2006年06月23日

MASS-SUBCONSCIOUS〜土地の記憶と集団の深層〜

7-01.jpg

7-00.jpg◇今回の記事は、ランドスケープ専門雑誌「ランドスケープデザイン」のマルモ出版とのメディアミックスにより、2006年6月23日発刊「ランドスケープデザインno.49」と同時掲載になっています。




<今回のネットワークメンバー>
7-sekiharuko2.jpg関 晴子(せき はるこ)
STUDIO LASSO主宰
mail@studiolasso.co.uk
www.studiolasso.co.uk
<ミクシィ>

 2006年4月、一人の日本人女性のランドスケープアーキテクトが海外ランドスケープ設計事務所を立ち上げました。−英国事務所の主宰は今回の対談者である関晴子さん。
 デザインの原点に戻りたいと渡英後、多くのネットワークとコラボレーションに挑戦しながら今も世界へと舞台を広げる関さんのこれまでの軌道とそのデザインプロセスにふれてみたいと思います。
(画像はクリックすると拡大します)


日本を再発見するプロセス

宮川:
 関さんのご活躍は、以前から英国の友人から伺って非常に活動的で魅力的な人と思っていました。こうして対談できるのを楽しみにしていたのですが、まずは日本で実際に景観デザイナーとして活動していた中で、なぜ渡英することになったのかお聞きしたいと思います。

関:
 渡英のきっかけは、もう一度デザインの原理に立ち戻ってデザイナーとしての幅を広げたいと感じたことでした。私は大学で心理学を専攻したこともあり、深層心理に降りていってデザインする英国のランドスケープアーキテクト、サー・ジェフリージェリコ(註1)の考え方に興味を抱いていました。
 
 そのため渡英後ガーデンデザインのディプロマ(註2)を取得した後に、氏がかつて教鞭をとり今もそのデザイン哲学を引くグリニッチ大学大学院ランドスケープアーキテクチャーコースへ進学しました。

宮川:
 深層心理からアプローチする手法は日本ではあまり見られませんが、海外では多く意識されるところですよね。実際に日本を離れてから新たに何かを感じたり再発見することはありましたか?

関:
 東京で景観デザイナーとして働いていたときには全く気づかなかったことなのですが、海外生活が長くなり外国人の目で日本を眺めるようになると、日本の近代の景観は何か本来我々が持っていた空間的特質というものからかけ離れたところでつくりあげられてきたような、そんな漠然とした印象を持つようになりました。

 留学中に、私は大学院の卒業制作のサイトを探していたのですが、たまたま新しくオープンした東京湾のレインボウタウンを徘徊していたときに、オーバースケールの人工的な土地でつくりこまれた空間に何か理由のない居心地の悪さを感じたのです。そこで卒業制作では東京ベイをサイトに選び、失われた風景を現代に取り戻す試みを行いました。

no.1



Mass-Subconsciousの声を聞くということ

宮川:
 私たちのすむ日本において失われた風景とは?

関:
 論理的思考をもとに社会のシステムも街も構成されている西洋の文化に比べ、アジアのなかでも日本は特異な空間的特性を持っています。Boundary(境界)を多重な構造で区切るやりかた、複雑な手続きによって空間に深みをつくること、実体をあいまいなものにする光の扱い、中心を空洞化する手法など。

 江戸時代に江戸の町で一部に導入されたグリッドシステム(格子状の街路構成)が住民の手によって自然に崩されていったように、日本人が「心地良い」と感じる空間の質は西洋のそれとは明らかに違っているということです。それは遡って言えば私たちが「森の文化」を起源として持つところに大きな理由があるのではないでしょうか。

 つまり西洋と日本の違いは、直線的世界観に基づく「砂漠の文化」と円環的世界観に基づく「森の文化」の<mental necessity=精神的必要性>の違いによるものなのかもしれません。
 
 例えば敵が近づいて来た時に、森の文化においては樹木など自分を隠してくれる事物との間隔(逃走距離)が砂漠のそれに対して狭く、その間隔に対して心地良く感じる=<安全と認知する>ための空間的関係性がより多層的で複雑であったということは想像できることです。

 一方砂漠の文化では広大な空間のなかで常に絶対的な方位を確認し地面にマーキングしていく作業が必要であったために軸性を強調する都市空間が形成されていったのではないでしょうか。こうしたことは比較的新しい集団的な記憶として我々のDNAに組み込まれているものではないかと思うのです。

宮川:
 日本独自の空間特性を現代に具現化することは多くのアーキテクトも試みているところです。関さんはどういうカタチを試みたのでしょうか?

関:
 東京ベイのプロジェクトを始めるにあたっては、サー・ジェフリージェリコが唱えるところの <mass-
subconscious>
の声を聞くということを試みてみました。
 つまり私たち日本人はおなじ文化を長い歴史の中で共有しているため、共通の深層心理が深いところに横たわっており、そこに立ち戻ってデザインされたものは普遍的でありえるという考え方です。

 これは偶然なのですが、私ははじめてこれから埋め立てられる東京湾の有明北の土地に立った時に、何故か深い森をこころに描きました。あとで都庁の資料室で当時の文献を調べているときに分かったことですが、都民に東京湾のこの土地を何にしたいか、とアンケートをとった結果、80パーセントが「森か空き地」と答えたということでした。

 それで私は自分が直感的に森を連想したことに確信をもち、東京湾の真中に<FOREST CITY>をつくるというプロジェクトをすすめることを決心しました。

宮川:
 関さんや都民が心に想う深層心理において投影した<森>を東京に創出しようとしたのですか?

関:
 マスタープランにおいては、人工的につくられた地盤の下に横たわる沖積層の地形を浮き上がらせるとともに、アーバンファブリック(都市の葉脈)の形成過程において私たちのDNAが記憶しているものを都市計画に投影する手法の考案を試みました(図1)。これは都市の発展にニューロシステムのような自己増殖的な成長の自由度を持たせることによって結果的には都市が人間の身体に還っていくというプロスペクトによるものです。

 この仮説の基になったのは、「都市計画のレベルにいたるまで人間の思考(脳)が現実世界に投影されたものである」という養老孟司氏の学説(唯脳論:註3)だったのですが、もしそうであるならば投影の段階でその土地や文化に固有なスペックを与え、DNAの命じるままに増殖することのできるシステムを用意してやることで「集団の記憶」に即した景観を再生することができるのではないかと考えました。
 
 ディテールエリアにおいてはその土地固有の「空間の記憶」というものを汲み取ってデザインしていくことになります。ここでは特に日本の都市空間が排除してきた暗闇や不完全さなど、一見ネガティブで実はメンタリティとして必要なもの、清濁混合の複雑で奥行きの深い、私たちが古来持っていた魅力ある空間を現代の街に再デザインするということを考えました。

 フォーレストシティでは円環状の住居区の中心にVOIDとしての有明メモリアルパークを配し、その中央の水面の下に螺旋状に降りていく形の墓地を設計しました。これは最近知ったことなのですが、日本の古代(縄文)の村では住居を円環状に並べて真ん中を空洞にし、死んだ人をそこに埋め夜には生者と死者との交歓の祭りが行われたということでした(中沢新一「アースダイバー」2005年講談社刊)。

 これは私が無意識のうちにそうしたデザインをしたというところに何か「集団の深層心理」の働きを感じずにはいられないエピソードです。

 結果としてこの卒業制作のプロジェクトにはディスティンクション(註4)という最高の評価を頂きました。 


英国のコミュニティーインボルブメントの体験

宮川:
 大学を卒業後、関さんは英国のランドスケープ事務所に所属して、特に住民参加に携わったということですが、そのコミュニティプロジェクトについてお聞かせください。

関:
 MA卒業後はGROUNDWORKという英国全体に45の支部をもつ会社に所属し、そこで主にコミュニティープロジェクトに従事しました。
 日本で言う「住民参加の街づり」はイギリスではNPOなどの活動をはじめ、歴史的にすぐれたものがあり、是非この国から学びたいもののひとつでした。

 私は主に地方行政局管轄の住宅街のランドスケーププロジェクトを手がけましたが、住民からのヒアリングをはじめ、繰り返し根気よく住民と話し合いながら現場をつくっていくことの重要さを学びました。

 この住民参加の重要性と手法については、今後日本の公共空間の建設過程にもっと積極的に取り入れていくべきものとして広く紹介していきたいと思っています。


no,2


宮川:
 関さんはこれまで多くの国際コンペにも参加して実績もお持ちですが、特に英国で開催された「ジュビリーガーデン」の国際デザインコンテストは非常に印象が大きかったようですね。

関:
 ジュビリーガーデンは、ロンドンの中心部、テムズ川をはさんで国会議事堂の対岸にあるパブリックパークです。観光の要所にありながら30年間さまざまな問題や葛藤が発生していため、開発されずに放置されてきました。

 私はこの再開発のためのデザインコンペに先立ってランドスケープ・インスティチュートによって開かれたジュビリーガーデンのアイディアコンペにおいて賞をもらいエキシビションとコミュニティーコンサルテーションに招待されました。

 このときにジュビリーガーデンのステアリンググループのひとつ、FRIEND OF JUBILEE GARDENSの方が私のデザインに目をとめ、国際デザインコンテストに参加しないか、とのお誘いを受けました。
 しかし、当時私が所属していた会社では、プロジェクトの管轄区域が決まっていて、ジュビリーガーデンは管轄外であったためコンペに参加できませんでした。そこで私はこの機に会社を辞職しコンペに臨みました。
 
 このコンペ参加するにあたり、私はヨーロッパのプロジェクトの経験を持つ日本のランドスケープ事務所のスタジオオンサイトにコラボレーションを申し込みました。
 またかねてより日本から紹介のあったDavid Buckさん(元日建設計)に参加をお願いしました。さらに デイビッドが以前日本で交流のあったARUPのDavid Height氏に声をかけ、
[studio on site(Lead Consultant) +ARUP + David Buck Landscape Architects +Haruko Seki]のデザインチームを結成して2004年9月、私たちはコンペにエントリーしました。

 ジュビリーガーデンはロンドンの中心部、ヨーロッパで最後に残されたパブリックパークであり、またこのコンペもこの10年で最大の国際コンペといわれていたため、世界中の一流ランドスケープオフィスがこぞって参加していました。
 私たちのデザインチームは1次選考を通過して20社に残り、2次選考も突破して2004年12月のはじめに7社が審査員に対しプレゼンテーションを行うことになりました。

 結果としてこのコンペを取ることはできませんでしたが(ウィナーはオランダのウェストエイトでした)、このコンペはデザイナーとして貴重な体験であったと同時に独立への大きな転機となりました。


no,3



グローバルな拠点を持つことの意味

宮川:
 関さんは、昨年の9月に英国の永住権を取得し、今年4月には新たに事務所を立ち上げ、日本-英国−中国にも活動の幅を広げました。こうした世界に羽ばたくことになった活動のきっかけを教えてください。

関:
 私の高校時代からの友人である市野純子が、静岡と上海を拠点に2年前からビジネスを展開し東京に拠点を持とうとしていた時期と、私が英国の永住権を取得し自由な身分になったのが時を同じくしましたので、今年の4月1日より東京の代々木上原に共同の事務所を開設しました。

 英国では外国人が自分の事務所を持とうとすると、約3000万円を政府に支払いなおかつイギリス人を2人以上雇用しなくてはならないなどさまざまな障壁があるのですが、いったん永住権をとってしまうと諸手続費500ポンドほどで事務所を持つことができます。また、最大2年まで英国を離れてもステータスを失わないので、日本とイギリスを行ったり来たりすることも可能となりました。

 今後東京の事務所をシェアする友人の上海オフィスを営業活動の拠点とし、STUDIO LASSO
London, Shanghai, Tokyoというスタンスで活動していこうと思っています。

宮川:
 世界中のアーキテクトが今、中国に目を向けらられていますが、関さんにとって中国の場所性といいますか、その期待や可能性をどう感じていますか?

関:
 上海は私にとっては不思議な都市で未知な部分が多いのですが、中国の古代の都市計画にグリッドシステムが用いられていたように思考回路は日本よりも西洋に近く、なおかつ日本的わび、さびとは無縁の東洋的混沌と巨大なエネルギーを感じます。

 最近雑誌などでよく目にする”East Meats West”という言葉を都市のレベルであてはめるならば、上海もしくは北京においてではないかと思うのです。実際イギリスのランドスケープの事務所も随分中国のプロジェクトを手がけています。私も上海のプロジェクトについては今は手探りの状態なのですが、現在杭州にて開催される世界レジャー博に出展する小庭園のデザインをすすめています。

宮川:
 最後の質問になりますが、関さんがこうして国際を舞台にして活動される中での目標や今後の夢(チャレンジ)のようなものをお聞かせください。

関:
 英国に拠点を持ち続けるひとつの理由としては、ロンドンに在住することで日本では持てなかった視点を保ちたいということがあります。

 私の目指すところは西欧の思想やデザインを日本に紹介、導入することではなく、日本のアイデンティティーを守る立場を取るということです。
 数年前に日本で流行したイングリッシュガーデンにしても、表層的にかたちのみを取り入れてしまったため日本の風土やメンタリティにそぐわないものとなり、結果として消えていったという過程があったと思うのです。

 これは野望かもしれませんが、今回新しくセットアップした事務所では日本人が根源的に求める現代の庭または空間を新たに再創出していくような切り口(コンセプト)を投げかけ、ムーヴメントを起こしていくような活動ができたらと思っています。STUDIO LASSO(投なわ)というネーミングにもそのような願いが込められています。

 一方英国ではある意味で行き詰まりを感じている西洋的論理思考に対し、日本人特有の自然に対する繊細な感性、風や光、音といった目に見えないものをデザインエレメントとし、そこに立つ人に<うつろいの美>を感じさせるような空間を提案していきたいと考えています。



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no.4


註1)サー・ジェフリー・ジェリコ:Sir Geoffrey Jellicoe(1900-1996)イギリスの建築家・タウンプランナー・ランドスケープアーキテクトおよびガーデンデザイナー。氏の主たる関心はランドスケープデザインとファインアートにあり、ユングによって提唱されたsubconscious=潜在意識をデザインプロセスに応用する探究は生涯を通し続けられた。

註2)ディプロマ:Diploma 英国ではギルド制の名残で資格と職能が厳格に貼り付けられている。ディプロマは技術職に付与される初等の資格であり、その上位にHigher National Diplomaなどがある。

註3)唯脳論:1998年養老孟司著。「都会とは、要するに脳の産物である。あらゆる人工物は、脳機能の表出、つまり脳の産物に他ならない」とし、脳の法則性から人間のあらゆる活動を捉えなおして一連の脳ブームの端緒を拓いた。

註4)ディスティンクション:Distinction 英国の大学および大学院では卒業時に、公正を期するため、学外より招聘された試験官によりグレードが付与される。日本とは違い、どこの大学を出たかということより何のグレードを獲得したかが卒業後評価の対象となる。グレードは通常高得点順にDistinction, Recommen-
dation, Merit, Pass, Failの5段階が取られる。




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