2010年12月09日

コミュニケーション能力3

ただし、この駄菓子屋の記事、
不満に思う人々が、こんなことを盛んに言っている。
「(声の出せない)障害者を排除するのか」
 
もちろん、そういう趣旨ではないはずだ。
挨拶で声を出せ、とはどこにも書かれていない。
逆に、手話で挨拶が当然できるということを排除している点で、
こうした人々のほうが、排除する心理をもっているともいえる。
手話や笑顔で、コミュニケーションをとることを排除しているからだ。
 
引っ込み思案であったり、
対人恐怖の傾向があったりして、
挨拶がなかなかできないという苦しい立場の人もいることだろう。
私も、そうした人を排除するつもりは毛頭無い。
 
いろいろ辛い体験がもとで、声をかけられないという人もいると思う。
挨拶ができない、ということそのものが、
その人の置かれた苦しい立場を表している、というケースも、確かにある。
だが、そのことと、
声を出し態度に表すことに何の支障もないような多くの人が、
挨拶をしない、という精神とは、明確に区別しなければならない。
 
自分の考えを相手に「伝える」という能力に問題が多々あることは、
子どもたちに触れていて、常々思う。
だがまた、このことは別に触れてもいるし、
また触れる機会もあろうかと思う。
 
コミュニケーション能力を見て、
採用不採用を考えているという企業の傾向については、
当然であるだろうと感じるし、
またそれを基準にしなければならないこと自体、
悲しいことであると見ることもできる。
この辺りを、ひとつ捉えておくことで、今は満足しておきたい。


lc1baku at 00:04│Comments(0)TrackBack(0)こころ | 精神

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