2009年12月14日
WoWを引退します
WoW(World of Warcraft)を、この度引退することにしました。
とりわけ2年前にギルドを設立して以来、私の生活は常にWoWと共にありました。
毎日帰宅した後は寸暇を惜しんで少しでも早くログインし、
朝早く目が覚めることがあれば朝練に勤しみ、時間さえ許せば
昼休みに自転車で急いで帰宅して、昼錬に精を出したものでした。
私にとってWoWのギルドは家族や会社にも匹敵する、第二の居場所でした。
苦楽を共にし、思うように上に行けないことに共に悔しがり、
時に互いを褒め、時に互いを注意し、少しでも上にたどり着けるようにと
本当にたくさんの時間を過ごしてきたギルドメンバーとの日々を思うと、
普段涙など流すことのない私でも、つい目頭が熱くなってきます。
私が参戦していたWoWのアリーナは、e-Sportsと呼ばれているものの一つで、
世界中にたくさんのプロがいます。ネットゲームというと、ひたすら長時間プレイすれば良く、
何も考えたり、練習したりすることなどないような印象を持つ人もいるかもしれませんが、
中学高校のほとんどの時間を陸上競技に費やしてきた私から見ても、
WoWアリーナはスポーツであると断言できます。
何度練習しても、マウスやキーボードを自分より上手の人ほどは素早く的確に操作
できないもどかしさ、0.01秒の状況判断で逆転する戦況、
怒号と悲鳴と指示と飛び交う味方とのヴォイス・チャット、相手の特性や癖の綿密な分析。
自分より格上の相手との戦いに武者震いがすることも珍しくありませんでした。
ギルドメンバーと過ごす中で、私はたくさんのことを学びました。
スポーツの世界と同じで、アリーナで本当に世界の一握りの上位に食い込めない限り、
それで生活していくことはできません。もちろん、実利的なメリットもありません。
それでも私達は、少しでも上を目指そうと、何百時間もの時間をアリーナの練習に
費やしてきました。もっとできることはないのか?なぜその試合で負けたのか?
試合の動画を観ながら、何度もそんなことを振り返りました。
ただただ、もっと腕を磨いて、上手くなりたい。
その情熱の前には、理由など必要なかったのです。
ネットゲームの世界には、年の違いも立場の違いも利害関係もありません。
うまく行かないときには、普段の社会生活では抑えなければならないような
怒りや悲しみといったネガティブな感情が表に出ることも少なくありませんでした。
こうした、遠慮のないネットの世界ならではの生の喜怒哀楽の感情のぶつけ合いも、
そうだよな、これこそが人間関係の原型だよな、というように感じられ、
私にとってかけがえのない時間の一つでした。
また、家族の関係についても、たくさんのことを考えさせられました。
特に、大学受験を控えたメンバーと、その父親とが共にプレイしながら
交わしていた数々の会話には、自分の知らなかった親子のあり方を示された
ように感じるところがありました。受験期のような大事な時期を目前に、
いつもネットゲームにログインしている息子と、流石に遊びすぎなときは
少しだけ注意しながら、一緒に遊ぶ父親。結果としては彼は第一志望の東工大に
合格することはできませんでしたが、合格する可能性が十分あることは、
彼の器用さと飲み込みの速さ、普段の会話などから推し量ることができました。
ギルドの活動の中でも、彼は常にどんなことでも一番でした。
好きなことを好きなだけしながらその場所で才能を発揮していく彼の性質と能力は、
あの家庭環境でこそ育まれたのだろうとしみじみ感じたものです。
こんなにも大好きで、たくさんのことを学んできたWoWを引退しようと決めたのは、
自分の才能の限界を感じたことが原因です。仲間に恵まれたこともあり、
アリーナではそこそこのランクにはたどり着けたのですが、
陸上競技でも生まれ持った筋肉の性質によってタイムの限界があるのと同様、
ここが自分の才能の限界だと感じました。
今週木曜日にオーストラリア在住のメンバーの一時帰国を記念して忘年会オフが
あるのですが、オフ会でみんなに会う前に、このエントリを書こうと思いました。
WoWと、その中でのギルドメンバーとの出会いは、私の人生の中で、
渡米したときや、起業したときと同じくらいインパクトのあるものでした。
アリーナの動画は、いつでも見られるよう、大切にとっておこうと思います。
みんな、今まで本当にありがとう。
※ クエスト日本語化AddOn QuestJapanizerは何千人もの方に
使っていただいていることもあり、Wikiでの翻訳が続いている限りメンテナンス
していくつもりです。
■ 関連エントリ
・キレるスーパーゲーマーの話
・形成過程の体験装置としてのオンラインゲーム
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良作
英語力が無いと遊べない様に見える
英語の壁
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この記事へのコメント
far eastから離れて半年以上たちますが、それでもfar eastの人たちはつねに身近に感じていますし、far eastで過ごした1-80は、本当にかけがえのない楽しい思い出です。
いまはおつかれさまでした。
色々とありがとうございました。
でもいつでもまた戻ってきてくださいね。
私は小野さんがwowそんなきっぱりやめられるわけない!なんてちょっとどこかで思って(期待して)たりします(笑)
ネットワークゲームは経験者しか理解できないおもしろさ、いやおもしろさだけでは片付けられない部分がありますね。
音楽をきくだけでいろいろな思い出が蘇ってしまい、心がキュンとします。
知らない人には気持ち悪いだけですけどねw
私の場合は、体力的な問題、本業の忙しさ、精神的なゆとりの面などから最近引退しました。
なければないで、すぐ普段の生活になってしまうところも不思議なものです。
でも、この時代、青春の思い出は?といわれてネットゲーム、と答えるひともいるでしょうね。
そして私の知人ではネトゲで誕生した夫婦がたくさんいます。
人が向こう側にいる以上は、まさに超RPGといえますね。おもしろくないはずがない。
一度は経験するべきものなのかな、と、嫁に「廃人」と呼ばれ続けた私は思います。
わしそんなんいやや!いやや!
その結果、まだ一部だとは思いますが、素晴らしい体験ができていると感じています。
私はまだWoWを通して知りたいことがあるので、やめません。ほとんど一緒にはプレイできていない小野さんがやめてしまうことはとても寂しいものを感じます。正直、来年からは一緒に遊べるかもと思っていました。
ですが辞めてほしくないと思っているわけではありません。何か、移り変わりのようなものを感じているだけです。
…お礼をいいたくてコメントしようと思ったんでした。
小野さん、ありがとうございます。小野さんの言動ひとつひとつが私に好影響を与えているのです。そう思っているのは私だけじゃないはずです。
お疲れ様でした。
普段はPvE主体の私ですが、こっそりPvPもやっているので、小野さんのおっしゃることは、とてもよくわかります。
小野さんのBlogや活動は、数多くの日本人プレイヤーに影響を与えたと思います。
私も、その内のひとりですし。
小野さんとお会いして話してから、技を追求したいと思っている自分の想いに再び火がついて、結局Raid Guildを自分で立ち上げて、現在活動しています。
本当に楽しんで遊んでいらしたんで、ご苦労様とかお疲れ様って言葉は、相応しくないような気がします。
きっと、「ありがとうございました」という言葉がいいのかな。
Questの日本語化のAddonの開発やいろんな情報発信、ありがとうございました。
Questの翻訳は最近、お留守になってますけど、また時間を見つけてちょくちょくやりたいと思います。
おっさん仲間知人友人達とBattleChestを買って開始しました
背中を押してくれたきっかけはQJです
ありがとう!

