不動明王の修業ではありません。

じっと動かずひたすらキルティングし続ける。。

誇大な表現でスミマセン笑


幼い頃からいい訳は見苦しい。と厳しい母でした。

どんな理由があるにせよ、自分で決めたことで起きた事は自分の責任。

言い訳するくらいなら最初からするな。

まったく緩みのない母でしたので心の中では

母は人間じゃない、鬼の化身なんだって思うこともしばしばありました。

そんな鬼のような母のおかげで、男らしい生き方を迷うことなくし続けてきました。

反発しようにも、中途半端になったら余計にやり込められるので

比較的おとなしめの学生生活だったように思います。


母は真直ぐな人です。

その真直ぐさを見て育ってきてますので何事もやるならやり遂げる。

ダメと決めたら徹底的に手を引く。

その二択しか頭にはありませんでした。

退路は最初からありませんから、勢いと潔さで進むしかないんです。

自分がいいと思ったのならとことんまで、

人の迷惑顧みず。。。

それも母譲りなのでしょう。

そんな母を疎ましく、迷惑って思ってた時期も結構長くって

母の生き方、価値観を受け入れられるようになって10年も経ってないんです。


そんな母が面白いことを言ってたのを最近思いだしました。

弁の立つ人間は信用するな。

本当に信用に値する人間は何もしゃべらなくても

積み重ねた経験が風体に表れるんだということらしいです。

なぜそんな事を思い出したかというと

口先だけで語る人が多いなって感じたからかもしれません。


いや、何もしゃべらないのがいいってことじゃなく

口が軽い?

地に足も付いていないのに、あたかもわかっているふりをして

ぺらぺらとしゃべるのが良くないのだそうで。。。

口から出たものは戻らない。

だから言葉を選び、慎重に言葉にせよ。

なんてことは本当に耳にタコが出来るほど聞かされました。


腰を据えて、心が決まれば自ずと行く道は見えてきます。

そうなったらあっちふらふら、こっちふらふら

思いついた事を簡単にしゃべることもないんですよね。


あ、余談ですが

あっちふらふら、こっちふらふらの腰の座っていない人に腰痛持ちは多いです。笑

実際腰に負担のかかる仕事している人はまたちょっと違いますけど。


鬼のような母は今も元気でひとり暮らししています。

自分の事を自分で出来なくなったら生きていても仕方がない。

そんな事を言ってのける、本当に豪胆な人です。

きっとこの人は何歳になっても自分の人生に誇りを持って生き切るんだろうな。

そんな母を誇りに思うけど

言うと調子に乗るからここだけの話にしておいて下さいね。笑



一粒万倍日の今日やっと一つ蕾がひらきました。

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