前回の記事から相当間が空いてしまいました。。。
お久しぶりでございます、あねかわです。

ここのところ暫く多忙な日々が続いていたのですが、ようやっとひと段落付きそうなのでリハビリを兼ねてブログのほうも再開したいと思います。乱文ご容赦下さい。
・・・とは言ったものの、今年に入ってから殆ど咲活(咲-Saki-に関する活動)をしていないので、大したネタも無い状態でして、う~ん・・・。
悩みつつ過去のブログを読み返していたら、そういえば姉帯さんの六曜の件について放置していたことに気が付きました。以前に(だいぶ昔ですが)家紋から紐解く、姉帯姓と六曜の関係 という記事を書いたのですが、その後も細々と調査を続けておりまして、それなりにネタも集まりました。
そこで、今回は後日譚・・・というかたちで調査の中間報告をしてみたいと思います。



柩(ひつぎ)をめぐる冒険

以前、浄法寺の歴史民俗資料館の方に姉帯家の家紋の調査を依頼した際、墓地に赴いて「墓石に刻まれた家紋を調べる」という調査を行って頂いた事がありました。
残念ながら、浄法寺地区には六曜紋を持つ姉帯家は存在しなかったのですが、それならば他の地区ではどうなのか・・・。という事で、昨年末に浄法寺を訪れた際、他の地区の墓地に赴いて家紋を調査してみました。

調査対象としたのは、一戸町の広全寺実相寺
かつて一戸氏が居城としていた一戸城跡のすぐ近くで、「丸に六曜」を家紋としていた一戸氏ゆかりの地であれば何か手がかりがあるのでは・・・と思い調査に至りました。
広全寺

一戸地図
地図だとこの辺り

二つのお寺の墓石をくまなく探し回ったところ、ここにはおおよそ10軒ほど「姉帯家」の墓石があることを確認しました。そして、その墓石に刻まれていた家紋は・・・、「五三桐」「丸に花菱」「上がり藤」。

家紋01
「梅鉢」が主だった浄法寺地区の姉帯家とは、また別の系統という事になるのでしょうか・・・?
しかし、残念ながら肝心の六曜紋は発見できず。他の家の墓石にも六曜を見つけることは出来ませんでした。う~ん、残念・・・。

これだけでは調査としては不十分かな・・・と思い、念のため浄法寺近辺の家紋も調査してみました。以前、浄法寺歴史民俗資料館の方にご調査頂いてたのですが、自分の目でも確かめておきたかったもので。


福蔵寺
場所は浄法寺・寺ノ上地区の福蔵寺

こちらでも数軒の姉帯家を確認。
頂いていたレポートどおり、やはり梅鉢と四つ目菱が多かったです。そして、レポートには無かった「丸に木瓜」紋も発見。

丸に木瓜

しかしこちらも六曜紋には掠りもせず・・・。
う~ん、やはり家紋からのアプローチはこれが限界なのだろうか??



七曜 ≒ 六曜 !?

浄法寺地区の調査も行き詰まったかのように見えたのですが、その突破口は思わぬところにありました。
このブログをお読みの方ならご存知の・・・

姉帯製菓さん
浄法寺にある、姉帯製菓さん。

以前に訪れたときは休日でお休みだったのですが、幸運にもこの日は開いておりました。
折角なので何かお土産でも買っていこうと思い、店内に入ってショーケースを眺めていたら・・・

姉帯製菓
そこにあった「玉子パン」。

七曜!?
!!??

これは長い間捜し求めていた六曜紋!?

・・・と思ったけど、よくよく見たら星の数がひとつ多い「七曜紋」でした。
いやしかし、あと星ひとつの差まで迫るニアミスに私は密かに興奮いたしました。この発見によって、立先生が「七曜からインスピレーションを得て六曜を考案した」という説が可能性として浮上してきたのです。まぁ、立先生が姉帯製菓さんに立ち寄って、この玉子パンを見た・・・ってのが前提となる苦しい説ですが(笑)

でもでも、浄法寺の姉帯家で七曜を家紋に持つ家は無いはず・・・。なのにどうして七曜なのでしょうか??

実は過去に、姉帯家は七曜を家紋としていた?
それとも縁のある他家の家紋??

どうしても気になって仕方の無かった私は、後日電話にて姉帯製菓のご主人に尋ねてみました。
その結果は・・・

「特に意味は無い」

との事でした。あらら・・・。
この玉子パンを作る型自体は昔から使われているものらしいのですが、そこに何かの意匠や意味などは無いみたいです。何となく釈然といたしませんが、ご主人が言うのであれば仕方がありません。

しかし梅鉢といい、今回の七曜といい、惜しいところまでは来ているのですが本丸を攻めきれないもどかしさ・・・。だからこそ考察は面白いんですけどね(笑)

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う~ん、久々のブログ記事でとりとめのない文章になってしまった・・・。
でもこんな感じで、これからもぼちぼちと考察やら探訪を続けていきたいなぁ・・・と思っております。

どうぞ、今後とも御見知り置きを!!