今思えば私は修二を過大評価しすぎていた気がする。

かっこよくて、優しくて、思いやりがあって、語学が堪能で、いつでも私を守ってくれる唯一無二の存在。

しかし彼は決して私が思うような人ではなかった。

確かに彼は優しかったが、束縛が激しく些細なことですぐに不機嫌になった。
また気性が荒く怒ると手がつけられない面もあり、私たちはしょっちゅう怒鳴り合いの喧嘩をしていた。

口数の少ない修二は面白みもなく、何気ない言葉に私が勝手にウケて笑うことはあっても彼が私を笑わせようと冗談を言ったりしたこともほとんどない。

いつでも部屋はしっちゃかめっちゃかでゴミをゴミ箱に捨てることすらしなかった。

語学が堪能なのも料理が得意なのも、10年以上そこに住んでその仕事をしていれば至極当然で、逆にできない方が異常だ。

そして何より、彼はいとも簡単に妻子を捨て他の女に走ったのだ。


欠点をあげればキリがないが、私は見て見ぬ振りをしていた。
というより彼を愛しすぎて、欠点を欠点とすら思わないようになっていたのだろう。

私は束縛の激しさも、気性の荒さも、口数の少なさも、部屋を片付けられない所も、そして好きな人以外にはとことん冷たい所も好きだった。

彼との喧嘩が恋しい。話さなくても分かり合えていた。散らかった部屋は落ち着いたし、イタリアは今でも私の一番好きな国だ。
好きな人以外見えない極端な彼だからこそ、私は彼をここまで好きになったのだろう。

どんな嫌なところも全てひっくるめて彼を愛していた。
修二の全てを、心の底から深く深く愛していたのだ。

少なくとも以前より前向きになり少しずつ現実を受け入れ始めた私を本格的に妄想の世界から引っ張り出したのは母だった。


修二を知る誰かに話を聞いて欲しかった私は、孫に会わせるという名目で彼女に再会した。

私の妄想の中で、母は孫を可愛がる優しい女性だった。それはただの望みだったが、いつの間にか私の中のイメージまで変化していたのだ。

そして何より母は恋愛マスターと呼ぶにふさわしい。
自分のことなると話は別だが、第三者の恋愛を彼女ほど熟知しているものは私の周りにはいなかった。


「もう無理よ、絶対。」
私と修二の話を聞いた母は、私のささやかな期待をばっさりと切り捨てた。

彼女の見解では、この状況で一年以上が経過した今、彼が私に戻って来る確率は0.1%未満とのことだった。

母は正直だ。そして言葉を選ばない。
的を得た言葉は刃物のように突き刺さり、私を一気に現実に引き戻した。

「そんなに必死になるほどいい男だったの?話聞いてる限り最低じゃない」
「もしあの子がかわいい顔してなかったら、あんたも絶対好きになってないわ」
「次が見つかればすぐ忘れるわよ」

自分でもわかっていながら認めたくない事実を、母は的確に指摘した。


私の妄想とは裏腹に、やはり彼女は孫にそこまで興味を抱かなかった。平気で娘の前でタバコを吸っていたし、あやすのもすぐに飽きてやめてしまう。
しかし、思いの外私には興味を抱いていた。

「今度あんたんち遊び行ってもいいわよ。そんな遠くもないし」

強がっているわけではなく、彼女は素で上から目線な発言をする。
しかし歯に衣着せぬ物言いで彼をボロクソに罵倒する彼女は一緒にいて気分が良かった。
彼女と一緒に修二を貶している間は一時的にだが修二との過去をネタにできた。

私は元々友達が少ない。
特に大人になってからは友達と呼べるほどの相手はほとんどできず、いくつになっても学生時代の友達とばかり遊んでいたし、修二と出会ってからはその友達とすらほぼ連絡を取らなくなった。
そんな私が相談できる相手は母しかいなかった。
親子としていい関係を築くことはできなかったが、私は今個人的に彼女が好きだ。

ちなみにマッチングアプリで知り合ったという母の彼氏は一回り以上年下の米軍だった。
全く期待を裏切らない女だな、とうとう外国人にまで手を出したのかと呆れたが、彼女が幸せそうで何よりだ。

私が作った嘘の世界は居心地が良かった。
だが、所詮嘘は嘘だ。

ひょろながい社員のおかげで少しずつ自分に起きた出来事を客観視できるようになった私は、たかだか失恋で人生を棒に振ろうとしている自分の弱さに驚いた。

思えば私は失恋という失恋をしたことがなかった。
これは自慢でも何でもなく、ただ単に本気で人を好きになったことがあまりにも少なかったおかげだ。
本気になったとしても2、3ヶ月で飽きて連絡を取らなくなり、そのうち向こうから別れを切り出してくる。
もちろんそれでショックを受けるはずもなく、振られたという事実はあっても私の中で失恋という括りには入っていなかった。
振られた、つらい、死にたい、そんな経験は修二が初めてだったのだ。


周りから見れば、これはただの失恋だ。
しかし、免疫のない私からすれば人生を大きく変えてしまうほどショッキングな出来事だった。
彼氏に振られたショックで手首を切った友人に心底引いていたが、今となっては痛いほど理解できる。手首の一つも切りたくなるだろう。

しかし、このまま妄想の世界で生き続ければ、私は彼との思い出を永遠に美化し続けるに違いない。永遠に彼に縛られたまま人生を終えてしまうのだ。

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