2010年12月08日

コミュニケーション能力2

先日、朝日新聞サイトに、
「あいさつがない人、入店お断り」なる記事があり、目を惹いた。
小田原の駄菓子屋さんだそうである。
入口には、
「店長にあいさつできない方の入店はお断りしてます」
と書いた紙が貼られている。
 
ひとつ、好ましい試みである。
実に、挨拶をしない子どもは多い。
人から挨拶を投げかけられても、
声も表情も返さない。
まるでテレビの中の人物が「こんにちは」と言っているかのように、
目の前の人が挨拶するのを眺めているだけだ。
まさに、テレビのもたらす悪影響の一つだろう。
 
私も、小学校で、「挨拶をしない」と先生に注意されたことがある。
言われて悔しかったので、
それからは挨拶を積極的にするようになった。
思えば素直なものだが、
これは私にとり、大きなエポックとなった。
大げさに言えば、人生観が変わったのである。
 
挨拶について、以前私はこのように分析した。
たとえばマンション生活では、
同じ建物に住んでいても、互いのことを知らない相手が多い。
しかしまた、何かと出会うことが多く、
エレベータでも同乗することもある。
このようなときに、
「自分は安全な人間です」ということを表明する、
それが挨拶ではないか、と。
 
何を考えているか分からず、
敵意を抱いているような者とは、
すれ違うにも緊張するだろう。
ましてエレベータ空間を共有するのは勇気が要る。
とくに女性は、命がけであるかもしれない。
挨拶は、大丈夫ですよというサインになりうるのではないか。
 
企業の中には、
挨拶ができるかどうか、で
採用を決めているところもあるという。
人間をそんな一面で決めていいのか、と思われるかもしれないが、
長くつきあう相手を選ぶとなると、
何をどうテストしても、すぐには分からないのが当然である。
そのとき、挨拶というコミュニケーションが、
人の様々な側面を物語るということは、大いにありうることである。
もちろん、挨拶だけは愛想がいいが中身がない、ということもあろう。
しかし、挨拶という中にコミュニケーション能力が、実はかなり、出る。
ここで選択基準をもつのが蓋然性が高いというのは、私は肯ける。

(続く)


lc1baku at 00:20│Comments(0)TrackBack(0)こころ | 精神

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