2006年08月28日

僕の、世界の中心は、セミだ。

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朝、目が覚めると鳴いていた。

いつものことだ。

悲しいからではない。

 

セミだからである。

 

幼虫から成虫になるときに、脱ぎ捨てなくてはならない殻があり

それを脱いでしまっては、鳴くことなしに生きることはできないのだ。



8月22日(火)

僕の名はセミ太郎。

成虫になったばかりのセミ、100%セミ。

生まれてすぐ土の中に潜り、七年間をそこで過ごした。

今日、こうして7年ぶりに地上に帰ってこれた喜びを、こうして日記に書きとめておきたいと思う。

地上は空が広い。空気がうまい。

これから一生ここで暮らせるかと思うと胸がジージーと高鳴る。

僕の前途はここからずっと広がっている。

そう、まるでこの山田さんちの庭のように。

 

8月23日(水)

一日遅れで親友のセミ助がこちらにやってきた。

セミ助は卵の頃からの付き合いで、昔はよく山田さんちの庭に植わった大根を

三人でかじったりしたものだった。

 

そう、三人。

僕たちには、もう一人友達がいた。

名前は、セミ吉。

 

最後にセミ吉を見たのは、今から4年も前のことになる。

前日、三人でしこたま酒を飲んだ僕たちは

そのままその辺りの土の中で眠りこけてしまった。

泥酔、土の中だけに。

 

生まれて三年目ともなると、セミの社会ではもう立派な一人前とみなされる。

ジャニーズで言ったら「嵐」的存在である。

A・RA・SHI A・RA・SHI for dream!なんて歌っていたのも今は昔のことで

 

焼酎、お湯割りで!

 

などと夜遅くまで飲んでいたのだった。もちろん梅干は忘れない。

 

そして、朝。

セミ助の突然の叫び声がそこかしこに響き渡り、僕は目を覚ました。

周りを見渡すと、セミ助が口を大きく開け、その体をぶるぶるを震わせている。

失禁でもしたのだろうか、最近は若年性痴呆が問題となって久しいが

まさかここまで魔の手が忍び寄ってきているとは。

老人介護のあり方が問われる。

 

が、どうやら様子がおかしい。

僕はセミ助の目線の先に目をやった。

するとそこには、己の目を疑うような光景が広がっていた。

 

セミ吉の背中から

キノコが生えていた。

 

キノコだ。

決してピーコではない。それはそれで大問題だ。

もしかしたらおすぎも生えてくるかもしれない。そうなれば事態は深刻を極める。

常にファッションチェック&辛口トークでは気が休まる暇もない。

 

冬虫夏草」という言葉を知ったのは、つい最近のことだけれど

セミ吉はこれにやられたと見て間違いない。

とにかくその瞬間、僕とセミ助は、恐ろしさのあまりセミ吉を置いて逃げた。

あのときの、セミ吉のうつろな目を、僕は忘れることができない。

そしてあのときの、セミ吉のうめくような声を、僕はこれからも忘れることはできないだろう。

 

「セミ太郎ぉぉ、背中に何か生えてるよぉぉ

おいおいキノコだよ拙者もとうとう菌類の仲間入りですか

拙者もとうとう鍋の具材とあいなりましたか…」

 

そう言えば、あいつはちゃんこ鍋が大好きだったことを、今思い出した。

あれから、セミ吉がどうなったかは知る由もなかったが

そのことをセミ助に話すと、少し悲しげな目をしたあと、こう言った。

 

「それじゃあ、セミ吉探しに八百屋にでも行ってみますか、おまいさん」

 

え、喰うの?という言葉は、決して僕の口から放たれることはなかった。

 

8月24日(木)

何の前触れもなく、彼女ができた。

木にとまってジージーと鳴いていたら、声をかけられた。

セミの世界って、ステキだ。

名前はセミ子。ありきたりな名前、ありきたりな出会い。

出会ってから数時間後には、彼女は服を脱いでいた。

でも、肝心なところだけは決して見せようとはしない。

 

セミヌード、セミだけに。

 

8月25日(金)

このところ、セミ子の体調がおもわしくない。

ことあるごとに「体が重いの」と言っては木にとまり羽根を休めている。

でも、このときはまだ、セミ子の体調についてあまり深刻には考えていなかった。

夏風邪か何かだろう、と高をくくっていたのだ。

 

そう言えば、ここへ来る途中、カマキリに食べられるバッタを見た。

カマキリの大きな鎌に捕らえられ、身動き一つできないバッタは

口から黒い液体のようなものを吐きながら、その体を震わせていた。

 

「うわー、口から何かうんこみたいなの出てるやん…」

 

そう言ったバッタのつぶやきを、僕は聞き逃しはしなかった。

 

8月26日(土)

セミ子が目に見えて痩せてきている。

僕は思い切って彼女を入院させようとしたのだけれど

それを言うと決まって彼女は「大丈夫だから」と笑顔で答えるのだった。

その笑顔が逆に僕を不安にさせる。

 

悪い予感がする。

 

8月27日(日)

悪い予感とは往々にして的中するものである。

昨日の夜からセミ子は入院することになった。

 

「もうすぐ誕生日なのに、ついてないわ」

 

セミ子は痩せ細った頬をジージーと揺らしながら笑った。

セミ子は日に日に衰えているというのに、相変わらず医者からは何の説明もない。

あの医者、本当にプロの医者なのか。

セミプロなんじゃないのか、セミだけに。

 

僕はいても立ってもいられなくなり、医者には内緒でセミ子を外へ連れ出した。

こんなところで削られるように生きているなら、あそこへ行こう。

僕が生まれたあの山田さんちの庭へ行こう。

 

月明かりの下、僕とセミ子は山田さんちの庭を目指して飛び続けた。

途中途中、セミ子のために休憩をはさみながら。

休憩のだびに、僕たちは色々な話をした。

例えばこんな話。

 

「セミ子の誕生日はあさってだろう?」

「セミ太郎の誕生日は来週ね」

「ということは、僕がこの世に生まれてから、セミ子がいなかったことは一秒もない」

 

そう、一秒もないのである。

でも、よく考えたら、僕が生まれてからさとう珠緒がいなかったことも一秒もない。

僕が生まれてからずっと、ぷんぷん!とか言っているのだ。

 

たまらん。

 

なんてことを話していると、すぐ近くの草むらがガサガサと音を立てた。

そして草むらから、巨大な黒い影が飛び出し、僕たちに襲い掛かった。

 

二日前に見た、カマキリだ。

 

僕は即座にその場から飛び去った。

が、一緒にいたはずのセミ子が、どこにもいない。

不安で胸がいっぱいになった。

 

後ろを振り返ると、そこには鎌に捕らわれたセミ子の姿があった。

僕はともかく、体の弱ったセミ子には

風のように早い鎌から逃れるほどの体力はもはや残っていなかったのだ。

 

「セミ子!!」

 

僕はすぐに駆け寄ろうとしたが、カマキリの巨大な鎌の前にはなすすべもない。

間に合わない、と僕は思った。

間に合わない、全てが手遅れになってしまいそうだった。

セミ子がいなくなる。

今までになかった、セミ子のいない世界。

 

「助けてください」

 

僕は周りに向かって叫んだ。

 

「誰か、助けてください」

 

その声は、誰にも届かなかった。

周りの誰にも、そしてセミ子にも。

次第に小さくなるセミ子の声と僕の声が

僕たちに取って代わった鈴虫の音に打ち消されていった。

 

8月28日(月)

ここはどこなのか、もう僕にはわからない。

僕はどこにも行くことができなかった。山田さんちの庭にも。

僕は誰も助けることはできなかった。セミ吉も、セミ子も。

 

結局僕は逃げ出してしまった。

 

もう体が動きそうにない。

何でだろう、体が言うことを聞かないや。

もう、鳴くことも、できそうにない。

 

でも、まだ遅くはないかもしれない。

 

まだ…

 

--------------------------------------------------

 

太陽が西へと傾き始めた夕暮れ時。

小学生とおぼしき二人が我が家に急ぎ足で向かっている。

ふと見ると、玄関の門に横たわる、一匹のセミ。

 

「うわー、何だこれ」

「セミだー、死んでんのかな」

 

そう言ってセミをつつく二人。

 

「返事がない。ただのしかばねのようだ」

 

そう言って小学生たちは玄関の門をくぐった。

山田さんちの玄関の門を。

 

セミ太郎は、もう動かない。もう鳴かない。

動いたように見えたとしても、それは風に揺られているだけであって

鳴いたように思えたとしても、それは風に舞ってカサカサと音を立てているだけ。

 

でも、例え一週間だけであっても、一生懸命セミ太郎は生きましたとさ。

自分の生まれた場所に、帰ってこれましたとさ。

 

(終わり)

 

何かへこむわ。

 

ランキング、いつも押していただいてありがとう。

何か、また書こうって気になりますよね。

  

↑ねじまき版セカチュー、とりあえず韓国版には負ける気がしねぇ。



トラックバックなんてしないくせに

本日のコメンテイターはこちら

1. Posted by みら   2006年08月29日 00:06
なみだちょちょぎれました(つ_・,)
2. Posted by ナガノ   2006年08月29日 00:10
初めまして♪
実はけっこう前から読ませて頂いてました!

この物語、なんかスゴイなんとも言えない感じですね(^^;
すごく泣ける内容やけど主人公がセミ…(;´∀`)

これからも面白い記事期待してます!
3. Posted by かな   2006年08月29日 00:16
なんか切ないよ、ねじさん・・・。
4. Posted by yuyu   2006年08月29日 00:19
冬虫夏草がどんなものか初めて知りました。
5. Posted by 鈴   2006年08月29日 00:23
山田さんちの門をくぐった小学生はドラクエ好きですね☆
6. Posted by まなぶさん   2006年08月29日 00:26
全米が泣いた!
これあれじゃね?
未来の教科書に乗るんじゃねってぐらい
すべてが語られてますよね?
本出版したらどうです?
ねじさんの感受性の豊かさに感心させられます。
7. Posted by ちあつき   2006年08月29日 00:41
セミチュー
8. Posted by ぐったり   2006年08月29日 01:55
セミ嫌いがなおりました。
9. Posted by レンヤ   2006年08月29日 02:08
ここ数日文学気のある文章になってきましたね。

普通に僕は韓国版某映画をバッシングしただけなのに、
ねじさんは凄い応用を利かせてきてるよ。


兄貴には敵わないぜ。
10. Posted by 媚び   2006年08月29日 02:51
今までロム専だったのですが、あまりの切なさに初コメです。
初めまして!
こないだ路上で倒れていたセミもそんな生涯を送ったのかなと切なくなりました。
11. Posted by フィビ   2006年08月29日 02:52
今までロム専だったのですが、あまりの切なさに初コメです。
初めまして!
こないだ路上で倒れていたセミもそんな生涯を送ったのかなと切なくなりました。
12. Posted by あや3   2006年08月29日 02:52
セミってなんでおしっこするの?
13. Posted by かなこ   2006年08月29日 03:28
初めてコメントします。こんにちは

切ない話なのにセミヌードだとかセミプロだとかにいちいち吹き出してしまいました…ギャップにわらかされました…!
14. Posted by ぽこ   2006年08月29日 04:44
はじめまして。これはコメントせずにはいられません。
最高傑作です。ねじまきさんすごい!!
15. Posted by ゅぃ   2006年08月29日 10:54
"初めまして♪ネットサーフィンしてたらたどり着きましたwょろしくねb最近面白いこと無いかなぁっていろいろ探してたら見つけちゃいましたwその名も『どこよ』です!!自分の居場所を登録して友達と待ち合わせたりブログをしたりと結構面白いょ!一緒に参加しようよw携帯とPC連動だからとっても便利だしねwサイトはここ!!是非きてみてw http://docoyo.jp"
16. Posted by ima   2006年08月29日 11:56
セミなのに、鳥肌。
17. Posted by ち   2006年08月29日 12:51
5 天才です。読書感想文の題材にしていいですか??
18. Posted by 郁貴   2006年08月29日 13:10
「返事がない。ただのしかばねのようだ」で、満足です。
19. Posted by shin   2006年08月29日 13:25
あいうぃっしゅ ふぉ〜え〜ば〜♪
ん〜ふふっつふふふふ〜♪
自然とメロディが流れてきました。
20. Posted by くいな   2006年08月29日 15:17
悪役
冬中夏草

がとても恐かったです。
よくかんがえたら
すごい名前ですよね。
夏テニス冬スノボ
とは話が違う。
サークルどころか命
のっとられてますもんね。(゜Д゜;)
セミ子は産卵せずに終わりましたね。
セミヌードでにゃんにゃんしてたのかと
思ってた私はすっかり下ネタおばちゃんですね(T_T)
21. Posted by まお   2006年08月29日 16:46
あんた天才!!
22. Posted by メアリ   2006年08月29日 17:59
いよいよ作家デビューっすか?
23. Posted by ハロッズ   2006年08月29日 18:21
かまきりを飼育してたことを思い出しました。
エサは生餌・・・。

しかし私にとっては大事なペットだったのです。
24. Posted by 悩める巨匠   2006年08月29日 19:21
この文学的な叙情に

こころ揺らぐ・・・
25. Posted by 基樹   2006年08月29日 20:08
ちょこちょこ笑いどころを入れるのが
すっごいうまいですね(笑)
ドラクエの少年・・・・・・・
ツボりました(爆笑)
26. Posted by ある。   2006年08月29日 21:17
そういえば、今年セミの鳴き声聞いてへん。
27. Posted by むあさる   2006年08月29日 23:10
まず1位おめでとうございます。

最近は何だか小説づいてますね。

今回のセミの話はとても感動しました。

改めてねじりんこさんの才能に敬服いたします。かしこ
28. Posted by やべってぃ   2006年08月29日 23:42
こんな切ない気持ちで笑ったの初めてです(笑)
昨日に引き続いてねじさんの隠れた文才を垣間見た気がします。
流石だ・・・。
29. Posted by はじめまして   2006年08月30日 00:40
水を差すようで申し訳ナイんですが…

セミの断末魔ってものっそい激しいですよ。ギギギギガガガジジジジジジジジ!!!!!!って感じで、しばらくマシンの故障かなんかみたいな音出して一気に絶えます。

でも、お話は切なくて素敵でした。
30. Posted by ももちぇ   2006年08月30日 01:12
とっても久しぶりにコメします。こんわんば。
もうっ、セミヌードでノックダウンでした(笑)
ステキなダジャレの数々、胸キュンですっ!!
31. Posted by めぇ   2006年08月30日 03:02
何位になってるかって、1位になってましたよ!!!

興奮のあまり初コメントです☆
32. Posted by フィリピン   2006年08月30日 12:01

セミと言えば

私はよくセミを

食べるのですが

最近のセミは

本当においしいですね

ボンレスハム

33. Posted by maiwaku   2006年08月30日 12:23
初コメです、くだらないブログはじめてみました。よろしくお願いします。
34. Posted by うぱ   2006年08月30日 14:27
初コメです
切ない夏の終わりにぴったりの
ねじさんらしくない(?ヮラ)
ステキな夏物語…
宿題終らなくてもまぁいぃやって思えました(pq>∀・)
35. Posted by amane   2006年08月30日 21:00
ねじまきさん 素晴らしいお話しをありがとうございました。
感動のあまり初コメです。(´¬`*)

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