2009年09月23日
中学校の同窓会に行ってきた
私が通っていたのは地元の公立中学で、中学校の対象学区には、大学教授や官僚、企業の経営者などの住む丘の上の高級住宅街もあれば、石炭から石油の時代への変遷の中で職を失った人たちのために用意された集合住宅もあり、学級の風景としては、授業の教材では物足りないと英語の小説をスラスラと読むマセた生徒がいるかと思えば、暴走族がけたたましい騒音を上げてバイクで校庭に乗り入れてきたりするような、学校は社会の縮図、ということが文字通り体現されているような学校だった。
私たちの学年には8つのクラスがあり、それぞれのクラスが35人前後だったので合計280人前後の生徒がいたのだが、同窓会に顔を出したのは70人ほどで、一次会の立食パーティーの会場では、地元の風俗の従業員を続けていたが嫌になって辞めて職を探しているのだ、という人がいたと思えば、その隣に、NTTに就職して出世コースまっしぐらという人がいたりした。小学校から一緒だった、ドラえもんの物真似に定評があった西義之君は漫画家になって週刊少年ジャンプで「ムヒョとロージーの魔法律相談事務所」「ぼっけさん」といったタイトルで連載していたりするようで、それぞれの人が、18年経った今でも、昔帯びていた性質の延長線上で今も生きている。
私から見て他の人たちが今も変わらないように思えたのと同様に、私も他の人たちから見て昔とあまり変わらないらしく、「お前、昔から熱中すると全力で取り組む性格だったよな」と、何人かの人に指摘された。中学・高校時代の私の生活の中心は陸上競技だったのだが、毎日鞄に6kgのダンベルを二つ入れて筋トレを兼ねて通学していたことが印象的だったらしく、実は本人は忘れていた話なのだが、ダンベルの話だけで参加者の1割を超える人たちに指摘された。
(このようなトレーニングを積み重ねた結果、筋力がかなり強くなり、腕相撲で担任の先生の腕の骨を折ってしまったこともあった)
ダンベルの話は忘れてしまっていた私だが、一つ忘れられないのは中学校同士の喧嘩の話で、上述の通り、割と荒れた地区だったので、学校同士の喧嘩がときどきあり、力が強かった私はそういう場所に学校の代表的な立場で呼ばれることが何度かあり、「あの学校のXXはすぐナイフを出す」というような噂話に、殴り合いならまだしも、皮膚が裂かれるのは怖いな、などと恐怖心を胸に出向くことがあり、しかも一対一だと聞いていたのに相手は10人以上いて、結局、本で読んだ北派少林拳という殺人拳由来の拳法の話をして相手が手出しをしにくいような状況に何とか持ち込んで結局殴り合いさえせずに友達になって帰ってきた、というようなこともあり、非常にまずい場所に出向かなければならないときの覚悟のようなものと、絶対的不利な状況で交渉で切り抜けることの大切さを身をもって学んだところがあり、これは今でも貴重な経験だったと思っている。
ちょうど1週間ほど前に男の子が産まれたのだが、危険なことも含めて、色々なことがあり、色々な人がいる中で義務教育の時期を過ごすのは大切なことだと思っているので、少なくとも小中学校については、子供は公立に入れるのが良いかな、などと考えている今日この頃である。
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無駄に見えるカットが多くて映画と言うより小説みたい
なんて言えば…
非常に不快。気持ちが悪い
回復しない傷
リアル
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