「最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか」では、チェルノブイリ原発事故、スペースシャトル・チャレンジャー爆発墜落事故をはじめ、潜水艦の沈没や航空機墜落事故、石油プラットフォームの爆発や橋の崩落といった巨大事故が実際に起こってしまった事例と、事故が起こる直前に食い止めることができた事例を通じて、事故を生み出してしまったシステムや体制、組織の規律やそこで働く人のメンタルな状態など、さまざまな切り口から事故の原因が考察されていく。

普段の生活において、自分のちょっとしたミスがこのような大事故につながるような場所に身を置いている人はそれほど多くないかもしれない。しかし、本書で述べられている内容のうち、事故の原因とそこから学ぶ教訓の部分について目を向けてみると、私たちが日常的に接しているような場面においても同じように当てはまる内容があまりにも多いことに驚く。

本書には実に数多くの教訓が含まれているため、読者によって感じるポイントが変わってくると思うが、私にとって特に印象的だったのは、次のようなものだった。

教訓1. 「やるしかない」状況でも現場からの警告には注意深く耳を傾けるべき
1986年に起こった宇宙開発におけるスペースシャトル・チャレンジャーと18世紀後半に最先端の航空技術だった飛行船の開発によって生まれた飛行船R101とが対比されながら描かれていく。これらはどちらも、国家の夢を背負った大プロジェクトだった。チャレンジャーの場合には低温度下でのOリングの機能低下の問題、R101の場合には浮力不足の問題がそれぞれ現場の技術者から重大な問題として報告されていたが、「今日がダメならいつなら大丈夫なんだ?また延期するのか?」という周囲からの圧力によって、リスクよりも早期実現が優先されてプロジェクトが進んでいく。

もちろん、ここまで大きなものでなくとも、ある程度のサイズのプロジェクトになればこうしたスケジュールと品質のトレードオフはでてくるし、常に現場からの警告がゼロになるまで待っていたら、いつまで経っても成果が実らない場合が多いのも事実ではある。

ただ、このことは覚えておきたい。NASAはチャレンジャー爆発墜落事故の後の3年間*1、すべての宇宙開発を取りやめなければならなかった。R101のケースでは、「不可能を可能にする」一番の旗振り役だったトムソン卿は、家にいるのと同程度に安心なのだと自分自身を信じ込ませ、自らR101に乗り込み、墜落によって他界した。そしてチャレンジャーの場合と同じく、イギリスの飛行船開発はそれを機に急速に減速してしまった。結果的には、何を守るための期日厳守だったのか、わからなくなってしまった。

教訓2. プロセスの省略が、問題発生時に致命的大打撃につながる
1982年に起こった石油採削装置(リグ)オーシャンレンジャーの事例。リグは半潜水で海に浮いており、転覆しないよう、バラスト・オペレーターによって常にバランスが保たれている。書類上の研修制度では、80週の海上経験があってはじめて実地訓練を開始することができることになっていたが、この規則は反故になっており、事故当時のバラスト・オペレーターは、特にトレーニングも行われておらず、教習マニュアルもない中で、海上経験12週で実務を行っていた。

何も起こらない日であればそれでも問題は起きなかったかもしれなかったが、嵐の夜に、他の数多くの問題が重なったこともあり、リグは転覆し、乗組員は誰一人として生き残ることができなかった。

プロセスというのは面倒で一見冗長なものなので、少し削ってみて様子を見て、日常業務に支障がなさそうならさらに削って、ということが行われやすいものだが、こういう危険があるのだという話。もちろん、形式偏重主義と錯覚しないように気をつけなければいけない話ではある。

教訓3. 情報を封印するなかれ
セスナ機で有名なセスナ社では、問題を起こしたときにはすぐに気兼ねなく申し出ることができるようにしている。その具体例として、入社まもない社員が、ちょっとしたミスで数万円の部品を台無しにしてしまったのを率直に報告しに行き、すぐに新しい部品と取り替えてもらったという逸話が紹介されている。

これは話として聞く分には普通に読み流してしまいやすい箇所だが、自分自身に当てはめて考えてみると、新入社員で、自分のミスで会社の数万円の備品や資産を壊してしまい、しかもそれが何度か続いてしまったりしたら、などと想像してみると、毎回上司に説教されたり始末書を書かされたりしたら誰しも回を追うごとに言い出しづらくなるだろうし、会社に損害を与えるミスを「気兼ねなく言える」文化を維持するのは相当大変なことだと思う。

巨大事故に遭遇したときのサバイバル術
他にもタイタニックの通信士の精神状態の話や、医学の世界の誤表記の話など、考える点の多いものが多数あるのだが、本書の付録的価値として、もし巨大事故に巻き込まれそうになったときのサバイバル術がところどころに書かれているので、最後にそれらについても触れておく。
(以下は、原文をほぼそのまま引用)

【航空機事故への対処】
いざ不時着となったらタールと煙とで前後左右もわからない状態になり、非常口のすぐそばに座っていたのにそのままタールを吸い込んで意識不明になって息を絶った、ということも少なくない。搭乗時に必ず来た道ではなく、非常口が自分の席から前後何席目にあるのかを覚えておくようにする。

【高所からの落下への対処】
有効なパラシュートなしに高度60メートル以上の上空から落下して助かった人は何十人もいる。両手をワシの羽のように広げた姿勢をとって、速度と方向を制御しながら落下地点を選んで、草地などの柔らかい地面に水平に着地すれば、命拾いするチャンスはある。

【海中深くからの脱出】
鼻腔のとおりをよくし、激痛があっても動転しないように気合い*2をいれて、肺の中の空気を少しずつ吐き出しながら海面まで浮上する。水深180mにある潜水艦用脱出カプセルからの脱出実験では、加圧式呼吸装置をつけないままで、上半身を覆う「脱出用フード」に蓄えられている空気だけで海面まで浮上できた。鼓膜が破れるなどの傷害を受ける危険性もあるが、水深がそれほどなければ可能性はもっと高くなる。

追記:
Passion For The Futureわたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいるにも本書の書評があります。



*1 Wikipedia によると2年。
*2 本書で「気合い」という言葉が出てくるのはおそらくこの箇所だけ。



最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか
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