張った形が最終形!!

全日本麻雀協会所属の平澤による麻雀の話とか。

14代目天鳳位が誕生しました。お知らせさんおめでとうございます!


これに関連して、というわけでは全くないんですが、Twitterで「天鳳と他のネット麻雀の違いってなんなの?」っていうツイートを見かけたのでそれに対する僕なりの説明をしようと思います。

確かに天鳳位をはじめ、多くの天鳳プレイヤーが戦術書を出版したり放送対局に出たりしています。
戦術書で言えば今年でた戦術書の半分以上?は天鳳系のような気がしますし、放送対局も

・天鳳名人戦
・連盟VS天鳳位
・最強戦天鳳予選

などなどあります。
こんなにゲーム内のトッププレイヤーがゲーム外部のコンテンツに登場している麻雀ゲームは他にないですよね。

なぜ天鳳だけこのような状態になっているのでしょうか。
プレイ人口が多い、というのは1つの要因ではありますが必ずしも天鳳がダントツというわけではありません。
今現在のアクティブ人口の正確なデータはありませんが、過去の歴史で言えば麻雀格闘倶楽部や雀龍門などアクティブが天鳳より多いゲームも存在していたのです。

もちろん、ここ最近の流れはASAPINさんをはじめとした天鳳出身のスタープレイヤーや良コンテンツが商業的な結果を残したことで権威を得た、というのもあるでしょう。
けれどそのきっかけ、「根本的に天鳳が他のネット麻雀と違う部分はなんなのか」と考えるとそれは

昇段するごとに次の昇段が難しくなるシステム

にあるのではないかと思います。
どういうことかというと、例えば天鳳の7段配分はトップから順に

+90 +45 +0 △135

となっています。
ここで順位率が

25%-26%-24%-25%

というプレイヤーがいたとしましょう。

この実力通りの成績を続けると100戦ごとに2着1回分の45ptずつポイントは増えて行くのでいずれ8段に昇段しますよね。
そうすると配分は次のように変わります。

+90 +45 +0 △150

今度は25%-26%-24%-25%の成績を続けるとポイントは減り続けて降段してしまうわけです。
つまりこの人は7段〜8段を一生繰り返すことになります。

もちろん実際には皆さんご存知の通り、一定期間に渡って実力以上の成績がでることも実力以下の成績がでることもあるので見た目の段位はもっとブレるわけですが、実力としてはこういう理屈になるわけです。これが安定段位の考え方ですね。


では他のネット麻雀はどうか。
もちろん様々なルールのものがありますが、私が知っているいくつかのネット麻雀は「昇段するごとに次の段位までの距離は長くなるけれど配分は変わらない」というシステムでした。

例えば一般的なオカありワンスリーの収支戦で、500pt貯めると7段になれて、そのあと1000ptためると8段になれる、というゲームがあったとします。
一見すると「8段になるのは7段になるより難しい」ように見えますが、これ平均着順2.49(厳密には半荘収支がプラスの状態)あればどちらもクリアできます。
言い換えると7段になれる人は打数さえ増やせば8段になれるというシステムなんですね。
さらに言うと平均順位2.35で500戦打つよりも、平均順位2.49で何千何万戦と打つ人の方が良い段位になるシステムということ。

他にもトップを取ると1ポイントもらえてラスになると1ポイント減るというシステム。
これもトップ率がラス率よりも1%でも高ければたくさん打った人の方が上位になるだけと言えますね。


このようにほとんどのネット麻雀がその成績(順位率や平均収支)ではなく打数に依存して主要な指標(段位etc)が向上するシステムを採用しており、それでは実力の比較のしようがないわけです。

天鳳の見た目段位はアテにならないだとか、安定段位だって結構ブレるだとか言われることはよくあるし、それも事実ですが、それって精度が高いか低いかという話なんです。
そうじゃなくて、そもそも根本的なロジックとして「ゲームの主要な指標が実力を反映しうる仕組みになっている」というゲームがほとんどないわけですから、仮に精度が物足りないとしても天鳳の段位が実力の指標として認められるのはごくごく自然な話、というわけですね。


ではなぜ主要な指標が打数に依存して向上するネット麻雀が多いのか。
これは単にそういうゲームが多いから後発のものが真似をした、という可能性もありますし、ちゃんと考えてなかったという可能性もあります(考えてみると昇段するごとに配分が変わってゼロサムゲームじゃなくなるって普通思いつきませんよね)。

一方で「1ゲームのプレイ料金」として課金するゲームは、当然ユーザにたくさん打って欲しいので打数に依存して成績が向上する方がビジネスとして成功しやすい、というのもあるかもしれません。
これはライトユーザーは低料金ですむし、頂点を目指すヘビーユーザーは料金が高くなるという、ある意味では垂直的公平を担保したシステムと言えるかもしれませんねw

個人的にはそろそろ天鳳の真似をしてガチ勢市場を取りに行くネット麻雀がでてもいいんじゃないの?(単純にそこだけ真似して基本ルールを一般的な収支戦にするだけでも注目は浴びそうでは?)って気がするんですが、企業が事業として開発するゲームはこの辺の課金システムとの兼ね合いで難しいのかもしれませんね。
つのださんのような、(C-eggは会社ですが本質的な意味で)企業ではない一人の天才が作ったゲームだからできたことなのかも?

ということは天鳳を超える麻雀ゲームを作れるのは、広告をばんばん打てる大企業ではなく、利益を度外視して趣味の範囲で開発できる大学生とかかも・・・これはさすがに妄想の域かw

今日も本の紹介です。

最近は麻雀以外の本も結構読むようにしています。
普段は麻雀関係ないやつをこのブログで紹介してもな〜という感じで特にアウトプットはしてないんですが、この本は麻雀TLでも少し話題になっているので紹介してみます。




著者が「科学する麻雀」のとつげき東北さん。

ちょっと話はそれますが科学する麻雀は絶対に読むべきですよ。

よく音楽に関して「現代音楽を作ったのはビートルズだ」みたいなことが言われます。
「例えビートルズを知らないアーティストでも、ビートルズに影響を受けた誰かの音楽から影響を受けているのは間違いないから、結果的に今の音楽は全てビートルズの影響を受けている」みたいな意味で言われるみたいですね。

私は音楽は全く知らないのでこの言葉の妥当性はわかりませんが、科学する麻雀はまさにこれですね。

私の本も福地先生の本も、最近話題の本の戦術論はほとんどが科学する麻雀が作った麻雀戦術の考え方を継承しているものです。

そこにでてくる具体的な選択(何切る)自体は、いまとなっては当然だったり、むしろさらに発展したセオリーができているものもありますが、そういう意味ではなくその「方法論を作った」という意味で圧倒的な価値があるので、今読んでも得るものがあるのは間違い無いですね。




と、科学する麻雀の話は置いておいて、「場を支配する「悪の論理」技法」の感想を。
まずどんな本なのか。

まずタイトルの「悪の論理」というのはもともと存在する言葉で「間違っているが、一見正しい論理」という意味らしいです。
この、みんななんとなく使っているけど論理的に考えたらちょっとおかしくね?っていう言葉や主張にツッコミを入れ、それがなぜおかしいかを解説している本、ということになります。

amazonの紹介を読むと

■誰が相手でも必ず勝てる議論のテクニック 
■相手の論理破綻や詭弁を見破る、あるいはそれを使うテクニック 
■どんな理不尽なことも笑って受け流せるセンスと精神的余裕 
■相手をコントロール下に置くための権力を手に入れる方法…etc. 



と、書いてあります。
これ読むとなんかこう、言葉で相手とバチバチやって打ち負かすぜ!みたいなそういう全局参加系社会人のバイブルみたいな印象を受けますが、私が感じたこの本の価値は別のところにあります。

それは
「言語化して考えることでより良い選択をして豊かな人生を過ごすことができるようになる」んじゃないかな〜とおもえる点

言語化って麻雀でもよく使われる言葉です。
強い人の中には「言葉ではうまく説明できないけど感覚的に正着を選べる」タイプというのもいます。
一方で私のように全部言語化して、理詰めで考えないとよくわからんってタイプもいます。

これ自体はどちらが良いというものではありませんが
理詰めで考えることには1つ大きなメリットがあります。


それは
その論理そのものに間違いがなければ結果的に裏目を引いても後悔しないということ

すっごく簡単な例をだしてしまうと「3メンチャンの方がシャンポンより和了やすい」という論理をしっていれば

二萬:麻雀王国三萬:麻雀王国四萬:麻雀王国五萬:麻雀王国六萬:麻雀王国六萬:麻雀王国四筒:麻雀王国四筒:麻雀王国一索:麻雀王国二索:麻雀王国三索:麻雀王国三索:麻雀王国四索:麻雀王国五索:麻雀王国

ここから六萬:麻雀王国を切ってリーチして、一発目のツモが六萬:麻雀王国だったとしても「ああ!シャンポンにしとけばよかった!」なんて後悔はしませんよね。

これは人生にも同じことが言えると思います。
人生での選択は金銭等の物理的な損得だけでなく、感情や人間関係などいろいろな要素が影響しますが、それらを出来る限り言語化し、自分にとっての優先順位を明確にした上で判断すれば、例え多少よくない結果が出たとしても後悔はしないはずです。

amazonの紹介にはこの「悪の論理=間違っているが一見正しい主張」として次のような言葉が挙げられています

「批判ばかりせず、対案を出してくれ」 
「自分で選んだ道だろう? 自己責任だ」 
「ウチの会社に不満があるなら、辞めればいい! 」 
「騙されたと思ってやってみてよ。体験すればきっとわかる」

動画ではより詳しく説明されています。 



現代ではリアルな生活だけでなく、SNSなんかを通しても様々な「一見正しい主張」を目にするし、その影響を受けながら私たちは生きています。
その中には当然正しいものもあれば、本当は間違っているものもある。

それぞれの言葉が本当はシャンポンなのか3メンチャンなのか「自分で判断する」ことができるようになれば、選択に後悔をしなくなります。

私自身は、もともと自分の心を出来る限り言語化して行動を選択するようにしています。
個人的な経験として、これまで

・麻雀プロになるために東京大学大学院を中退
・その上でメンバーではなく(自分の理想とする麻雀活動のためにどちらが得かという観点から)一般企業のサラリーマンを選択
・その会社をやめてフリーランスとして活動

という人生の転機?と言えそうなことを経験してますが、すべて自分にとっての3メンチャンを論理的に考えて選択しているのでなんの後悔もありません。

もともとそういう価値観で生きている私に、この本はめちゃくちゃ刺さりましたね。
自分でも「一見正しそう」だと騙されてたなぁと気付かされた言葉なんかもあって、今後の「人生の選択」にも活きてくる内容だったなと思います。
また後半は悪の論理だけに止まらず「論理的に幸せな人生を歩むには?」というテーマの章もあり、そこも非常におもしろかったです。

「人と弁論なんかしないし勝ちたいとも思わない」という人間関係ベタオリ系雀士のみなさんにも、人生を豊かにするヒントが含まれていて役立つ本だと思うのでぜひチェックしてみてください。


最近仕事が忙しく本を読む時間が取れなかったんだけどようやく読み終わりました。




まず全体の評価から言うとめちゃくちゃ良いです。
毎月のように麻雀本が出てる昨今ですが、その中でも他のどの本でも読めない内容が書いてあると言うのが最大のセールスポイントでしょうか。
かといって奇をてらった内容ではなく純粋な戦術論であると言うのが凄い。

簡単に内容をご紹介すると天鳳鳳凰卓東南戦の強者の牌譜を見まくった著者が、その強者たちのファインプレーをまとめた本、という感じ。

当然強者たちの共通点を自分の麻雀に取り入れれば強くなれる・・・!
と思って読み始めると割と序盤(確か)にこう書いてあります。

「強者の共通点はびっくりするほど少ない」

なんじゃそりゃ!って感じですよね。
amazonレビューにもこんな意見がありました。

スクリーンショット 2018-11-02 1.01.10

低評価の意見なんですけど、個人的に書いてある内容はすごく良いなあと思います。


これこそこの本が持つ唯一無二の素晴らしい点です。


私にせよ、福地先生にせよ、多分最近本を出されている他の著者の皆さんにしろ、基本的に麻雀の本って

いかに強者の選択を一般化、セオリー化してわかりやすい形で伝えるか、と言うところに注力して書いています。
「麻雀本はどれも同じようなことしか書いてない」なんて言われることもありますが、ある程度は仕方ないんですよね。
様々な選択の共通点を抽出して一般化するからこそ多くの読者にとって役立つセオリーとして示せるわけなので。

けどやっぱりそれじゃあ限界がある。

強者の共通点はびっくりするほど少ない

と言うのは言い換えれば

一般化された共通点だけを学んでいてもここに出てくるような強者にはなれない

ということです。
私の本なんかは特にターゲットを中級者、天鳳で言うと特上卓から鳳凰タッチくらいまでの人と定めて書いています。
それは、それ以上の人向けの戦術論は(少なくとも私のレベルでは)一般化した形では書けないと思っているから。簡単に言ってしまうとセオリー化はできないでしょ、ってことですね。

それをこの本は、はなから一般化を目的とはしないという手法を取ることで、超強者たちの選択を戦術論として世に出すことに成功しているわけです。

「ドラ1なら概ね即リーみたいな普遍性がない」

ことによって

「その先のレベルに触れられる本になっている」

これがこの本の最大の魅力です。

また「業界全体の向上に結びつかない」というフレーズも出てきますが、それで良いんですよ。
この本が出たのが科学する麻雀が登場する以前ならこの意見はとても的を得ていると思います。

けれど科学する麻雀が出て、福地先生がたくさん本を出して「ドラ1なら概ね即リーみたいな普遍性がある選択」はある程度浸透してるじゃないですか。
まだ知らない人もたくさんいるかもしれないけれど、少なくともその人たちが麻雀の勉強しようと思って本屋さんにきたらそれを学ぶことはできる環境は整ったわけですよ。福地先生をはじめとした先人たちのおかげで。

そう言う土壌があるから、中には1冊くらいその普遍性を捨てて、強者たちの「リアル」な選択が書かれている本もあって良いし、それが役に立つ人もたくさんいる。そんな風に感じました。


もちろん強者たちの戦術から、今まで見つかってなかった共通点を見つけて「これを覚えれば十段になれる新セオリー」みたいな本かけたら一番良いんでしょうけど流石にそれは麻雀のゲーム性的に無理なんじゃないの、って言うw

よく「◯◯っぽい麻雀」って表現ありますよね。

Mリーグが始まった当初、前原さんとか勝又さんの麻雀に対して「思っていたより連盟っぽくない麻雀だ」みたいなコメントをちょいちょい見かけました。
「連盟っぽい麻雀」ってなんやねんwって感じですよね。
連盟のAリーガーみんな打ち方バラバラですよ。

例えば「ネット麻雀やってる人ってみんなすぐ鳴くしすぐオリるよね」って言われたら
「おいおいおいおいおいおいおいおいおい」って突っ込みたくなりますよね。そう言うことなんですよ。

◯◯っぽい打ち方

ってだいたいオカルトです。
もちろん天鳳位全員の平均的な数値(リーチ率とか副露率とか)と連盟Aリーガー全員の数値比べて、明らかにそれぞれのグループ内の方が近しいよね、ってなるでしょうけどそれは普段やってるルールが違いますからね。
もうちょっとミクロな視点で、実際に迷う場面で何切ってるの、ってなったらなかなか共通点は無いんだな、ってのがこの本を読むとよくわかります。

じゃあなんで強者足り得るんだろう?って考えるのも面白いですよね。
それぞれの場面において、例え人間にはわからない&証明できないとしても、概念的な正解はあるはずじゃ無いですか。
ヒカルの碁的に言ったら神の一手ってやつですよ。

けれど違う選択をしているAさんとBさんは両方強者な訳です。
個人的には、我々人類がいかに麻雀というゲームを理解していないのか、って気にさせられます。

もちろんセオリーを覚えることは非常に重要ですし、私も普段はそういう本を書いているわけですけど、それに囚われすぎて麻雀を、

セオリーと言う名の細いレールの上を落っこちないように歩くゲーム

だと勘違いしてしまう人も中にはいます。
そう言う人はこの本を読んで「いろんな形の強さがあるんだな」と思うだけでも、今後の成長の糧になると思います!


一応ネガティブな点を上げて置くと
先ほどのコメントにあったように自分のシステムに取り入れて明日から実践しよう!と言う感じでは無い点(だから良いって話を上で延々書いているわけなのでこれがよく無い点って言うのもどうかって感じですが)



内容濃すぎて読むのに時間かかるところですかね(笑)

今までたくさん本を読んできたけどここから先どんな伸び代があるのかわからない、って方には最高の本だと思います!

TL見てたら牌効率と牌理という言葉の定義について論じられていました。

簡単に現状をまとめると
「単純な受け入れ枚数の広い打牌を選択する技術」
「受け入れ枚数に加えて打点や最終形等他の要素を含めて平面的にもっとも期待値の高い打牌を選択する技術」

という2つの技術があるというところまでは共通しているんですが、それぞれどっちが牌効率でどっちが牌理かという定義が人によってバラバラである、と。


私個人としては、定義が曖昧である以上、その議論の際(書籍であればその書籍ごとに)定義を明確にするしかないし、明確にしてあれば特にこだわりはない、というスタンスだったんですが





議論の中で出てきた2つのリンクの中で私の発言を取り上げていただいていたので、一応考えを表明しておこうかな〜と思いブログを書いております。

表明と言っても最初に書いた通り私自身こだわりはないんですが

一応

「枚数だけ」の方が牌効率
「打点とかいろいろ」の方を牌理

として考えています。
例えば




この本では牌効率と牌理を分けて、順番に覚えることでスムーズにステップアップしましょう、という書き方をしてるんですが、そこでは上記の定義を使いました。

個人的には「効率」って言葉に「速度」と「打点」という2つの軸を含めることに違和感があり、
一方「牌」の「理屈/理論」であればあらゆる要素を内包した正着打と考えることに違和感なし、
ということでそのような定義を用いていました。

確か現代麻雀技術論のネマタさんもこちらの定義を使っていたと思うので、そういう意味でもこの本の執筆時はこれがマジョリティなんじゃないかな〜と思ってたんですね。

ただいろんな方の意見を見ているとそうも断言できないようで

まず、そもそも


牌理は牌効率で牌効率は牌理(?)だった/土井泰昭の麻雀マージャン

によれば元々は私の定義とは逆、すなわち
牌効率が「打点とかいろいろ」で
牌理が「枚数だけ」
だったそうです。

ちなみに牌理って言葉はどいーんが考えたそうで「牌の数理機能」から来てるとのことなので上記の私の「牌の理論」っていう考え方はその時点で間違っているようです。
牌効率って言葉は麻将連合μの忍田代表が作られたという話が有名ですよね。


さらに


なるほど、これも確かにって気がします。

牌効率の権威になりつつある?ウザクさんの本も「牌効率=打点とかいろいろ」の方の定義とのこと。

そしたら私も今後はそっちにしようかな〜と思ってたりします。
これまで通り、定義が必要な議論の際は定義する(別にこれは牌効率に限らずどんな言葉でもそうですが)としても、現状のように複数の定義が入り乱れている状況というのは初級者に優しいとは言えないですからね。
一応コンテンツ作る仕事をさせていただいている人間としては、その辺わかりやすく整備する義務もあるのかなあと思ってはいます。

ひとまず現状読み手としてできるのは「複数(主に2つ)の意味がある」ということを理解した上で、その発信者がどちらの意味で使っているか文脈から判断する、ということだと思います。

私のように牌効率=枚数だけ、だと思っていたとしても、その発信者が「打点的にこっちが上だから〜」と枚数以外の要素を口にした時点で「ああこの人は色々含めた方の定義で言ってるんだな〜」と思っておけばひとまず誤解は少なくすみますね。

少なくとも商業物に関してはこんな配慮を読み手にさせるのはどうなの?って話なんでやっぱり定義がいるし、ゆくゆくは統一しなきゃいけないものだとは思います。

最近電子書籍端末のKindleを買いました。

もともと「タブレットでいいやんけ」と思って手を出してなかったんですがこれは良い。

何が良いかってこれtwitterや天鳳(あとパワプロ)が出来ないんですよ。
電車の中でこれ開いたら強制的に読書するしかない。なんか頭悪い理由だけど素晴らしい。

主に麻雀本とビジネス系の本を読んでいるんですが、それで最近読んだ麻雀本がこちら






正直言うとこれもともとあまり期待してなかったんですよね。
Mリーガー21人のプロになった理由、ここまで登りつめた背景などが書かれている本なんですが、出版日が10月1日。
ってことは校了は遅くても9月の上旬とか。ドラフトが8月上旬だったことを考えると執筆期間が一ヶ月しかないんですよ。
そんな濃い内容のもの作れるわけないじゃないですか。


と思ったんだけどね。




濃いよね。




書いているのはプロ連盟の黒木さん。
どうやったら一ヶ月でこれが書けるんや・・・
さすがは福地先生が才能に怯えたという人です。

もう純粋に文章が面白い。抜群に。
それだけでも十分なんですが、これがあったらMリーグの観戦がさらに面白くなる、というのがオススメポイント。


TLを見るとやはり夜はMリーグの話題ばかりですよね。
みんなやいのやいの言いながら楽しんで見てるんじゃないか。

昔、とある飲みの席で学生麻雀連盟の元代表などを務めたののみや君と「どうやったら麻雀放送がもっと浸透するか」みたいな話をしたことがあります。
Mリーグの影も形もない4年くらい前の話ですね。

細かな内容は忘れましたが、「今の麻雀放送はライト層が応援する理由が薄い」というような話をした覚えがあります。
ヘビーなファンはお気に入りの麻雀プロがいるわけだけど、ライト層は麻雀プロの名前なんか知らない。
知らない4人が麻雀打ってるのを見て楽しいわけがない。

純粋に打牌を楽しむ、と言うのも麻雀ヘビー層の発想です。
普通はそこで競技をしている人に興味がある、と言う状態が観戦を楽しむ上での条件なんだろうと考えました。

必ずしも個人そのものに興味がある必要はありません。
例えばサッカーだと、普段はサッカーなんて全然みないライト層でも代表戦になれば見る。
「同じ国」の選手であると言う帰属意識=代表チームに対する興味です。

野球ファンだってそうですよね。
同じチームだって十年たてば選手も監督も違ってプレイスタイルも違うんですよ。
競技の内容を気に入って応援してるんだとしたら十年前のチームと今のチームを同様に応援する理由は無いはずなんですけど、大抵の人は何年経っても同じチームを応援してる。

つまり「西武ライオンズの、中継ぎがよく失点するけどそれ以上に打ちまくって取り返すプレイスタイル」が好きなんじゃなくて「西武ライオンズ」と言う存在が好き。まず自分は西武ファンである、と言う事実ありき。そう言うことですよね。

MリーグどころかRTDすらなかった当時、麻雀プロの人となりに興味を持ってもらうと言うのはハードルが高かったので、それならこの「帰属意識」みたいなものをくすぐる仕組みが良いんじゃ無いのかなーみたいな話をした覚えがあります。
そのためにはチーム戦で、地域とか出身大学とかそう言うので視聴者との共通点を作ることだよね、みたいな。


ただ時代は変わりましたね。
RTDやMリーグによって、麻雀プロの名前や個性が五年前とは比べ物にならないくらい広まりました。
麻雀はあまりしないけどRTDは見る、と言う人が存在するのがその証拠です。


けれど、さすがにMリーグ21人全員に対して知識を持ってるヘビーなファンはそこまで多く無いんじゃないでしょうか
例えば天鳳民ならパイレーツの選手は詳しいけど雷電とか風林火山の選手は名前くらいしかわからん、とか。
逆にモンドや連盟チャンネルのファンからしたらパイレーツの選手は馴染みが薄いかもしれない。

そう言う人たちはこの本を読むことでMリーグ観戦がさらに面白くなると思います。
今まで4人中3人しかよく知らなかった、と言うのが4人全員のバックグラウンドや個性を知っている状態でみたら25%マシの楽しさ!・・・は言い過ぎかw

でも今後毎日、とは言わなくても週に1、2回ずつとか見ていくMリーグの満足度が毎回数%ずつ上昇するとしたらなかなかのバリューがあると思います。



なんか竹書房の回し者みたいになったので一応良くなかった点をあげるとすると、各選手に1場面ずつ割かれているファインプレー集(立体何切る)の面白さは微妙。
まぁこれにしても一ヶ月で21人の過去の牌譜漁るって無理があるんで、範囲を限定して(今回で言えば竹書房主催の最強戦の牌譜)そこから探すってのは合理的。仕方がないかな。



個人的にこう言う読み物系の麻雀本はもっと増えて欲しいなあと思います。
観戦記とか自戦記とかめっちゃ好きなんですけど、本になるとセールスはイマイチだったりするみたい。
「観る雀」が浸透することで、そう言う読み物系の本がもっと売れるようになって、たくさん出版されたらいいなと個人的には思います。

プロ野球が好きな人は、球場観戦やテレビ中継だけを楽しむわけじゃありません。
スポーツニュースでダイジェストで見て、ネットや雑誌でドラフトがあーだこーだとか今年はこの選手がFAであーだこーだとか、いろんなメディアのいろんなコンテンツを楽しむ。それらが全てトータルで「プロ野球の魅力」になる。

Mリーグに対しても初心者向けの解説などなんでも本放送に求める意見もあるみたいですが、そう言う周りのコンテンツを含めてうまく補完されれば良いなと思います。


と言うわけで最後に宣伝ですが、Mリーグの観戦記動画を作って見ました。よかったらこちらもよろしくお願い致します。





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