アウグスト・ピノチェト・ウガルテ元将軍 享年91歳たまたま所用でサンチアゴの外にいたんだが、昼過ぎ、急に外が一瞬騒がしくなった。
街を走る車が突然クラクションを鳴らしまくり、なんとなくよく判らん空気が漂い始めたあたりで、近くにいたチリ人のオッサンが「アンタみたいな外国人には興味が無いことかも知れんがな、さっきピノチェトが死んだんだよ」と親切にも教えてくれた。

アウグスト・ピノチェト・ウガルテ、享年91歳。
元陸軍将軍にして元大統領にして元チリ近代中興の祖にして元チリ近代人権弾圧の代名詞にして元社会主義共産主義者の弾圧者にして元西欧資本主義者の庇護者にして、昨日まで現役の持病をワンサカ抱えた老年の爺さんが他界されたわけです。

サンチアゴに戻る途中、時折クラクションをプップカプップカとけたたましく鳴らしながら通り過ぎる車が何台も見られ、その車に向かって「アホっ!」と叫ぶ通行者がいて、傍目からはどっちがピノチェトの死を喜んでて、どっちが悲しんでるのか、その辺の構図がよく判らないんだが、なんしか一つの時代が終わった観はあるな。
高速からサンチアゴに入る料金所では「もし市内に行くんなら、アラメダ通りは封鎖されてるわよ」と恰幅のいいおばちゃんが教えてくれた。
その料金所で初めてピノチェトの死を知った人も多かったらしく、その辺からまたまたクラクションが鳴り響いては、ソレを支持するのか罵声を浴びせてるのかよく判らん叫び声が響く、謎の光景。
なんしかサンチアゴのメインストリートであるアラメダが封鎖されていた影響で、料金所から凄まじい渋滞ですよ。これが後世に語り継がれる「ピノチェト渋滞」であろうか。

帰宅後、先日危篤の際にも通りかかった陸軍病院に現状でも眺めに行くか、と散歩がてらにブラブラと見に行った。
病院周辺数ブロックが封鎖されてるようで、車両の通行は不可。
アクセス経路は警察の車両やら装甲車で見事に閉ざされてる。
コレ、入れんの?とテクテクと歩いてったら、すんなりと通してくれた。
正面入口に集まるピノチェト追悼団。病院正面入口にはバリケードが敷かれ、物々しい警察の警備の後ろで、詰め掛けたピノチェト支持派のチリ人が犇いてる。多分300人ぐらいってとこか。
みんな其々ピノチェトの写真や、チリの国旗を掲げて、中には「ピノチェト、有難う!」といったプラカードを掲げてる人も多数いた。
誰かが「ピノチェト将軍、バンザイ!」といったニュアンスの掛け声を掛けると、周囲の群集が一丸となって「ピ!ピ!ピ!チェ!チェ!チェ! ピノチェ デ チレ!」と凄まじい声援に。
それが終わると、今度はまた違う方向から「Viva Pinochet!」といった具合の、さっき死んだばかりの人間に投げかけるには不適切じゃないかとおもえる声援を投げかけ、またコレが大声援になる。

とりあえず彼らのカリスマでありアイドルであり、彼等的にはチリの国父とも言える人物の死なんであるが、とりあえず悲壮感は皆無だったなぁ。

むしろ楽しんでいるように見えたぐらいだし。
裏口にも集まる群集。んで、裏口、プロビデンシア通りにも出てみたが、こちらも数十人が集まって、なんか所在なさげにダラダラしてた。
前回の危篤時と比べると、ピノチェト反対派、ピノチェトの死を願う「ピノチェト氏ね死ね団」ご一行が皆無だった。一応彼らとしては本願成就ってことで、どっかで祝杯でも挙げてるんだろか。

なんとなく目算では病院周辺に詰め掛けた群衆は500〜700人ぐらい。んで警官隊が200名ぐらい。
3連休の最終日の午後とゆー絶妙なタイミングで天(かどうかは知らんが)に召された為、特に混乱は無い様子。つってもセントロ、大統領宮殿付近や、陸軍大学周辺では結構な人数が集まってるらしい。今テレビでやってた。

現地にもチリのテレビ局やらラジオやらCNNやら、結構な数のメディアが集まって、なんだかソワソワした様子が漂ってました。
つーか遺体はまだ病院内にあるんだろうか。

また、その病院周辺なんだが、相変わらずドコから湧いてきたか知らんが、国旗売り屋さんやらピノチェトバッジ売り、ピノチェト肖像写真売り屋さんやらが大量に営業活動を大々的に行っていました。
ピノチェト便乗商法。少なくとも、なんでもありの資本主義社会、自身の偶像をも商品化させる彼の方針は、ちゃんと根付いていたわけですな。


とりあえず詳しい話は、例によってEl Mercurio紙に詳しいんで、そっちをごらんあれ。

なんしか、彼の死を悲しむ人がいて、そして喜んでる人がその辺を練り歩いてるわけです。
支持者にとっては、共産主義社会主義からチリを取り戻した功労者、「強いチリ」の象徴なんだろう。反対者にとってみれば、親族や知り合いを弾圧し殺した暴虐の独裁者だろうし。
個人的な意見を申せばですね、少なくとも悪人であろうが善人であろうが、人の死を満面の笑みと歓喜で祝い騒ぐこの状況は、結構微妙な具合。

力ずくで手に入れた権力、反対者や危険分子を徹底的に弾圧した手法は非難されてしかるべきだろうが、このオッサンの身一つに帰すのは都合が良すぎる気がする。
9/11のクーデターは、ピノチェトが起こさずとも誰かが起こした、祭り上げられたと思うし、八方塞のアジェンデ政権の継続をチリ民衆が皆望んでたかといわれれば、これもまた微妙だし、色んな要素が絡み合う状況だったわけで。
彼の悪行は、その周辺の世情やら国際政治を絡めたレベルで統括するべきで、この爺さんが死んだところで何も解決しないんじゃないかね。

数週間前にピノチェトが「私は過去の軍政時代のあらゆる責任を引き受ける」といった発言をしたらしいんだが、惜しむらくは、実際に「あの時、誰が、ドコが、どういった舞台操作が行われていたのか」って点を詳らかに語って欲しかった。
まぁ、それ以前に彼は独裁者としては珍しくも「クーデターで政権を手中にしながら、晩年を家族とそれなりに平穏に過ごし、今際にも家族と共に息を引き取った」人物じゃないだろうか。
あと、チリ政府が彼の死を国としてどう捉えるのか、どう弔うのかってのが気になる。どうすんだろ。

チリの現代史上、極めて重要な舞台裏の話が、遺体と一緒に埋葬されれてくんだろうなぁ。もうぶっちゃけて暴露しても良かったんじゃない?と思うんだが、その辺は彼なりの矜持みたいなモンがあったんだろうかね。

あー、今テレビつけたら、旧市街、アラメダ通り付近は結構大騒ぎ、物々しく混沌とした具合。