−NY−

「突然に申し訳ありません。」
「いえいえ。花沢社長、よくお越しくださいました。どうぞ、こちらへお掛けください。」
約束通りの時間に訪れた聡を、楓は丁寧に迎え入れ、西田に席を外すように指示した。

二人は向かい合って座る。
子供同士は幼稚舎からの交友関係があるが、親同士はそれとは無関係で、お互いにこれまで挨拶程度しか交わしたことのない相手だった。

「実は、私は本日、社用で参ったのではありません。」
まず聡が口を開いた。

楓の中に、期待が膨らむ。・・・やはり牧野つくしのことだろうか?
「はい。結構です。どうされましたか?」

「恐縮です。
 私事ですが、先日娘ができまして・・・その御両親に、これを預かってまいりました。」

意外な言葉に楓は戸惑った。
全く話が見えない。

聡が差し出した封筒を、とりあえず受け取ると、楓は尋ねた。
「失礼ですが・・私にでしょうか?そのような覚えがないのですが。」

「間違いないはずです。どうぞ、中身を改めてください。」
聡は楓の目をまっすぐに見て言った。

「そうですか?・・・では・・・」
封筒の中身を取り出すと、楓の顔色が変わった。


「これは・・??」

聡はニッコリと微笑んで言った。

「牧野晴男さま、千恵子さまから預かってまいりました。私の養女のご両親様にあたります。
 通帳については、そのままお返ししたいとのことです。印鑑も一緒にありますので、お確かめください。
 雇用関係の解消については、それで十分かと思いますが、いかがでしょうか。
 最後になりましたが、ある不動産について、道明寺社長にお譲りしたい旨も言付かっております。これについての手続きの一切を、弁護士に委任する旨の委任状を預かってきております。その弁護士はNYで事務所を持っておりますので、今後一切の手続きは、彼の方とよろしくお願いいたします。」

聡は、その弁護士の名刺を取り出して、テーブルの上に置いた。


楓はしばらく沈黙していたが、ゆっくりと顔を上げ、聡の顔を見て言った。
「分かりました。間違いなく受け取りました。念のためにサインをいたしましょう。」

楓は立ち上がり、デスクの引出しの中から一枚の紙を出すと、その裏にサラサラと書いていく。

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以下の品、受け取りました。
1.預金通帳 ○○銀行 ○○支店 口座No.xxxxxx 1通
2.これに伴う銀行印
3.不動産譲渡にかかる委任状、及び印鑑証明 牧野晴男様分 牧野千恵子様分 各1通ずつ

以下の件、承諾いたしました。
1.雇用関係解消の件
2.不動産譲渡の件 
物件名:住所 東京都○○区xxxxxxxxxxxx
    ○○マンション xxx号室
内容:牧野晴男様、牧野千恵子様共有名義の上記物件につき、道明寺楓に譲渡すること

                  2010.10.7  道明寺楓
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聡は、楓がこのようにきちんとした書類まで、この場で作成してくれるものとは想像もしていなかったため、さすがに驚いた。


「花沢社長、その紙の裏側をご覧ください。」
書き終えた楓は、妙に穏やかな声で、聡に言った。

聡は言われたとおり、紙を裏返した。
それは、普段見慣れない、航空機の乗客者名簿のようだった。


道明寺社長は、何が言いたいのか?
聡は頭の中で考えを巡らせながら、その名簿の名前に目を走らせた。すると・・

Tsukushi Makino
Rui Hanazawa


並んだ二人の名前を見つけた。

・・・いつのものか?
と、名簿の上の方を見れば、「2009.8.1  16:40 NRT 21:45 MUC
<あの日>の成田発ミュンヘン行きのものと分かった。


「道明寺さん、これは?」
顔を上げた聡が楓に尋ねると、楓は静かに答えた。

「私が調べてすぐに手を回して、お二人の名前を乗客者名簿から削除させました。
 ですから、それは今はもうどこにも存在しないものです。私の秘書ですら、このことは知りません。」

「・・・なぜ、そんなことを?」
聡の問いに、楓はフッと笑みをひとつこぼしてから答えた。

「カン・・としか、言いようがありません。
 あの時点では、私だけが知っていればいい情報だと思いました。そうすれば、後でどのようにでもできる。
 でも・・・今日花沢社長が、こちらにお見えになって、もう私には必要のないものとなりました。
 ですから、それは花沢社長に差し上げますわ。」

聡と楓は、しばし見つめ合った。


先に口を開いたのは、楓だった。
「明日にでも、ご紹介のあった弁護士の元に、手続きしにまいります。
こちらまで、ご足労をおかけし、本当に申し訳ありませんでした。」

頭を下げる楓を見て、聡も丁寧に頭を下げ、部屋を出た。