2010年12月19日

クリスマスは教会で2

それは、クリスマスを教会でも祝うのですか、という
信じられないような質問を教会がショックに思って以来
ありふれたコピーになってしまったことを言うのではない。
 
教会は、新約聖書を読めばくどいくらいに書いてあるように、
信じる人々の共同体であり、支え合うグループである。
疑似パウロ書簡にそれは顕著であるが、
当時の政情からして、隠れて神を礼拝していたなどの事情はあれど、
教会というものの存続が、
その後のキリスト教の歴史を保証したことは確かである。
 
教会の中で、一つとなること。
教会で仲間が集うところに意味があること。
書簡は、その点を繰り返し告げる。
もちろん、それは書いた側の論理というものにもよるはずだが、
そういう人間の都合だけですべてが測れるものでもあるはずがない。
 
クリスマスは教会で。
それは、きわめて個人的なものとしてのみ
いわば自分本位で何もかもやっていくことではなくて、
互いに愛し合うこと、祈り合うこと、
互いに喜びつつ主を賛美すること、
そうした営みの中にこそ、また神がおられるという事実を
証しする機会にも、なるはずである。
 
だからまた、日本に発生した
「無教会」という名前の人々も、
ある種のグループとして活動したはずである。
ひとりではない、仲間がいる。
仲間と共に、神を崇める。
だから、家庭だけに還元されないものとして、
愛の実現の場として、再び言いたい。
クリスマスは教会で、と。
 
今日は、
多くの教会で、
クリスマス礼拝が行われる。

lc1baku at 00:12│Comments(0)TrackBack(0)聖書 | そもそも

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