レジリエンスという言葉が話題になっているのを見て懐かしく感じている。
私がWoWで学んだことは数多くあるが、レジリエンスもその一つだった。

この記事から引用すれば、企業や個人にとってのレジリエンスとは次のようなものだ。

「何かが起きることは間違いないから、その変化とそれによって受けるダメージに耐え、吸収し、そして次の新しい均衡環境(=成長もしくは衰退)につなげられるようにしよう(=レジリエンス)」

辞書的な定義を抜きにして経験から来る体感的な定義で言うなら、レジリエンスという言葉からは

「一撃で致命傷を負わない能力」

が想起される。その後仕様が変わったようだが、WoWにおいて初期のレジリエンスとは、敵からクリティカルヒットを受ける確率を下げ、またクリティカルヒットを受けてしまった時のダメージ(クリティカルダメージ)を軽減するもので、対人戦で最も重要なパラメーターだった。

致命傷を負って立ち直れなくなればもう勝負に勝つことはできないが、ダメージを受けても致命打は受けず生き残っていれば、いつか来るチャンスを掴む可能性を残すことができる。しかしレジリエンスが低いと想定もしなかった敵の奇抜な作戦や自らのミスによって一撃で将来のチャンスのすべてを失ってしまうことがある。だから攻撃力などの派手な能力よりも、勝利に近づくためにもっとも重要なのは一見地味な「一撃で死なない」ためのレジリエンスなのである。

パラメータとしてのレジリエンスもさることながら、プレイヤー自身のレジリエンスがそれ以上に重要だ。

「これなら勝てる」と自信を持って望んだ試合で負けた時。あるいは負けが続き、もう自分は才能がないのかと勝負を諦めそうになった時、大きな心理的ダメージを受けずに心折れずにいられなければ、対人戦を続けることができなくなってしまうからだ。


企業や個人の話に戻ろう。

変化の激しい時代には、何もせずにじっとしていても外的環境によるダメージを受ける可能性がある。これに加えて、何かにチャレンジしようとすればするほど、思うように事が進まずにダメージを受ける確率は更に上がっていく。

華やかな成功の裏に愚直なまでの継続があった、ということは珍しくないが、こうした事例も、ダメージは受けながらもそれを致命的なものとせず続けることができたという意味で、「レジリエンスの高さが成功を下支えした」と言うこともできるだろう。

だから、何か変化が起きた時、または何かにチャレンジしようとして上手く行かなかった時、自分自身や自分の所属する企業はどのようにすれば良かったのだろうかという反省と成長のスタンスは忘れないようにしながらも、「今、まさに自分たちのレジリエンスが試されている」と受け止めてみてはどうだろうか。WoWの世界でそうであったように、現実世界においてもダメージやショックを受けることはある程度避けられないことであり、大事なのはそれを致命打として受け止めずに、次の良い状況につなげるための道を残すことなのだから。