2010年09月30日

一つ先の信号

駅へ向かう、歩き慣れた道。
一つ早い電車に乗れるかどうか、
考えながら歩く。
 
駅へもう一息、というところで
信号が関所のように控えている。
そこで待たされるのは辛い。
かといって、どうせ間に合わないのに
無駄に走るというのも、しんどい。
 
ちょっと走れば間に合うのであれば走る。
それを怠ったばかりに一分も二分も遅れるのは御免だ。
 
つまり、信号の変わるタイミングというのを
遠方から見ていればよいということになる。
どうせ毎日のように通る道である。
あのラインを超えていれば走るべきだ、などと
自分の体力や能力から考えて、ルールを決めておくとよいのだ。
 
一つ先の信号を見て歩く。
当然、みんなそのようにしているだろうと思っていたが、
どうもそうでもないらしい。
歩行者を観察していると、
今ちょっと走れば間に合うのに先の信号を見ていない若者も多いし、
どうせ赤でまた待たされるのが目に見えていても全力で走る学生もいる。
少しばかり先の信号を、見ていない人は意外と多いようだ。
 
時代を読む、という言葉もある。
今花形で景気の良い企業が、入社人気ナンバーワンにいつも輝く。
それでよいのだろうか。
現に、十年前はもてはやされたが、
今は誰も見向きもしないような会社だってあるのだ。
もちろん、今栄えているところは羽振りも良いだろうし、
さしあたり求めることがそれほど間違っているとは思わない。
とりあえず大丈夫である可能性はそこそこあるわけで、
たとえ今が最高であっても、急激な没落があることは稀である。
気持ちは分からないでもないが、
やはり、今しか見えていないというのは確かのようだ。
 
今これをしたら、明日どうなるか。
それを考えて行動していくだけでも、
無駄な努力や失敗を重ねずに済むということは実際あるものだ。
こうすれば、相手はどう思うか。
ここに車をとめれば、歩行者はどうするか。どう思うか。
ちょっとした自分の行動について、
もしそうすれば、次にどうなる、先にどうなる、という
思考回路をとることが、求められている。
というより、そういうことを考えずに行動しているケースが多いのが、
残念である。

lc1baku at 00:12│Comments(0)TrackBack(0)ウォッチング | 精神

トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔