さて、ちょっと間が空いてしまいましたが、前編からの続きです。


 あねたい村は 東西南北の境界を地蔵によって封印されている場所にある


という仮定のもと、封印となる地蔵を見つければきっと場所が特定できる・・・と思ってたのですが、肝心なのは「どうやってその地蔵様を探し出すのか?」ですよね。
まさか片っ端から岩手県内の地蔵様を調べ廻る訳にもいきませんし、かといってネットでの検索で簡単に見つかるような代物でもないでしょう。はてさてどうしたら良いものか・・・、私は途方に暮れました。


 ・・・な~んてね。


実は私、だいぶ前からあねたい村の封印について、そして封印となる場所についての仮説を組み立てていたんです。当時はまだエリアの絞込みができない(そもそも現存する場所かすらも怪しい)状態だったので調査に踏み切れずにいたのですが、今回めでたく「岩手県の北の方」という具体的なヒントが提供されましたので、本格的な調査に踏み切ることにいたしました。

あねたい村の封印となる場所を突き止めるキーワード・・・。
それは「さえのかみ(さいのかみ)」です。


・・・1年ちょっと前、私が姉帯地区および九戸村を訪れたときのこと。
そのときの探訪記を以下に再掲いたします。

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・妻ノ神(さいのかみ)
九戸村に入っても民家の無い山道は続きます。そして、ちらほら民家が見えてきた頃には、姉帯戸田線終点近くの妻ノ神(さいのかみ)地区に突入しておりました。
妻ノ神
ここでも「姉帯」成分を摂取。

・・・既にお気付きの方もいらっしゃると思いますが、この「妻ノ神(さいのかみ)」という地名。これは集落の境界などに祀られる道祖神の事であり、場所によっては「塞の神(さえのかみ)」とも呼ばれています。
そして、この「さいのかみ」。形状は色々あるようですが、厄災の侵入防止や子孫繁栄等を祈願するため、道端に祀られているようでして。
・・・姉帯さんが好きな方ならご存知だとは思われますが、八尺様というお話。このお話の中で、八尺様の移動を封じるために「村境に地蔵を祀った」という記載があるんです。

 これって、「塞の神」のことではないでしょうか?

もしも、姉帯さんの設定のベースにこの八尺様があって、出身地もこのお話がベースなのであれば・・・。

八尺様のお話より八尺様がよそへ移動できる道というのは理由は分からないが限られていて、その道の村境に地蔵を祀ったそうだ。 八尺様の移動を防ぐためだが、それは東西南北の境界に全部で四ヶ所あるらしい。

・・・つまり、四方を「さいのかみ」に囲まれた場所があねたい村、すなわち姉帯さんの出身地なのではないか??
そんな仮説をふと、思いついてみました。
実際に九戸村以外にも、二戸市に「妻ノ神」という地名が複数あります。これは少し追ってみる価値あるかも・・・。


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 四方を「さえのかみ」に囲まれた場所があねたい村

・・・当時はいまいち確証が持てず、何だかんだでお蔵入りしていたこの仮説。

それをを再び掘り起こす日がやってきました。


ーー 機は熟した




さえのかみMAP

ここから先はいわゆる力技パワープレイです。

もうとにかく片っ端から「さえのかみ」「さいのかみ」と名の付いた地名を探し出し、それを地図上にプロットしていく単純な作業。でもこれが結構骨の折れる作業なんですよ・・・。
ちなみに。今回は念のため捜索範囲を北東北一帯と広めに設定し、悪霊の侵入を防ぐため村境・峠・辻などにまつられた神という意味を持つ「塞の神塞神)」「妻ノ神妻神)」「障の神障神)」「賽の神」といった地名を探し出して地図上にプロットいたしました。

※ あと、これ以降は上記の地名を総称して「さえのかみ」と記載を統一いたします。
※ 実際には「さいのかみ」ほうが多いのですが、咲-Saki-ファンなのでこちらを選びました(笑)



さて、気になる結果ですが・・・。
まずこれは、実際の地図データをご覧になっていただきたいと思います。


●妻ノ神MAP
https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zGSsjlpGn8FQ.kXbnpEBsBNDI


mapping
こんな感じの地図


・・・まず八戸市、なにがあった!?


八戸市街の南側、具体的には八戸市南部~三戸郡あたりに「妻ノ神」という地名がみっちりと密集しております。何か念入りに塞がなくてはならないものでもあったのだろうか・・・?
純粋に「さえのかみ」に囲まれたエリアを探しているならば間違いなく本命のエリアなのでしょうが、「岩手県の北の方」って条件がありますからねぇ・・・。
残念ながら、今回は泣く泣くスルーです。でも気になるよね・・・。

・・・あと、考察からは逸れますが、岩手県・一ノ関市ですごい「さえのかみ」を発見いたしました。
薄衣塞の神


 薄衣塞の神(うすぎぬさいのかみ)


墨初美、天江、臼沢さん、あとちょっと苦しいけど代小蒔(笑)
これだけ咲-Saki-要素がてんこ盛りな地名、全国規模で見ても珍しいのではないでしょうか??
だが、残念ながら一ノ関市は岩手県・南部に属する都市。こちらもスルーです。


うーん、視覚化してみると案外「岩手の北の方」と言える場所の「さえのかみ」って少ないんですよねぇ・・・。もうちょい数あると思っていたんですが、これは計算外だった。

とりあえずは列挙してみると・・・

二戸市野々上妻ノ神
二戸市福岡妻ノ神
九戸村妻ノ神

あとは北の方と呼ぶにはちょい微妙なラインですが、

八幡平市妻の神キャンプ場
雫石町妻ノ神沢
滝沢村妻の神

くらいですかねぇ。う~ん・・・。



サエノ線

サンプルの少なさはさておき、これらの「さえのかみ」って一体どんな位置関係にあるのでしょうか?
そして、その位置関係から「村」の存在を導き出すことは可能なのでしょうか??

・・・残念ながらGoogleマップだと市町村の境界線が分かりづらいですし、何よりも過去の市町村データが関連付けられない。なので、ここから先は自作の地図を使って解説してみようと思います。
拙い出来ですが、どうぞご容赦下さい・・・。

まずは現在の、岩手県北部の市町村区分。
岩手県北部2014
2014年時点

そして遡ること70年前、1944年時点の地図がこちら。
岩手県北部1944
1944年時点

んん~。ゴチャゴチャしてて分かりづらいですね・・・。
もうちょい範囲を絞ってズームアップしてみましょうか。
北部拡大
拡大図

現・二戸市、一戸町、九戸村あたりを中心にだいぶ拡大してみましたけど、それでもまだ込み入っていますね。まぁ、この頃はほとんどの自治体が「村」なので当然っちゃ当然なのですが・・・。
せっかくなのでもう一手間、更に絞込みをしてみましょうか。

本考察の前編でも言及いたしましたが、八尺様の舞台となった土地は

 今は○市の一部であるが、昔は×村

というヒントがありました。

ならば、上記の条件に当てはまる場所をフィルタリングしてみるとどうなるか・・・
村の条件絞込み
濃い色の「村」が条件一致

うん。だいぶすっきりしましたね。これなら何とかなりそうな気がする。
ではここに、先ほどプロットした「さえのかみ」のデータを移植してみましょう。

えいっ!
サエノ線
とりあえず北の方の三箇所を

ふんふむ、こうやって見るとほぼ一直線に「さえのかみ」が並んでいるのですね。
ひとまずはこのラインを仮の防衛線に設定いたしましょう。マジノ線ならぬサエノ線、ですね。



一の結界

しかし、この三箇所だけで村を「囲む」のはちょいと無理があります。
かといって、この防衛ライン・サエノ線を放棄するのは忍びないですね・・・。ってことで、切り口を変えて調査続行。地名に限定せず手当たり次第に「さえのかみ」に関連する何かが無いか、ひたすらネットで検索してみました。

そして、「二戸市 さいのかみ」で検索してみたところ・・・

 賽の神(さいのかみ)のエドヒガン

という立派な桜の木が二戸市内にあることが判明しました。

エドヒガン
これはなかなかに立派な桜

更に、観光ポータルサイトの説明文を見ると・・・

その男神岩と女神岩周辺の二戸市石切所奥山地区と上里地区の境あたりに「賽(さい)の神」の祠があり、そばには毎年見事な花を咲かせるエドヒガンザクラがあります。賽の神は、道祖神の事で村境を守り、行路の安全を保障してくれる神として信仰されています。

うん。
これは間違いなく、私が探し求めていた「さえのかみ」そのものですね。しかも名前だけではなくちゃんと祠まで遺されているのだから、100パーセントの信頼を置けるでしょう。ここも地図に追加です!
賽の神のエドヒガン
ちなみに場所は二戸駅の西側、サエノ線からはちょっと外れた場所になります。

これで現・二戸市内に「さえのかみ」が三箇所・・・。サエノトライアングルが形成されました。
・・・どうせならあと一箇所、東西南北の結界を完成させたくなるのが人の情というものですよね(笑)

ここで私は金田一村周辺に焦点を絞り、「さえのかみ」に関係するものが遺されていないか調査を続けました。あいにく有力な情報は見つからず途方に暮れていたのですが・・・、改めて地図を見直していたところ、意外なところから突破口が見つかりました。

それは岩手県のお隣、青森県・三戸郡南部町という場所にありました。
南部町さえのかみ
三戸郡南部町鳥谷妻神

この「さえのかみ」。
区分上は青森県になるのですが、位置的には岩手・青森の県境のすぐ近く。しかも境界線のくぼみにすっぽりと収まるような位置に存在します。距離的にも岩手県内にある他の「さえのかみ」と近いですし、これは考慮に値するのではないでしょうかね?

もう一つの「姉帯」ちなみに、このすぐ北には「姉帯」という地名が存在します(青森県南部町大字平字姉帯)。
今回の情報が公表されるまではこっちの「姉帯」もあねたい村の候補地として密かに注目していたのですが、めでたく候補から除外されました(笑)


・・・閑話休題。
既にお気付きの方もいるかと思いますが、南部町の「さえのかみ」を加えたことで、とうとう四方を「さえのかみ」に囲まれたエリアが出現いたしました!
結界その一
一つ目の結界

昔の市町村区分でいえば、金田一村の東側、爾薩体(にさったい)村の北側あたりを取り囲む結界・・・。これを仮に「一の結界」と呼ぶことにいたします。
・・・ちょいと中二病っぽいネーミングですが(笑)



二の結界

ひとまずは「一の結界」という当たりをつけられたわけですが、「村」を囲んでいると言うには範囲が狭いんですよねぇ・・・。金田一村も爾薩体村(にさったいむら)も、全体が結界に含まれているわけではありませんし。
まぁ明治以前まで時代を遡れば村の区分も更に細かく分かれていたらしいのですが、ここから先は古地図を引っ張り出すレベルのお話になりそうなのでいったん棚上げです。
・・・それに、もっと調べれば、新たな「さえのかみ」や結界が見つかるかも知れませんしねっ!
てことで、一の結界はさておき調査続行。先述の青森県の「さえのかみ」の件もありますので、今度は市町村の縛りを緩くして「さえのかみ」に関するものなら何でも・・・というスタンスで探してみました。

そしてそして。・・・地名ではありませんが「妻ノ神」という名のバス停を発見いたしました!

九戸郡軽米町のほぼ中央、そこに「さえのかみ」はありました。

バス停
妻ノ神バス停

・・・残念ながら周辺に「さえのかみ」的な地名は残っていないのですが、わざわざバス停にその名を遺しているくらいですし、過去に何らかの「さえのかみ」がこの周辺に祀られていたと考えて良いのではないでしょうか??

ちなみに場所はこのあたり。
さえのかみバス停
「さえのかみ」バス停、追加

・・・するとどうでしょう。
先ほどの「一の結界」よりもさらに広範囲を取り囲む、新たな結界の存在が浮かび上がってきました。
結界その二
二つ目の結界

この結界を仮に「二の結界」と呼びましょう。この結界は爾薩体村(にさったいむら)を完全に包囲するだけでなく、周辺の村まで影響が及んでいる非常に広い結界です。
そして偶然かも知れませぬが・・・、二の結界のほぼ中心には「折爪岳(おりつめだけ)」という山があります。

・・・これは仮説に仮説を重ねた上での、更に仮説になるのですが、

 姉帯豊音が住んでいた『山奥』とは『折爪岳』の山中である

な~んてセンもあり得るのではないか・・・、と勝手に妄想してみたり。



九つの戸と、四つの門

ここまで「一の結界」「二の結界」と二つのあねたい村候補地が見つかった(強引に作り上げた)訳ですが、それでも私にはどうしても腑に落ちない部分がありました。
それは八尺様のお話にもあったヒントの記載、「東西南北の境界に」ってところです。

綺麗に東西南北に「さえのかみ」が配置されているのならば、その結界はダイヤマークのような形になる筈。しかし一の結界二の結界、ともに形がいびつで方角がずれている

一旦気になり始めると、こういうのって違和感がどんどん増長していきますよね・・・?(笑)
やはり「さえのかみ」封印説には無理があったのでしょうか、それとも解釈の仕方に問題があったのでしょうか・・・。疑念を晴らすべくしばらく文献などを漁っていたのですが、その答えは思わぬところに提示されておりました。


かんむりとかげ
姉帯さんの村と糠部、また遠野との繋がりについて

皆さんご存知、かんむりとかげ・つん様の考察記事であり、私がブログを立ち上げるきっかけとなった記事でもあります。
「灯台下暗し」とは、まさにこの事ですね・・・。

で、注目して頂きたいのは文中の「四門九戸の制」のところ。
詳細な内容や分かりやすい図解についてはとても私が敵うところではないので、ここではその内容をざっくりと噛み砕いて説明します。

四門九戸の制はるか昔、岩手県北部および青森県東部は「糠部(ぬかのぶ)郡」と呼ばれる一つの地域として治められてきました。そしてその郡内では主だった地区に一戸から九戸までの九つの「戸(へ)」に分け、余った辺地を四つの東門西門南門北門と呼びました。
※ 四門については、南門が一戸・二戸、西門が三戸・四戸・五戸、北門が六戸・七戸、東門が八戸・九戸を差すとする説もあります。

んで、ここで出てくる四つの門についてですが・・・
九戸四門2
同じことをやっているのに美的センスの差が顕著に・・・

余っていた土地に割り当てた影響か、実際の方角とずれているのですよね。
これまた仮説ですが、「東西南北の境界」の東西南北とは四門を基準にした方角なのではないかな、と。

特に、二の結界に関しては・・・
四門と結界2
四門と結界の相関図

四つの「さえのかみ」の位置が、四門の方向とほぼ一致しています。
これを必然と捉えるか、単なる偶然と捉えるかは貴方次第です・・・。



姉帯氏の末裔と「あねたいエリア」

・・・とまぁ、色々と試行錯誤してみたのですが、私の結論としてあねたい村は「旧・金田一村の東側」。或いは「旧・爾薩体村(にさったいむら)」あたりの可能性が高いのかなぁー、と考えております。

こちらもかんむりとかげさんのブログ記事からですが・・・

かんむりとかげ
14巻のメモと斗米駅

こちらでつんさんが定義されているあねたいエリア
今回の考察で定義した一の結界に囲まれたエリアである旧・金田一村の東側は、いわて銀河鉄道線の駅「金田一温泉駅」がある場所。そして旧・金田一村は「 戦国武将・姉帯氏の生き残りが九戸の乱後、人目を忍び隠れ住んだ 」という謂れがある場所でもあります。

ちょっとスケールの大きいお話になりますが・・・

 姉帯豊音は 戦国武将・姉帯氏の末裔である

という説なんていかがでしょう?

そして、結界は「村」から外へ出れないようにするものではなく、「村」を護るためのもの。八尺様のお話では村の内から外へ出ないように封印が施されていましたが、その逆のパターン。
姉帯豊音の存在を隠すために、結界を張って外部からの干渉を遮っていた、というストーリーも我々は考慮すべきなのではないでしょうか?

・・・だとすれば私は、ますます熊倉トシがどうやって姉帯豊音を見つけたのかが気になります。
そりゃ確かに「人材発掘が得意。」とは明言されておりますけど、結界を突破してまで見つけ出すとは相当なアレですよね・・・。


また、「二の結界」でその全域を覆われている旧・爾薩体村(にさったいむら)はいわて銀河鉄道線の「斗米(とまい)駅」がある場所。

斗米≒トヨネ」説。

私は大いにアリだと思います。
また、「山奥の村」というシチュエーションを最大限に尊重するのであれば、折爪岳の麓というロケーションは大変魅力的に映ります(金田一あたりだと山奥感は若干薄いので・・・)。ひょっとしたら、折爪岳に関わる伝承などを掘り起こせば更なるヒントが見つかるかも・・・。



設定の黄金比率

私個人の見解である、と前置きして。
姉帯豊音の設定は、「山女」と「八尺様」のハイブリッドであると私は考えます。特に宮守女子に関しては、1人のキャラクターに複数の要素がブレンドされているように私は感じました。

たとえば、胡桃ちゃん。
彼女の設定には、「カクラサマ(鹿倉)」「座敷童子(彼女の能力・容姿)」「クラワラシ(胡桃を投げる)」という3つの要素がブレンドされています。

同じように姉帯豊音も「山女」と「八尺様」の要素、両方が含まれているのではないかなと推測いたします。ただまぁ、その比率(どちらをより重視しているか)については、これはもう立先生の匙加減ひとつですよね・・・。その辺りを探るのも、考察の楽しみの一つですが(笑)


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最後に。
これだけ長々と語っておいて言うのもアレですが、今回の説はあくまでも仮説です。
この物語はフィクションで云々・・・、ってアレと一緒ですね。
ひねくれた暇人の戯れだと思って、軽く読み流していただければ幸いです(笑)

それでは、最後まで読んでいただきありがとうございました!