2009年11月03日
相対化される自己評価
少年野球の指導をしておられる方のブログを拝見していて、興味深い記事を見つけた。
野球少年たちの父親もやはり多くが野球経験者である。
だから野球を始めたばかりのわが子に対して、今日はどのプレーが悪かったとかこれからはどんな練習をしなければとか、上からの目線で細かな指摘をする傾向があるいう。
もちろん、父親として子供のためにために良かれと思ってのアドバイスなのだが、これが却って子供の意欲を減退させることが多いそうだ。
確かに子供の立場で考えてみれば、コーチや監督に言われたことを家に帰ってからも繰り返し持ち出されるのは苦痛に違いない。
逆に母親は野球のルールすら理解していない人が多い。
そういう人は子供のバットにボールが当たっただけとか簡単な守備機会をこなしただけの場面でも世紀のファインプレーを見たかのように大興奮すること多いらしい。
野球経験者である男親から見ればバカみたいに見えるであろうこの母親の大げさな喜びようが、子供にとっては励みになるのだそうだ。
子供と同じ歩調で野球のルールを覚えたり、小さな成功を自分のことのように喜んだり…子供が野球を楽しいと感じるようになるには、一緒に喜んだり楽しんだりしてくれる親の反応がとても大事なのだろう。
なるほど。
私が欲しかったのは、我が家に足りなかったのは、こういう母親の反応だったのか。
幼い子供の些細な経験を、親はまるで自分のことのように一緒に喜んでくれたり悲しんでくれたりする。
親のこうした反応を見ることで子供は自分自身を価値ある存在とみなすことが出来るようになり、親との深い絆を確認することで他者に共感できる能力を身につけるようになるのではないだろうか。
「思いやりの気持ちを持ちましょう」なんて現実感の乏しい言葉を何100回繰り返しても、こうした生身の経験が心に与える影響には敵わないだろうと思う。
これは私が出会ったいくつかの家族を観察した上での推論でしかないが、教師という職業を持つ多くの親が持つ欠点は、この野球経験親父に通ずるところがあると思える。
教師が生徒に接するときは公平、平等、客観的な評価を義務付けられるが、自分の子供にまでそういう態度で接してしまう傾向があるのではないだろうか。
小学生のとき同級生に木元くんという男の子が居た。
木元くん自身とても頭の良い子だったが、私も成績は良い方だったので、クラス内では常に2人のうちどちらかがトップという状態だった。
木元家は大変教育熱心な家庭らしく、100点を取ったご褒美に何かを買ってもらったとかどこかに連れて行ってもらったとかということをしょっちゅう話していた。
私はそれが羨ましかった。
何かを買ってもらうとかどこかに連れて行ってもらうこと以上に、自分の成績を喜んでくれる親がいるということが羨ましかったのだ。
私たちの家庭の場合、父は「公平」とか「平等」といった理念を盲信する共産主義者だったので、わが子がクラスで一番の成績を取ることよりもクラス全員が100点を取ることを望んでいた(詳しくはこちら→★)。
早死にしてくれたか良かったもののwww、父のこの反応は論外である。
母は骨の髄まで理系体質がしみこんでいる(しかも統計学を専門としている)ためか、どこか一歩引いたところから子供を観察して、些細なことで一喜一憂しないような姿勢の持ち主であった。
子供の感情を丸ごと受け止めることや、自分の感情で応えることが得意ではなく、良く言えば冷静かつ客観的だが、悪く言えば冷ややかな態度で子供に接することが多い。
中学生ぐらいになればともかく、母のこの対応も幼い子供に対しては適切ではなかったと今では思う。
やはり子供には、自分のしたことに一喜一憂してくれる存在が必要なのだ。
私も子供の頃は、遊びやケンカなどその日あった出来事を家に持ち帰って母に話そうとした。
普通の親なら自分の子供時代以来久しぶりに味わうようなことなので、他愛の無い出来事でも真剣に聞いてくれたり、まるで自分のことのように一緒に喜んでくれたり出来るだろう(もちろん忙しくて無視してしまう場合もあるだろうし、2番目以降の子供に対しては反応が鈍くなったりもするだろうが)。
教職員である母は、多くの比較対象を持っているため、子供の話を遮るように「自分の教え子にもこんな経験をした者がいる」「この年頃ならよくあること」と例を持ち出す。
子供にとっては初めての新鮮な経験なのに、教師の豊富な経験と知識の前で一般論化されてしまうのだ。
教え子の話を持ち出してわが子と比較するのも、たまになら良いだろう。
そうやって話題を膨らませることで子供の想像力が豊かになるかもしれない。
しかしいつもそうやって、自分の貴重な体験を統計資料のように扱われてしまっては、子供は疑念を抱かざるを得なくなる。
親にとっての自分は特別な存在ではなく、たくさんの教え子の中の一人と同じでしかないのかと。
今こういうことを書いているのは母の責任を追及するためではない。
あの頃家庭内では、父の死と姉の鬱が続いこともあり、母は精神的にも時間的にも余裕の状態で私たちを育てていた。
だから母の子供に対する接し方が、私たちの望むようなものでなかったからといって母を責める気にはなれない。
それでも、振り返ってみなければならないと思ったのは、今になってようやく気づいたからだ。
あの頃の自分がどんなに母の愛情を…関心と注意を…切望し、独り占めすることを望んでいたかを。
長女であれ、末娘であれ、子供なら誰でも「あなただけが大切」という親からのメッセージを待っている。
きょうだい間であっても親の愛情を奪い合い、互いに嫉妬する。
自分が親の教え子と同じぐらいにしか大切にされてないと感じたら、子供は親に対する信頼ではなく自分に対する評価を下げることになるだろう。
それほどまでに、子供にとっての親とは、唯一の絶対的な存在なのだ。
応援よろすこ
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野球少年たちの父親もやはり多くが野球経験者である。
だから野球を始めたばかりのわが子に対して、今日はどのプレーが悪かったとかこれからはどんな練習をしなければとか、上からの目線で細かな指摘をする傾向があるいう。
もちろん、父親として子供のためにために良かれと思ってのアドバイスなのだが、これが却って子供の意欲を減退させることが多いそうだ。
確かに子供の立場で考えてみれば、コーチや監督に言われたことを家に帰ってからも繰り返し持ち出されるのは苦痛に違いない。
逆に母親は野球のルールすら理解していない人が多い。
そういう人は子供のバットにボールが当たっただけとか簡単な守備機会をこなしただけの場面でも世紀のファインプレーを見たかのように大興奮すること多いらしい。
野球経験者である男親から見ればバカみたいに見えるであろうこの母親の大げさな喜びようが、子供にとっては励みになるのだそうだ。
子供と同じ歩調で野球のルールを覚えたり、小さな成功を自分のことのように喜んだり…子供が野球を楽しいと感じるようになるには、一緒に喜んだり楽しんだりしてくれる親の反応がとても大事なのだろう。
なるほど。
私が欲しかったのは、我が家に足りなかったのは、こういう母親の反応だったのか。
幼い子供の些細な経験を、親はまるで自分のことのように一緒に喜んでくれたり悲しんでくれたりする。
親のこうした反応を見ることで子供は自分自身を価値ある存在とみなすことが出来るようになり、親との深い絆を確認することで他者に共感できる能力を身につけるようになるのではないだろうか。
「思いやりの気持ちを持ちましょう」なんて現実感の乏しい言葉を何100回繰り返しても、こうした生身の経験が心に与える影響には敵わないだろうと思う。
これは私が出会ったいくつかの家族を観察した上での推論でしかないが、教師という職業を持つ多くの親が持つ欠点は、この野球経験親父に通ずるところがあると思える。
教師が生徒に接するときは公平、平等、客観的な評価を義務付けられるが、自分の子供にまでそういう態度で接してしまう傾向があるのではないだろうか。
小学生のとき同級生に木元くんという男の子が居た。
木元くん自身とても頭の良い子だったが、私も成績は良い方だったので、クラス内では常に2人のうちどちらかがトップという状態だった。
木元家は大変教育熱心な家庭らしく、100点を取ったご褒美に何かを買ってもらったとかどこかに連れて行ってもらったとかということをしょっちゅう話していた。
私はそれが羨ましかった。
何かを買ってもらうとかどこかに連れて行ってもらうこと以上に、自分の成績を喜んでくれる親がいるということが羨ましかったのだ。
私たちの家庭の場合、父は「公平」とか「平等」といった理念を盲信する共産主義者だったので、わが子がクラスで一番の成績を取ることよりもクラス全員が100点を取ることを望んでいた(詳しくはこちら→★)。
早死にしてくれたか良かったもののwww、父のこの反応は論外である。
母は骨の髄まで理系体質がしみこんでいる(しかも統計学を専門としている)ためか、どこか一歩引いたところから子供を観察して、些細なことで一喜一憂しないような姿勢の持ち主であった。
子供の感情を丸ごと受け止めることや、自分の感情で応えることが得意ではなく、良く言えば冷静かつ客観的だが、悪く言えば冷ややかな態度で子供に接することが多い。
中学生ぐらいになればともかく、母のこの対応も幼い子供に対しては適切ではなかったと今では思う。
やはり子供には、自分のしたことに一喜一憂してくれる存在が必要なのだ。
私も子供の頃は、遊びやケンカなどその日あった出来事を家に持ち帰って母に話そうとした。
普通の親なら自分の子供時代以来久しぶりに味わうようなことなので、他愛の無い出来事でも真剣に聞いてくれたり、まるで自分のことのように一緒に喜んでくれたり出来るだろう(もちろん忙しくて無視してしまう場合もあるだろうし、2番目以降の子供に対しては反応が鈍くなったりもするだろうが)。
教職員である母は、多くの比較対象を持っているため、子供の話を遮るように「自分の教え子にもこんな経験をした者がいる」「この年頃ならよくあること」と例を持ち出す。
子供にとっては初めての新鮮な経験なのに、教師の豊富な経験と知識の前で一般論化されてしまうのだ。
教え子の話を持ち出してわが子と比較するのも、たまになら良いだろう。
そうやって話題を膨らませることで子供の想像力が豊かになるかもしれない。
しかしいつもそうやって、自分の貴重な体験を統計資料のように扱われてしまっては、子供は疑念を抱かざるを得なくなる。
親にとっての自分は特別な存在ではなく、たくさんの教え子の中の一人と同じでしかないのかと。
今こういうことを書いているのは母の責任を追及するためではない。
あの頃家庭内では、父の死と姉の鬱が続いこともあり、母は精神的にも時間的にも余裕の状態で私たちを育てていた。
だから母の子供に対する接し方が、私たちの望むようなものでなかったからといって母を責める気にはなれない。
それでも、振り返ってみなければならないと思ったのは、今になってようやく気づいたからだ。
あの頃の自分がどんなに母の愛情を…関心と注意を…切望し、独り占めすることを望んでいたかを。
長女であれ、末娘であれ、子供なら誰でも「あなただけが大切」という親からのメッセージを待っている。
きょうだい間であっても親の愛情を奪い合い、互いに嫉妬する。
自分が親の教え子と同じぐらいにしか大切にされてないと感じたら、子供は親に対する信頼ではなく自分に対する評価を下げることになるだろう。
それほどまでに、子供にとっての親とは、唯一の絶対的な存在なのだ。
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反動
自分でも、とても不謹慎だということは解っているのだが、実際こう感じずにはいられない。
あえてどの事件に関することなのかは触れないでおいた方が良いだろうが、これだけ世間を賑わしているニュースなので説明せずとも解るだろう。
女が男を殺すという珍しい事件。
しかも被害者の人数がまだ増えそうな勢い。
正直言って、私はこの種の事件にワクワクするほどの痛快さを感じている。
犯人がかなり××な女だったとか、騙し取った金で××な生活を送っていたとかの情報が入ってきても、騙した女の悪辣さに嫌悪感を抱くより、騙された男の哀れさを笑いたくなるのだ。
おまwwwwwこんな女に騙されるとかwwwwwwwアワレwwwwwww
亡くなった方の遺族には本当に申し訳ないことだとは思うが、これが自分の正直な気持ち。
「心が傷ついた分だけ優しくなれる」なんて信じてる人たち、ゴメンナサイ。
傷ついた人間だけが持てる優しさってのは確かにあると思う。だけど、傷ついたからこそ人より残酷になれるってのも真実。
そして、本当の幸せを知らない貧しい心が手っ取り早く高揚感を得るには、「やっぱ男ってみんなバカ」みたいなおとぎ話が効果的なのだ。
前回の記事を書いた後、3回ほどカウンセリングを受けに行った。
幸い、カウンセラーはとても話しやすい人だった。
もし同業者を庇うために苦しい言い訳をするような人だったら、信用しないことにしようと決めていたが、私が姉の主治医に対して感じた不信感にも理解を示してくれた。
医師が20年以上も病人の家族である私を呼び出して病気の説明をしなかったことについては
「…まあ…精神科医ってのは、患者が指示通り薬飲んでいればそれでOKみたいに思ってる人が多いですからね…」と呆れていた。
カウンセラーに対する不信感はない。
会って話している間は充実感もある。
なのにカウンセリングを受けた後は酷く気分が落ち込んでしまうのは何故なんだろう。
今まで蓋をしていた自分の心の臭い部分を開いてしまった反動だろうか。
書き溜めた下書きがたくさんあるのに、「投稿」ボタンを押すのが怖くて仕方がない。
この記事を無事投稿することが出来たら、またいつものペースに戻れるだろうか。
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2009年09月20日
すてきな患者さん
先日、生まれて初めて精神科の診察を受けた。
そこで医師との対話以外のことで感じたことがある。
待合室には10人前後の患者とその家族らしき人がいた。
どの人とも簡単に挨拶を交わしただけなので、それぞれがどんな病気なのか、どれだけ苦労してるかはまったく解らない。
それでも、私は他の患者を見て「羨ましい」と思わずにいられなかった。
それぞれの事情を知らないまま、しかも心に病を抱えている人に対して「羨ましい」だなんて、口が裂けても言ってはいけないことだと解っているのに、そう思ってしまったのだ。
来る前から想像していた通り、精神科の待合室にいるのは若い人が多い。
私が年に2〜3度通っている脳外科と比べると平均年齢で30歳以上離れているのではないかと思う。
そのせいもあって、そこで見かけたのはオシャレな人ばっかりだった。
高級ブランドではないが今時っぽくセンスのいい服や靴を身に着け、派手ではないがきちんとメイクしている。
下らないことだけど、私は凄く羨ましく感じた。
少し前の記事でも触れたが、姉は身を飾ることに金銭や時間を費やすことを極端に嫌っている。
あそこに居た人だって、家では結構だらしない格好だったりするのかもしれない。
だが恐らく、男物のチェックのネルシャツの上にもう一枚同じようなネルシャツを羽織ったり、そのままの姿で外出しようとして妹に止められたり、妹が見てない隙にどう見ても部屋着なイージーパンツのまま遠出してしまったり、ボロボロになるまで使い込んだキャンバスバッグをヘタクソな手縫いで修繕して使ったり、それを見つけた妹から新しいバッグを買ってもらったりという経験はないだろう。
私は姉が鬱を患って以来、腫れ物に触れるような態度でしか接することが出来なかった。
最初の何年間かは、通院以外は完全に家庭に引きこもった状態だったので、どんなにひどい服装をしていてもそれを指摘するようなことは慎んでいた。
だが鬱暦4年目か5年目には、姉は大学受験のために時折予備校へ通うようになったので、このままではいけないと思った私は姉の服装をチェックし、
「ちょwwwその服wwwwwヤバスwwwwwww」と言いたい気持ちを抑えながら慎重に言葉を選んでアドバイスしたり、時には少ない小遣いを使って姉に服をあてがったりした。
家族がみっともない格好で外を歩いていると恥ずかしいから、という気持ちももちろんある。
しかし、せっかく大学を目指したり予備校へ通ったりするところまで回復したのに、あまり酷い格好で出歩いて指差して笑われるようなことでもあれば(本当にそんなことがあってもおかしくない程の服装をしていたのだ)、全てが水の泡になるかもしれないと心配だったのだ。
質素=美徳、華美=退廃と信じるマルクス主義者の父と、これまでの生涯に3回しか化粧をしたことがない数学教師(幸か不幸か、理系の大学では教師も学生も小汚くて当たり前という雰囲気がある)の母。
そんな両親を持ち、しかも思春期に鬱を患って家にこもっていたのだから、オシャレに関する意欲が人より低いのもセンスが磨かれていないのも仕方ないかもしれない。
むしろそういう特殊な親のもとで育ったことは、服装のセンスだけでなく鬱病にも結びついていると思う。
そんな事情もあって、私の目には姉の服装のみっともなさは鬱という病気の難しさの象徴のように見えるのだ。
そんなことを考えながら歩いていたせいか、その日帰り道で少し高価な服を衝動買いしてしまった。
…カワイイんだけど私には似合わないっぽい…orz
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2009年09月19日
はじめてのせいしんか
16日水曜日、ついに行ってきました。
初の精神科受診です。
自分は心の病についてもその患者に対しても偏見は持っていないつもりだし、精神科を受診することを恥ずかしいことだとも思っていないが、やっぱり自分が受診するとなると緊張する。
とは言え、初めて脳外科を受診した時と比べるとずっと落ち着いた気分だったと思う。
やっぱり素人にとって「脳腫瘍」という言葉がもたらす恐怖感は別格だったということか。
私が訪ねたのは、姉が長年通っている開業医。
そのクリニックが入っているビルは駅から歩いて2〜3分という超便利な場所にあるのだが、ごくごく小さなビルなので、携帯で地図を確認しながらでないとうっかり見逃して通り過ぎてしまうところだった。
当然、待合室も狭い。
こんな狭い待合室は、歯医者以外では見たことがない。
歯医者と同じく予約制だから待ち時間は短い筈という建前があってのこの狭さなのだろうが、精神を診るという診療科目の性質を考えると1人10分ずつという時間配分の予定をきっちり守れるものだろうかと疑問に思う。
私が到着したときは他の患者とその付き合いらしき人、合わせて10人近くが待っていた。
やはり少しずつずれ込んでいるのだ。
1時間以上待って、私の名前が呼ばれた。
はじめましての挨拶を交わすと、私と姉の顔が似ているからだろうか、医師はまるで懐かしい友人に再会したような顔を見せた。
言うべきこと、聴きたかったことの8割か9割は訴えることが出来たと思う。
先日の記事で書いたとおり、この医師は姉に対して薬を長期間処方し続け、患者の妹である私に対して何の説明もしてこなかった。
この治療方針に対する疑問をぶつけることがその日の1番の目的であった。
自分で言うのもおかしいが、特に失礼な態度をとったり感情的になり過ぎたりということはなかったと思う。
薬の必要性や、幼い家族に病気のことを理解させることの難しさは理解しているが、それでもこれまでの治療法に納得いかない部分があるということを冷静に説明したつもりだ。
予想通り、と言うと失礼かも知れないが、医師の説明は私にとって納得いくものではなかった。
自分は他の医者と比べても薬を大量に処方している方ではないとか、家族を交えての治療は医師ではなくカウンセラーの仕事だとか説明されたが、苦し紛れの言い逃れにしか聞こえなかったのは、私自身が医師に対して心を閉ざしているせいなのだろうか。
医師は、私を「患者の家族」としてしか見ておらず、私自身が心に問題を抱えている可能性はまったく考慮に入れていない様子だった。
残り時間もわずかという時間帯になって初めて私が自分自身の心の問題を取り上げようとすると、医師はあなたには治療が必要な様子には見えないとか心の問題も個性のうちとか言い出し、妙に消極的な態度を見せた。
私のような薬嫌いの患者は扱いたくないということだろうか。
私の方も、この短い診察の時間は医師に対する不信感を増しただけだった。
結局、今回は私自身の性暴力の被害経験は打ち明けないことにした。
医療行為とは薬を処方すること、診察は1人10分、話を聞くのは医師ではなくカウンセラーの仕事。
こういう方針の医師にとって私の悩みは守備範囲外だろう。
それに私のような人間にだって相談相手と相談内容を選ぶ権利はあるはずだ。
「元々私は薬で胃を傷めることが多いので(本当)長期間薬を飲み続けることには抵抗を感じています。それに今の私に必要なのは、薬による治療ではないかもしれません」
「先生もそう感じるなら、カウンセラーを紹介してください」
私がそう言うと、医師は安心したような様子で、カウンセリングを行ってくれる場所の地図をコピーしてくれた。
今、手元にそのカウンセリングセンターの案内がある。
水曜日に訪ねたクリニックと比べるとかなり不便な場所で、保険も使えない。
でも、せっかく1歩踏み出したのだから、時間を作って挑戦してみようかと思う。
応援よろすこ
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初の精神科受診です。
自分は心の病についてもその患者に対しても偏見は持っていないつもりだし、精神科を受診することを恥ずかしいことだとも思っていないが、やっぱり自分が受診するとなると緊張する。
とは言え、初めて脳外科を受診した時と比べるとずっと落ち着いた気分だったと思う。
やっぱり素人にとって「脳腫瘍」という言葉がもたらす恐怖感は別格だったということか。
私が訪ねたのは、姉が長年通っている開業医。
そのクリニックが入っているビルは駅から歩いて2〜3分という超便利な場所にあるのだが、ごくごく小さなビルなので、携帯で地図を確認しながらでないとうっかり見逃して通り過ぎてしまうところだった。
当然、待合室も狭い。
こんな狭い待合室は、歯医者以外では見たことがない。
歯医者と同じく予約制だから待ち時間は短い筈という建前があってのこの狭さなのだろうが、精神を診るという診療科目の性質を考えると1人10分ずつという時間配分の予定をきっちり守れるものだろうかと疑問に思う。
私が到着したときは他の患者とその付き合いらしき人、合わせて10人近くが待っていた。
やはり少しずつずれ込んでいるのだ。
1時間以上待って、私の名前が呼ばれた。
はじめましての挨拶を交わすと、私と姉の顔が似ているからだろうか、医師はまるで懐かしい友人に再会したような顔を見せた。
言うべきこと、聴きたかったことの8割か9割は訴えることが出来たと思う。
先日の記事で書いたとおり、この医師は姉に対して薬を長期間処方し続け、患者の妹である私に対して何の説明もしてこなかった。
この治療方針に対する疑問をぶつけることがその日の1番の目的であった。
自分で言うのもおかしいが、特に失礼な態度をとったり感情的になり過ぎたりということはなかったと思う。
薬の必要性や、幼い家族に病気のことを理解させることの難しさは理解しているが、それでもこれまでの治療法に納得いかない部分があるということを冷静に説明したつもりだ。
予想通り、と言うと失礼かも知れないが、医師の説明は私にとって納得いくものではなかった。
自分は他の医者と比べても薬を大量に処方している方ではないとか、家族を交えての治療は医師ではなくカウンセラーの仕事だとか説明されたが、苦し紛れの言い逃れにしか聞こえなかったのは、私自身が医師に対して心を閉ざしているせいなのだろうか。
医師は、私を「患者の家族」としてしか見ておらず、私自身が心に問題を抱えている可能性はまったく考慮に入れていない様子だった。
残り時間もわずかという時間帯になって初めて私が自分自身の心の問題を取り上げようとすると、医師はあなたには治療が必要な様子には見えないとか心の問題も個性のうちとか言い出し、妙に消極的な態度を見せた。
私のような薬嫌いの患者は扱いたくないということだろうか。
私の方も、この短い診察の時間は医師に対する不信感を増しただけだった。
結局、今回は私自身の性暴力の被害経験は打ち明けないことにした。
医療行為とは薬を処方すること、診察は1人10分、話を聞くのは医師ではなくカウンセラーの仕事。
こういう方針の医師にとって私の悩みは守備範囲外だろう。
それに私のような人間にだって相談相手と相談内容を選ぶ権利はあるはずだ。
「元々私は薬で胃を傷めることが多いので(本当)長期間薬を飲み続けることには抵抗を感じています。それに今の私に必要なのは、薬による治療ではないかもしれません」
「先生もそう感じるなら、カウンセラーを紹介してください」
私がそう言うと、医師は安心したような様子で、カウンセリングを行ってくれる場所の地図をコピーしてくれた。
今、手元にそのカウンセリングセンターの案内がある。
水曜日に訪ねたクリニックと比べるとかなり不便な場所で、保険も使えない。
でも、せっかく1歩踏み出したのだから、時間を作って挑戦してみようかと思う。
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2009年09月15日
明日病院行ってくる…
明日、生まれて初めて精神科の敷居をまたぎます。
言うべきことを紙に書いていく!「お医者様」ではなくあくまでも対等な立場を意識する!
と意気込んではいるのですが…
現在、ちょっと気持ちが落ち込んでいます。
マジで今日は連敗脱出できると期待してたので…
診察の様子も必ず報告するつもりです。
言うべきことを紙に書いていく!「お医者様」ではなくあくまでも対等な立場を意識する!
と意気込んではいるのですが…
現在、ちょっと気持ちが落ち込んでいます。
マジで今日は連敗脱出できると期待してたので…
診察の様子も必ず報告するつもりです。


