結局、二元論なんですが。。。


スピリチュアルはブームを越え一般的に定着している。

受け入れるか、否定するかは個人の問題なれど、

かなり浸透は広がっていると認識せざるを得ない。


スピリチュアルを標榜するカウンセラーやセラピストも随分と増えました。

SNSの世界でも数多くの方がさまざまな価値観の発信を日々行っています。


とても心地の良い言葉を選び人々に語りかけ、問いかけ

問題解決に尽力している事案をupしつづけているのを

ある意味感心しつつ、疑問を持ちつつ閲覧させて頂く事もあります。


確かに、愛であるし、光であることは否定しようもない。

でも、

綺麗事じゃない部分は完全に省いてしまっていて

なんだか、ふんわりきらきらで覆われたファンタジーの世界を見ているような気がしてるのは

私だけなのだろうか・・・と思ってしまうのです。


人が抱える闇は、ふんわり包んで、はい、おしまい。

という簡単なものではない。

闇の本質と向き合い、光を当てる作業はきれいごとでは済まないドロドロとした地道な作業。


真の闇と対峙するという事は、

時に痛みを伴い、出口の見えないトンネルのど真ん中で叫び続け

たくさんの葛藤を経て少しづつ出口へと近付く。

人に備わっている防御本能はなかなかに堅固だから

自分が傷つくことには中々近づこうとしないもの。

そこをあえて詳らかにするためには本人の固い意思が必要になる。

しかしながら、もがき苦しみトンネルから出た時に仰ぎ見る晴れやかな空は

トンネルを通過し、闘った者しか得る事のできない貴重な体験となる。


私は、そこへと導く事が出来る。

それが私の天職だと信じている。


ふんわりスピリチュアルを否定しているんじゃない。

それはそれで、需要があるのだから供給する市場も存在するのだという理解はしている。


闇は、ふんわり包んだところでグレーになり、いづれクリアになるわけではない。

明るいきれいな色で包んだところで所詮闇は闇でしかない。

だとしたら、存在し続ける闇はそこに引き戻そうとするだけ。


根幹治療か、対症療法か

どちらを選ぶのかはご本人次第。


あまり得意じゃないけれど、

ふんわりスピリチュアルも初期段階には必要な事もあるので

やるんですけどね・・・。