「Slackを入れるとSIerはどうなるのか?」

しばらくブログを休んでいたので少しだけ自己紹介をしよう。アプレッソというベンチャー企業を立ち上げて、セゾン情報システムズという会社にexitした。そしていまはアプレッソの社長として仕事をする傍ら、セゾン情報システムズのCTOの仕事もしている。どちらかというといまはセゾン情報の仕事の比重が高いから、リアルの世界では「セゾン情報の小野」と思っている人の方が増えてきていると思う。

「このままでは、SIに未来はない。だから変わらなければならない。」
「当社の社員は言われたことしかできない。」

SIerの経営者と会話していると、よくこんな言葉を耳にする。

だが、私はこうした話をどうしても好きになれない。

自分たちの未来を悲観している人たちが、未来を明るくできるのだろうか?

だから私は、喜びと驚きのポジティブスパイラルで、SIerはどんな風に良くなるのか、壮大な実験をしてみようと思った。

その第一弾として、4月にSlackを全社導入した。
そして会社が、使用前使用後があまりにも違うくらい良くなった。

これからこのブログではしばらくの間、ベンチャー経営者がSIerのあり方を模索していく、その道程を記していきたいと思う。

さあ、まずはSlack導入だ。

■ なぜ、Slackを入れたのか?

答えは簡単だ。

「風通しが悪かった」

それだけである。

「隣の部署は別の会社」
「言った者負け」
「悪い報告は上げない」

そんな言葉が社内で当たり前のようにまかり通っていた。

だから私は最初とても驚いた。

それに、プロセスが重厚で遅かった。

「名刺を増刷するのにもハンコが必要」
「見積もりが電子承認されているのに更に紙のハンコも必要」
「10万円を越える支出はすべて稟議」

・・・、でもね。


社員のひとりひとりの人と話すと、「いいな」と思うことが、結構多い。

だって、ITの会社に入ってきたわけですよ?

「ITで、仕事や生活のあり方がもっとワクワクするものになる」
「プログラミング楽しい!!」

失敗したり怒られたりする中でどこかに置いてきてしまった人もいるかもしれないけど、
そういう気持ちが、社員の心の奥底に、いまでもある。

ならば、風通しさえ良くすれば、きっとそういう、ITやソフトウェア開発に対する楽しさや前向きな気持が戻ってきて、自発性を取り戻した組織は強くなるのではないか?


それがSIerにSlackを導入しようと思ったきっかけだ。

■ 「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」。そして、それは逆も然り。

ニーチェの名言で、「怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない。深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」という言葉がある。

これは逆も然りで、つまり、希望をのぞく時、自らも希望からののぞきこまれ、希望に引き込まれるのだ。

だから、よくできたツールに触れた方が良い。

Slackを使うことは、良いコントラストになる。

「Slackと比べて、自分が開発しているシステムはどうなのか?」
「目指すべき高みは、もっと高いところにあったのではないか?」
「要件だけでなく、ソフトウェアには手触りがあるのではないか?その点で今のシステムはどうなのか?」

そんな発想も生まれる。

それに、なにより心地よい。

心地よさは、人の仕事や生活をより良いものにする。

「いいな」と思う経験の多い人の仕事と、「最悪」と思う経験の多い人の仕事と、どちらが成果を期待できるだろうか?


答えは明白だ。

だから、Slackに限らず、良いものはたくさん取り入れたほうが良い。

昇降式デスクも、デュアルディスプレイも、この文脈ですべて説明できる。

■ 何が起こったか?答え: 「圧倒的にスピードが上がった」

Slackを導入して以降、Slackを通じた意思決定や事業部を越えたコラボレーション、共有すべきニュースの共有速度などが驚くほど上がった。

これは、「内圧が溜まっていた」ということもあるのだろうと思う。

「隣の事業部は別の会社」
「言った者負け」

これに加えて、

「人月単価の売上に直結しない研究開発や情報収集は非稼働原価であり、悪である」

もちろん、心あるエンジニアの中には既に退社してしまった人もいる。
しかし、残っている人たちの中にはこの日を待っていた人たちもいた。内圧が爆発寸前まで溜まっていたのだ。

だから、Slackを導入して全社で推奨したことで、セゾン情報システムズの風通しは一気に良くなった。

いままで送られていた「FYI:」から始まる、どこか遠慮しがちな情報共有は、すべてSlackの適切なチャンネルへのポストに変わった。そもそも、情報共有に遠慮など必要なかったのだ。間違っていることがもしあるとすれば、業務で必要な連絡が集中しがちなメールというメディアを選んだことくらいだろう。

「来週XXというお客さんにこういう提案に行こうと思います。何かコメントがあれば・・・!」

こんな問いかけに、役職や部署関係なく様々なところからコメントが飛び交う。

しかし本来、ITの会社のあり方はこんな風だったのではないか。

まるでベンチャーのようなスピード感で1,000人の中堅SIerが動き始めている。

これが私の目指すSIerの未来のあり方の第一弾だ。

第二弾以降もブログのエントリで順次お伝えしていきたい。




・・・っといまこの文章は、AWS re:inventに参加するためにラスベガスに向かう飛行機の中で書いている。

「SIオワコン」

この前、久々に伊藤直也さんと飲んだときにも話をした。
もう、そういうネガティブキャンペーンは、止めにしようよ。

日本のITの大半がSIなのだから、SIが終わるということは、基本的には日本のITが終わるということだ。

2000年にアプレッソを始めた時、まだ24歳だった。

サン・マイクロシステムズ本社での仕事から日本に戻る旅路の途中、飛び立つ飛行機の中で、無謀にも私はベンチャーで新しく製品を作る道を選んだ。
(その辺りのことはちょうど最近取材があったのでこちらの記事などを参照のこと)

でもそれは、無謀だったかもしれないけれど、飛び立つ飛行機の中でだからできた決断だったのだと思う。

SIのことを書くと、批判も多くありそうで、面倒に感じるところがある。
「お前がSIを語るな」という人もいるだろう。だからブログに書くのを躊躇するところも少なからずある。

でもいま、あえてこう言いたい。

「日本のSIerには、きっと未来がある」


飛び立つ飛行機の中で、私はそんな風に思う。