咲-Saki-

永水航路 3 - 霧島の姫は、深山幽谷の頂で天逆鉾の夢を見るだろう -

2016/8/30

朝の5時に起床。
ぼんやりと霞がかった頭を無理矢理叩き起こし、手短に身支度を整えてホテルをチェックアウトする。そして鹿児島中央駅から特急に乗って霧島市の霧島神宮駅を目指す。

霧島市

◎鹿児島県・霧島市
人口:125,876人
面積:603.18平方km

鹿児島県本土の中央に位置し、県内県で2番目の人口規模を有する市である。交通の要所として古くから鹿児島県内有数の都市として発展し、また鹿児島空港の開港、九州自動車道の開通による地理的な条件を生かし、国分隼人テクノポリスの指定を受けて、ハイテク産業が発展した。一方で日本百名山の霧島山や、鹿児島神宮の初午祭、霧島温泉郷や日当山温泉、妙見温泉などの温泉で知られる観光地でもある。
(Wikipediaより抜粋)

― 今回目指す霧島神宮は、市の北東に位置する。この一帯は霧島山を中心とした霧島ジオパークに指定されており、その雄大な自然を目指して毎年多くの観光客が訪れる。また霧島神宮は南九州最大の神宮として知られ、こちらも多くの参拝客を集めている。
そして霧島市は、永水六女仙の長である神代小蒔(じんだいこまき)の出身地である。


特急に揺られること約1時間、午前7時に霧島神宮駅に到着。
霧島神宮駅

この日は台風の影響か、半袖では少し肌寒いくらいの陽気だった。8月としては異例の涼しさだ。ひんやりとした空気の冷たさに、私は軽装で来たことを少し後悔した。
ここからバスを二本乗り継いて、高千穂河原ビジターセンターへ到着。今日はここから高千穂峰(たかちほのみね)の登頂を目指す予定だ。
登山MAP
高千穂峰は宮崎県と鹿児島県の県境に位置する火山で、標高は1,574m。
ビジターセンターから山頂までは登りで1.5時間ほどで、登山としては比較的短時間で済む部類だ。
(しかし、今回はこの慢心が元で後々痛い目に逢うのだが・・・)

軽く準備体操を行い、いざ出発!
・・・と、その前にスマホでフェリーの運航情報をチェックする。その結果は・・・本日運行!!
今日も欠航だと旅の予定が崩壊していただけに、何とか計画通りに旅が続けられそうでほっと胸を撫で下ろす。

さて、気を引き締め直して登山開始だ。
まずは旧参道だった砂利道を登り、霧島神宮跡を参拝。

11巻表紙カット
ここは単行本11巻の表紙にもなった場所だ。

神宮跡
鳥居の先はかつて神宮の建物があった痕跡が僅かに残るのみ。手を合わせて一礼し、旅の無事を祈願する。

ここから自然遊歩道を経て、登山道入口へ。
登山道入口

石畳で整備された道をしばらく登っていくと、視界が開けて足元が砂地へと変わる。
高千穂01

ここからが高千穂峰登山の第一の難関だ。

ざれ場
砂と岩が混じった急斜面は非常に登りづらく(登山用語で言うところの『ざれ場』だ)、一歩進んでは半歩下がり・・・の繰り返し。慣れていないと、次の歩の進め先にも迷ってしまう。
それでも何とか這い上がるようにして登ること20分、ようやっとこの難所を乗り越える。


火口跡
急斜面を乗り越えた先に見えたのは、巨大な火口跡。通称・御鉢(おはち)と呼ばれている場所だ。
天気の良い日はここから霧島一帯の眺望が楽しめるのだが、生憎この日は視界が悪く、下界の風景は殆ど見えなかった。

そして、ここからが第二の難所。火口沿いをぐるっと巡る狭路、通称・馬の背だ。
馬の背
道幅は1.5m~2mほど。平地であれば苦も無く歩ける幅だが、両側から吹き付ける突風が厄介だ。特にこの日は風が強く、時折バランスを崩しそうになった。ひとたび足を踏み外せば滑落の危険もあるだけに、ここを通過するには細心の注意が必要だった。
身を屈めるようにしてゆっくりと靴底を摺るようにして慎重に歩みを進め、何とかここも突破。身体も心も冷え切る思いだった。

ここから登山路は一旦下り道になる。足元が不安定な砂地の道をゆっくりと歩を進めると、再び道は平坦となる。
そして、下った先に鎮座していたのは、霧島神宮の元宮だった。
霧島神宮元宮
一説によると、元々霧島神宮はこの位置に建てられていたのだが、火山の噴火による出火で炎上し、麓の古宮の場所へ移されたのだそうだ。しかし、その古宮も火山被害に遭い、現在の霧島神宮の位置へと再度移されたとの事だ。
咲-Saki-単行本11巻の表紙にも古宮が選ばれていることを鑑みると、「霧島神境への入口」とは古宮、或いは元宮の位置から辿り付ける場所なのではなかろうか??
あくまで私の仮説だが、神境とは過去の在りし日の霧島神宮の姿なのではないか・・・と考える。

古宮にも軽く一礼し、頭上に見える頂上を目指す。
時折濃い霧が視界を阻み、雨混じりの強い風が容赦なく私の身体を打ちつけた。延々と続く上り坂に何度も歩みが止まりそうになるが、それでも案内板に刻まれた頂上までの距離の数字を信じ、一歩一歩前へと足を踏み出していく。

頂上手前
― 目指す頂上はもうすぐだ


― そして時刻は11時45分、頂上に到着する。
頂上01
折からの強風は更に激しさを増し、風上を向くと呼吸が苦しくなる程だ。辺りもまるで雲の中に入ったかのような濃霧に包まれ、周囲の風景は全く見えない。そこに高千穂峰の山頂の証である天逆鉾(あまのさかほこ)が無ければここが頂上であるとは気付かなかっただろう。

天逆鉾といえば・・・
アニメの天逆鉾
アニメ1期の最終話で、神代小蒔が天逆鉾のようなものを卓に突き刺すシーンがあった。現時点では原作でも天逆鉾は登場していないが、今後彼女の能力の全容が判明していく過程で天逆鉾の描写が出てくるのだろうか?

天逆鉾
こちらが実物の天逆鉾。

但しこれはレプリカで、本物は火山の噴火で折れてしまったとの事。柄の部分は地中に、刃の部分は人手を転々と渡って現在は行方不明になっているらしい。
天逆鉾については、坂本竜馬が引き抜いたなど幾つか逸話があるのだが、いずれもその真偽は(そもそもこの高千穂峰に存在していたのかも含め)定かではない。・・・ひょっとしたら、霧島神境が存在する咲-Saki-世界では、完全な形での本物の天逆鉾がここに鎮座しているのかも知れない。

もう少し頂上に居たかったのだが、流石に身体が冷えてきた。
まだまだ先を急がなくてはならないし、天候もいつ雨が降り出すやも分からない不穏な状態。ゆっくりしている余裕は無かった。
私は後ろ髪を引かれる思いで頂上を後にする。


下り道は、登りの時にも増して厳しい状況になっていた。
馬の背では台風並みの暴風が左右から襲い掛かり、一時歩けなくなるくらいだった。姿勢を低くしてじっと耐え、何とか乗り切る事が出来たが寿命が縮まる思いだった。そして下りのざれ場は更に難所で、足場を踏み外し何度も転倒した。更に途中から雨が降り始め、視界は霧で10m先も見えないほど。肌を打ち付ける水滴が容赦なく体温を奪い去っていった。
朦朧とする意識の中、「いっそこのまま神境に迷い込めばいいのに・・・」とも思ったが、邪念の塊である私には到底叶わぬ夢。気が付けば霧は晴れ、舗装された登山道に辿りついていた。・・・神境に到達するにはまだまだ修行が足りないという事か。

ここから先は比較的歩きやすい下り坂・・・なのだが、疲労した身体には石畳の道がきつく感じる。スピードが出過ぎないように細心の注意を払いながら一歩一歩進んでいき、予定より30分ほどオーバーして麓のビジターセンターに帰還。

ビジターセンターより
まだ肌寒くはあるが日も照っており、先ほどの雨と霧は何だったのか・・・という思いが去来する。あれは神境が見せた幻だったのだろうか??

軽く一息ついた所で霧島市街行きのバスが到着。余韻に浸る間もなく霧島の市街へと引き返す。霧島神宮前で降りて軽く昼食をとってから神宮を参拝する。やはり九州一の神社というだけあって、境内には多くの観光客が居た。


霧島神宮
霧島神宮を参拝し、舞台探訪も少し。

第73局
第73局・扉絵

神宮から少し歩いて、霧島小学校の近くへ。
比較
全国編アニメはるるのカット
全国編アニメ・第2話のカット

そして霧島神宮駅行きのバスに乗って、霧島神宮駅へ帰還。そこから在来線に乗って鹿児島市外まで帰還。レトロチックな列車の内装が心地良い旅情を感じさせた。



●神境はいったい何処に

少し固めの椅子に腰掛け、私は神境の姫・神代小蒔のことについて考える。

  彼女はまたどこかで深い眠りに就いているのだろうか?
  ここではない、どこか別の世界に居るのだろうか?
  そこには他の六女仙も居るのだろうか?

・・・彼女たち(他の六女仙も含めて)について、私達が知っている事柄はごく僅かだ。
彼女たちが住まう神境は神宮とは別であること、そこは山奥の隠れ里のような場所であること、彼女たちはそこで日々修行に勤しんでいるということ・・・。深く知ろうとすればする程、彼女たちの本質は深い霧に包まれて見えなくなってしまう。そう、私が高千穂峰で見た深い霧のように、だ。
やはり古宮の場所が神境の入口だったのだろうか? それともさらに奥の宮の可能性もあるのか??
・・・今の私の想像力では納得の行く答えには辿りつかなかった。

時刻は夕刻、車窓を流れる黒い木々の影を目で追いながら、いつしかうとうとと眠りについていた。高千穂峰で体力を消耗したせいか、頭までどっぷりと温かい泥の中に浸かっているような気だるさが全身を支配していた。終点の鹿児島中央駅に到着しても、席を立つのにはそれなりに気力を振り絞る必要があった。

市内で軽く夕食を取り、徒歩で鹿児島埠頭へ到着したのが午後8時半。

としま01

― 夜はまだまだこれからだ

永水航路 4 へ続く・・・



永水航路 2 - 屋久の巫女は薄墨色の空の彼方に明日の平穏を願う -

2016/8/28

ホテルで軽く朝食を取り、そこから徒歩で鹿児島南埠頭へ。
ここからフェリーに乗り込み、向かうは南。

フェリー屋久島
行き先はここから片道4時間、世界遺産にも登録されている離島・屋久島だ。

屋久島

◎鹿児島県・屋久島町
人口:12,767人
面積:540.48平方km

文献に表れるのは中国の歴史書『隋書』大業3年(607年)煬帝の代に「夷邪久国」の記述が見えるのが最初で、屋久島の事と推定される。日本では『日本書紀』推古天皇24年(616年)に掖久(やく)人30名が帰化した、とあるのが初出。安土桃山時代には豊臣秀吉の命によって屋久杉が運ばれ建材に採用される。江戸時代(宝永5年)1708年、鎖国政策の中でイタリア人司祭のジョバンニ・シドッチが侍の変装で屋久島に上陸。本土に送られ新井白石による『西洋紀聞』の元となる。
(Wikipediaより抜粋)

― 本土から屋久島へのアクセス方法は3種類。片道4時間のフェリー、片道2時間の高速船、そして片道35分の飛行機。それぞれ一長一短があるが、今回は旅情を満喫すべくフェリーを選択した。潮風に当たりながらのんびり行くのも悪くないだろう。
そしてこの屋久島、永水六女仙のひとり・石戸霞(いわとかすみ)の出身地でもある。

フェリーに揺られること4時間、到着した先は島の北東部にある宮之浦港。そこで私を待ち構えていたのは、南国特有のスコールのような大雨だった・・・。
雨の屋久島
軒先に身を隠し、私は天を仰いで途方に暮れた。このあとバイクを借りて島内を散策する予定だったが、とても真っ当に走れる状態ではない。ショップの人に港まで迎えに来てもらい、雨具で装備を固めたがそれでも出発するのは躊躇われる程だった。しかし雨が止む保障はどこにも無いし、このまま待っていたら日が暮れてしまう。
ずぶ濡れになるのを覚悟の上で、私は雨のカーテンの中へ突入した。

・・・すると、ものの数分で雨は小降りに。路面は濡れているが、走行するには支障のないレベルまで天気は落ち着いたのだ。何とも肩透かしな気分だったが、天気は良いに越したことは無い。予定通り屋久島周遊ツーリングへ出発だ。

島の海岸沿いをぐるっと廻る幹線道路を反時計回りに走行し、最初に向かった先は島の北部・一湊(いっそう)地区に位置する矢筈岳神社だ。

矢筈嶽神社01
全国編BD1巻・特典冊子P13のカット

屋久島で有名な神社といえば、『延喜式』神名帳にも記載がある益救神社(やくじんじゃ)、創建は新しいが規模の大きい屋久島大社などがある。にも関わらず、比較的目立たない、規模の小さなこの神社を舞台に選んだという事実は非常に興味深い。

矢筈嶽神社03
本殿も質素でシンプルな造りだ

この矢筈嶽神社。詳しい由来については不明なのだが、地元一湊地区の住民を中心に「漁業と縁結びの神様」として信仰されているらしい。また、毎年行われる例大祭の前日には、ご神体のある洞窟の奥に籠る「岩ごもり」という儀式が行われているらしい。天岩戸伝説とは若干異なるが、こちらの儀式も石戸霞の「石戸(いわと)」姓、そして守備に特化しているという彼女の能力・特性に関連があるのではないだろうか・・・?

矢筈嶽神社02
矢筈嶽神社の謂れ

天気は回復してきたとはいえ、空はまだ薄墨色の雲がかかっている状態。この先の旅程の平穏を願い、手を合わせてお祈りをする。特にここ屋久島は「1カ月に35日間も雨が降る」とも言われているほど雨の多い地域である。油断は禁物だ。

重い雨合羽を脱ぎ捨て、進路は西へ。幸い天気は回復傾向で青空もちらほら見えるほどに。
比較的走りやすかった島の道路も、西側に差し掛かると一気に森の中を抜ける険阻な道へと変貌する。この辺りは人の手が殆ど入っておらず、野生の鹿や猿が道路の真ん中を闊歩している有様だ(道中で猿に襲われかけもした・・・)。そんな自然の障害を潜り抜けながら、島の南西部に位置する栗生地区を目指す。

屋久島灯台
途中、屋久島灯台に寄り道

ようやく山間部を抜けてたどり着いた集落・栗生地区。
そのジャージ、栗生んじゃね?

ここから更にしばらく走って個人商店を発見し、しばしの休憩。駄菓子・ジュースから鍋・手芸用品など、まさに雑貨屋といった品揃えに昭和のノスタルジーを感じた。
ここから先も天気は不安定で雨が降ったり止んだり、雨合羽を羽織ながらの走行が続く。でも何やかんやで大雨にはならず、夕方5時に安房地区のホテルに無事到着。一時はどうなるかと思ったが、結果的には予定通り事が進んだことに安堵した。

この日の夕食は地元の焼肉店「れんがや」さんで鹿料理に舌鼓。
シカ!
昼間この目で見てきた鹿を夜に食べる・・・、若干の抵抗はあったが食欲には抗えず。
生きるってこういう事なんだよね・・・、と自分で自分を納得させる。
独特のクセはあるが、大変柔らかく美味。ご馳走様でした。

この日のホテルのロビーでは、登山目的と思われる宿泊客をちらほらと見かけた。色とりどりの登山ウェアに身を包んだ彼らを見て、ちょっとだけ羨ましく思った。時間に余裕があれば、縄文杉などを見に行きたいとは思ってはいたのだが・・・。もし次に来る機会があったら、今度はたっぷりと時間を取って屋久島を満喫しよう。
そう思った瞬間であった。



2016/8/29

本日の天気は晴れ。
台風の影響で風は強かったが、暑さは和らいで非常に心地の良い陽気だった。

明星岳
ホテルの駐車場から明星(みょうじょう)岳を望む。
石戸霞と明星(あきせ)ちゃんとの血縁関係もこの山がきっかけなのだろうか??

強い向かい風に苦戦しながらも、一路北へ向かって出発。まず向かったのは屋久島空港だ。

屋久島空港
全国編BD1巻・特典冊子P19のカット

少女・薄墨初美はここから鹿児島空港まで行き、鹿児島市内からフェリーに乗って帰ったのだろうか? それとも、鹿児島空港~奄美空港と乗り継いで名瀬からフェリーに乗ったのだろうか??
屋久島と悪石島は距離としてはそれほど離れていないが、交通手段を使うとなると非常に遠く感じる。それでもわざわざ屋久島までやって来た薄墨初美と石戸霞との絆とは、それほど深いものだったのだろうか?

さらに北へ向かっていると、突然携帯に電話が・・・。
折り返しで電話をかけてみると着信先はフェリー会社、本日運行予定だった悪石島行きのフェリーが欠航になったとの報告が・・・。天気は晴れだが、強風の影響で波が高く、運行に支障がある状況らしい。ひとまずは予約を明日へスライドする形で対応をお願いした。明日の夜出航するのであれば、まだリカバー可能だ。
しかし、フェリー欠航によりスケジュールを大幅に変更せざるを得ない状況となった。色々と手配を済ませなくてはならない事が多々あったが、とりあえずは先を急ぐことにした。

屋久島大社
屋久島大社
日本庭園を思わせるような広い敷地に、背後には雄大な屋久の山々。

益救神社
こちらは益救(やく)神社。
この屋久島内ではいちばん由緒正しき神社。

・・・と、ここでスピーカーから島内放送が流れる。エコーや音割れで所々不明瞭ではあったが、「フェリー」が「運休」というキーワードが聞き取れた。私は慌ててフェリー乗り場に向かい、船の運航状況を確認した。
その結果、やはり鹿児島行きのフェリー(私が帰りに乗る筈だった)が運休になったとの事だった。幸い、もう一つの手段「高速船」は通常通り運航予定ということで、躊躇なくチケットを高速船に振り替えた。費用は高くつくが、屋久島に足止めされてスケジュールが破綻するよりはましだった。
更に、本日夜の宿泊先を確保。二連泊予定だったホテルで日程を分割して頂いて事なきを得る。そして、悪石島の宿の人にも1日遅れ、最悪船が出ないとキャンセルになる旨を伝える・・・、が当の宿のご主人も奄美大島に釘付けにされていて、しばらくは戻れないとの事。つまり、もし私が明後日に悪石島へ上陸しても、宿には泊まれない・・・と。
ここで私の頭は軽くパニックに陥った。このまま悪石島への上陸を断念するか、あるいは他の宿泊場所を模索するか・・・。しばしの間、心の中で葛藤が続く。
とりあえず最善は尽くそうと、島内の民宿に片っ端から電話をかけてみたところ、運良く受け入れてくださる宿を見つけることが出来た。これで明日フェリーが運航するなら何とかなる・・・。一通りの手続きを済ませてため息をつくと、どっと疲れが押し寄せた。



石戸霞と悪石島の少女についての想見

屋久島の海

高速船の出発時間までの間、ずっと海を眺めていた。
時折陸まで飛んでくる波飛沫に、この日の風と波の強さを改めて認識する。耳元で唸りをあげる風の音と岩に打ち付ける波の音が、辺り一帯を支配していた。明日もこの天候が続くようであれば、悪石島行きのフェリーが運休するかも知れないな・・・。直線距離ではここから100kmも無い島なのに、この時はひどく遠い場所のように思えた。

私は海の彼方に見える水平線を眺めながら、石戸霞という少女について考えた。生まれながらにして、霧島の姫の影として、生きた天倪として生きることを宿命づけられた少女の事を。彼女もこの海の水平線を同じように眺めていたのだろうか。海の向こうにある悪石島の少女に思いを馳せていたのだろうか?
宿命に縛られていた彼女にとって、自由奔放に生きる少女・薄墨初美の姿はとても魅力的に見えたのだろう。だからこそ、再び逢うために厳しい修行にも耐え、自らその身を宿命の中に置いたのだろう。

― 例えその宿命が、どれほど辛く厳しいことであったとしても

高速船の出発時刻が近づき、待合室は俄に賑わってきた。乗船の手続きを終えて出船までのしばしの間を待つ。
次に来たら山に登ってみたいな、と思った。少女・石戸霞がここ屋久島で体験した修行がどのようなものだったのか、身をもって知りたいと思ったのだ。いつになるかは分からないが、また必ずここに来よう・・・、そう私は誓った。

高速船が出航すると、船は波の上を滑るかのように進んでいった。海面は目で見ても分かるくらい大きくうねっており、フェリーで渡るには相当厳しい条件だった事を改めて知った。ここから鹿児島までの2時間半の船旅、ずっと窓の外の海を眺めていたが、いつの間にか浅い眠りについていた。夢の中でも、私は少女石戸霞と薄墨初美のことについて考えていた。
神境ではどのような日常を過ごしているのだろうか? 石戸霞は現在の生活をどう思っているのだろうか? 高校を卒業した来年以降、二人はどうするのだろうか? ・・・ 考え始めたらきりが無い。
しかし、間違いなくいまの二人は幸せな神境生活・高校生活を送っているものだと思う。そうあって欲しい。

・・・微睡んでいるあいだに、船は鹿児島港に到着したようだ。急いで身支度を整えて下船する。明日のフェリーが運航するようであれば、また明日の夜にここにやって来ることになる。
私は雲に覆われた薄墨色の空に、明日の平穏を願った。

すべては明日、決まるのだ。


永水航路 3 へ続く・・・


永水航路 1 - 阿久根の巫女もやがて鬼へと変貌するのか? -

今を遡ること1年ほど前に発売された単行本「咲-Saki-14巻」・・・。

この本に掲載されていた各キャラクターの一覧表は咲-Saki-界隈で大きな話題となりました。
私も例に漏れず、ここで初めて明かされたキャラクターの設定情報に一喜一憂したものでした。
・・・そしてその中でも特に大きな衝撃を受けたのが、永水女子メンバーの設定!

[ 永水女子 メンバー一覧 ]
永水プロフィール

このプロフィールには、他の高校メンバーのプロフィールとは一線を画す点がありました。それは全員の出身地が書かれていること
これまでも本編中でキャラクターの出身地が仄めかされていることはありましたが、このような完璧な形で全員分の出身地が明言されるとは・・・。余りにも意外でした。
そしてこの事実は、「立先生の中で、永水メンバーの出身地が意図を以て設定されている」ことの証左でもあると私は考えます。だって、他の高校メンバーにはこんな設定無いですからね(臨海と大人組除く)。

 これは掘り下げてみる価値があるぞ・・・

そう考え、各地の神社や風習を調査する日々がそれからしばらく続きました。そして、色々と調べていくうちに私の中にある一つの念が湧き上がってきたのです。

 「永水の巫女たちの出身地に実際にいってみたい。
  彼女たちが生まれ育った土地の空気を、肌で感じたい」


・・・咲-Saki-ファンとしては当然の心理なのかどうかは分かりませんが、フィールドワークが趣味となりつつある私にはその衝動を抑えることは出来ませんでした。私って元々、思いついたら行動に移さないと気が済まないタチなもので・・・。
それからずっとGoogleマップを眺めつつ悶々とした日々を過ごしてきたのですが、ようやっと! まとまった資金と時間をキープ出来ましたので、野望を実行に移すことにいたしました。実に、構想1年の大計画です!

以降、数回にわたってその時の旅行記のようなものを書き連ねます。もし興味がありましたらご覧下さい。

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2016/8/27

羽田空港から飛行機で鹿児島空港へ。
更に鹿児島空港から連絡バスで移動すること2時間。
私は鹿児島県西部の都市、阿久根(あくね)市に到着した。

阿久根市


◎鹿児島県・阿久根市
人口:21,612人
面積:134.28平方km

西部は東シナ海(天草灘)に面しており、大島・桑島などの島嶼が点在する。高松川河口の市の中心地は平坦であるが全般的には山林や丘陵となっている。「英袮(あくね)」の地名は古代より存在した。「アク」は魚や漁業を意味する言葉、「ネ」は岩礁を表し、古くから漁港として栄えてきた土地であるが、平安時代には英袮院(あくねいん)と呼ばれる荘園であった。神崎太郎成兼が院司に任命され英袮(あくね)氏を名乗りここを統治する。鎌倉時代には莫祢と表記され、英袮氏も莫祢氏となる。

― その名前の由来通り、市の中心部には漁港があり新鮮な海産物が食べられる食堂などが数多く点在する。
また、九州の大動脈でもある国道3号線が通っており国道沿いには大型ショッピングセンターがあったりと、生活に必要なものは一通り揃っているような印象を受けた。
そしてここは、永水六女仙のひとり・十曽湧(じっそゆう)の出身地でもある。

駅前
駅前の風景

阿久根駅01
阿久根駅の駅舎。去年建て替えられただけあって、非常に綺麗だ。

阿久根駅02
駅の待合室。イベントホールも兼ねていて、大正モダンを感じさせる洒脱な造りである。

― 台風の影響で曇り空だった東京とは打って変わり、ここ鹿児島は眩しいほどの晴天。肌に突き刺さる日光の鋭さに、ここが南国であることを改めて思い知らされる。

駅でレンタルサイクルを借り、市内の散策を開始する。
巫女といえばやはり神社。十曽湧のことを知る手がかりを求めて、市内の神社を幾つか巡る。

八坂神社
八坂神社
川沿いにひっそりと佇む、雰囲気のある神社。

護国神社
護国神社
入江を望む絶好のロケーションに立地する。

ここから内陸部に少し入り、小高い丘の上にある波留南方(はるみなみかた)神社へ向かう。

南方神社01
この石鳥居は琉球からの帰化人・折口伊衛尉重芳が、焼酎の醸造成功を機会に建立したものだそうだ。

南方神社02
境内は本殿以外に何も無く、がらんとした空間が広がる。

・・・ぱっと見は何の変哲もない神社だが、この南方神社では数年に一度、大規模な神舞(かんめ)が執り行われているらしい。この神舞は日本神話に中にある天照大神の岩戸隠の際、八百万神々が岩戸の前で舞楽を行い、岩戸の外にお迎えする場面をあらわした舞であるそうだ。
そして、その中でもクライマックスに行われる鬼神舞(きじんめ)は特に有名で、舞の最中に使用される鬼神の面が笑うと言い伝えられている。

南方神社03

鬼神の面・・・。
やはりここで想起されるのが、神代小蒔の能力である九面との関連性だ。正統な九面とは異なるだろうが、十曽湧もまた鬼へと変貌するのであろうか??

・・・残念ながらこの日の神社は無人で、肝心の鬼神の面を閲覧することは叶わなかった。



十曽湧についての考察と想像

市内に戻り、河口の風景を眺めながら一休み。
ゆるやかな川の流れに、時間すらもその速度を緩めているかのような錯覚を受ける。辺りは休日とはいえ人も車もまばらで、閑散とした空気が漂う。
阿久根01

ここで、十曽湧と鬼の関連性について思いを巡らせる。
あの気弱そうな十曽湧がまさか鬼となるのか・・・、とは思ったがそこは想像主が小林立のキャラクター。
これまでも多彩なギャップキャラを生み出してみた実績を鑑みれば十分にあり得る線なのではないだろうか?
薄墨初美のような、憑依系の能力使いという設定も面白そうだ。

ただし、だ。
このような鬼の仮面が出てくる神舞は、鹿児島の他の神社でも行われているのだ。
その中からどうして立先生は「阿久根」という地を選んだのだろうか・・・、謎は深まるばかりだ。

しかし、阿久根の地をこれ以上深く掘り下げるには事前の調査が圧倒的に足りなかったし、現地を探索する時間も殆ど残っていなかった。釈然としない思いを抱きつつも、駅に自転車を返して列車に乗り込む。
ここから鹿児島市内までは電車を乗り継ぎ2時間ほどの移動だ。車窓から見える果てしない水平線を眺めながら、私は十曽湧という少女について思い耽る。

 彼女はいったい何者なのだろうか?
 どのような能力があって、どのような麻雀を打つのだろうか?


現時点において彼女について分かっている事柄はごく僅かだ。でも、私にとってはとても気になる存在となった。
彼女もまた、私と同じように自転車で市中を散策していたのだろうか? 
学校帰りにちょっとしたコンビニで買い物をする、ごく普通の中学生のような生活をしていたのだろうか? 
或いは神社に仕え、俗世間とはかけ離れた生活をしていたのだろうか?
・・・考え始めたらきりが無い。想像の余地は無限にあるのだ。
うっすらと橙色に染まる海を眺めつつ、私は想像の続きに浸ることにした。

― 列車が鹿児島市内に差し掛かる頃、雨粒が車窓を叩いた。
ふと気付けば空は雲に覆われ、車窓から見える道路はうっすらと濡れていた。
・・・明日以降の天気が気になる。
何せ、旅はまだ始まったばかりなのだから。


永水航路 2 へ続く・・・


家紋から紐解く、姉帯姓と六曜の関係・・・の後日譚

前回の記事から相当間が空いてしまいました。。。
お久しぶりでございます、あねかわです。

ここのところ暫く多忙な日々が続いていたのですが、ようやっとひと段落付きそうなのでリハビリを兼ねてブログのほうも再開したいと思います。乱文ご容赦下さい。
・・・とは言ったものの、今年に入ってから殆ど咲活(咲-Saki-に関する活動)をしていないので、大したネタも無い状態でして、う~ん・・・。
悩みつつ過去のブログを読み返していたら、そういえば姉帯さんの六曜の件について放置していたことに気が付きました。以前に(だいぶ昔ですが)家紋から紐解く、姉帯姓と六曜の関係 という記事を書いたのですが、その後も細々と調査を続けておりまして、それなりにネタも集まりました。
そこで、今回は後日譚・・・というかたちで調査の中間報告をしてみたいと思います。



柩(ひつぎ)をめぐる冒険

以前、浄法寺の歴史民俗資料館の方に姉帯家の家紋の調査を依頼した際、墓地に赴いて「墓石に刻まれた家紋を調べる」という調査を行って頂いた事がありました。
残念ながら、浄法寺地区には六曜紋を持つ姉帯家は存在しなかったのですが、それならば他の地区ではどうなのか・・・。という事で、昨年末に浄法寺を訪れた際、他の地区の墓地に赴いて家紋を調査してみました。

調査対象としたのは、一戸町の広全寺実相寺
かつて一戸氏が居城としていた一戸城跡のすぐ近くで、「丸に六曜」を家紋としていた一戸氏ゆかりの地であれば何か手がかりがあるのでは・・・と思い調査に至りました。
広全寺

一戸地図
地図だとこの辺り

二つのお寺の墓石をくまなく探し回ったところ、ここにはおおよそ10軒ほど「姉帯家」の墓石があることを確認しました。そして、その墓石に刻まれていた家紋は・・・、「五三桐」「丸に花菱」「上がり藤」。

家紋01
「梅鉢」が主だった浄法寺地区の姉帯家とは、また別の系統という事になるのでしょうか・・・?
しかし、残念ながら肝心の六曜紋は発見できず。他の家の墓石にも六曜を見つけることは出来ませんでした。う~ん、残念・・・。

これだけでは調査としては不十分かな・・・と思い、念のため浄法寺近辺の家紋も調査してみました。以前、浄法寺歴史民俗資料館の方にご調査頂いてたのですが、自分の目でも確かめておきたかったもので。


福蔵寺
場所は浄法寺・寺ノ上地区の福蔵寺

こちらでも数軒の姉帯家を確認。
頂いていたレポートどおり、やはり梅鉢と四つ目菱が多かったです。そして、レポートには無かった「丸に木瓜」紋も発見。

丸に木瓜

しかしこちらも六曜紋には掠りもせず・・・。
う~ん、やはり家紋からのアプローチはこれが限界なのだろうか??



七曜 ≒ 六曜 !?

浄法寺地区の調査も行き詰まったかのように見えたのですが、その突破口は思わぬところにありました。
このブログをお読みの方ならご存知の・・・

姉帯製菓さん
浄法寺にある、姉帯製菓さん。

以前に訪れたときは休日でお休みだったのですが、幸運にもこの日は開いておりました。
折角なので何かお土産でも買っていこうと思い、店内に入ってショーケースを眺めていたら・・・

姉帯製菓
そこにあった「玉子パン」。

七曜!?
!!??

これは長い間捜し求めていた六曜紋!?

・・・と思ったけど、よくよく見たら星の数がひとつ多い「七曜紋」でした。
いやしかし、あと星ひとつの差まで迫るニアミスに私は密かに興奮いたしました。この発見によって、立先生が「七曜からインスピレーションを得て六曜を考案した」という説が可能性として浮上してきたのです。まぁ、立先生が姉帯製菓さんに立ち寄って、この玉子パンを見た・・・ってのが前提となる苦しい説ですが(笑)

でもでも、浄法寺の姉帯家で七曜を家紋に持つ家は無いはず・・・。なのにどうして七曜なのでしょうか??

実は過去に、姉帯家は七曜を家紋としていた?
それとも縁のある他家の家紋??

どうしても気になって仕方の無かった私は、後日電話にて姉帯製菓のご主人に尋ねてみました。
その結果は・・・

「特に意味は無い」

との事でした。あらら・・・。
この玉子パンを作る型自体は昔から使われているものらしいのですが、そこに何かの意匠や意味などは無いみたいです。何となく釈然といたしませんが、ご主人が言うのであれば仕方がありません。

しかし梅鉢といい、今回の七曜といい、惜しいところまでは来ているのですが本丸を攻めきれないもどかしさ・・・。だからこそ考察は面白いんですけどね(笑)

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う~ん、久々のブログ記事でとりとめのない文章になってしまった・・・。
でもこんな感じで、これからもぼちぼちと考察やら探訪を続けていきたいなぁ・・・と思っております。

どうぞ、今後とも御見知り置きを!!


エイスリンについてのいくつかのトリビア Pt.2 - はだしでずぶぬれ、さかさまのほしぞら -

一年ほど前、このブログでエイスリンについて知っておきたい、いくつかのトリビア というタイトルの記事を書きました。内容はエイスリン・・・というよりニュージーランドに関する豆知識紹介って感じでしたけど(笑)
あれがらだいぶ経って新しいネタも仕入れましたので、今回は第二弾という形でお蔵出ししてみたいと思います。創作とか、妄想とかの一助になれば幸いです。


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それでは最初のトリビア!





● ニュージーランド人(特に子供)は・・・






裸足が大好き!
特に子供は、街中でも平気で裸足だったりするそうです

はだしのキーウィ
あつくないの!?


・・・もちろんすべての人って訳ではないですが、ニュージーランドでは街中でも裸足で歩いている人をちらほら見かけるそうです。まぁ実のところ裸足で過ごしちゃう人ってどこの国にも居るらしい(むしろ日本が異例)のですが、それでもオーストラリア、そしてニュージーランドは裸足で過ごす人がやたら多いそうです。

「では、どうして靴を履かないのか??」

・・・これは経済的な理由とか風習とかでなく、単純に「開放的で気持ちが良いから」だそうです(笑)
この辺りも以前に触れた、大らかで開放的な国民性が現れているように思えますね。

裸足禁止
エスカレーターには「裸足禁止」のマーク。その発想はなかった

この例がまんま当てはまるとは限りませんが、エイスリンちゃんには事あるごとに裸足でなって欲しいと私は切に願います。さすがに冬場は辛いでしょうけど、できれば春先あたりから積極的に裸足になっていただけると嬉しい。
めがね橋・緑地広場の芝生を裸足で駆け回るエイスリンちゃんとか、絵になると思いませんか? 
かわいいかわいいエイスリンちゃんはきっとおみ足も可愛いに違いないです。うん。





・・・続いてのトリビアにいってみましょう。




● ニュージーランド人は雨が降っても・・・






めったに傘をささない




「ニュージーランド人は傘をささない」

・・・って言葉があるくらい、ニュージーランドの人は雨が降っても傘をささないそうです。小雨程度ならパーカー等のフードで済ませちゃうとか。
あらかじめ断っておきますけど、ニュージーランドでもちゃんと雨は降ります。年間降水量で比べても東京が1500mm程度で、NZ北島のオークランドで1200mm、最も少ない南島のクライストチャーチでも650mm程度。それほど大差はありません。

ではどうして傘をささないのか・・・?
理由については諸説ありますが、結局のところ「めんどくさいから」の一言に尽きるようです。
一応フォローしておきますと、ニュージーランドの雨は日本と違ってスコールのように短期間に一気に降ってすぐに止んでしまうらしいです。また、ニュージーランドは世界的に見ても風が強い国と言われております(首都のウェリントンは「風の街」と呼ばれているくらいです)。折りたたみ傘なんかは役に立たないどころか邪魔になりそうですね・・・。
それプラス「いちいち差したり閉じたりするのが面倒くさい」「そもそも持ち歩くのが面倒くさい」といった理由もあってニュージーランドでは「傘をさす」という文化が根付いていないそうです。
・・・それでもここ最近は少しずつ傘を持つ人が増えているらしいですが。

しかし、そんなニュージーランドにも有名な傘ブランドがあったりするんだから世の中おもしろい。
そのブランドの名は「BLUNT」
どんな強風でも決して壊れない並外れた強度から「世界最強の傘」とも呼ばれているブランドです。独特な流線型のフォルムがとっても印象的。見た事のある方も多いのでは??
BLUNT
厳しい環境での試行錯誤で培われた、独自の流線型フォルム


閑話休題。
水も滴る何とやら・・・といいますが、エイスリンちゃんはずぶ濡れで佇んでいてもすごく絵になりそうですね。きっと一度くらいは梅雨の時期に、長雨に遭遇してずぶ濡れになっていたはず。いや、むしろ積極的にずぶ濡らしたい
そして濡れた制服を着替えさせるためにシロはエイスリンを自宅のお風呂に入れてあげるんだけど、きっとそこで「シロモ、イッショニハイロ!」的なお約束ハプニングが勃発するのでしょうね。それくらい私にも分かります。





・・・みっつめ、最後のトリビアです。




● ニュージーランド、というか南半球では・・・






星空が北半球とはさかさまに見える





・・・海外旅行経験が豊富な方には常識かも知れませんが、以下に簡単な説明をば。
これは図で見て頂いたほうが分かりやすいですね。
星空のみえかた
赤い線が視界の上、青い線が視界の下

ちょっと極端に表していますが、ご存知のとおり地球は丸いので北半球にいる人から見たら南半球にいる人は逆さまに立っている状態に見えます。当然見える範囲も違ってきますし、特に赤道上空の星座については上下逆になったように見えるのです。
また、北極・南極付近の星座は反対側の半球にいる人には見えない状態になります。有名なところだと北半球からの南十字星とか、ですかね。日本だと沖縄くらい南に行かないと全体が見れません。逆に南半球だと北斗七星やカシオペア座は見えないらしいです。

・・・もしもエイスリンちゃんが星座に詳しい子だったら、宮守で星空を見てびっくりしたでしょうね!


====
余談ですが。
以前に私は「宮守女子のメンバーを夜空の星に当てはめる」という妄想をしていた時期がありました。
ほら、宮守駅はエスペラント語で「ガラクシーア・カーヨ(銀河のプラットホーム)」だし・・・。

んで妄想の結果、冬の星空なんか相当いい感じに当てはまるのではないかなぁ~・・・って思いました。
以下、妄想垂れ流し。

小瀬川 白望 : シリウス
おおいぬ座のアルファ星。シロのだるだる感っておっとりした大型犬がぴったりな気がします。
青白く光るさまはシロのイメージにぴったりだし、中国では「天狼星」なんてかっこいい名前で呼ばれてるのもずるい。太陽以外では全天で「もっとも明るい星」ってのもエースっぽくてポイント高いし!

鹿倉 胡桃 : プロキオン
こいぬ座のアルファ星。語るに及ばず、ですね(笑)
名前の由来はラテン語で「犬に先立つもの」。シリウスよりちょっと早く天に昇ってくるさまから名付けられたそうです。・・・何となく、シロの手を引っ張ってる胡桃ちゃんの絵が浮かびます。

臼沢 塞 : ベテルギウス
オリオン座のアルファ星。
オリオン座には2つの一等星があるのですが左上のほうの一等星、「赤いほうの明るい星」と覚えてください。名前の語源には諸説あるのですがそのうちの一つに「中央のもの」という説あり、麻雀部部長である塞さんにイメージが合うなぁ~、と。
・・・べっ、別に赤いお団子だからなんて安直な発想じゃなんだからねっ!!

ちなみに、星は生まれてから時間が経つごとにと光の色が変わっていくそうです。そしてこのベテルギウスも、実はもう既に亡くなっているのではないか・・・と言われているくらい古い星だったりします。人間で言えばご老人、おばーちゃん星ですね。
ちがうよ

・・・更にちなみに、上記三つの星を線で結ぶと冬の大三角形になります。
宮守初期メンバー三人がぴったり当てはまるとは、何たる偶然!(しらじらしい)


エイスリン・ウィッシュアート : カノープス
りゅうこつ座のアルファ星。日本ではあまり馴染みの無い名前ですがシリウスに次いで全天で二番目に明るく、南半球では人気のある星だそうです。
・・・残念ながら日本からだとかなり低い位置でしか見ることができず、福島より北へ行くと地表より下。つまり宮守からでは全く見ることができません。逆に南半球からだと空高くに燦然と輝いている勇姿が見れるのですが、そこに何となくエイスリンの姿を重ねてみたくなりました。
ちなみに位置する場所はおおいぬ座のシリウスの下あたり。シロの後ろを三歩下がって影を踏まず・・・的な奥ゆかしさが、恥ずかしがり屋のエイスリンちゃんっぽくて良いですよね。よね??

姉帯 豊音 :アルデバラン
おうし座のアルファ星で、名前の由来はアラビア語で「後に続くもの」。後から宮守にやって来た姉帯さんとイメージが合うかなぁ~? ・・・すいません、根拠薄いです。ネタ切れです。

最初はオリオン座のリゲルって線も考えてたのですが、そちらに至っては名前の由来が「足」(笑)
酷くどうでも良い話ですが、姉帯さんは背がでっかいのは全然気にしてないけど、足のサイズがでっかいのをすごく気にしている・・・という裏設定があったら可愛らしいなぁ~と常々妄想しています。


まとめ
宮守のほしぞら
デフォルメむずかしいね・・・

余談おわり。
====

奇しくも季節はちょうど冬。
宮守っ子たちに思いを馳せつつ、たまには夜空を眺めてみるのも良いものですよ。
・・・な~んてね(笑)




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