レクサスは半ドアでも走行中に自動でドアがスーっと閉まる。
スーパーで売られている卵は保存が良いように尖った方が下に揃えられているし、パックの中身を確認しなくても、卵が抜けたり割れたりしていることはほとんどない。伊勢丹では販売員は売場をお買場と呼び、コンビニでは弁当の胡麻の数までチェックの対象になる。箱ティッシュには指を入れやすいように小さなミシン目がついており、トイレに行けばウォシュレットがある。

求められている品質を満たすのではなく、
求められていない品質を目指す。
それが過剰品質の美学である。

日本のIT業界はパッケージ製品の導入が進まず、
受託開発ばかりではないかと嘆く声が聞こえる。
そしてそれがITの遅れの象徴であるかのように指摘する人もいる。

しかし一方で、
自分たちはオーダーメイドという最高の過剰品質を提供しているのだと誇る声も聞こえてくる。

私はパッケージ製品を開発している立場の人間であり、
オーダーメイドのための最高の部品を提供することが私の目指すところだ。

知人で SI をやっている人には、卑屈になっている人と、
誇りを持って最高のものを目指している人とがいる。

パッケージ製品だけでは実現できないオーダーメイドの品質。
このシステムは私が作ったのだと胸を張ることができる作品。

それは弱みとして恥じるべきことではなく、
強みとして磨きをかけていくべき対象なのではないか。