昨日予告した通り、今回ご紹介するのはジェネシスが76年に発表した7枚目のアルバム、『A Trick of the Tail (トリック・オブ・ザ・テイル)』。
ジェネシスにとっては非常に大きなターニングポイントとなった作品です。
前作『The Lamb Lies Down on Broadway』のツアー中、
前作の制作中に生じたメンバーとの摩擦や、プライベートな事情もあっての脱退でしたが、当時勢いのあったバンドにとっては、彼の脱退は相当な痛手となりました。
その影響はメンバーのみならずファンにとっても大きく、脱退発覚後はジェネシス終了説まで囁かれるほど、グループは窮地に立たされるのでした。
並のバンドならここでジ・エンドですが、そこは才人揃いのジェネシス。残ったメンバーはバンドの継続を決意し、再び曲を書き始めます。
そうなると当然新しいボーカリストが必要となり、彼らはメロディメイカー紙に匿名でメンバー募集記事を掲載。
「ジェネシスのようなグループのシンガー募集」という名目で募集をかけたところ、400件ほどの応募が来たそうです。
その中からミック・スティックランドという人物を選んだものの、いざ歌わせてみると曲のキーが合わず、結局断念。
最終的に、ドラマーであるフィル・コリンズがボーカルを務めることになり、本作は完成します。
人気バンドの個性派ボーカルの後釜ということで、フィルへのプレッシャーは相当なものであったことは容易に想像できますが、実際彼はボーカリストになるのは嫌がっていたそうです。
後に世界的なポップスターになるフィルも、この頃は自分がフロントマンになることに不安を抱いていたんですね。
さて、そんなグループの存続危機を乗り越え発表された本作ですが、脱退後にスタジオを訪れたピーガブがそのクオリティに驚いたと語っている通り、非常に質の高い楽曲が揃っています。

ジャケットデザインはお馴染みヒプノシス。
彼らのファンタジックな音楽性にとてもマッチしています。
☆参加メンバー
・Mike Rutherford – 12-string guitar, bass, bass pedals
・Tony Banks – pianos, synthesizers, organ, Mellotron, 12-string guitar, backing vocals
・Phil Collins – drums, percussion, lead and backing vocals
・Steve Hackett – electric guitar, 12-string guitars
アルバムの冒頭を飾るのは①『Dance on a Volcano』。
それまでのジェネシスには無かったハードな曲調、特にフィルのドラムは躍動感に満ち溢れています。
ドラムと共に彼のボーカルも堂々としており、それでいてピーガブに寄せて上手く歌っていますね。
特に目立っているのはフィルですが、トニー・バンクスのシンセ、スティーヴ・ハケットのギターによる速弾きやユニゾンを織り交ぜたテクニック全開の演奏も聴きどころ。
ピーガブが抜けた影響をまるで感じさせない、正に噴火寸前のような緊張感に満ちた衝撃的なオープニングですね。
ド派手な①とは打って変わって、②『Entangled』は12弦ギターを活かした従来のジェネシスらしい繊細な音世界。
コーラスが際立ったサビは、プログレという枠にとらわれないボーダーレスな美しさです。
声質は似ていながらも、少し神経質な感じが好みの分かれるであろうピーガブよりも、よりソフトで受け入れられやすいフィルの声は、こういう曲調にとても合っています。
メロトロンの使い方も流石の一言で、メロディーには更に叙情性を、演奏には4人とは思えない厚みを加えてますね。
個人的にジェネシスはトニー・バンクスのバンドだと思う所以は、彼が作りだすこういうサウンドメイクにあります。
骨太なビートに乗せて、北アメリカに伝わる伝説の動物スクォンクについて歌う③『Squonk』は、中期ジェネシスのライブでは定番の人気曲。
マイク・ラザフォードのベースとフィルのドラムのコンビネーションは、ブルースロック的なパワフルなグルーヴを生み出しています。
トニーによれば、中盤はレッド・ツェッペリンの『Kashimir』を意識したらしく、どっしりとした雰囲気が確かに似てますね。
シンプルな展開ながら、ブリティッシュロックらしい奥行きのある良曲。
後にフィルはライヴエイドというチャリティーコンサートでレッド・ツェッペリンと共演しますが、その時の評判は芳しくないですね…(笑)
本人も乗り気ではなかったようですし、やはりツェッペリンの再結成は2007年の時が一番ですかね。
切なく胸を締め付けるバラード④『Mad Man Moon』においても、トニーの編曲能力の素晴らしさが示されています。
ピアノやメロトロン、マリンバ風のシンセなど、様々な鍵盤楽器を盛り込みながらもアレンジには統一感を持たせていて、キーボードだけで殆ど成り立たせているような活躍ぶり。
メロディーは甘やかで美しく、曲の展開も良く練られていますが、やはりこの曲の主役は彼のキーボードです。
どこかコミカルで表情豊かなボーカルが楽しめる⑤『Robbery, Assault, and Battery』。
フィルの子役時代の経験が活かされているというこの曲、どうしてもボーカルよりも彼のドラミングに耳が行きます。
変拍子を混ぜながら叩きまくるドラムは、当時のフュージョン系プレイヤーにも劣らないハイテクぶりで、マイク・ポートノイをはじめとする後の多くのテクニカルドラマーに影響を与えただけあります。
彼のドラマーとしての全盛期は、本作も含む70年代後半じゃないでしょうか。
プログレ界ではビル・ブルーフォードと並ぶ実力派だと言えますが、個人的にはよりダイナミックなフィルのドラムの方が好きですね。
⑥『Ripples』もまた名曲です。
この曲も12弦ギターの瑞々しい響きが空間を満たし、幻想的で美しいせせらぎに身を浸すよう。
②と同じタイプで、フィルの伸びやかなボーカルがあってこそのパワーがあります。
また、ハケット先生のさり気ないギターがあることによって、やはりプログレ感が出るんですよね。
目立つプレーは少ないものの、彼の脱退後はサウンドが大きく変わったことからも、唯一無二の個性を持ったプレイヤーなんだなと分かります。
タイトルトラックである⑦『A Trick of the Tail』は、本作でも特に聴きやすいポップなナンバー。
とは言っても、後のフィル主導のポップさとは全く違う少し霧がかかったような質感なんですが。
メロディーラインに寄り添うマイクのベースが何とも気持ちよく、キャッチーなメロディーを更に印象付けています。
リズムのアレンジはビートルズの『Getting Better』を意識したらしく、原曲の弾むようなグルーヴをジェネシスなりに再現。
この曲に関してはピーガブのボーカルの方が雰囲気的に合っているんじゃないかと思っていたのですが、実際にこの曲は『Foxtrot』に向けて書かれたものらしく、やっぱりと腑に落ちる感じがしました。
アルバムの最後を飾るのは、バンドの演奏力を存分に発揮したインスト⑧『Los Endos』。
フィルの前のめりなドラム・パーカッションや、マイクの荒れ狂うベースラインがグングンバンドを牽引します。
③『Squonk』、そして①『Dance on a Volcano』も再び登場し、最後はジェネシスお得意の壮大な締めくくりに。
終わり掛けには名曲『Supper's Ready』の一部分も歌われますが、これはピーガブに向けたもののようで、彼らの思いやりが示されています。
76年のツアーではビル・ブルーフォードと、それ以降はチェスター・トンプソンとのツインドラムで、ライブでは定番の曲でした。
鬼のような手数で叩きまくるフィルを見ると、「俺はドラマーだ!」という彼のプライドが伝わってきます。
♪まとめ
フロントマンの脱退という事件がプラスに働いたのか、本作はセールス・評価ともに大きな成功を収めました。
ピーガブの離脱を当時は受け入れられなかったファンもいたかもしれませんが、ジェネシス、そしてピーガブのその後の活躍ぶりを見ると、このタイミングでの別離は正解だったのかもしれません。
さて、この4人態勢は次作までで、それ以降はハケットが抜けた3人で続いていきます。
多くのポップスファンからすると、3人のジェネシスが一番馴染み深いかもしれませんね。
次回はそんな3人時代の作品をご紹介しますが、本作を未聴の方は是非聴いてみてください。
ポップスファンも退屈させない傑作揃いのアルバムですよ。
本作発表後のツアーの様子を収めたライブ盤。
プログレのライブアルバムの中では屈指の名盤です。