2010年11月21日

万年筆

近頃は、万年筆というものが、
必ずしも万年という意識では使われなくなった。
もちろん、当初より一万年を意味するものではなかった。
インクを新たにつぎ足すことで、
ずっとそのままの手触りのペンが使える、
ペン先も金を使い強度を増して、
使い捨てず使い続けられる、という意味ではなかったか。
 
そもそも、スポイト状に吸い込み式であった万年筆を、
若い人は知らないのではないかと思われる。
そして、万年筆が物書きのステイタスであったなど、
思いも寄らないのではないだろうか。
 
百円均一の店にも、万年筆はある。
万年筆という名前で、使い捨てのものすらある。
カートリッジ式のものは、
アクリルのボディで、中身がすっかり見えており、
ボールペンと違うのはペン先の部分だけ、というふうでもある。
 
その万年筆、私は仕事でも使う。
採点をするときに、赤は重宝する。
ただ、アクリル製である点で、ひとつ困った。
キャップに、ひびが入ってしまったのだ。
パチン、としまらなくなった。
 
これは、持ち運べない。
シャツのポケットに差していたとしたら、
気づけば胸が真っ赤という、
事件性のある格好になってしまう虞があるからだ。
 
家で置いて使うようになった。
で、代わりのものもまた安物で済ませた。
さすがに私も、原稿用紙に万年筆で、ということは今はない。
大学時代に書いた論文は、その形態であったのだが。
 
新しい万年筆にカートリッジをはめたが、
なかなかペン先からインクが出てこない。
しばらく置いていたが、出てこない。
これは不良品か、と諦めて、
古いほうのものに差して、キャップを新しいものに換えてみた。
つまり、車のエンジンはそのままで、ボディだけ換えたようなものだ。
 
と、新しいほうにインクが通じたことが分かったので、
やはり、とまた新しいもののセットで組み直した。
やはり、ペン先が摩耗していない分、
シャープな書き味がある。
 
たかが百五十円ほどである。
書き味も何も問題などないのかもしれないが、
ちょっと郷愁を誘うような、万年筆の味わいであった。

lc1baku at 00:11│Comments(0)TrackBack(0)思い出 | 趣味

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