんだけどねぇ…。マクドナルドのコーヒーへの拘りは、ちゃんとした経営戦略だということだが、ホントに売れているんだろうか。フレーバーシロップを入れても同じ値段だというマックのアイスコーヒー、小生はまだ飲んでいない。
 だって冬だもの。

★110 その店の名は…

遅ればせながら
あけましておめでとうございます
今年も、忘れた頃に更新します
よろしくお願いいたします
店主敬白
+++++++++++++++++++++++
外から見た湖月堂▼撮影=11/13/07、3枚目は11/27/07で旧カメラ使用
その店は
中央カリフォルニアの都市
フレズノ(Fresno)・ダウンタウンの外れにある

フレズノにはかつて2本の旅客鉄道が走っていた
北側にサンタフェ鉄道の駅
こちらが今はアムトラックの駅となっている
南側にサザンパシフィック鉄道の駅
こちらは面影こそ残しているが
旅客扱いはしていない
その代わりにすぐ近くに
貧乏旅行の友・グレイハウンドのターミナルがある
ダウンタウン中心部は
それらの鉄道駅からやや北西に位置する

その店は
南側の駅、すなわち廃駅からすぐのところにある
1930年代頃の面影を感じさせる
小さな小さな旧支那人街の中にある
地元の人に聞くところによると
その旧支那人街、そうはいうものの
日系人や欧州系の人々も住み
名ばかりだったということ
アメリカのチャイナタウンによくある
Chop Suey(アメリカにしかない支那料理の名。野菜炒めのようなもの)の看板と
怪しげな漢字が並ぶ建物が
まぁ、旧支那人街なのかなぁと
思わせる程度

寂れた旧市街の商店街
仕舞屋もちらほら
そこに和菓子屋がある
人が少ないからホームレスが目立つ
最近パーキングメーターが撤去され
2時間まで駐車自由になった
それだけを見れば
炭鉱が閉山になったような
日本の田舎町にもありそうな光景だ

しかし忘れてはいけない
ここはカリフォルニアのど真ん中だ
確かにフレズノは
かつては日系人の街であったが
今はやはりヒスパニックが増殖しているこの街に
手作りの和菓子屋さんが
実在しているのだ

和菓子が入っている塗の箱がアンティーク その店の名は
湖月堂(Kogetsu-Do)

噂には聞いていたので
一度立ち寄りたいと思っていた
店の中は
確かに「和菓子」は並んでいたものの
小物や日本の洋菓子も並び
雑然とした感じで
日本の商店街にある和菓子屋とは
多少イメージが違う

しかし、ラップに包まれた餅の中には
草餅まであるではないか
さらには薯蕷饅頭を思わせる
トラディショナルな紅白饅頭
この果てしなく広がる畑の中に浮かぶ
中途半端な都会にはふさわしくない
恐るべきミスマッチ

白い餅の中で
つぶ餡、漉し餡、白餡のものには表示がないのだが
英語で「餡」の種類が書かれたものがある
ラズベリー、チェリー、アプリコットと
フルーツ餡が豊富にある
さらには、生のフルーツが入っているもの
フルーツとアーモンドバター(!)のコンビネーション
チョコレートをそのまま
餅の中に入れてくるんだものと
「和菓子」の常識を覆すものが並んでいる

これが湖月堂のチェリー餅だとりあえずチェリーを購入
口の中で餅が溶ける
明らかに求肥だ
しかもかなり柔らか目
そのほのかに甘い求肥の中から
あふれ出るチェリーの果実とソース
パンケーキやワッフルにかかっているあれだ

うっ、うまい!

アプリコット、ラズベリーと
立て続けに試してみたが
どれもこれも
今までの和菓子にはない感触と風味だ
これはミスマッチではない
すばらしい発明だ

リンは「そんなに古いもんじゃないわよ」と言ったが十分古い店内をよく観察すると
年代モノのレジスターがあり
餅や饅頭が行儀よく並んでいる塗りの箱は
やはりこの店の歴史を物語っている
湖月堂が和菓子屋だったのだと再認識させられる

「何で湖月堂っていう名前なの?」
と聞くと
「死んだおじいちゃんに聞かないとわからないわよ」と
店主のリンは笑った
長崎、福岡、千葉、三重など各地に同名の和菓子屋は存在するが
それと何らかの関係があるのだろうか

日系人の歴史は
彼らの不幸な強制収容所体験もあり
次第に忘れられていく傾向にある
しかしその一方で
こういった有形無形の日本文化が生き残っている
それを何とか残すことが
一番アメリカに同化している移民・日系移民にとっても
そして日本の国益にとっても
重要なことではないかと思うのだ

その店の名は
湖月堂
という

★109 常識というやつとオサラバしたときに〜♪

種類豊富▼撮影=04/20/07 タイトルの歌詞で始まるコマソンを覚えているだろうか。そう、日清のカップヌードルである。
 実はアメリカでも大人気だ。
 写真は某スーパーの即席めんコーナーの一部を撮ったもの。そう、一部だ。袋入りラーメンの種類も結構多いことに驚くかもしれない。
 中央にあるのは勿論日清のカップヌードル。なのに、日本では見慣れないデザインだ。元祖カップヌードルも、カレーも、シーフードもない。実はこの棚ものはすべて現地生産のもので、アメリカのスーパーで一般的に売られているものは、日本のものとは味が全く異なるのだ。
 フレーバーも、チキンベジタブル、ビーフ、シュリンプ、何とかハラペーニョとか、変なのもある。まさに常識とオサラバしている状態だ。甥が来たときに買い漁って帰った。その気持ちはわかる。
 味はまぁ、少なくとも日清のものは我慢できるのだが、いただけないのは麺の質だ。ぼそぼそした感じがして、ぜんぜんスープに絡まない。これはマルちゃんのカップめん(日本の会社のものでは一番安い)も同じで、日本製との大きな違いだ。
 しかし、値段を聞けば許せるかもしれない。何せ、バーゲンの時には、1つ25セントで買えるのだ。そんな日のスーパーでは、ヒスパニックが箱買いしている姿をよく目にする。牛丼といい、カップめんといい、彼らは日本のジャンクフードが好きなようだ。
 日本食を扱っている、日系のスーパーでは、各社のカップめんはそろっているが、日本の約2倍の価格だ。小生の一番のお気に入りは、子どもの頃から大好きだったエースコックのワンタンメン。小学校2年か3年のときに、初めて「調理」したものだ。しかし袋入り、カップともに高価なのでこちらでは買ったことはない。よく買うのは、安売りで日本の価格と同じ位になる中華三昧。恥ずかしながら箱買いだ。
 しかし自己弁護をするようだが、インスタントラーメンに頼るのではなく、中国系スーパーで乾麺を購入し、丸鳥からスクラッチでスープを取る、というような酔狂なこともしているのだ。決してインスタントラーメンに頼っているわけではないのだ。
 何を言っているんだかわからなくなってきた。
 ところで、日清のカップヌードル。初めて食べたのは、小学校4年生か5年生の頃だろうか。こんなおいしいラーメンは食べたことがない、と思ったほど、衝撃的だった。マクドナルドのチーズバーガーを始めて食べた小6のときの衝撃も同じだった。箱買いのヒスパニックと同じレベルの味覚だったのだろう。
 とまれ、消息筋によると、日清のカップヌードル、日本製のものは、輸入停止になるらしい。というのも、スープだか具だかは忘れたが、原材料にFDAが禁じているアレルゲンが含まれているとか。日清の米国市場への輸出は高が知れているので、輸出しなくなるという。
 そう、もう日本製カップヌードルを、米国内では買えなくなるのだ。小生は買ったことがないので平気だ。食べたいという気もあるが、スーパーで表示されている値段を見れば、買う気はしない。そういうことをし始めると、堕落すると、小生は思っている。カップめんが食べたければ米国産を食え。不味いと思うなら、食うな。それだけだ。郷に入れば郷に従え。だ。中華三昧があるじゃないか。
 近頃成田空港では、日清カップヌードルのシーフードを箱買いし、土産に持ち帰ろうとする支那人と思しき人を良く見かけるらしい。「トリビアの泉」で、支那人シェフが選んだ最高のインスタントラーメンだったから無理もないのだろう。これを見れば、一時帰国した日本人が、カップヌードルを箱買いして、アメリカに持ち帰る日も遠くはない。そんな日本人にはなりたくない。
 あ、でも、お土産、贈り物にいただくことは歓迎します。事前に銘柄をお尋ねください。

★108 郵政公社のサービス

私書箱は一般家庭でも使う撮影=04/23/07 アメリカも郵政事業は公社化されている。
 今は昔、郵政長官といえば、アメリカでは上位にランクされる「大臣」だったという。だからこそ、大東亜戦争直前に、ウォーカー郵政長官に関係する人物からの日米国交正常化案が、日米交渉に発展する訳だ。これは恩師である須藤眞志教授からの受け売りだ。いや、細部は違うかもしれない。というのもこれを書いている現在、某所から入手した菊水酒造の「ふなぐち一番しぼり熟成吟醸生原酒」という、アメリカでは売っていない旨い酒を飲んでいるからだ。濃厚でとろりとした口当たりは、ちょっと珍しい。あとひと缶しか残っていない。誰か送ってくれ。
 あれ、何の話だっけ。そうそう、郵政公社。
 アメリカでは民営化の話はない。巨大すぎて無理だろう。独占禁止法との絡みもあるかもしれない。
 職員は「親方星条旗」根性の人がまだ多いような気がする。
 気のいいおばさん、おじさんがいるのは確かだが、仕事はのろい。
 そんな中で、日本が見習うべきサービスも存在する。
 最初の写真は私書箱だ。アメリカでは、郵便物が盗まれるという犯罪も多いし、見知らぬ人に住所を教えたくないということから、一般家庭でも私書箱を良く使う。料金は安い。小さい私書箱なら半年で$50だ。私書箱に入りきれないものが届いたら、ちゃんと保管して、そういうものが来ているよ、という通知を私書箱に入れておいてくれる。場所にも寄りけりだが、治安の良い場所では24時間私書箱を開けることができる。
 拙宅でも使っている。実際ウチでは、2回もクレジットカード情報を盗まれ、使用されたことがある。勿論保険ですべてカバーされたが、けしからん話だ。犯人は○国人だった。いやはや。
 というわけで、友人にもとりあえずは私書箱の住所を教えている次第だ。
ここでもドライブスルーこれはサービスではない 切手がカラフルなのは、今に始まったことではないが、毎年デザインが変わる恒例のディズニー切手や、スターウォーズやアメリカンヒーローなどのテーマ切手など、柔軟性に富むデザインの特殊切手は貼るのが楽しくなる。最近ではプレゼント用に、オリジナルデザインの切手を作るセットが販売されている。
 あとは、クレジットカードを使うことができることはありがたい。切手でさえクレジットカードで買える。だめなのは、マネー・オーダー(為替)を作るときだけだ。
 2枚目は、郵便局の外にある、ドライブスルーのポスト。
 車から降りなくても投函できる。アメリカらしいといえばそれまでだが、実際これは便利だ。仕事に行く途中で、アサイチの収集に間に合うようにポストに投函したいことはよくあるが、イチイチ車から降りなくても良いのは、思いのほか便利だ。駅前にポストがある日本とは訳が違う。もっとも、アメリカの場合、駅の周りは治安が悪いと相場が決まっているから、駅前にポストがあっても、小生は投函しないな。きっと。
 最後はアメリカの郵便集配人。Mr. PostmanならぬMs. Postwomanだ。しかもややミニ気味のスカート着用だ。
 アメリカでは、スカートの女性は少数派だ。ヒスパニックのおばさんは別だ。
 勿論、Ms. Postwomanが必ずしも皆がこういう格好をしているわけではない。それどころか、郵政公社の末端の社員は、アルバイトなので、制服はおろか、車も自分の車で集配する。ベネフィットが良い郵政公社にもぐりこむために、まずはこのアルバイトから入るという人も多い。
 この制服が気に入ったからとて、どこででも見られるというわけではないので念のため。そんな物好きはおらんと思うが、制服マニアはいるからなぁ…。

★107 ほら、蟻のように牛がいる

雲霞のように、とも言いたい▼撮影=11/21/05 仕事が忙しくて、気がついたら誕生日(10月14日)が過ぎていた。何歳になったのだろう。自分でも気をつけていないと、間違って言ってしまうことがある。しかも多めに。別に多く言ったからといって、節分の時に食べる豆の数が増えるだけで、うれしくもなんともない。結局年をとってボケてきた、ということなのだろうか。
 あ、忘れるところだった。本題に戻す。
 かねてから、「蟻のように牛がいる」風景をお見せすることについて、予告(?)していたのだが、今年の誕生日に公開するつもりが、これもすっかり忘れていた。誰も覚えていないから、別に構わないのだろうけど。
 改めて写真を見てみると、もう、2年も前に撮ったものだ。最近は5号線で旅行することがめったになくなってしまい、この牛たちとも長らく会っていない。懐かしく思いながら、公開することにしよう。
 クリックして拡大してもらうと良くわかるが、写真の奥のほうでうっすら雲のようになっているところも牛である。見渡す限り牛だ。時速90マイル(約144km)くらいで走っているわけだから、シャッターチャンスを逃している。本当はもっと一面の牛なのだ。
 写真からは伝わってこないが、撮影時に車の窓を開けたら、臭いの臭くないのって!(臭いんだけど)。
 まだ日本にいた頃、松山自動車道(っていうのかな)がまだ開通していなくて、伊予三島のあたりで下道を走っていたら、製紙工場の恐ろしい臭いで、気分が悪くなったことがあったが、住人に言わせると、慣れてしまえば関係ないらしい。このう○この臭いもそうなのだろうか。仮に慣れられるとしても、慣れたくないな。
 そら、あんた、全頭検査なんか、できるわけないって。この牧場だけでこの数だもの。
 ところで、アメリカの牛肉は、硬くてうまくないと思っている半可通が多いと思うが、アメリカの肉も日本と同じ。旨いものは旨いし、不味いものは不味い。それだけのことだ。ファミレスで食うステーキなどは勿論後者だが、日本風のレストランの鉄板焼きなどは、後者であることが結構多いので、そういうところへツアーなどで連れて行かれると、「やっぱりアメリカの肉は不味い」ということになってしまうのだ。
 ちゃんとしたステーキハウスに行けば、そこそこ金はかかる。穴場は? メキシコ料理店。牛肉を食いたかったら、「カルネ・アサーダ」と頼んでみよう。日本の家庭で作るような、小さく切った肉と野菜のソテーが出てくる。値段は店にもよるが、アントレで15ドル以下のところが多い。LAでは市内の「El Coyote」(エル・カヨーテ)というお店がおススメだ。

★106 もうひとりのSuzuki選手

もうひとりのSuzuki▼撮影=05/20/07 サクラメント・リヴァーキャッツについては既にご紹介した。オークランド・アスレチックスの3Aチームだ。
 この日、久しぶりに、サクラメントvs.フレズノ・グリズリーズ(サンフランシスコ・ジャイアンツの3A)戦を観戦に。お目当ては、もうひとりのスズキ選手、カート・スズキである。
 ハワイ出身の日系人であるスズキがオークランドのアソシエーションにいると知ったのは、今年の春、スプリングキャンプ中の試合をたまたまラジオで聞いていた時だ。相手チームはどこか忘れたが、少なくともシアトル・マリナーズではなかった。にも拘らず、「スズキ」の名前が聞こえた。「イチローを話題にしているのだろう」と思っていたのだが、しばらくして、「さぁ、打席にはカート・スズキ」とハッキリ聞こえたのだ。
 サイトを調べて、本当にもう一人のスズキがMLB機構内に存在し、彼がキャッチャーであること、今年はメジャーの当落線上にいることがわかった。
 残念ながら、開幕メジャーはならなかったが、サクラメントでは、特に打撃面で活躍し、クリーンナップを打った。
 実際この日は指名打者での出場。残念ながら無安打に終わったが、間もなくメジャーに初昇格。レギュラーのキャッチャーはトレードに出され、彼は晴れてその座を暖めることになった。
 来年が正念場だろうが、日系人の活躍は、やはり嬉しいもんだ。
 因みに、サクラメントにはあと一人、やはりハワイ出身のシェーン・コミネ投手がいる。そして、最近メジャーに上がれないでいる多田野数人投手がいる。来シーズンは、オークランドが東京ドームで開幕戦をするかもしれないらしい。日本で、日系人・日本人バッテリーが観られたら、いいですな。

★105 サン・ラファエル駅跡にて

何で踏切?▼撮影=05/25/07 線路がなく道路だけなのに踏切? 勿論鉄道廃線跡なのだが、日本ではこんなに「杜撰」な撤去の仕方は、まぁしないだろう。だが、乗ったことのない鉄道に思いを馳せるのも、筆者にとってはひとつの旅情だ。たぶん、ゴールドラッシュの頃に拓けたこの街にとって、鉄道は現代のインターネットと同じ役割を果たしたに違いない。そんなことをしみじみ考えてしまった。
 ここは、北カリフォルニアのサン・ラファエル。小ぢんまりとした静かな小都市だ。サンフランシスコ、オークランドには車で混んでいなければ30分ほど。よく見れば踏切の左方には、列車がなくなった後の公共交通であるバスのターミナルがある。このういう光景は、日本の地方に行っても見られるだろうが、踏み切りは流石に残っていないだろう。 
 駅の名残り さらに、2枚目に注目。どう見てもこれは駅舎の跡ではないか。線路もしっかり残っている。かなりいい加減だ。鉄道による都市間の旅客輸送が、殆どその役割を終えてしまったカリフォルニアでは、このような、言わば「鉄道遺跡」が再利用されているケースも多い。廃線跡を整備して、観光列車を走らせているところもあるほどだ。
 現存するアメリカの鉄道駅は、日本のようにちゃんとしていないので、こんな感じの駅があっても決しておかしくない。今にも列車が走ってきそうだ、といいたいところだが、走ってきたのはピックアップトラックだった。
 カリフォルニアの各都市では、車に代わる公共交通が見直されている。ずっと市電があったサンフランシスコなどは別にして、ロサンゼルスも、州都サクラメントでも、かつて引っぺがした鉄道線のあとに、そのままライトレールが走り始めている。
 あほやなぁーと思うが、思い切ってそれをやってしまうのは、アメリカだなぁと思う。

★104 日本の天然記念物と暮らす

天然記念物▼撮影=08/04/07 犬をもらった。
 血統書つき。和歌山県出身の名実共に紀州犬。
 子犬だと500ドル以上するらしい。時々日系の情報紙でも広告を見ることがある。
 この犬はすでに4歳なので無料だった。仔犬を24匹もうけて、全米に売りさばかれたあと、カミさんに先立たれた(心臓発作、若いのにお気の毒)そうな。
 引き合いがあったテキサスのブリーダーに引き取られて、もうひと踏ん張り仔犬を作るよりも、余生を犬好きの家で、ということで拙宅に来た次第。
 日本犬の愛好家はアメリカにも多い。土佐犬なんかの大型犬もそうだが、柴犬も見かける。
 犬を飼うということは、生活が制限されるということでもある。犬は特に、群れを成す習性を狼から受け継いでいる動物だから、飼い主と生活を共にしていないと、ストレスを感じるらしい。だから、旅行にも連れて行かねばなるまい。
 ましてや天然記念物。放ったらかしにはできないが、後先あまり考えず、日本犬を無料でもらえるという誘惑に勝てなかったので、家族の一員とした。
 今日、入浴させると拗ねてしまった。先が思いやられる。

★103<100回突破記念番外編>沖縄アンダーグラウンド(その3)

慰霊塔が壕の上にある壕の深部までは結構ある▼撮影=非公開(2007年) 今度は文字通りのアンダーグラウンド。予てから訪ねたいと思っていた、海軍司令部壕である。 『沖縄県民かく戦えり』の電文(追記)は、何度読んでも涙が浮かぶ。それをしたためた太田実中将の最期の場所だ。
 場所は小禄(那覇市)と思っていたが、すぐ隣の豊見城にあった。平日の午後。観光シーズンには少し早いとは言え、人気がない。勿論、ひめゆりの塔など、所謂南部戦跡も結構だが、ここを訪れないで、沖縄慰霊は始まらないだろう。そういう自分もたびたび沖縄を訪れていながら、初めてなのだが…。
 海軍戦没者慰霊之塔の文字は野村吉三郎海軍大将の筆による。彼は日米開戦時の駐米大使だった。彼の英語がもう少し上手だったら…という「歴史のif」もある。
 慰霊塔の奥にある小さな入り口。狭い、地下へ続くトンネルの階段。勿論こんなものはなかっただろう。中は思っていたよりも広かったが、こんな中に4000人もの将兵がいたとは信じられない。硫黄島に行ったときもそう感じたが、大東亜戦争末期の最前線では、想像を絶する忍耐の下で、将兵は戦っていたのだ。そうやって祖国を守り、英霊として今も見守っているのだ。
太田司令官が自決した部屋 司令官室は当時のまま。太田中将の遺墨もあったが、保存処理を施していないのは気になった。
 壁には勿論、あの電文。各国語訳もあった。英文を読みながら涙する2人の女性。母方の祖父が沖縄戦で戦死したのだという。小生は、司令官室に向かって合掌した。
 太田中将のお嬢さんはアメリカ人の男性と結婚し渡米したが、沖縄戦で米軍を苦しめた日本軍人の娘だと、パンも売ってくれないことがあったという。小渕恵三元総理が彼女に会ったとき「大変でしたね」と慰めると、彼女は「父の苦労に比べたら、たいしたことはありません」と言って泣き崩れたという話が伝えられている。
 ところで今沖縄は、「歴史捏造裁判」でゆれている。
みんな日の丸を早く掲げたかった 沖縄で軍の命令による集団自殺があったという神話が、覆されようとしているのだ。これは、軍の命令があったことにして、旧厚生省から金をもらえるように話を作っていたのだが、知ってか知らでか、大江健三郎や在縄マスコミなどの左翼が悪乗りして、命令を出したと言う嘘を黙認していた当時の軍人をことばの限り罵倒していたのだ。しかし、軍の命令はなかったということが、証言により明らかになり、裁判は罵倒されていた軍人の名誉を回復しそうなのである。それにあわてた、高島某琉球大教授(変節漢家永三郎の弟子。教授というよりも工作員)らが、嘘を塗り固めようと、県内の左翼を総動員して、議員に圧力をかけているというのだ。
 太田中将は草葉の陰で、何と思っているだろう。国を、子孫を守る為に最後まで戦った将兵と沖縄県民を冒涜する左翼どもに対しては勿論だが、沖縄県民への後世の「ご高配」を忘れ、左翼の跋扈を許した保守政治家にも怒っているに違いない
 沖縄返還前には、県民は「日の丸を揚げ、君が代を歌いたい」と、祖国復帰運動をしてきたのだ。社会大衆党などの左翼だって、左派の屋良朝苗琉球政府主席だって同じだったのだ。
 壕から出たところにある売店には、同じオオタでも、基地問題で沖縄を混乱に陥れた左翼の大田昌秀元知事の著書が売られているという滑稽さ。
 沖縄を左翼の草刈場のままにしないためにも、政府首脳は太田中将の電文を、もう一度、真剣に読み直すべきだ。《この項終わり》
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★102<100回突破記念番外編>沖縄アンダーグラウンド(その2)

いかにも怪しげ夜にはもっと怪しくなる▼撮影=詳細非公開(2007年)
 沖縄のある街にある、とある商店街を抜けたところにある、あやしげな裏通り。一目見てこれは、赤線の名残だと判る横丁だ。写真が遠い? ばかもの! 近づく度胸などあるものか。
 この横丁の近所の安宿に宿泊した筆者は、宿のおばさんの勧めに従って、遅い晩飯を食いに大通りに出た。おばさんが美味いと言っていた店は、10時を過ぎていたのに客でにぎわってはいたが、殆ど立ち食い蕎麦屋に近い店だったので、結局その隣の大衆食堂に入ったのだった。
 結果的には大正解だった。ふつーの主婦にしか見えないおばさん=シェフが作ったゴーヤーチャンプルーの美味かったこと! 島豆腐の美味かったこと! オリオンビールの…よく冷えていたから美味かったこと!
 で、満腹の腹をさすりながら、帰り道にふと道路の向こうを見たときに、この通りを発見したのだった。
 デジャヴ…。
 あれは、まだ南海平野線が走っていた頃(知っている人だけわかってください)、大阪市西成区にある飛田百番で宴会が開かれた。飛田百番とは、遊郭の建物を使った居酒屋なのだが、そこに行くまでの間に目撃したのは、飛田新地の名残、昭和50年代にも実在していた赤線地帯なのだった。
 薄暗い明かりの中で、正座して客を待つ若い(と見えただけかもしれない)女。そして、建物の入り口で座っている、いわゆる「やり手婆」。何もかもが、自分が生きている時代を疑わせるに充分だった。今も存在するのだろう。春を売るのは、世界最古の商売だと言うではないか。
 その雰囲気を見たことがある者だけがわかる何か。それがこの横丁にあった。
 店の前には、「やり手婆」のおばさん。若い女性は見当たらない。勿論その時点では写真は撮れない。おばさんに凄まれるだけならよいが、奥から怖いお兄さんが出て来たのではたまったもんではない。こちとら遊びに来ているのだ。取材費も出ていないのに、命など張れるか! 出ても張らないけど。
 夜はそそくさと引き上げ、翌日の朝。昼飯用のジューシー(炊き込みご飯)のおにぎりと惣菜を買いに出たついでに、それでも怖いので、何枚かカメラを構えずに連写して、雰囲気が何とかわかるのがこの写真。
 どの街にも、こういうアングラの場所はあるのだろう。大阪駅の近くの某所や天王寺駅の近くの某所には、Hookerそのものが出没するところがある。別に買いに行ったわけではないが、堂々と営業しているのだ。アムステルダムに来たのかと思ってしまった。
 或いは、赤線宿は、自衛隊基地の近くには実在する。需要のあるところに供給はある。商売なのだから。
 パンパンガールと米兵は、今や忘れられた終戦直後の風俗だ。日本の慰安婦にいちゃもんをつけている間抜けなアメリカ人は、自分たちが日本政府を通じて慰安婦を集め、売春を強要したことなどすっかり忘れている、というか、知らん顔している。厚顔無恥もいいところだ。あ、別のブログみたいになってきた。
 米兵もこの横丁に来るのだろうか?
 来ないだろうな。恥知らずの日本の若い女が、黙っていたら群がってくるだろうからね。

★101<100回突破記念番外編>沖縄アンダーグラウンド(その1)

おばーのしごと▼撮影=詳細非公開(2007年) 沖縄のある街にある、とある商店街。道端にたたずんている二人のオバー。何かを売っている様子もない。しかし彼女たちは、何十年も、いつもここに座っているという。
 彼女たちがナニモノか知っていると思しき二人のガイジン女性が近づいた。小声のやり取りが2、3回。
 すると徐に、ガイジンのひとりが数百ドルをオバーに手渡した。
 白昼堂々の麻薬密売か?
 いやそれにしても大胆すぎるではないか?
 商品は何なのか?
 オバーは財布にドル札を入れると、今度は日本円をガイジンに手渡したではないか!
 何と、オバーたちは闇の両替屋だったのだ!
 今回、初の隠し撮りに成功。2007年の日本で、闇両替の世界がある! 流石は沖縄だ!(何が流石だか)
 本物を見るのは、1986年だったと思うが、北京で見て以来ではないだろうか? そのころ中国は、まだ人民幣と外貨兌換券の区別があって、目ざとい人は、外貨商店(普通の商店にはない、輸入品や、まともな商品が並んでいた)で物を買うことができる後者を欲しがって、1:1.3くらいのレートで観光客に声をかけていた。
 さて、沖縄の大胆なオバー。話を聞いてみると、営業時間はちゃんと決まっているらしい。レートは銀行よりもやや良いレート。オバーの秘密の仕事を知っている人だけが近づき、そそくさと仕事だけを済ませる。
 オバーたちにそんなことをしてメリットがあるのか? 沖縄ならある。いや、米軍基地の周辺ならある。
 これは想像だが、米軍基地で働いている人や米兵と結婚している人と、たぶん何らかのコネクションがあるのだろう。オバーたちはその人たちに米ドルを托し、基地内の商店やPXでモノに換え、それをまた闇で売りさばく。そうすれば、両替で多少損をしても元は充分取れる…。また、米軍基地内の銀行では、市中銀行よりも良いレートで両替できる。そこで儲けることも可能だ。
 実際、米軍基地の存在は、沖縄の闇市場とつながっているのは周知の話だが、こういう話を抜きにして、沖縄県民は基地に反対している、何ていうのは、歯が浮く話なのだ。勿論、軍用地の権利をもっている人は、米軍基地のお陰で遊んで暮らせる。あの、「象の檻」と呼ばれる米軍通信施設に権利を持つ知花某などは、自分は反基地、反米運動の旗印を挙げ、沖縄を訪れる修学旅行生にアジっているとかいうが、カミさんが権利を持つ軍用地からの収入は、手放すつもりがないというダブルスタンダード=典型的なド左翼なのだった。そして高島某琉球大教授を筆頭に、結局お為ごかしに沖縄を食い物にしているのが、内地から来ている左翼どもだ。
 まぁ、自民党を筆頭に、保守系の政治家が、沖縄をほったらかしにしていたツケが回ってきたんだとも思うけどね。
 沖縄には米軍基地などないほうが良い。小生だって、日本の自衛隊さえしっかりしてりゃ、そのほうが良いと思う。多くの沖縄県民だって、素朴にはそう思っているとは思う。しかし、現実を考えれば、米軍基地返還後の青写真も何もない状態で、基地だけがなくなることに、まともな神経の人なら賛成はしないと思う。勿論商売ができがなくなるこのオバーたちだって…。
 因みに、沖縄にある米軍基地は、全体の27%。75%というのは左翼の大ボラですので、念の為。
 

★100 新奥爾良紀行(その7)

たどりついたかついにここまで<撮影=05/02/07 ミシシッピ川〜、とうとうと流る〜。でも祖国を二つに分けはしない〜♪
 この歌詞の元歌がわかった人は、褒めてあげます。
 さて、夜の川を写しても仕方がないので、停泊中の外輪船を撮影。
 観光用とはわかっていながらも、この川には外輪船が良く似合う、様な気がする。
 関西人はよく知っていると思うが、琵琶湖に「ミシガン」という観光船があった。アメリカ人(と思しき)乗組員を雇って、それなりの雰囲気をかもし出していたが、今もあるのだろうか。
 ミシシッピ川のほとりは、遊歩道になっていて、喧騒から逃れて、酔い覚ましに歩くにはもってこいだ。治安は悪そうには思わないが、アベックの数は少ない。
 写真を撮影していると、セキュリティーが2人、ゴルフ場みたいなカートに乗ってやってきて、公園を閉める時間だから、写真を撮ったら速やかに出て行くように促された。
 市電の専用線の踏切を通ればもうそこはホテル街。カジノのド派手な看板が、さっきの花火よりもはるかに明るく、夜の街路に反射している。
 明日はゆっくりとカリフォルニアに帰る予定。ホテルでもう少し飲んでから、寝ることにしよう。《この項終わり》

★099 新奥爾良紀行(その6)

花火その1かーぎや〜ってか?▼撮影=05/01/07 店を出たと思ったら、銃声のような音が聞こえた。
 花火だ! 花火は銃声と似ている。これは、LAで花火が法律で禁止されていることを見てもわかる。
 盧溝橋事件きっかけになった銃声は、中国共産党の工作員による爆竹だったという話もあるくらいだ。因みに南京事件はでっち上げである。慰安婦強制連行もでっち上げである。
 あ、話がそれそうだ。もとい。
 ミシシッピ川の対岸から上がっているようだが、ここでも充分見られる。
 造りタバコ屋の店先から見物することにした。
 店長(?)も奥からやってきて、「こんなに花火が上がるのは久しぶりだ」と感慨深げ。5月1日は何の日だ? もう誰も忘れてしまったメーデー? いや、びんぼくさいシュプレヒコールなどなかったぞ。
 シンコ・デ・マヨ(5月5日)にはまだ早い。
 川沿いにもっと早く出ていれば! とは思ったが、まぁ、いいか。
 予期せぬエンターテインメント。こんなときデジカメはありがたい。失敗を気にせず、ばしばしシャッターを下ろし、その結果がこれらの写真。
 もう15年以上前になるだろうか、天神祭りの花火を船の上から見たことがある。サントリーが仕立てた船に、抽選で申し込んで、さらに1万円近く払って(飲み放題+食事代込みだったが)乗った。そういう場合は例外だが、日本では花火は人ごみの中で見るものと相場が決まっている。
 ということもあって、正直言って、花火は好きだが花火見物は余り好きではないのだが、観光客が戻りつつあるとはいえ、まだオフシーズンのこの街では、ゆっくりと鑑賞できた。
 日本の花火に比べると、やや単調だが、大輪の花が夜空を焦がすのは、いいもんだ。
 さて、ようやく終わった(結構長かった)。今度こそ、ミシシッピ川へ…辿りつけるか?

花火その2花火その3花火その4

















花火その5花火その6花火その7

















花火その8花火その9たーまや〜

★098 新奥爾良紀行(その5)

アメリカのタバコ屋といえばインディアン▼撮影=05/01/07 このままミシシッピ川へ…と思ったのだが、バーボン・ストリートからふらふらと迷い込んだのが、Cigar Factory New Orleansという名の、「造り酒屋」ならぬ、「造りタバコ屋」だった。彼らのスローガンは、"Smoking is not a crime."。しかりである。 
 アメリカは禁煙の国、ではあるが、完全にそうなのではない。喫煙者を徹底的に差別している、ニューヨーク、カリフォルニアが日本人に馴染み深いので、そういう印象が強いのだと思う。確かに、喫煙者は犯罪者扱いなのだが、ラスベガスやニューオーリンズでは話は別だ。街中で堂々の歩きタバコ。一部レストランの喫煙席。そして、カジノでは言わずもがなである。
 普段は吸わない(酒が入るともらいタバコをする)小生も、何かめでたいことがあったとき、或いは大仕事が終わったときには葉巻をくゆらすことがある。ちょうど仕事も終わったことだし、このタバコ屋に入ってみることに。
 店に入ると、インディアンの木彫りの人形。これは、アメリカのタバコ屋のシンボルである。喫煙具や葉巻用品なども売っているような店には、このキッチュなインディアンを置いてあることが多い。
 葉巻を巻く、というシーンは、テレビや映画ではよく見たが、実物を見るのは初めてだ。当たり前の話だが、本当にタバコの葉を束ねて巻いている。葉が意外としっとりしていると思ったが、そうでないと巻けないだろう。しかし、湿りすぎていても、今度は火がつかないだろうし、そのあたりが難しいのかもしれない。
手巻きの葉巻黙々と葉巻を巻くおじさん 手ごろな値段のものを購入し、その場でくゆらす。
 普段吸っていないので、葉巻の煙は、ずしんずしんと響くように脳内血管を駆け巡る。心地よい倦怠感。
 葉巻の特徴は、煙の嫌な臭いが紙巻タバコよりも少ないということだ。実際、タバコを常時吸っていた時も、自分のタバコは仕方がないが、他人のタバコの煙は嫌いだった。特に駅の喫煙所。しかし葉巻、ただし良い葉巻の話だが、は、許せる。
 そしてタバコは葉が悪いのではなく、紙が身体に悪いのだとはよく言われることだ。タバコを吸わずに葉巻を吸う人の言い訳なのかもしれないが、ここで吸っていると、確かにそんな気がしてくる。とはいえ、高い葉巻をいつもくゆらせる余裕はないし、カミさんに家が汚れると怒られるのは必至だ。
 う〜っ。適度に頭がくらくらしてきた。
 あとはコーヒーがあったら言うことないのだが…。そう思いつつ再び通りへ。今度こそミシシッピ川に辿り着けるか? 欲望の街の夜はまだ続く。

★097 新奥爾良紀行(その4)

黒人の客引きが多いのは気のせい?▼撮影=05/02/07 最大の名所、バーボン・ストリートである。
 24年前にもここを訪ねたのだが…、オイスター・バーで生牡蠣を食った、支那人と思しき姉ちゃんが、白人の酔漢にからかわれていた、オランダから来たという支那人のバックパッカーと一緒にうろついた、という記憶だけで、この猥雑な雰囲気は覚えていないのだ。いったいニューオーリンズに、何を目的に立ち寄ったのか。その記憶さえも定かではない。
 さて今回はこのバーボン・ストリートで、地元のケイジャン料理も生牡蠣も食べ、通りの猥雑さも楽しんだ訳なのだが、賑やかさという点では、夏真っ盛りだった前回の方が勝っていた。
 1枚目は客引きのブラックのネェちゃんたち。疎らな、とは言わないが、余り多くない通行客が、ちらちら横目で見ていくストリップ劇場の怪しげな光は、その閑散さによくマッチしている。客引きの為に店の前に出ていた女の子は、黒人が多かったように思う。近くでは勿論撮れないので、遠くからこっそり撮影したので一寸ピンボケ。こういう光景はこの通りのあちこちで見られる。お好きな方はどうぞ拡大してください。
彼女は場違いなのか、ふさわしいのかこういう店はいくつかあります 2枚目は、通りを撮っていたら、勝手に被写体になっていたカップル。この女性のように、これ見よがしに露出をしているひとも結構いる。男と一緒でなかったら、好奇の目で見られるのは間違いない。尤も、女一人でここには来ないだろうが。お好きな方はどうぞ拡大してください。
 3枚目。ジャズが響くにぎやかな通りに、このような侘しい店もある。思わずつられて近づき、食前酒のビールをここで買ってしまった。片手の親父さんが、器用にレバーを下げ、生ビールを注いでくれた。愛想も何もない。だが、こういう欲望渦巻く街には、こういう店が混じっていることで、現実に引き戻される。
 さて、飲み食いは終わった。ミシシッピ河を見に行くことにしよう。

★096 新奥爾良紀行(その3)

阪堺電車ではない▼撮影=04/30/07(電車3枚とも)、05/02/07(船) 緑色の路面電車、蘇鉄(本当は椰子の木)を見て、これは大阪府堺市宿院付近を走る阪堺電車だと思ったら大間違いである。これは、ニューオーリンズの市電である。まぁ、タイトルを見ればわかるだろうが。
欲望という名の電車 映画『欲望という名の電車』で、ヴィヴィアン・リーが降りてくるシーンが印象的だった古風な顔つきの電車は、カトリーナのあとも健在だった。よかった。
 24年前に行った時には、どちらかというと近代的な建物が並ぶ地域には足が向かなかったが、今回そちらの方に宿をとり、コンベンションセンターまで歩いてみると、ミシシッピ河沿いには、赤い電車の専用線もあった。ライトレールのような駅ではあったが、同じ古めかしい顔をした電車が走っていた。よかった。
Kサツのものではないようです ちょうどその専用線に沿って、昔はなかったモールがある。昼飯を食いにフードコートに行ったところ、こういう店舗にしては珍しく、夜だけ営業の店が多く、しかも酒を出す(カリフォルニアのフードコートではまずない)ようだ。窓からはミシシッピ河が一望でき、この日はヘリを搭載したクルーザーが。誰が来ているんだろ。ユニオンジャックをあしらった旗が船尾に合ったので、「英領**」とか「元英連邦**」の船籍か? そういえば、コンベンションの展示場には、キャプティヴの誘致に、そういう国のブースもあったっけ。それにしても、ヘリはいらないのでは?
 閑話休題。
夜の欲望 路面電車はやはりこういう「いかつい顔」をしていてほしいモンだ。今回は乗る機会はなかった、というか、乗るほどの距離を移動することはなかった。お客さんを連れてバーボンストリート近くの日本料理店へ繰り出した時に、「話の種に」ということで乗せようかと思ったのだが、待てど暮らせど電車は来ず、断念した。タクシーの運転手の話によると、夜中まで運行しているということだったが、見ていたところ、閑散時は20分に1本がいいところのようだ。
 夜の電車の写真を見ると、この電車が「欲望」のイメージによく合っているような気がするのは、飛田付近を走っていた阪堺電車(当時は南海電車)の平野線を思い出すからだろうか。

★095 新奥爾良紀行(その2)

目抜き通りにも仕舞屋が目立つ阪神淡路大震災を思い出す▼撮影=1、2枚目05/03/07、3、4枚目04/30/07 ニューオーリンズ・ダウンタウンの目抜き通り、キャナル・ストリートにある仕舞屋(しもたや)。勿論、カトリーナの被害の痕だ。空港からダウンタウンに向かうタクシーの車窓からも、窓ガラスが割れたままのビルや、仕舞屋をそこここに見た。いやな思い出だが、阪神淡路大震災を思い出した。
夜になると不気味さを増す ダウンタウンでこの有様なら、あの黒人居住区だった場所の現状は、推して知るべし。グレイラインでは、その無人になった被災地を見に行くツアーがコースに入っていた。
 観光客は戻ってきている。
 実際、小生は観光目的ではないが、1万人規模のコンベンションに参加しにこの街に来ている。後日写真はアップするが、かのバーボン・ストリートは、オン・シーズンではなかったので、24年前の夏ほどの混雑ではなかったが、それなりの賑わいだったし、予約を入れようとしたクレオール料理のレストランには、1ヶ月前から一杯だと断られたくらいだ。
 しかし、夜の仕舞屋の不気味さは、いただけない。
 昔、琵琶湖西岸の堅田(かの有名な雄琴の近く)のあたりに、「幽霊ホテル」というのがあった。万博(古い話だ)の客を見越して建設しかけたが、途中で倒産したか何かで、そのまんま、雨ざらしになっていたものだ。3枚目の写真は、そちらを思い出した。
 そんな状態でも、さすがはジャズの街。
 中高生と思しき黒人の少年たちが、街角ですばらしい演奏を聞かせていた。こちとらジャズなどわかりやしないのだが、それでも思わず足を止めてしまった。ひょろひょろ男が、ギターのコードを本と首っ引きで追いかけているのとは訳が違う。
ジャズの街ならではのストリート・ミュージシャンたち 被災した黒人の多くが、この街を離れ、住み慣れない土地に暮らしていると聞く。小生の住む街に、以前に比べて黒人が多くなったなぁと思っていたのだが、ニューオーリンズからの被災者がたくさん疎開して来ているのだという。
 ジャズの響く街に仕舞屋がなくなって、疎開した人たちが早く戻ってくることを、心から願わすにはいられない。

★094 新奥爾良紀行(その1)

ワニがいるらしい▼撮影=04/29/07 「到着地が近づいたので、シートベルトを締め、リクライニングを元に戻せ」と放送があった。
 壊れているリクライニングは、背中に体重をかけると倒れてしまう。いやいや上体を起こして、窓の外を見ると、見事な湿地帯が広がっていた。
 ここをハリケーンが通過し、ノアの洪水の時のように、一面水で覆ってしまったのはまだ記憶に新しい。アムトラックの列車が、湿地帯を貫くように引かれた高架を走っていた。その光景が、まどろみから覚めた直後だったからなのか、脳に突き刺さるような印象を受け、一気に目が覚めた。
 目的地はニューオーリンズ。恥ずかしながら、この町がルイジアナ州にあり、フランスの強い香りを残していることは知っていたのだが、New Orleansが新オルレアンだったと気づいたのは、アメリカに引っ越してからだった。
 24年ぶりの訪問は、仕事、ではあるのだが、自分が行かなくても、たぶん誰も困らないという任務であった。しかし、カトリーナが過ぎ去った後の「欲望という名の電車」、ミシシッピ川とバーボンストリートをもう一度見たかったので、のこのこやってきた。朝6時の飛行機に間に合うために、家を3時に出た。久しぶりの徹夜だ。2時間という中途半端な時差がつらい。
 湿地帯を眺めていると、まもなく懐かしのルイ・アームストロング空港到着。
 目的であるコンベンションの協賛会社から、乗客へ冷えた水のサービス。蒸し暑さは覚悟していた程ではなかった。有難い。
 白タクの誘いをさりげなく無視して、正規のタクシーに乗り込んだのは、遅い午後のことだった。
 To be continued...

★093 食い逃げが許される食堂

メニューが気になる▼撮影=04/18/07 誰もやきもきはしないだろうから、「目的地」に着く前に、もう一本カリフォルニアの写真を。
 ここは、無料の食堂である。そう、タダだ。こわごわ入り口から覗いてみたが、昼間から結構な賑わいだった。勿論、誰が入っても差別されることはない、ハズだ。ここで勇気を持っては入れたら、良いレポーターになるのだが、そこまではちょっと…。実際その時はけっこう空腹だったのだが、外から様子を垣間見るにとどめた。
 ここがホームレスや貧困者の為であることは言うまでもないが、車で乗り付けている人も目撃。アメリカでは車の車庫証明は必要ない(都市部ではガレージがなく、路上駐車している車も多い)ので、車に家財道具を積んで暮らしている人は非常に多い。キャンピングカー? いや、カローラなどの安いセダンが多い。日本ではリヤカーになるのだが、流石はアメリカだ。何が流石かわからんが。
 こういう施設は、だいたいNGOとか宗教団体が経営している。ここは宗教系の慈善団体のようだ。以前にもホームレスには申請により日当が支払われると書いたが、この国では、最貧層のセーフティーネットは充実している。ホームレスにないのは家だけで、あとは全てある。
 食事はこういう無料食堂に行くか、やはり教会などで食料をもらうことで賄える。申請により、フードスタンプという、食料品だけを買える金券ももらえるのだ。医療費は、無保険者の救急医療は無料(受け入れ先に断られることもあるが)なので、行き倒れることも難しい。
 その割を食らうのが中産階級というか、ふつーの人々だ。
 ハリケーン・カトリーナのあと、リタという別のハリケーンがテキサス・ヒューストンを襲ったことを覚えている人はもう少ないだろう。車を持っている人は、車で逃げたが、皆同じ方向に逃げなければならなかったので、車は大渋滞。車の中で2人が死んだ。ところが、この車に乗っている人たちの税金を使って、ホームレスなど車のない人は、軍のヘリコプターで、いち早く安全なところに運ばれたのだった。
 なんか変だ。
 中産階級なんかよりも、貧困者のほうがはるかにオトクなのだ。この国は。
 ローマ帝国末期、下層市民は奴隷の稼ぎ出す金で、無料の食事と見世物を楽しんだ。そして帝国は異民族の侵入で滅びた。
 アメリカ帝国は、中産市民という名の「奴隷」(working poor)の税金で、ホームレスに無料の食事を提供している。見世物はアメリカの場合、「××フェスティバル」とか「ファーマーズ・マーケット」いうようなものがあちこちにあり、あえて設定する必要もない。そして不法入国する異民族は後を立たない。
 しかし、アメリカは決してローマ化しないと思う。
 その理由は、傭兵に頼らず自分の軍隊を持っていること。そして、中産階級の多くは、楽をしている下を見ず、少しでも上層部に上がろうと、常に上を向いて暮らしているからだ。
 落ちることよりもはるかに難しい上昇を考えている人が山のようにいる。その精神を建国以来伝統的に継承できていることだけは、おかしなことが多いこの国なのだが、何も反論することなく尊敬できる。

★092 アメリカを象徴する空港施設

テキサスらしい風景が空港からも▼撮影=04/29/07 テキサス州ダラスのフォートワース空港。日本でもおなじみのアメリカン空港のハブになっている。ターミナルは5つ。そこを無人の電車が結んでいるので、非常に便利ではある。
 テキサスに来るのは24年ぶり。でもその時は、サンアントニオだけだった。テキサスはでかいので、こういう場合、何年ぶりといってもあまり意味はない。さらに言えば、今回は乗り継ぎで立ち寄っただけなので、もっと意味がない。
 空港を歩いていると、ウェスタン帽と言われる帽子をかぶっている人がやはりいる。ステレオタイプな田舎モンのテキサス人像ではなく、本当にあの帽子を普段からかぶっている人が結構いるのだ。
 日本もそうだが、チェックインを終えて中に入ると、空港という設備は結構簡素なことが多い。アメリカではニューススタンドと呼ばれる、雑誌、新聞、南京豆、チョコレートなどを売る店、ちんけな土産を売る店がある程度。最近は、スターバックスが大抵の空港にある。中毒患者の小生にはありがたい話だ。
 フォートワース空港には結構いろんな店があって、ご多分にもれず、食いモンの値段が高いことを除けば、トランジットの時間つぶしには悪くない。店を冷やかしていると、日本には絶対にない施設が並んでいた。
日本の空港にはありえない施設 2枚目の写真に写っている左のUSOの部屋。ウソではない。United Service Organizationsという非営利団体。公式サイトによれば、USOは米国民と米軍の架け橋となっているとのこと。この部屋では、米国軍人に食べ物や飲み物を無料で提供している。資金源は全て寄付だという。
 日本なら自衛官が制服で乗っているだけで、普通は奇異の目で見られるだけだろう。ここでは、実際に小生がここまで搭乗した便でもそうだったのだが、ファーストクラスに空席があったので、エコノミークラスに乗っていた若い兵士が、その場でアップグレードしてもらっていた。日本なら「不公平だ」とか何とかいうアホンダラが出てきそうだが、命を張って国を守ってくれている兵士に、通常以上の待遇をするのは当たり前の話だ。
 空港にこういう施設があるのは、戦争屋・ブッシュ大統領の故郷テキサスだからという訳ではないので念のため。
 一方右の部屋は空港内チャペル。実際保守的な教会では、子供たちに「日曜日に礼拝できないくらいなら死んだ方がましだ」と教えられている。小生も子供のころ、通っていた日曜学校でそう教えられたのだから間違いない。恐ろしい話だ。
 宗教施設も、戦争屋・ブッシュ大統領の故郷テキサスだからという訳ではない。場合によっては、イスラム教徒が祈りをささげる場所もある。実際には、クアラルンプールの空港で見た。
 空港内の喫煙施設は、カリフォルニアは、公共施設内での喫煙は「犯罪」だが、テキサスなどはまだ喫煙には寛容だが、ここでも発見できなかった。たぶんないんだろうな。昔(といっても、4年前までであるが)、阿片窟のような空港の喫煙施設で、煙に巻かれていたころが懐かしい。
 さて、乗り継ぎ便のアナウンスがあった。そろそろ行きます。目的地はヒミツだ。 着いたらレポートします。

★091 青いネオンが目印です

堂々と営業中▼撮影=04/16/07 看板を見ればわかるが、Tatooを施してくれる店である。こちらでは、刺青師のことを"Tatoo Artist"という。確かに、Artと呼べるものも少なくないし、絵心がないと、当然Tatooは彫れない。
 Tatooの店というと、裏通りにひっそりとあるようなイメージがするが、このようにおおっぴらに街中で営業していることが多い。隣はプエルト・リコ料理の店。なのでちょっと怪しげではあるが(偏見)。場所は北カリフォルニアのとある街。
 表通りに、「刺青」というネオンを出し、営業している刺青師はちょっと日本では想像できない。客も来ないだろう。この店のネオンの色が青というのはわかり易くてよろしい。日本人には。
 日本では、「入れ墨の方お断り」と風呂屋に書いてあるし、温泉場でもそうだ。昔、北海道に行くと「入れ墨の方、関西弁の方お断り」という店があったと聞くが、本当だろうか。入れ墨と関西弁は、ヤクザな人ということなのか。
 小生(一関西人)にまつわる刺青話。
 その1。父は零細企業の社長だったのだが、現場仕事のために、日雇い人足(と、今は言ってはいけないのだろうか? 労働者という言葉は嫌いだ)をよく集めていた。その中の常連の一人だったAさん。小生が5歳だった(と思う)あるの日のこと。父も母も忙しかったのだろう、小生を風呂屋に連れて行ってくれた。肩に大きな牡丹の刺青。「大きなっても、こんなんしたらあかんでぇ」と小生に言った彼は、まもなく仕事上のトラブルで、父を刺してつかまった。
 その2。大学生のころ、大阪のとある会社でバイトをしていた。社長からの要請で、社員のB氏と一緒に広島へ販売に出かけた。今もあるのかな、駅前のアークホテルに泊まったのだが、そこには大浴場があった。勿論「入れ墨の方お断り」。関西人は許してもらえたので、B氏と一緒に脱衣場へ行くと、「やっぱりゃめとくわ」と急に脱ぐのを躊躇するB氏。小生、冗談ごかしに笑いながら、「入れ墨でもしてんのん?」と聞くと、「せやねん」。小生絶句。でも、平静を装い、「誰もおらへんから気にせんでええがな」とたぶん震える声で言ったが、背中一面の大きな般若だったかなぁ、ただ大きい入れ墨だったことだけは覚えている。その後聞いたB氏の身の上話は、本人が特定されるかも知れんのでパス。
 刺青とTatooはどちらも芸術だとは思うが、本質的に違うものだ。どちらも消せないものだが、Tatooの方は、おばさんが眉を書くのが面倒くさいからするやつと基本的に同じで、ファッションの一種に過ぎない。決して刺青のように、極道を証明するものではないので、人種を問わずしている人も多いが、女性の中には、軽くやって後悔する人も多い。
 Tatooをしている人の中でかわいそうなのは、絵が下手なものもそうだが、漢字の間違いや意味不明の言葉である。
 「人間不信」と足に入れている女性を見たことがある。何と言って注文したのだろう。こちらの人は漢字が好きなのだが、自分が(場合によっては、Artist自身も)読めないものだから、結構出鱈目に彫られているのではないか。YMCAのプールで、明らかな誤字を彫られてしまっている黒人男性に出くわしたが、指摘するとかえって怖いのでそっとしておいてあげた。あと、一時勤めていた出版社の社長の苗字(余り意味の無い漢字の組み合わせ)を、腕に大きく彫っている東洋人がいて、社長はもしやあっちの関係者だったのかと、ビビッてしまったことがある。
 因みに、友人のTatoo Artist・マルコに値段を聞いてみたが、小さいもので$50.00とのこと。
 するときには、温泉に入れなくなることを覚悟でどうぞ。

★090 ヒッピー発祥の地のスーパー

懐かしの量り売り▼撮影=04/04/07 UC(University of California)バークレー校といえば、UCの最高峰である。言わば、カリフォルニアの東大だ。そしてバークレーはリベラル(有体に言えば、その殆どは左翼なのだが)の牙城であり、ヒッピー文化発祥の地だ。だからバークレーの街自体も、自然保護や人権や反戦や同性愛とかに五月蝿い人が多い。なぜか東洋医学も盛んだ。日本の近現代史に批判的な人も多そうだ。
 食い物にも五月蝿い人が多い。やれ自然食品だの、オーガニックだの、値段は高くてもそういうものを買いたがる。だからそういうこだわりのモノを扱うスーパーもちゃんとある。Berkeley Bowl(バークレー・ボウル)がそこだ。
 まぁ、置いている商品は面白いが、普通のスーパーと基本的には同じ。ただ、ちょっと懐かしい光景が1枚の写真。量り売りのコーナーだ。これも、無駄を出さない=自然保護ということだろう。米やシリアル類以外に、蜂蜜やコーヒー豆、ドライフルーツやちょっとしたスナックも量り売りが可能で、自分で袋に入れて、このカウンターに行き、値段を張ってもらうという仕組み。
 この日は、以前買ってとびきり美味かったドライマンゴーと、試食をして(勝手に試食しても良いことになっている)気に入った、ラズベリーヨーグルトのコーティングをしてあるプレッツェルを少量確保。大量に買わなくても良いのは非常に便利だ。
大学ブランドのフルーツ 野菜も、普通のアメリカのスーパーにはない日本の大根を発見。迷わずゲット。という具合に、種類もかなり豊富で、食べ方がわからないものも結構ある。まぁ、支那系や東南アジア系のマーケットでも得体の知れないものは多いが、横文字ばかりのスーパーでは、この店ほど変わったものを置いているところには、まだ出会ったことはない。果物コーナーでは、「UCブランド」のオロブロンコを発見。農学部産なのかな。そして、ついに発見。日系の農場が販売している日本野菜の種! 水菜、青紫蘇など4種を確保。庭の畑化計画がついに現実になりそうだ。
 「リベラル」は嫌いだが、行くたびに一寸彼らに感謝したくなる、Berkeley Bowlなのであった。

★089 黄色い消防車〜♪

やっぱり黄色はちょっと違和感▼撮影=04/04/07 『黄色いさくらんぼ』という歌があった。ゴールデンハーフという、ハーフの4人組が日本語でヒットさせたのは、今から30年以上前の話だ。その頃、まさか自分がハーフと結婚するとは、夢にも思わなかった。小学生だったのだから当たり前だが。
 例によって話がそれそうだ。もとい。
 この『黄色いさくらんぼ』の一節の替え歌がある。
 最後の、「黄色いさくらんぼ〜♪」の部分を、「黄色い救急車〜♪」と歌うのである。ご存知だろうか?
 黄色い救急車とは何か? それは、頭がイカれた人間を迎えに来る、「精神病院の救急車」のことだが、幸か不幸か、日本には黄色い救急車は実在しないそうである。この黄色い救急車とは、子どもの伝説、例えば、口裂け女とか、学校の怪談の類と同じなのだろう。
 写真は、北カリフォルニアのとある街で見つけた、黄色い救急車ならぬ黄色い消防車である。アメリカの救急車は、白もあれば赤もある。青も見たような気がするなぁ。だからといって、白以外の色が特別な患者を乗せるという訳ではない。救急車を運営している組織(会社の場合もある)が、色を決めているのだろう。
 因みにアメリカでは、救急車は有料だ。しかし救急患者は、基本的に医療費が無料で、ホームレスが行き倒れになっても、ちゃんと治療を受けられる。良いのか悪いのかわからないけど。
 既に消防車の写真はアップしているのでお分かりのように、アメリカでも消防車は基本的に赤だ。この写真のような黄色は珍しいと思う。もしかしたら伝説の黄色い救急車があるかも…と、ワクワクしながら消防署の裏手に行ってみたのだが、普通の赤い消防車と赤い救急車だけで、残念ながら黄色い救急車の発見には至らなかった。
 だが、黄色い消防車があったのだから、どこかで黄色い救急車に出くわすかもしれない。これだからカメラは手放せないのだ。
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※題名に★印がある写真は、Canon IOS-Digital REBEL-XTで撮影したものです。印がない写真は、特に断りがない限り、SONY DSC-5で撮ったものです。
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Los Angeles Correspondent




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