月曜日からお話してきた神都高千穂探訪は本日で最後です。と言っても来週また高千穂にいくのですけれどね。
さて、昨日、ひっぱった遺構の話は、この「夜泣き石」についてです。
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高千穂:夜泣き石
http://takachiho-kanko.info/sightseeing/detail.php?log=1338292849&cate=all&nav=6
村に災いがある時、石が夜なきして知らせた事から「夜泣き石」と言われている。伝説では瓊々杵尊(ニニギノミコト)の子を宿した木花開耶姫(コノハナサクヤヒメ)が、難産の末この石に抱きついてお産をしたとも言われている。
夜泣きの激しい赤ん坊はこの石に触ると泣きやむとも言われ、昔は子供を抱いた若嫁の姿を見かけたそうです。


おお、とてもありがたい逸話がありますね。あれ?でもコノハナサクヤヒメですよね?
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隣に並ぶ木が、イスノキとツバキなのが少し気になったりして。。あまり大きくないですし、近年になって植えたのか、場所が移設されたのかな?(動くという逸話もあるそうですし)

あと、もう一つ、疑問があって、実は昨日話しをしました神代川かわまちづくり計画書では、河川改修の際、この「夜泣き石」は、河川敷内に描かれていて、今後、移設されるのだなぁ。。と思っていました。
でも現場を見た時に、この「夜泣き石」のずいぶん手前に丁張がされていて、計画図と微妙に法線が違うよなぁ、と思いました。(下写真の赤白の棒が丁張(たぶん護岸位置を示しているかと。。))
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もしかすると、計画後に、やはり「夜泣き石」を移設するのは畏れ多い、みたいな話になったのかもしれませんね。
大変な調整であったと思いますが、歴史と営みを大切にして人と川を結びつける「川まちづくり」の方針としてはよかったのだと思います。